第十二話 織田弾正忠信行
評定の間では言い争いが続いていた。
口撃するは家臣次席『林 佐渡守 秀貞』
守備側、我らが家臣筆頭『平手 中務 政秀』
内容は、信長死去後の家督相続からの山口親子による謀反、赤塚の戦いに関する事である。
ちなみに、俺と利政様は右筆としてこの舌戦の内容を記録している。
評定が始まる前に記録内容の説明を受けた。
記録の付け方は人によって癖があるので、二人別々に付けた後に見合わせるのだそうだ。
しかし、俺は織田家臣団の顔と名前を知らない。
よって発言した人の名前を利政様が教えてくる。
こんな感じで。
「林佐渡守」 「林美作守」 「柴田修理亮」 「佐久間大学」 「佐久間右衛門尉」
名字と官位で教えてくる。
両林と柴田が信行側、平手、両佐久間が市姫様側だ。
専ら、この六人での討論となっている。
他の家臣達はヤジに回っている。
国会における与党と野党の攻防のようだ。
でだ、この討論の内容を要約するとこうなる。
『市姫様が陣代になったから山口が謀反を起こした。信行様が家督を継げばこんなことにならなかった。吉日を選び信行様に家督を譲るべし』
以上、林佐渡守の主張。
『家督は既に奇妙丸様が受け継がれた。市姫様の陣代も織田一門に家臣一同が認めたもの。山口の謀反も早期に鎮圧した。市姫様の兵の指揮ぶりは天晴れなり。しかし、信行様は謀反の時に何をなさっていたのか? 何もしていない。それでは甚だ頼りなし。親族衆を任せるのも危うい』
以上、平手中務の抗弁。
こんな会話を迂遠な言い回しで行っている。
もっとストレートに殺り合えよ!
訳すこっちの身になれ。
何回も何回も同じ事を繰り返して紙と時間の無駄だ。
しかしうるさい。
時折、柴田の声がでかくて耳が痛い。
うんざりしながら書き記している。
ふと渦中の二人を見る。
市姫様は涼しげな顔をしている。
時折扇子で口元を隠しているが存在感がある。
時折、両林や柴田が市姫を見るが圧倒されているのか。
声のトーンが落ちている。
そして、市姫様の目付きが鋭い。
誰が味方で誰が敵か、見定めているようだ。
頼もしいな。
一言でいえばそう言うことだ。
一方の織田信行。
外見は見目麗しいイケメンだ。
現代でもきっと、いや確実に通用するだろう。
しかし、頬が少し痩けている。
それに合わせて全体的に肉付きが足りない感じだ。
やや頼りない感じがする。
もっと飯を食えと言いたい。
それと気になった。
こいつ目が危うい。
濁ってやがる。
今も家臣達のやり取りをニヤニヤしながら見ている。
明らかに楽しんでいるのだ。
あー、こいつ駄目だ。
権力持たしたらいかん奴だ。
きっと周りを振り回す。
迷惑かけても自分じゃないと逃げ出すタイプだわ。
以前会社で似たような目をした奴を見たことがある。
自分有能、周り低能。
端から周りを見下している奴だった。
他人の失敗を笑い自分ならもっと出来ると吹聴する。
自分も失敗したら前任者が悪いと責任転嫁する奴。
それとそっくりだ。
不意に信行と目が合った。
ぞわりと背筋に鳥肌がたった。
駄目だ、生理的に受け付けない。
視線を反らしたその先に林佐渡守が見える。
熱弁を奮っている。
自分の弁は正しいと身振り手振りを交えて話をしている。
周りを煽り、正論をぶつけられても自説を曲げない。
あ、これ信者に似ている。
それも狂が付くやつ。
保守的な考えに多い人の典型だ。
駄目なんだよな~、こういう人達って全然人の話聞かないんだよね。
それに間違いや矛盾を指摘すると逆ギレするんだよ。
偉くなった人がこうなると下は苦労するんだよね。
こいつ排除出来ないかなぁ~、いらないよこんな人。
特に弟の美作守はなんか熱くなりすぎて、何いってるのかわからない。
ふと、隣の利政様を見る。
利政様はあの声が聞き取れるのか?
あれ、すらすらと書いている。
凄いな、あんな声を聞き分けられるのか。
改めて利政様に尊敬の念が強くなる。
そんな討論と関係無いことを考えているとおもむろに市姫様が立ち上がる。
「皆の言い分よく分かった。 私が若輩であるために皆に余計な負担を掛けたことを詫びる」
市姫様が頭を下げるとどよめきが起こった。
そりゃそうだ。
陣代とはいえ一家の当主が頭を下げるのだ。
尋常ではない。
「これよりは兄上と共に織田家を守り立てて行きたい。兄上もそれでよろしいな?」
信行は、何も言わない。
市姫様を見ているが濁った目に市姫様は映っていない。
「ならば信行様が」
「兄上にはこれからも名古屋の城を守って頂く。あの城を守れるのは兄上以外にいないのだから」
林佐渡守の発言を遮り処遇を下す。
平手のじい様と両佐久間が頷いている。
評定はこれがきっかけで終わりを迎えた。
言いたいことを言った市姫様が席を立ったからだ。
両林は何か言いたそうだったがいない人物に向けて発言するにしても当然、記録に残る。
有利、不利な発言は関係なく。
勝三郎が評定の終わりを告げると信行が退席する。
その足取りは軽い。
自分が優位にいる、勝ったと思っているのか。
両林が後に続く。
腰巾着め。
そして、柴田は市姫様の去った後を見続けている。
アホーなのか?
それにしてもこれは参った。
家中が二派に別れて争いとは。
どうしたもんかね?
そう考えごとをしていると勝三郎と利久が声を掛けてくる。
「この後直ぐに話がある。付いてきなさい」
忘れていた。
今日は、俺の審判の日だった!
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