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12ヶ月

8月の一目惚れ

作者: ちーずん


  「うー・・・・・・もう、恋なんてしないー!」


  真夏の教室に私の声が響く。

  目の前に座る先生は口をポカンと開けて立ち上がった私を見ていた。


  「せ、芹沢?」


  先生の声が聞こえるが、今の私にはそんな物興味も無い。


  「お前、寝てただけだろ? 急に起きたと思えばなんだ、お前?」

  「もう、さいっっ、悪の夢だ! うがあア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

  「追試ちゃんと受けろーお前、成績ヤバイぞ?」


  先生というものは卑怯だと思う。

  何かあったら「成績が、成績が、」って成績の話をして来るのだ。

  成績なんて、先生のさじ加減なんだからちょっと甘めに付けてくれれば補修なんて引っかからないのに・・・・・・


  「成績」

  「ぐっ、はい・・・・・・」


  先生に圧力をかけられ、渋々シャーペンを握る。


  (今は、追試どころじゃないのに・・・・・・最悪・・・フラれるし追試だし、もう、やだ・・・・・・)


  全く分からない問題用紙を前にして私は早くも泣きそうだった。

  クーラーで冷えた教室に私の鼻をすする音が聞こえる。



  昨日、ずっと好きだった男子に告白して、「彼女がいるんだ」とフラれた私。

  絶対に両想いだと友人に背中を押されて告白してこの結果。

  何が両想いだ。

  彼女がいるのにそんな分けないじゃないか。



  思い出しただけで涙が出てくる。

  さっきだって、夢にフラれた場面だけ出てきた。

  気まずそうな顔。

  あんな顔を見るくらいなら初めから告白なんかするんじゃなかった。

  歪んでゆく視界。

  私はシャーペンを持つ手に力を込めて涙を止めた。


  「おい、芹沢の次はお前か、長谷川! 寝るな!」

  「いでっ」


  1人、センチメンタルな気分になっている所へ間抜けな声が聴こえる。

  声の方を見ると、私の隣の席に座る男子生徒が先生に丸めた教科書で頭を叩かれていた所だった。


  (気付かなかった・・・)


  昨日の事で頭がいっぱいだった私は彼の存在に気付かなかった。

  色の白い肌に真っ黒な髪。

  クラスの男子の様にチャラチャラしていない。

  追試受けてるし、寝てたけど。まあ、そこは私も同じだから何も言えない。

  「うー、」といいながら私と同じように問題用紙を見つめる姿に私は思わずキュンとした。


  (・・・・・・いやいやいや、まてまて! 私、軽すぎでしょ!? 昨日フラれたばっかりなのに・・・・・・)


  彼から目を離し、音を立てて暴れ始める胸に手を当てた。

  冷静に、冷静に、と呪文のように言い聞かせるが、鼓動は止まらない。

  何故だろうか。

  こんなにもドキドキするのは。


  もしかして・・・・・・


  (いやいやいや、違う違う!)


  頭に浮かんだ文字をかき消す。

  その言葉を認めてしまえば、私はまた落ちてしまう。


  (違う! 絶対に違う! 一目惚れなんかじゃ、絶対にないんだから!)


  「・・・・・・芹沢さん、だよね? この問題、難しくない?」


  1人、悶々と考える私に彼は問題用紙を突きつけながら聞いてくる。

  焦った私は、ぷいっと顔を背けることしか出来なかった。


  (いやいやいや、なんで、「やっちゃった」とか思ってんの? 普通に話したらいいのに、なんで言葉が出てこないの?)


  シャーペンを握りながら、私は悶絶するのであった。



  1日経って分かったことがある。

  どうやら、私は「長谷川くん」に恋をしているようだ。

  何組かも知らず、名前も知らない。どんな人かも知らないのに彼に恋をするなんて馬鹿みたいだ。

  軽い女だと言われても、反論できない。


  (それでも、気持ちは消えなかったんだよね・・・)


  昨日と同じ場所にバッグを置いて、席に着く。

  他にも席があるのにあえて一番前のこの席を選んだのは彼の隣にいたいから。

  自分でも気持ち悪いと思う。

  でも、もしかしたらまた隣に座ってくれて、今度こそは話が出来るのではないかなんて淡い期待を抱いていた。


  長谷川くんが座ったのは、私の斜め後ろの席。

  先生と私と長谷川くん3人だけの教室でわざと斜めに行く意味がわからない。


  「嫌われちゃったかな」


  呟いた言葉は無性に私の心を虚しい気分にさせた。



  「どんな感じの音楽が好きかな? どんな話が好きかな? モデル? 女優? アイドル? バンド? アニメ? ボカロ? わかんないや・・・」


  家に帰っても街を歩いていても追試を受けていても

  頭にあるのは長谷川くんの声と顔だけ。

  あれから1週間経つが長谷川くんが私に声をかけてきたのは初めて会った時の一言だけで私から長谷川くんに声をかける事なんてなかった。


  彼に、もっと近づきたい。

  言葉使いや仕草など1つ1つを好きになる。

  色が白く、大きな手でシャーペンを握る彼の真剣な顔も

  追試の点が悪くて先生に怒られている時の涙が溜まった瞳も

  すべてが好きだ。


  だからこそ、もっと近づきたいと思う。

  彼と一緒に出掛ける予定もないのに姿見の前で服を出してはどんな服が好きか、なんて考えている。


  この気持ちに、ブレーキなんてものは付いていないのかもしれない。


  走り出した思いは、私の知らないうちに溢れ出して両手では受け止められないほどになっていた。


  彼を見る度に、ぴしぴしと音を立ててヒビが入る恋心が詰まっているグラスは今にも割れそうだ。


  次に会った時には「好きだ」と感情のままに伝えてしまいそうだ。




  夏休みが終わりに近づくにつれて日差しが強くなっていく太陽。

  私を照りつける。

  蝉の声が五月蝿い。

  張り付く制服が気持ち悪い。

  汗で湿った2つに分かれた髪の毛が首に付く。


  会う度に溢れる思いは、口に出せない。

  それでも感情ばかりが積もる。


  いつしか、どこにいたって長谷川くんを探しているようになっていた。


  長谷川くんともっと一緒にいたい。プールだって行きたいし、海だって行きたい。そしてスイカ割りをしたり花火をしたり、扇風機を回しながら部屋でのんびり話したりするのもいいかな。

  そうだ。2人でクーラーの効いた図書館へ行って勉強をしよう。

  2人で一緒に宿題をしよう。


  それならきっと、眩しくてだるいだけの夏の太陽だって好きになれる。


  話すことすらできないのに、妄想は出来てしまうのだから私の頭は残念だ。


  怖い。フラれてしまうのが。


  きっと、話すことが出来なくなる。

  気まずくなる。


  (もともと、気まずくなる程仲良くなんてないし、話なんてできないでしょ!)


  どうしても後ろ向きになる考えを振り払う。


  不安で不安でしょうがない。

  一目惚れなんて初めてだし、話したこともない人に「好きだ」と言われても、迷惑なだけかもしれない。

  だけど、私は伝えたいのだ。彼に、この想いを。この、何度も忘れようとしたのに消えない想いを。


  この、止まらない想いを。



  好きになったらダメなのに、目で追っちゃダメなのに、溢れ出す思いは止まらない。


  歩く歩幅さえ、彼に近くなりたい。

  並んで、歩きたい。


  静かに時は過ぎ、教室のドアが開く。

  その向うには彼が立っていた。


  いつも私が座る席の斜め後ろ。

  それが君の特等席。


  「う、、」


  彼の前にたった私の目からは何故か涙が流れていた。


  「え、、ど、どうしたの?」


  急に泣き始めた私を見上げながら彼はオロオロとする。

  私は掠れた声で「大丈夫」とだけ答える。

  彼は心配そうに、「そう?」とだけ言うと心配そうに私を見ている。



  私は深呼吸をした。




  「あのね、私、長谷川くんが好き!」



  溢れ出す涙を拭うこともせずに私は叫ぶように彼に告げていた。


  きっと、私はフラれても笑っていられるだろう。


  何故か、そんなことを考えていた。

  きっと私は後悔しない。

  涙を流したまま私は長谷川くんを見る。


  彼は、目を見開いて私を見ていたが、にこりと笑って私に応えを告げた。


  私はその言葉を聞いて、涙を流しながらも笑う。




  太陽が照りつける教室の中、終わった一目惚れと新しい恋の風が教室の中で仲良く話す男女の間に吹いたようなきがした。

どうも、追試にならなかったのが奇跡だったと、思うくらい悲惨な結果だったテストと成績表は捨てました。影山こと、ちーずんです。作者名の統一のなさ!流石ボク!気軽に、ちーずんと読んでいただけると嬉しいです。

今回は、活動コメントにて「8月と言えば?」という事でいつも読んで下さる堀名様と、ヨネ様に夏のイメージを答えて頂いたのでそちらを使わせていただきました。芹沢の妄想で。

8月バージョンはもう終わったので、次は9月ですね。ちなみに、7月バージョンはというと、「雨乞蛍」が7月バージョンだったりします。では、また次回お会いしましょう!

(ちなみに、9月バージョンはまたいつか更新します!お楽しみに!)

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