第百六話 拐われそうになりて候う
明智十兵衛が刀を抜いたと分かった瞬間。
十兵衛は俺の襟を掴むと自らに引き寄せ刀を俺の首筋に当てた。
「「「大将!」」」 「動くな!」
護衛の三人が俺を救おうと動こうとしたが十兵衛の声に反応してピタッと止まる。
「十兵衛、さん? 何のつもりですか?」
「このまま私と一緒に来て貰います。道三様がお待ちです」
あー、もしかして十兵衛の用事は俺だったのか?
「俺ははっきりと断ったはずなんですけど?」
「再戦の約束をされているじゃないですか?」
「ぐっ」
痛い所を突いてくれる。
そう言う意味の再戦じゃなかったのにな。
それにしてもさすが蝮と言った所か。
噛まれて毒を盛られたようだ。
こんなしつこい毒はいらないよ!
「止めましょうよ。ここで騒ぎなんて起こしても得になりませんよ?」
「そうですね。なら、あなたを殺してここを去っても良いんですよ」
そんな事出来るわけ…… 殺られそうな気がする。
「まだ死にたくないのでご一緒しても良いですか?」
「賢明な判断です。おい!」
十兵衛の後ろから四人ほど現れると護衛の持っている刀を取り上げる。
そして、護衛の三人は縄で縛り上げられる。
すまん。まだ命が惜しいんだ。
ついでに俺も手を縛られる。
ちょっと痛いんですけど?
「では、行きましょうか。藤吉殿」
「わざわざここで張っていたんですか?」
「あなたは必ず現れると思っていました。まさか、城に入って直ぐに会えるとは思ってませんでしたけどね」
爽やかイケメンが微笑みを浮かべる。
女性だったら『はぅ』となってしまうだろうが生憎俺は男だ。
憎たらしいだけだ。
「では、行きましょう。何、取って食われる訳ではありませんよ」
そうか、取って食われるのか。俺は。
俺に刀を突き付けたまま、十兵衛が歩き出す。
俺も十兵衛配下の者も一緒に歩き出した。
俺の前に二人、隣に十兵衛、後ろに二人が付いている。
逃げ出す事も出来ない。
不味いな。このまま付いて行ったらどんな目に会うのか?
俺が不安に思っていると後ろにいた配下の一人が俺にもたれ掛かる。
「ちょっ、重いんだけど?」
俺は体をひねって交わすと、配下の者はそのまま倒れた。
背中から血が流れている。
斬られた後があった。
「どこに行くんだい。十兵衛」
声のする方を見れば刀を肩に乗せた小六が立っていた。
素敵よ小六! 早く助けて!
「小六さん。お久しぶりです」
「挨拶はいいよ。さぁ、早く藤吉を離しな」
肩に乗せていた刀を前に突き出し十兵衛に迫る小六。
「問答無用ですか?」
突っ込んでくる小六に対して十兵衛は上段に構えて振り下ろす。
「しゃらくさいよ。青二才!」
いや、この中で一番年上は十兵衛だろ?
十兵衛の振り下ろしを半身になって交わす小六。
そのまま俺と十兵衛を繋げた縄を斬る。
助かった!
俺は素早く十兵衛達から距離を取る為に庭に出る。
「く、邪魔をしないで下さい。小六さん」
「嫌だね。藤吉は誰にも渡さないよ!」
そうだ、そうだ!俺は小六のもんだ!
は、いや違う。いや、違わないか?
「稲葉の旦那にも振られたんだろ。色男も形無しだねえ」
「あなたに私の何が分かるんです。あなたこそ美濃を滅茶苦茶にした張本人ではないですか!」
小六は構えを崩さずに俺の近くに寄ってくる。
「それは違うね。蝮の旦那がもっとしっかり手綱を持っていればこんな事には成らなかっただろうさ」
十兵衛は俺や小六を睨み付けて言い放つ。
「貴方達は私の美濃を壊した。その償いは必ずさせてもらう!」
そう言うと十兵衛達は逃げていった。
「大丈夫かい。藤吉?」
「助かったよ。小六」
小六は俺の縄を切って抱きついた。
「良かった。本当に良かった」
小六の顔は見れなかったが俺の肩が濡れていた。
心配させてしまった。
俺は小六の頬に優しくキスをした。
十兵衛に誘拐されそうになった俺だが無事に稲葉良通に面会する事が出来た。
ちなみに十兵衛達を捕らえる事は出来なかった。
十兵衛に会う前に良通に会っていれば城内の人達に手伝って貰えただろうが、会う前の俺は客人扱いですらなかった。
そんな人の手伝い等してもらえる訳がない。
それに……
「十兵衛達に手を出す訳にはいかぬ」
無念そうな顔で謝る良通。
どうも十兵衛は良通に会って帰りの安全を約束する約定を結んでいたようだ。
さすがに抜け目がない。
『稲葉良通』
背は俺と同じくらい、目はつり上がり髭が逆立って見える。
まるで鍾馗様のようだ。
一言で言えば、怖い。
良通の話によると。
十兵衛は道三から命を受けて良通に面会していた。
その内容は、良道に井ノ口に来るようにとの事だった。
「ふん、わしに人質になれと言う事だ」
昨日まで面会を断っていた良通であったが、十兵衛から主命である事を言い渡された為に面会したら、この命令だ。
しかし、十兵衛も最初から主命だと言っていれば直ぐに面会出来たのにな?
いや、俺がやって来るタイミングを見計らっていたのかもしれない。
そして、俺がやって来た所で先に良通と面会して、その後に俺が面会を終えて帰る所を襲って拐うつもりだったのだろう。
それに本当は俺を殺すつもりだったのかもしれない。
あの捨てゼリフにしろ。
俺の首筋に刀を当てた事も。
刀を当てられた所は少し切れていた。
最初に会った時は爽やかイケメンで優しい人だったのにな?
今じゃかなり恨まれているようだ。
まあ、俺も今の十兵衛はあまり好きじゃないから、どっちもどっちだな。
そして、良通の説得なのだが……
「わしが井ノ口に行くものか!断ってやったわ!」
どうやら説得する必要もなかった。
あなたは人質の重道を見捨てるのか?
しかし、そんな事は良通も分かっている。
「あれとは既に別れを済ませている」
そんな寂しそうな顔で言うなよ!
しかし、もう無理だろう。
良通は道三に攻め込ませる為の口実を与えてしまった。
今頃は道三が兵の準備を整えて、十兵衛の帰りを待っている。
後三ヶ月だけ待って欲しかった!
そうすれば織田家の兵一万以上が美濃に侵攻出来たのに。
まったく早まった真似をしてくれた。
「わしと直元だけで戦う。助太刀無用よ!」
そう言われて『はい、そうですね』と言えるか!
「織田家は、いや。俺はあんたの力が必要なんだ!ここで死なせる訳にはいかない!」
「直元はお主を認めたようだが、わしはそうはいかぬぞ!わしらだけで戦うのだ。早く城を出ろ!」
この頑固一徹が!
この曽根城には千人足らずの兵しかいない。
攻め手は一万とはいかなくても八千ぐらいは来るだろう。
とても戦えない。
せめて大垣城まで下がって戦えば何とか?
「なら、俺もあんたとここで戦う。どうせあんたも俺も蝮から狙われてるんだ。だったらここで蝮に一太刀浴びせてやる!」
心中するつもりはないが俺を良通に認めて貰う為には近くにいた方がいい。
そして、不本意ながらここで防衛戦をやらないといけない。
長姫が上手く市姫様を説得して早めに兵を出して貰うしかない。
「ふん、良いだろう。ならばわしと一緒に戦って貰おうか」
良通は俺に向かって獰猛な笑みを浮かべた。
味方に向ける顔じゃないな?
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