第百十二話 長姫の策略にて候う
敵が、斎藤勢が退いていく?
「藤吉! 見ろ。敵が退いているぞ!」
言われなくても分かってるよ利久。
「藤吉様。やりましたね!」
そうだな犬千代。
やってくれたな小一!
「ふぅ、間に合ったみたいだねえ」
ああ、後一日遅かったら…… 逃げるしかなかったな?
「おお、直元が来よったか?」
「これで仇討ちが出来ますよ。良通殿」
「うむ、うむ」
良通が涙を流して頷いている。
あの頑固親父が泣いているのだ。
俺はその顔を見ないようにして言葉を続ける。
「直元殿を迎い入れて、兵に休息を与えましょう。本番は刈り入れが終わってからです」
「うん、うん。そうだな」
あら、あら。素直になってまあ?
それから氏家直元の率いる兵を城に入れてから、去って行く斎藤勢に斥候を放って見張ってから兵に休息を与えた。
良通と直元は涙を流しながら抱き合っていた。
うう、暑苦しい親父同士で抱き合う姿は見たくない。
兵達は疲れ果てたのか。
その場でしゃがんで寝ている者。
ぼー、と空を見ている者。
涙を流して喜び合っている者。
それぞれが生きている事を喜んでいるように見えた。
だが、俺にはまだやる事が残っている。
「直元殿。詳細を教えて貰えますか?」
「お、おお。すまん、すまん藤吉。中でゆっくり話そうか?」
「ええ、そうですね」
ここは大手門で皆の目も有る。
俺達は中で直元の話を聞く事にした。
俺達が籠城している間の外の様子を……
小六からたびたび報告を貰っていたが、それだけではよく分からない事もある。
特に俺が直接関わっていない事がとても気になった。
何せこの策を考えて実行したのはおれではない。
『今川 長得』の発案なのだから!
遡ること一月前。
俺が利久達と合流した次の日の事。
俺は稲葉家の者を大垣に連れて行った時に長康と会ったのだ。
長康は俺に長姫の書状を渡してくれた。
その内容は……
『お元気でしょうか? 藤吉。(中略) 呆れて物も言えませんわ。全くこれだから田舎者は…… (中略) 藤吉は曽根城の防衛で動けないでしょうから、わたくしに全てお任せなさいな。良いですか。 (中略) という訳で小一と長康に友貞を使わせて欲しいのです。 それとも藤吉には妙案が有りましょうや? (中略)大丈夫です。家の事は心配入りませぬ。わたくしがしっかりとお守り致します。ですから藤吉は手柄を、生き延びる事を考えて下さいな。 さしあたって籠城で必要な策を幾つか用意しました。参考になさって下さいませ。(中略) それでは返事を御待ちしております。 貴方の長得より』(現代語訳)
何だか要らんことをごちゃごちゃと書いてあった文だ。
要点を纏めると。
長得は斎藤勢を曽根城に釘付けにして欲しい事。
その間に墨俣築城の準備とその実行を任せて欲しい事。
築城後に氏家直元を援軍に送る事。
この三点が書かれていた。
その他には籠城戦についての注意事。
木下家の近況と長島についての事。
そして、織田家の事。
織田家は今、斎藤家の内乱を静観する事でまとまっていた事。
俺の事が話されてなかった事。
俺が織田家から見放された事だった。
これを読んだ俺の絶望感が分かるだろうか?
俺が必死に奉公した織田家は俺を見捨てたのだ。
そんな織田家を許せるものか!
俺が文を見て憤っていると隣に居た犬千代が文を見て怒った。
「これは出鱈目です! 市姫様に信光様は藤吉様を見捨てては下りません。市姫様は藤吉様に直ぐに戻ってくるように私に、あ!」
な、何だと!
「おい!」
我ながらものすごいドスの入った声だった。
「あ、あのですね。その……」
それから犬千代の弁明が始まった。
犬千代はどうやらその場の雰囲気で言い出せなかったようだ。
それはまあ、いい。
いや、良くないけどな?
それにしても長姫は俺を怒らせたいのか?
そして、織田家から俺が離れるのが狙いなのか?
長姫の思惑がよく分からないが、俺を心配している事は文面を見れば分かる。
ただ、織田家の事に関しては半分は出鱈目だった。
だが、長姫の考えた策は行けそうな気がした。
このままだと稲葉家と氏家家は滅ぼされてしまう。
それは斎藤家の直轄支配が増えて斎藤家による美濃の統制が増すだけだ。
そうなると斎藤家との戦いが厳しいものになるだろう。
そうさせない為に俺は稲葉良通と供に戦うのだ。
俺は直ぐに文を書いて長康に渡した。
文にはこう書いた。
『長姫の思うがままに為さるが宜しかろう』
長姫に全て任せる事にした。
俺はこれから曽根城で籠城して戦う。
外に連絡を取って指示を出してもタイムラグが発生する。
それよりは長姫に全て任せて、俺は報告を受け取るだけにしておく。
この方が籠城戦に集中出来る。
そして帰ったら長姫は折檻だ!
「良いのかい。藤吉?」
心配する小六の気持ちも分かる。
長姫に全て任せるという事は俺達全ての命を長姫に預ける事になるのだ。
だが、心配要らないだろう。
「大丈夫だ小六。上手く行かなくても一緒に死んでくれるだろう?」
「……当たり前だろ。あたしは藤吉と死ぬまで一緒だよ!」
小六が俺に抱き付いた。
それを見て犬千代も俺に抱き付く。
「わ、私も一緒です!」
「ふぅ、相変わらずだな。大将は」
長康には弟の利定に宜しくと伝えた。
『生きて帰った時に何もしてなかったら殺す』と言っておいた。
「……分かったよ。大将。ちゃんと伝えておくよ」
こうしたやり取りを終えて曽根城に戻って来たのだ。
その後のやり取りは蜂須賀党を使って小六が俺に伝えるようにしていた。
そして今、氏家直元から詳細を聞いていた。
「墨俣築城には坪内殿と服部殿が主導していた。私は城が出来上がるまでひたすら待ったのだ。そして昨日の夜に報告が来たので夜が開ける前に城を出たのだ」
そうか。あの二人がやってくれたのか。
あれ? 小一はどうしたんだ。
「そなたの弟は二人を纏めていたと聞いている。大した弟をお持ちだな」
そうだろう、そうだろう。
自慢の弟だからな!
しかし、実際は危なかった。
本当に紙一重の差だったのだ。
こんな事はもう経験したくないな。
その後も話を聞きながら今後の事を話した。
しかし、直元は俺達の籠城戦の事が気になってその事ばかり聞いてきた。
それに良通と利久が嬉々として話し出したので何も話し合う事が出来なかった。
そして、俺達が和気あいあいと話していると斥候に出していた者達が戻ってきた。
その者達は大分慌てたのか。
息が乱れていた。
「ほ、報告します。井ノ口に、井ノ口に……」
「井ノ口がどうかしたのか?」
良通が問いただす。
「は、井ノ口に武田が現れました! 大軍です!」
「な、何だと!」
た、武田がやって、やって来たのか?
嘘だろ? そんな事は……
何で武田が井ノ口に居るんだよ?
「間違いないのか?」
「間違い御座いません。あれは武田の旗です。見間違える筈がありません!」
良通達が怒鳴っている。
俺はそれを呆然と見ていた。
あの武田が動いた。
これから先、俺はどうしたらいいんだ?
目の前が真っ暗になっていく。
俺はその場に倒れた。
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