第百七話 曽根城の戦い
……また、やってしまった。
俺はどうしてあんな事を言ってしまったのか?
いくら稲葉良通を味方に引き込む為とは言え、勝ち目のない籠城戦を一緒に戦う事になるなんて!
ああ、少し前に戻ってやり直したい。
しかし、そんな事が出来る訳もなく。
俺と小六はこの曽根城での籠城戦に参加する事になった。
野戦の経験が有っても籠城戦なんて初めてだ。
何をしたら良いのか分からない。
鳴海城の時は山口親子が全てやってくれた。
俺と勝三郎は外に出て戦う為の準備しかしていない。
とても不安だ。
それに今回連れて来た蜂須賀党は十人だけ。
俺と小六を含めて十二人しかいない。
これは坪内利定を連れて来るべきだろうか?
「藤吉。稲葉が既に氏家に連絡しているから、こっちは利定に連絡しようかねえ?」
「そうだな。直ぐに動かせそうなのは奴しかいないしな。頼めるか?」
「うふ、勿論だよ!」
小六は俺に頼られてとても嬉しいようだ。
俺も小六には全幅の信頼を寄せている。
この戦いを無事に終えたら、晴れて夫婦だ。
あ、なんかフラグ立ったかな?
そして、翌々日には坪内の兵が五十人ほどやって来た。
「たったこれだけかよ?」
「すみません大将。直ぐに来れる兵はこれだけです。本隊は後十日は掛かりやす」
坪内の兵が俺の問いに答える。
「あいつはどうしたんだい?」
「は、はい。あの~、その~」
「次に会ったら殺すと伝えな」
コッエー。目が座ってるよ。
小六の威圧感が半端ない。
兵はすごすごと下がって行った。
「大した援軍だな。藤吉?」
あ、鍾馗様がやって来た。違った。
稲葉良通がやって来た。
「氏家殿もまだ来てませんから一緒になるじゃないですか?」
「ふん、直元は後五日でやって来るわ。お主の手勢は本当にやって来るのか?」
む、これにはカチンと来た!
「人の援軍を頼りにするよりは、勝つ為の方策を考えたらどうですか?」
「うむ、そうだな。後で広間に来い。ではな」
笑いながら良通が去っていった。
この二日ほど小六と城を見て回ったが、この城で籠城戦をするのは厳しいような気がする。
内堀と外堀があり二ノ丸まで有るのだが、何せこの城は平城だ。
四方を囲まれては厳しいだろう。
少ない兵を分散して守るのは辛い。
それに…… この城の兵は何故か明るいのだ。
これから勝ち目のない戦が始まるかもしれないのに暗い顔をしている者がいない。
なら勝てると思っているのかと思えば、そうではない。
「稲葉家の意地を見せてやろうぞ!」
「死んだ者達に笑われん戦いをしなくてはな」
「親父。俺ももうすぐそっちに行くからな」
玉砕する気満々だ。
兵達がこうなのだから、当然大将の良通もそうなのだろう。
勝ち目が無くても一矢報いてやろうと思っているのだ。
斎藤義龍は本当に慕われていたんだな。
義龍と供に死ねなかったのがよほど悔しかったのだろう。
しかし、俺はそんな稲葉家の事情等知った事ではない!
生き残って小六と祝言を挙げるのだ!
今度こそ誰にも邪魔はさせない。
広間で評定が行われたが、俺には発言権がなかった。
と言うよりは発言する機会がなかったのだ。
籠城するのは予め決まっており、道三が兵を率いて来たら玉砕覚悟で突っ込むと決まった。
俺は良通達が突っ込んだ後に稲葉家の者を連れ出して大垣城までの護衛を頼まれた。
駄目だコイツら。話にならない。
直元はコイツらに比べたらはるかにまともだった。
話を聞く気も有ったし説得する事も出来た。
それなのにコイツらと来たら?
俺は良通に再度説得しようとしたが小六に止められた。
「駄目だよ藤吉。ああなった稲葉殿は誰にも止められないよ」
でもこれじゃあ!
「なら、話を聞く気にさせればいいんだろう」
「それでこそあたしの藤吉だ」
良通に玉砕なんてさせない。
俺達が勝てると思わせれば話を聞いてくれるはずだ。
その為には……
そして、翌日には斎藤龍重の先鋒隊がやって来た。
その数千五百。隊を率いているのが誰かは分からない。
しかし、行軍には乱れは無いようだ。
これだと奇襲を掛ける事も出来ないかもしれない。
「ふん、日根野か」
良道は相手が誰か知っていたようだ。
日根野か?
えーと、確か…… あ、思い出した!
『日根野弘就』
確か義龍、龍興に仕えて信長と戦ってる。
その後は浪人して今川の元で戦ったり、伊勢長島一向宗の元で戦った筈だ。
その後は信長に仕えてるんだよな?
だったら最初から仕えろよと言いたい。
信長の後は秀吉に仕えて最後はどうなったのかは知らない。
こっちでは義龍側で戦っていたが義龍が亡くなると龍重に仕えている。
結構重用されて要るんだな?
先鋒隊を任されるほどだから。
しかしこれは良通にとって戦い辛い相手ではないだろうか?
何せついこの間までは一緒に戦っていたのだ。
俺なら躊躇ってしまうだろう。
「ふふふ。日根野とは一度戦ってみたかったのだ」
あ、戦闘狂なのね?
「馬を引けえ! 出るぞ!」
え、ちょっとマジかよ! 早すぎるよ。
俺が止める暇もなく良通は手勢を率いて城を出ていってしまった。
「あの親父!」
「どうする藤吉?」
どうもこうもない。
直ぐに追いかけて止めるべきなんだろうが、俺達は百人といない少人数だ。
数百の軍勢を止める事は出来ないかもしれない。
しかし、それにはもう遅すぎた。
良通達は既に戦っている。
「出るぞ小六。稲葉勢を援護するんだ!」
「分かったよ藤吉。行くよ、野郎ども!」
「「「おう!」」」
俺と小六率いる木下隊が戦場に着くと、稲葉隊は日根野隊に押されていた。
数で劣っていた事もあるかもしれないが、明らかに日根野隊の方が勢いがある!
対して稲葉隊は防戦一方だ。
「相手の左翼に突っ込むぞ!行くぞ!」
こっちから見てやや手薄な左翼に突っ込む事にした。
俺の号令と供に日根野隊の左翼に突っ込もうとしたその時!
「待った!藤吉。あそこに他の軍勢が居るよ!」
小六が指差すその先に三百近い軍勢が見えた。
これは不味い! 伏兵が居たのか?
「突撃中止。後退するぞ!」
俺が慌てて指示を出すと、所属不明の軍勢がこちらにやって来る。
不味い、不味い!
「反転して逃げ」
「おーい、藤吉!俺だ、俺!」
え、俺俺って誰だよ? おれおれ詐欺かよ?
「藤吉様ー!犬千代が参りました!」
は、犬千代?
「ち、もう来たのかい」
え、小六知ってるの?
「待たせたな藤吉。前田家精鋭三百が加勢に来たぞ!」
利久!
「前田犬千代。藤吉様の為に参りました!」
あ、ありがとう、ございます。
利久率いる前田隊三百がやって来たのだ!
これでこの戦いはもらった。
「利久。着いて早々悪いが一緒に戦ってくれるか?」
「勿論だ! 腕が鳴るわ!」
「わ、私も一緒に戦います!」
「負け犬ちゃんは出しゃばるんじゃないよ?」
「負け犬ではありません!犬千代です!」
小六と犬千代はいつも通りだな。
何だか肩の力が抜ける。
「なんだ藤吉。笑ってるのか?」
「ああ、いつも通りで頼もしいよ」
「なら、いつも通り蹴散らすか?」
「俺とお前が一緒に戦うのは初めてだぞ」
「そうだったか? まあ、気にするな。行くぞ!」
利久が一騎で駆け出した。
あいつ、無茶をする。
「あ、待て利久! 行くぞ皆。利久に遅れをとるな。突っ込め!」
「「「おう!」」」
その日、前田利久率いる前田隊三百の加勢を受けた稲葉良通は龍重の先鋒隊を打ち破った。
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