第百二十三話 斎藤 山城守 道三
『わしのようになるなよ!』
そんな事言ってもね?
俺は別に下剋上をしたいと思ってないし、しようとも思っていない。
確かに一国一城の主に成りたいと思っているけど、大恩ある市姫様や信光様を蹴落として成り上がるなんて?
ない、ないよ、絶対!
「ふ、自分はわしとは違うと思っておるな?」
う、分かるのか?
「男と生まれたからにはてっぺんを目指すのは至極当然。お主は一度でも考えた事はないのかの?」
こ、こいつ。
このじいさん俺を煽ってるのか?
「成り上がりの最後は主家の乗っ取りよ。それが最も難しく、また、醍醐味と言えよう」
道三はまた語りだした。
「わしは生まれてより父親の背中を見てきた。父は油売りから土岐氏の家老まで成り上がった。どうじゃ、お主と似ておらんか?」
「俺とじいさんの父親が似ている?」
「父はの、元油売りと言う事で色々と難儀を背負い込んでおった。それは言葉に出来んほどの難儀よ。お主も心当たりがあろう?」
ドクンと心臓が鳴った。
「武士ではない者が武士に成れるのが今の世よ。しかし、武士は武士しか認めぬ。父はそれでも武士であろうとしたのよ。何故じゃろうのう?」
そ、それは……
「力かの、権威かの、それとも他に欲した物が有ったのかのう。少なくとも銭ではなかった事は確かじゃ」
油売りは金に成る。
道三の父親は金には困らなかった筈だ。
それなのに武士を目指した。
何故だろうか?
「わしは父の思いを受け継いだ。言葉にはせなんだが、わしには分かった。全てを食らえと。上を目指せとな。お主は違うのか?」
俺は、俺は……
「わしは上を目指した。馬鹿な主君、そしてそれに迎合する馬鹿な家臣達。吐き気がしたの。なぜわしはこやつらの為に必死ならねばならんのかと。わしの手柄をさも自分達の手柄だと吹聴する愚か者。そしてそれを認めわしを叱責する主。何と馬鹿な事か。なぜわしがかような目に会う。なぜわしは認められん。それもこれもわしが油屋の子であるからじゃ。お主はどうじゃ。お主は農の出であろう? さぞ、周りは煙たく思っておるのではないか?」
胸が痛い。
心臓に刃物でつつかれているようだ。
言葉の刃物が俺に突き刺さる。
「ふ、その顔は心当たりがあるようじゃな? そうであろう。そうであろう。分かる、分かるぞ。必死になればなるほど周りはお主を遠ざけようとする。間違いない。父も、わしもそうであった。なればどうする?」
言うな!
それ以上言わないでくれ!
「食らうのよ。父を、わしを下に見た者全てを! そうじゃ、上じゃ。わしらを認めぬ奴らを全て食らって上を目指すのよ。上を目指して何が悪い? 馬鹿な奴らに任せて何になる? 奴らの尻拭いをするのか? 奴らが何もせぬのにわしらだけが難儀を背負い込むのか? 何も得ぬぞ。それどころか失うぞ。大切な物をな?」
「……あなたは、失ったんですか?」
「ふ、そうよ。失った。大切じゃった物を失ってしもうた。お主も遠からず失うであろうの?」
俺の大切な物。
「失った物を取り戻す等出来ぬ。ならば失った物に見合う物を手に入れるのだ。そして、わしは美濃の主と成った。しかし、わしはそこまでであった」
声のトーンが沈んだ。
「美濃の主となったわしが失う物等何もないと思った。しかし、そうではなかった。兄弟を失い。室を失い。子を失う。今のわしは何も持っておらん。これが上を目指した代償なのかの? ならばわしは何処かで間違ったのだろう。何処で間違った?」
……それは?
「答えを見つけてももう遅い。しかし、お主はまだ遅くあるまい。何が大切なのか。お主は知っておろう?」
俺の大切な物。
それは家族だ。
俺が守るべき物。
俺の大切な人達。
「見誤らぬことじゃ。お主がわしに成らぬと思っておってもな? 落とし穴はいくつもあるぞ。用心しても嵌まる事もある。しかし、そこからどうするかじゃ?」
道三がニヤリと笑みを作る。
「この乱世を生き抜け。息子よ」
「俺はあんたの息子じゃない」
「いや、お主はわしの息子よ。わしの父とわしの思いをお主は持っておる。だから、お主はわしらの息子なのだ」
「俺は……」
何も言えなかった。
何故、道三が俺に会いたかったのか?
会って分かった。
それは……
「さて、少ししゃべり過ぎたの。疲れたわ。わしは休む。では、な」
え、おい?
嘘だろ?
道三は静かに目を閉じた。
斎藤 山城守 道三。
下剋上の体現者美濃の蝮。
その生きざまに多くの人が影響を受けた。
今、この時ですら。
静かに眠るといい。
さようなら、じいさん。
「まだ生きとるわい。死んだと思ったか? まんまと掛かりおってからに、これではおちおち死んでられんのう? かっかっか」
こ、この。
はぁ、まあ良いか。
目の前で死なれると目覚めが良くない。
「疲れたのは確かよ。話はまだあるがの?」
その後、道三は横になって休んだ。
話は翌日と言う事になった。
はぁ、このじいさんはまだまだ長生きするよ。
それが率直な感想だった。
しかし、改めて俺の大切な物を思い出させてくれた。
最近は少しだけ黒い感情が俺の中に有ったのは確かだ。
それを道三に見事に突かれた。
この感情がつもり積もって爆発すれば、俺は道三と同じ道を歩むのかもしれない。
そうならないように気を付けねば!
翌日、道三からの提案を聞かされた。
「俺にあんたを保護しろと?」
「わしはもう死んだ身よ。これからは外からこの世を見たくての? どうじゃ、頼まれてくれぬか?」
く、即答出来ない話だ。
道三を俺が匿っているのが知れればどうなるか?
こんな危ない爆弾を抱え込むなんて出来る訳ない!
「あら、良いわね。それは魅力的な話だわ。ねぇ、藤吉」
「はあ?」
「蝮の旦那。なんか顔つきが変わってるねえ?」
「分かるか小六。わしにはもう重荷がないからのう?」
軽い。軽すぎる!
「俺に何の得が有るんですか? どちらかと言えばあんたの首を取って武田にやった方が…」
「それは駄目よ。藤吉」
え、何で反対するの?
「蝮は使えるわ。囲っておいて損はないですわ」
駄目だよ。
絶対に駄目だ!
「わしを囲ってくれるなら、この長島をお主にやろう。どうじゃ?」
「へ?」
「この長島じゃ。欲しくはないか?」
え、それは……
「欲しいです」
「なれば話が早い。早速動くとしようかの。半兵衛」
道三が手を叩くと戸が開かれて半兵衛が現れた。
「はい。道三様」
「例の件はどうじゃ?」
「えっと、その、あの」
「落ち着いてな。ゆっくり話せば良いのじゃ」
まるで孫娘のように優しく話かけている。
意外だな?
「は、はい。本願寺の僧侶達を捕らえる準備は出来てます。それと願証寺証恵には刺客を放つようにして」
「待てー! なんだその話は!」
「は、あの、その、だから」
「何を驚く? 長島を手に入れる最も簡単な方法じゃろう?」
駄目だわ。この人達に任せられるか!
「はぁ、仕方ないのう。半兵衛。次じゃ」
「は、はい」
何だ、ちゃんと他の策が有るのか?
「本願寺の僧侶達に嘘の情報を流して一ヶ所に集めて火を放ち、それから…」
「ストーップ! もっと酷くなってるんじゃないか!」
「ひぅ」
「すと、何じゃ? まあ、それは良いか。これも駄目かの。では、何が良いかのう。半兵衛?」
「は、はい。まだ有ります!」
半兵衛が挙手をして答える。
駄目だ。
この人何で自分が失敗したのか分かってない。
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