第百一話 騒動の夜にて候う
斎藤道三の会談から一夜が明けた。
俺達は一旦尾張に戻る事にした。
昨夜は大変だった。
昨日の事を思い出すと震えが来る。
※※※※※※
その日、道三との交渉?は決裂した。
双六勝負で俺達の安全を確保したのだが、二人の花魁は直ぐに帰る事を拒否。
そのまま一泊する事になった。
俺達が居た賭場は宿泊施設も一緒だ。
奥の部屋がVIP用の部屋で食事も楽しめる。
そして、ここには遊女(男娼)も居る。
賭場で勝って食事をして女(男)を買って泊まる。
すべてがセットになっているのだ。
小六はここのVIP会員のようでこの花魁姿は俺に見せる為に着替えたのだ。
そして、長姫も嫌がる所かノリノリで着替えたそうだ。
まあ、二人供似合っているから良いけどね。
そんな二人と俺は食事と酒を楽しんでいる。
扇情的な姿の小六と長姫は本当に眼の保養じゃない、眼の毒だ!
自然と胸元や生足に目線が行ってしまう。
それに二人とも隠そうとしていない。
困ったものだ。
そして、そんな二人は……
「小六さん。夜更かしは肌に良くないですわよ」
「あら姫さん。ご心配ありがとうね。でもこのくらい平気よ。姫さんこそ早く休んだらどうだい?」
「おほほほ。わたくしはまだまだ若いですからご心配には及ばなくてよ。おほほほ」
とまあ、こんな感じである。
しかし、真面目な話もしている。
「濃姫が旦那と繋がってるなんてないよ。ない」
「本当か?」
「旦那得意のはったりだよ。いかにもそれらしい話をして誘導するのさ。あたしもよく使う手だよ」
そうか。あの話は嘘なのか?
道三と濃姫が文のやり取りをしていても不思議じゃない。
本当かどうかはこの場では確かめようがない。
いや、確かめる事が出来たかもしれないが衝撃が大きくてそこまで頭が回らなかった。
これも道三の話術が巧みだったからだ。
俺も今度真似してみよう。
「武田が動いてるのは本当かな?」
「間違いないでしょうね。晴信の性格からしたら慎重に動いてるつもりでしょうけど、家臣達の動きで丸わかりですわよ」
「道三はそれを知って焦ってるのか?」
「先の同盟話は織田家には利がありましたわ。市なら龍重を操るくらい分けないでしょうに。そうすれば織田家は美濃と尾張の二か国の大名。武田や今川等相手になりませんわよ」
「武田は強兵だよ。相手するのは難しいだろう?」
「ふふ、武田は四方を敵に回してますわ。上手く立ち回れば武田等恐れることはないのよ」
長姫は強気だな。
確かに史実では武田は四方から攻められて裏切りが続出して滅んだ。
でもあれは他にも色々と原因が有ったからそうなっただけで、それに武田信玄は今も健在なんだ。
そう簡単には行かないだろう?
それからは三人で次の手を考える事にした。
今までは小六が案を出して俺が修正して策を考えていたが、長姫が加わった事でより戦略と戦術を考える事が出来た。
やはり一国、じゃない三か国を支配していた大名は違うな?
しかし、長姫はなんで俺にこうも協力的なのだろうか?
いや、分かっているんだ。
俺は分かっていて分かってないふりをしている。
俺はとても卑怯な男なんだ。
小六にしてもそうだ。
道三に向けた小六の言葉は俺の心に突き刺さっている。
もちろん責任は取るつもりだ。
これ以上の不義理はしたくない。
でもな~。
「姫さん。いい加減おねむの時間だよ。早く寝所に行ったらどうだい?」
「あら、小六さんこそ。夜更かしは良くありませんわ。そんなに若くないのですから?」
「ああ!」「なんですの!」
二人は額が付くか付かないかの距離で睨み合っている。
けっこう飲んでるしな?
取っ組み合いになる事はないだろうけど。
どうしよう?
「俺は先に寝るからね? お休み」
「あ、後で行くからね。藤吉」
「直ぐに参りますからね。藤吉」
「「決着をつけようかねえ(つけましょうか)」」
好きにしてね。
結局二人は明け方まで寝所にやって来ることはなかった。
俺が起きて隣の部屋を見てみると二人とも仲良く寝ていた。
案外この二人仲が良いのかもしれない。
もう少し一緒に行動したら良いコンビになるかも?
そうなって欲しいもんだ。
※※※※※※
美濃での工作期間は既に二十日が過ぎている。
今は織田家と斎藤家が水面下でやりあっている。
俺のように調略を仕掛けている者は多数いる。
きっと今も両家の家臣達が伝を使って文のやり取りや密会をしているだろう。
だが、織田家から裏切り者が出ることはないと思う。
野心ある人物は居るかもしれないが積極的に織田家を裏切る人物はいない。
そんな人物を信行が命懸けで排除したからだ。
今の織田家は一枚岩と言える。
そして、斎藤家はどうか?
斎藤家は先の内乱の傷が癒えていない。
それが証拠に西美濃四人衆のうち二人は確実にこちらに付いてくれる事になった。
他にも味方する国人衆は多い。
しかし、当主の龍重と隠居した道三はその国人衆を処罰する事が出来ない。
やり方は色々と有るかもしれないが処罰すると多くの国人衆は今勢いの有る織田家に走ってしまう。
龍重と道三が取るべき道は二つ有る。
一つ目は大きな合戦で織田家ないし周辺諸国と戦って勝つ事だ。
これによって斎藤家が今も力有る大名家だと国人衆にアピールできる。
二つ目は織田家以外の大名と同盟関係を結ぶ事だ。
この候補には朝倉家、六角家が上げられる。
朝倉と六角は浅井を挟んで陰険な関係だ。
両方と同盟関係を結ぶのは難しいだろう。
武田は長姫が言ってた通り無理だ。
そもそも東美濃の遠山家は元々斎藤家に臣従していたのだ。
今は斎藤家を見限って武田に付いてる。
武田は美濃侵攻を目論んでいるのは明らかだ!
そうなると斎藤家が取る現実的な手段は?
織田家との合戦を行う。
朝倉か六角と同盟関係を結ぶ。
武田とは合戦を避ける。
こんな所だろうか?
これは長姫が予想した物だ。
それに俺もこの案が妥当だと思う。
となると合戦の時期は今夏か晩秋か?
いずれにしても大きな合戦を起こすには銭と米が要る。
去年は凶作で米がない。
夏に戦を起こすだけの米がないのだ。
銭は最悪借銭すればいい。
戦は稲刈りが終わった秋だろうか?
それまでに色々と手を打っておく。
西美濃国人衆の調略は引き続き行うつもりだ。
氏家殿との約束も有る。
稲葉良通の解放は秋を目処にした方が良いかもしれない。
後で文を書くことにしよう。
そして、その間にある土地の調略を行わないといけない。
その土地は……
三日ほど掛けて尾張清洲に戻ってきた。
約一月ぶりの帰還だ。
こんなに書類仕事をしていないのは久しぶりだ。
もっと外に出ることにしよう。
屋敷に戻るといつも通りの光景を目にする。
母様ととも姉が畑に出ている。
朝日は寧々と蜂須賀屋敷で手習いだ。
小一と弥助さんの姿が見えない。
どうやら俺が頼んだ仕事を真面目にやっているようだ。
弥助さんは嫌がってやらないと言っていたが小一が引っ張って行ったのかもしれない。
もう少しやる気を出して欲しいもんだ弥助さんには。
そして長旅で疲れて部屋に大の字になって寝っ転がっているとドシドシとした足音がしてくる。
「大将ー! 居るかー!」
この声は長康だな? 弟の利定の事も有るからな。
一度じっくりと話そうと思っていたのだ。
ちょうどいい。
「ここだ! 長康!」
俺が返事をすると長康がやって来た。
「良かった。大将が今日にも帰ってくるのは知ってたけど、直接会えて良かった」
なんだ。 長康の顔色が良くない。
何か有ったのか?
「どうした長康。連絡はしていたろ?」
今日にも帰る事は家の者は知っている。
使いを出したからだ。
城には報せていない。
報せたらきっと拘束される。
間違いない!
「大将すまん!」
「何か有ったのか?」
「小一と弥助が捕まった。油断していた。まさか、彼奴ら」
俺は自分の血の気が引いていくのが分かった。
「誰だ!誰に捕まった!」
俺は長康の両肩を掴んで迫る。
「服部だ。服部左京進に捕まったんだ」
服部左京進。
伊勢長島近くの国人衆だ。
俺が小一に頼んだのは長島の調略活動だった。
男にはなれませんでした。
誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。
応援よろしくお願いします。