第百二十四話 永禄三年になりて候う
遅くなりました。
道三と半兵衛の提案は俺も考えた事の有るものだった。
それは皆殺し。
この時代では『根切り』と呼ばれるものだ。
正直そんな事はしたくない。
それをやれば一時的には物事が解決するが、根本的な事は解決しない。
それに悪評がいつまでも付いて回る。
道三はそれで苦労したのだ。
蝮という言葉がそれだ。
そして、信長がこの根切りを行ったのは時間的余裕がなかったからだ。
幸いな事に今の織田家は周りに敵が居ない。
焦って行動を取る必要がない。
そう、長島を急いで取る必要性が無いのだ。
長島は織田家の安全保障において重要な場所では有るが、今すぐどうこうする必要がない。
なぜなら長島に明確な主が存在しないからだ。
主が居れば、その者と交渉出来る。
成功すれば味方に、失敗すれば敵にと問題を単純化出来る。
主が居ない場所で有るために厄介なのだ。
現在の長島は本願寺の僧侶『願証寺 証恵』が実質治めている。
しかし、証恵はそれを否定しているのだ。
『ここは何者にも縛られない自由な土地』だと言っている。
実際はお布施を貰って(出させて)支配しているのにだ。
土地の支配者が行う仕事は治安維持が主だ。
そして、それに裁定や治水等を請け負っている。
まあ、治水は領主が民を使ってやっているのだが。
支配者はそうした安定した暮らしを民に与える事で支配しているのだ。
しかし、本願寺はそれらの行いをしてはいない。
一方的にお布施を貰っている(搾取している)だけだ。
民同士のいさかいは民に任せ、治安維持も民に任せている。
民が揉め事を起こせば『それは信心が足りない』と一蹴し、収穫が安定しないのも『信心が足りない』で済ませている。
そして、良いことが起きれば『それは仏の教えの賜物である』としている。
豊作になると『あなた方の信仰が御仏に認められたからです』ときたものだ。
本人達の努力や苦労が全て仏様のお蔭になってしまっている。
無神論者である俺から言わせればふざけるなと叫んでいる。
しかし、信者はそうは思わない。
悪い事が起きればそれは自分の信心が足りないと思い、良いことが起きれば自分の信心が認められたと思うのだ。
これはもう洗脳のような物だ。
仏にすがるのは悪い事ではない。
人は弱い生き物だからだ。
しかし、その弱い心に付け込むのは良くない。
仏の教えは弱い心に寄り添い励まし、そして自ら立ち上がれるように導く事だ。
少なくとも俺はそう思っている。
本願寺の浄土真宗の教えも人を救う為の教えだった筈だ。
それがいつの間にか大名のように民から搾取するのが当たり前になっている。
中には民に寄り添う素晴らしい僧侶も居るだろうが、それはごく一部の僧侶だけだ。
今の本願寺の僧侶は腐っているのだ。
それを思えば根切りも悪くないと思ってしまう。
しかし、それを行う事で得るメリットとデメリットではどちらが大きいだろうか?
今の状態ではデメリットが大きいと言わざるを得ない。
そして、道三はそれを分かっていて俺を焚き付けているのだ。
しかし、俺はそれを行う事はしなかった。
そして……
「しばらくは服部党が面倒見ますので」
「ふむ、まあよかろう」
ぐ、偉そうにしやがって。
結局俺は道三を匿う事にした。
長島の件は俺の案で通した。
時間を掛けてゆっくりとその勢力を弱める。
少なくともこれ以上勢力を広げられないようにする事が大切だ。
「まどろっこしいのう」
道三の提案は拒否だ、拒否!
「えっと、その、わ、私の策は?」
半兵衛の策も却下だ、却下!
しかし、道三は笑って予言した。
「まあ、春になれば長島はお主の物よ。ふふふ」
なんだよその自信たっぷりな発言は?
すでに何にかしら仕込んでやがるのか?
「種明かしは春まで取っておこうかのう。楽しみが増えようぞ」
「半兵衛!」
「は、はい。すみません。私は存じません」
くそ、道三は何を仕込んだんだ?
「あの、旦那?」
「なんだ。左京進?」
「本物なんですか。この人?」
ああ、道三を見るのは初めてなんだな友貞は。
「本物だよ。少なくとも俺は一度会ってるからな」
「旦那って……」
何か友貞の視線が熱い。
俺にその気はないぞ。
「それより今川とはどうなってるんだ?」
「ああ、それなんですが……」
友貞には長島もあるが、今川との交渉も頼んでいる。
結論、今川とは同盟関係が成立した。
大っぴらに宣言出来ないのが惜しいがそれはいい。
今川との同盟が成れば武田を背後から討つ事が出来る。
これは大いに織田家にとってプラスになる。
正直、武田家は信用しきれない。
それに松平ストーカーの存在も不気味だ。
この二家を信用すると痛い目に会いそうな気がする。
それに長姫が武田と松平を嫌っている。
理由は教えてくれないがどちらも信用するなと言っているのだ。
俺は晴信とストーカー(家康)に会ったが、そんなに悪い人物だと思えなかった。
どちらかと言えば道三の方が胡散臭い。
これは本人にも言った事がある。
「何で俺を頼るんですか?」
「父親が息子を頼って何が悪い?」
「あんた、俺の父親じゃないでしょ」
「濃を嫁にすれば、わしの息子じゃろう。それとも若いのが良いかのう。なら、半兵衛はどうじゃ? 半兵衛をわしの養女にしてそれから嫁がせよう。うむ、悪くないのう」
やめて! それだけはお願いだから止めて!
「半兵衛は俺の嫁になるなんて興味ないだろう?」
「はい、ありません」
う、そう断言されるとちょっとへこむ。
ほんと、この人信用出来ないんだよな。
でも、嫌いになれないから質が悪い。
「松平はともかく、武田は確かに信用出きんな。わしも治部と同じ考えよ。おそらく晴信以外に武田を動かしておる者が居ろうな?」
「え、誰ですか?」
「まだ、分からん。まあ、あまり気にするな?」
いや、凄く気になるじゃないですか?
しかし、道三はそれ以上語る事はなかった。
長姫といい、道三といい、俺に秘密にする事ないじゃないか?
何が有るんだ武田に?
道三は服部友貞に任せて俺は清洲に戻った。
そして、事あるごとに道三から呼び出しをくらい河内の服部屋敷に赴く事になった。
呼び出される度に周りの人達に誤魔化すのが大変だった。
少しは大人しく出来ないのかよ!
そして、そんなこんなで年が開けた。
本当なら今年永禄三年。
西暦千五百六十年は『桶狭間の戦い』が有った年だ。
しかし、もう桶狭間は起こらない。
今年は織田家を中心にした特別なイベントは起きない。
……そう思っていた。
俺は新年の挨拶を行うので清洲城に登城した。
そして、そのめでたき席である話が飛び出した。
「伊勢の関家が織田家に服従致す事に成りました」
それを伝えたのは『滝川 一益』だった。
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