第百二十二話 道三の忠告にて候う
遅くなりました。
道三に会いに行く。
半兵衛から知らされた道三の居場所と招待。
今、会わなければその機会は永遠に失われるだろう。
『斎藤 山城守 道三』その死期が迫っていた。
朝早くから屋敷を出て長島に向かう。
右筆の仕事を休んでの出発だ。
城の報告は寧々に頼んだ。
いつもこんな無茶を頼んですまないと思っている。
いつか埋め合わせをしなくては。
蜂須賀屋敷に寄って小六と合流。
数名の護衛と共に服部屋敷に向かう。
長島に安全に入るには友貞の協力が必要だ。
後、進捗情報を直接聞きたいしな?
服部屋敷では小一と長康、友貞が居た。
まだ、長島には向かってなかったようだ。
直ぐに目的を告げて移動の手配を頼む。
そして、俺達の一連の動きを一緒にいて体感した半兵衛は驚いていた。
「その、あの、藤吉様は本当に、その……」
「なんだい半ちゃん。言いたいことははっきりと言いな?」
小六、そんな脅すように言うなよ。
それに半ちゃんって?
「は、はい。藤吉様は本当に右筆で、侍大将なのでしょうか? 私には、その、信じられません」
え、えーと、そう言われてもねぇ~。
「うふ、半兵衛。藤吉は今は右筆ですけど、直ぐに城持ちに成りますわ。それに……」
それに何だよ?
「あははは。半ちゃんは難しく考えすぎだよ。今からそんなんじゃ、藤吉に付いて行けないよ」
おい、小六。それはどういう意味だ?
「そうだな。大将に付いてたら面白い目に沢山遭えるぜ。くく」
「兄者はいつもおいらを驚かせてくれるもんね?」
小一も長康も何を言ってるんだ。
俺は小一の方が俺より驚かせると思うけどな?
「は、はい。私、頑張ります」
半兵衛は右手を上げて宣誓した。
何だかな~。
「旦那。手配出来ましたぜ」
「ありがとう左京進。じゃあ、行くか!」
俺達は友貞の用意した船で長島にある美濃の者が居る集落に向かった。
そこは長島の主要集落から外れた所にあった。
その場に着いて思ったことは。
これは『難民キャンプ』だと思った。
テレビで視ていた中東やアフリカの難民キャンプに似ていた。
大人が地面に座って何をしている訳でもなく、ぼーっとしている。子供達は元気がない。お年寄りが見えない。
全体的に暗い。
「ここはいつもこんな感じなのか?」
「はい。私達が来た時からこんな感じです」
これはいけない。
こんな弱りきった人達はある種危ない。
ここには弱った人達を引きずり込む奴らが沢山居るのだ。
これは不味い。
「小一、この人達は誘ってないのか?」
「この人達は尾張者を避けてるんだ。左京進さんも苦労してるんだ」
ああ、これはヤバい。本当にヤバい!
そこかしこにお経が聞こえて来そうだ。
これは何とかしないと!
「こちらです。藤吉様」
半兵衛が沢山あるあばら家のような建物から一つの建物に案内してくれた。
そこらの建物と一目見て違うと分かる建物だ。
古い古い屋敷だった。
屋敷の奥に通されてある一つの部屋に案内された。
ここに道三が居るのか?
俺は部屋に入る前からある匂いが気になっていた。
それは死臭とも言える匂い。
祖父や祖母が亡くなる時に感じた独特の匂い。
それをこの先の部屋から感じた。
「半兵衛です。藤吉様をお連れしました」
部屋からは返事がしない。
あ、戸が開かれた。
「どうぞ」
部屋には御付きの侍女と思われる者が居た。
彼女が戸を開けて俺達を中に入れてくれた。
しかし……
「奥に入るのは藤吉殿だけです。他の方はご容赦くださいませ」
どうやら俺と二人きりで話したいらしい。
奥に続く部屋で道三が待っている。
「皆、待っていてくれ」
俺は付いて来そうな小六、長姫を制して奥の部屋に入った。
「待っておったぞ。小僧」
そこには正装した道三が座って待っていた。
これが今にも死にそうにしている男だろうか?
とてもそうは見えない。
「お元気そうですね。じいさん」
俺は軽口を叩いて、どっかと座る。
今さら道三殿、様なんて呼ばない。
見た目通りのじいさんで良いだろう。
不遜と取られるかもしれないが、今の俺と道三は立場を越えて会っているのだ。
「ふ、相変わらず口が悪いのう?」
「お互い様では」
「ふふ、それもそうよな」
互いにジャブを放った次はどうする?
「お主とは死ぬ前に話をしたいと思ったのだ。爺の戯言を聞いてくれるか?」
俺は首を縦に振る。
「ほっほっ、聞いてくれるか。ではちと長い話じゃ……」
道三の話してくれた内容は彼が国取りを行い。そして、敗れるまでの話だった。
その話は通快な国取り物語ではなかった。
権謀術数が飛び交う騙し騙された世界の話だ。
途中から、織田信秀や太原雪斎、今川義元の名前が出てきた。
これらライバルと呼ばれるような人達の名前が出てくると暗い話がとても明るい物になっていった。
「信秀はわしのワナにまんまと嵌まってな。あれは見事に嵌まってくれたわ」
「雪斎からは信秀を挟もうと言われたがの、そうすれば今度は信秀から義元に遊ぶ相手が代わるだけよ。お主ならどうする?」
これが死期の迫った人物が話す話だろうか?
徐々に顔に生気が宿っていくように見えた。
「信長はのう。本当に惜しい男だった。信秀が死んで厄介な奴が死んだと喜んだが、その息子に期待していたとはな。笑い話よ。ふふふ」
信秀、信長の話をする道三は楽しそうだった。
「小僧。わしはこれぞと見込んだ者が二人居る」
道三が真剣な目をして俺を見た。
道三が見込んだ人物?
当然その一人は……
「一人は信秀の倅、信長。そしてもう一人は……」
「もう一人は……」
「十兵衛よ」
明智十兵衛か。
まあ、そうだろうな。
「しかし、そのうち一人は死に。もう一人は旅立った」
十兵衛は旅に出たのか?
「何故か分かるか?」
「分かりません」
俺は素直に答えた。
色々と予想は出来るがどれも答えには遠いだろう。
「お主に勝つためよ」
「は?」
俺に勝つため? 何で? どうして?
「わしは十兵衛を息子にするつもりだった。しかし、それは結局はせなんだ。そしてお主を知った。お主はわしの誘いを断ったがの。それが十兵衛に知れたのよ」
う、う~ん。何を言っているのか?
「十兵衛はお主に嫉妬したのよ。自分が選ばれずにお主が選ばれたことをな」
それって俺が悪いの?
「良かったの。お主は十兵衛に狙われる事になったの。くくく」
くそ、やっぱりこのじいさん人が悪い。
「それが俺に話したかった事ですか?」
俺は少し苛立って質問した。
「ああ、そうではない。わしはお主に忠告したかったのよ」
「忠告?」
「そうじゃ。忠告じゃ。藤吉よ。わしを見よ」
へ? 見てますけど。
「これが下剋上に失敗した男の成れの果てよ」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「お主の先輩たるわしが教える最初で最後の忠告じゃ。わしのようになるなよ。良いな!」
「それが言いたかったんですか?」
「お主も一国を取りたいのじゃろう。なればわしの経験を知っておけば、わしよりは少しはましになろうて?」
そして、道三は笑った。
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