第百十六話 義元と晴信の会談
遅くなりました。
モーニング大賞から『社長賞』を頂きました。
「降伏しなさい。大膳」
な、なんて事を口走ってるんだよ!
「く、くくく、くはっ、ははは」
晴信は笑った。
晴信の笑いに周りの武田家臣団もほぼ同時に笑い出す。
「面白き冗談よな。治部」
晴信は長姫の言葉を冗談と捉えたようだ。
ほ、良かった。
「冗談? そう、冗談と思うのね。そうなの」
「長姫様」
俺は長姫に声をかける。
お願いだから挑発行為はやめて欲しい。
穏便に、穏便にお願いします。
俺は目でそう訴えかける。
長姫は俺を見て頷くと。
「冗談だと思ったの。大膳」
止めてー! 全然分かってないよ!
「治部よ。私は忙しい。御主の冗談に付き合っている刻はないのだ。要件を述べよ?」
ほ、晴信は怒ってない。
「忙しい? まあ、そうでしょうね。民の陳情に追われてさぞ大変でしょうね」
陳情? あ、晴信の表情が変わった!
「治部? そなた何を言っているのだ?」
「あら、本当の事を言われて怒ったの。相変わらず器量の小さい御仁ね。そんな事だから信州を手懐けられないのよ」
信州を? なんの事だ。
「黙れ! 織田の虜囚に甘んじておる貴様に何が分かる! 貴様も一国の主で在るならば何故、自害せぬ。何故、生きて恥を晒しておる?」
突然立ち上がって長姫を罵倒する晴信。
あー、確かに晴信の言い分は分かるな。
分かるけど、これって論点ずらしかな?
しかし、沸点低いな。
いや、それよりも挑発行為はやめて、お願い。
「あら、図星を突かれて怒るなんて。おほほほ」
だから、火に油を注ぐような事をしないで!
「貴様!」「御館様を愚弄するか!」
「そこになおれ。成敗致す!」
武田家臣が腰に手を掛けて今にも抜きそうになる。
ヤバい、ヤバいよ。
「ぶははは。これはおかしな事よ。得物を持たぬ我らに対して言葉ではなく刀で語るとはな? どうする勝三郎」
え、利久?
「そうさな。我らに口で勝てぬから武を持って勝つ気のようだ。武田は丸腰の相手しか斬れぬらしい。何と臆病な連中よ。くく」
おいおいおい、どうしたんだよ勝三郎?
「さあ、誰が一番臆病者かな? ははは」
利久。お願いもう止めて!
「良かろう。叩き斬ってくれる!」
馬鹿馬鹿、そんな挑発に乗るなよ。
何人かが刀を抜こうとして立ち上がった。
「控えよ! この馬鹿者どもが!」
左側の上座に近い席の人が座ったまま周りを叱責した。
「御館様も御静まりくだされ」
今度は右側の上座の人が晴信に声をかける。
この二人、武田家の重臣なんだろうな?
この二人の声に武田家臣達は腰を下ろし、晴信も乱暴に腰を下ろす。
この大広間に何とも言えない緊張感が漂っていた。
この二人も気になるけど、晴信は冷静な人物だと思っていたけど結構血の気が多いみたいだ。
長姫の挑発に易々と乗ってるし、何か俺が持ってる信玄のイメージと違うな?
何かぶつぶつと言ってるし。
「治部様。こちらも色々と忙しいのです。要件は分かっておりますからこちらからお話致しましょう。如何かな?」
左側の三十台後半ぐらいの人が長姫に話しかける。
ほ、良かった。やっと話が進むよ。
「民部。俺が話しているのだぞ?」
「兄者。少し頭を冷やしなされ」
晴信が左側の人を民部と呼び。
右側の人が晴信を兄者と呼んだ。
民部? 兄者?
あ、『馬場民部』か! それに『次郎信繁』か?
「まあそうね。大膳は本当にからかい甲斐があって楽しいけど、話が進まないものね。良いわよ。馬場」
「では、進めましょう」
やっぱりそうか。
馬場民部『不死身の鬼美濃』と呼ばれた人物だ。
確か一国を任せられる器とか言われていた筈だ。
それに『次郎信繁』は晴信の実弟だ。
えーと、『まことの武士? 武将』と言われて江戸時代では凄い人気者だったとか?
う~ん、武田四天王は知ってるけど信繁は名前ぐらいしか知らないな?
「誼を結ぶ条件としましては……」
「待って、それは駄目よ。あくまでも対等な条件でなくては?」
「では婚姻に関しては……」
信繁は見た感じはとても温厚そうで優しい感じがするな。
でも、得てしてこう言う人が怒らせると手がつけられないようになるんだよな。
お願いだからこの人を怒らせないで下さいね長姫。
「という条件で宜しいでしょうか? 治部殿」
「そうね、悪くないわ。あ、そうだ! 馬場もこんな奴のお守りなんか止めてこっちに来ない? 楽しいわよ」
「御戯れを」
「そう。残念」
と、俺が考えていると話し合いは終わりを迎えていたようだ。
それにさらっとスカウトする辺りが怖い。
「治部よ。御主は何故織田に与する。織田は今川の敵ではないか?」
あ、晴信が何か言ってる。
「ふう、大膳。あなたと話す事なんてわたくしには何もありませんわ。所で次郎。あなたはどう? こんな身内の世話はもう飽き飽きでしょう?」
「ぐ、ぐぐ」 「あまりからかわないで頂きたいですね。長姫」
「あら、治部とは呼ばないのね」
「あなたはもう、治部殿ではないでしょう?」
「わたくしは今も治部よ。今川 治部大輔 義元よ」
「そうですか?」
「そうよ。だから駿河に攻め込めば……」
「分かっております。この話も無かった事になりますね」
「御主ら、俺を」
「では、後日細部を詰めると致しましょう。宜しいか?」
晴信が何か言いたそうにしているけど、馬場民部が遮って終わらせようとしていた。
なんか可哀想だね晴信。
「そうね。でも、一つだけ聞きたいわ?」
「何ですか?」
長姫はまだ何かあるのか?
もう、終わりなんだから帰ろうよ。
「次郎。あなたの御父上はここに居るの?」
御父上? えーと誰だっけ。
うん、信繁の笑みが消えた?
「私は知りませぬ」
「そう、ならいいわ。では帰らせて貰うわね」
「どうぞ。お送り致しましょう」
「必要ないわ。じゃあ、またね」
そういうと長姫が立ち上がった。
やった! 帰れる。
「急いで帰りましょう。あれと顔を合わせると大変だわ」
長姫が俺に囁いた。
あれってなんだ?
「待て!」
だー、何だよもう!
さっきまで空気だった人。
なんかまだ用なのかよ?
「貴様。名は?」
え、誰に言ってんの?
「貴様だ! 治部とさっき話した貴様だ!」
あ、俺?
「木下 藤吉です」
「木下? そうか。貴様が木下か」
な、何だよその笑顔は?
「さ、帰るわよ。藤吉」
あ、待って下さい長姫。
何か後ろでごちゃごちゃ言ってるみたいだけど、さっさと立ち去った。
えーと、良かったのかこれで?
「最上の結果だな。藤吉」
「へ、ああ、そうだな」
「なんだ藤吉。何かあんのか?」
俺達は廊下を歩きながらさっきまでの事を話していた。
半分以上聞いてなかったけどな。
勝三郎は同盟の件が上手く行ったので喜び。
利久は暴れられなかった事を残念がり。
そして、俺は……
「しかし姫さん。本当に大丈夫なのかい。あんな事約束して」
「あら、今回の件はわたくしに全部任されてますのよ。心配入りませんわ」
「この人やっぱり姫様なんだよな。姉さん。心配するだけ無駄ですよ?」
「でもねえ。藤吉はどう思ってるんだい? 藤吉?」
「へ、ああ、何だっけ?」
「さっきからどうしたんだい? 大丈夫かい」
「ああ、心配ないよ。大丈夫だから」
何だろうな? あの晴信の笑顔は?
「大丈夫ですわよ藤吉。わたくしが付いてますわ!」
「あ、こら。姫さん。藤吉にくっつくな!」
「「「やれやれ」」」
俺は両手に華を持ちながら考え込んでいた。
どうしても引っ掛かる。
何で晴信は俺の名前を知っていたんだ?
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