1:promise a person the moon
爵位も金で買える王国セネトレア。その中でメイクィン家は男爵の爵位を持っていた。買おうと思えばそれ以上も買えるだろうが、そうしないのは訳がある。この家の者は、他のことに金を使いたがる者が多かったのだ。
俺が家を飛び出したのは、何時の頃だったろう。カーネフェル人外見の若い男が、この国でやっていくのは大変だった。女に変装したまま私物を売って金に換え、宗教国シャトランジアに渡り、聖教会の味方を付けるまで時間が掛かった。もう、五年前のことか。そう、五年ぶりの故郷は…………あの日抱いた感想のまま、醜く美しく……悲しい場所だ。
(この国は、狂ってる)
セネトレア、そこで生まれた俺自身そう思うのに、どうして彼らはそれに気付かないのだろう。まったく、両親の悪趣味ぶりには辟易してしまう。
俺が居ない間にまた、“作品”を増やしている。そのどれもが元は人間だったと思うと、一秒だってこの屋敷の空気を吸いたくはない。こうして通された客間の椅子やテーブルさえ、人体のパーツを加工した物かもしれぬのだ。
「何年ぶりかしら!! お帰りなさいアル!! まぁまぁまぁっ! しばらく見ない内に益々いい男になって! 」
「母さん、約束通り金なら持ってきました。今生きて居る全ての奴隷を俺に下さい」
「そんな話は後にしましょう? 貴方が帰ってくると知っていたら良いお茶を買っておくのでしたわ! 貴方っ! 貴方っ! 早く来て下さいまし! 」
「そんなに騒ぐな。今生きて居る……? そうだな、話は長くなる。しばらく泊まって行きなさい」
「父さん……? 」
「紹介しよう、この子は……イ、いや……アイギス」
父が呼び寄せた、小柄な少女。月明かりのような淡い金髪、琥珀のような輝きをもつ瞳……一目でそれが“混血”だと解る。だって俺達カーネフェル人の目は青か緑、タロック人は赤か黒。それ以外の色を持つのが、カーネフェルタロックの間に生まれた混血だ。
セネトレアという国は、正確には混血の国。カーネフェル、タロック人外見の者であっても元々血は薄く、純血とは呼べないのだが……彼らと外見が異なるために、俺達も今では純血と呼ばれる種族。
(混血……)
十数年前から突然彼らのような者が生まれ始めた。その多くが双子で生まれ、美しい外見をしているため。セネトレアは、奴隷貿易の中心地。混血はその中でも高価で価値ある商品だ。
純血同士の交わりでは、カーネフェルでは九割女、タロックでは九割男が生まれるようになって、少子化が進むようになる。そこで異人種同士が交わった結果が、今日。タロックの女は貴族の花嫁奴隷、カーネフェルの男は貴族の養子奴隷、そして混血は……その美しさから愛玩奴隷として価値を高めた。その中でも俺の両親は最も悪趣味で残酷な部類に入る。実の我が子である俺が、二人を心のそこから嫌悪するくらいには。
「アイギス……」
シャトランジアにも亡命してくる者はいた。教会とのコネを作る内に、接する機会もあったから、それをはじめて見たわけではない。
助けに来たと言う俺を見ても、何の反応も示さない、冷たい目。これまで見た混血の中で、もっとも印象的だと思うのは……そんな彼女の無感動さのため? それとも……違う理由だったのか?
彼女は外見だけなら天使のように愛らしい。白い服ならもっと似合うだろうに、着せられているのは黒をメインとした女中服。その色が、彼女の影を……その目に宿る悲しみを、より一層深い闇へと誘うようで、なんだか辛く思えた。
「今生きて居るのは、この子だけなんだ。しかしこの子はお前がどんな者かは知らない。警戒心の強い子でね。お前がこの子を信頼させ、この子がここを逃れたいと言ったなら……約束通りこの子をお前に引き渡そうアルゴール」
父が俺の名を呼んだ時、それまで一切感情を表に表さなかった彼女が俺を見た。すぐにそれを後悔したのか、彼女は俺から目を逸らす。俺の名に、彼女は何を思ったのかが気になって……俺は彼女を見つめ続けた。
*
「アイギスは、俺が嫌い? 」
「……どちらでもありません。嫌う理由も好きな理由も在りませんから」
「はっきり言うね」
給仕を終え下がろうとする彼女を追いかけ、俺も廊下へと出る。回り込んでも彼女は感情のある目で俺を見やしない。最初のあの時、一回だけだ。
「俺は教会にコネがある。君が頷いてくれればすぐにでも、俺は君をここから連れ出せる。君がこの家に拘る理由を教えてくれないか? 」
「シャトランジアにいらっしゃったのに、何もご存じないんですかアルゴール様? 僕が何処から来たのか、それからこの首輪の意味だけでも最低限調べて貰えなければ、貴方に話すことなど何もありません」
毒を吐く時だけ彼女は自棄に饒舌だ。うちの両親から酷い目に遭い、心を閉ざしているのは確か。その子供が信頼してくれなんて言っても、胡散臭いのも事実。これは長期戦になるなと俺は息を吐く。戻った卓上の茶は、すっかり冷えてしまっていた。
「もう、冬か」
第三島より雪は少ないが、セネトレア第一島も冬はそれなりには寒い。この国で冬を知らないのは南の第五島くらいだろうな。
俺が戻ったときには既に、彼女がこの家に来て数ヶ月が過ぎていた。俺が戻ったのが二ヶ月前。あの頃はまだ秋の中頃だった。彼女を口説くことと情報収集を並行していたが、彼女の反応はいまいちで成果は全く上がらない。
情報の方がまだマシか。しかし上がって来た情報の少女とは……印象がかなり違うのだ。部下から送らせた書類に刻まれた名は……
(ギメル=ベルンシュタイン……)
今年の晩春に、シャトランジアで行方不明になった混血の少女。夏ごろ数日のみ、奴隷通りでの目撃談もある。目の色も髪の色もアイギスとは一致している。しかし彼女は、同時に兄も行方不明になっている。アイギスがこの屋敷に囚われた理由も、物理的なこと以外に何かあるはずだ。
彼女の信頼を得るには、まずは兄貴の方を何とかしないと。別の貴族に買われたのか? 奴隷通りの調査が必要。となるとまた“金”だ……。金があれば商人の口を割らせることは可能だが、支援を受けた公費だけでは足りない。追加の資金提供を願い、先日やっと情報捜査を進められるに至る。
「一目見たけどもう先に買われていた。交渉したいから取引先を教えてくれ」と頼み込み、多額の金を見せつけた奴隷通りに金を流した。そしてようやく掴んだ情報は、“双子は二人とも、この家に購入された”ということだった。
有名な情報屋は王都の西裏町にあるけれど、彼らは敵地の情報には疎い。依頼後に捜査が入り、金に見合うだけの情報は寄越すと言うが、俺には時間が惜しかった。
安い純血奴隷ならいざ知らず、混血は高値の商品。アフターサービスも含め、顧客の情報は奴隷通りが管理している。相手は金払いの良いカモなのだ。それより金を払う素振りを見せさえすれば、此方もお得意様にはなれる。高い金を払ったのだ。どうか真実であってくれよと願わずには居られない。
(……イグニス=ベルンシュタイン)
アイギスの兄という少年は、聖教会にとって重要な人物だ。未来予知が出来る先読みの神子……教会の最高権力者が俺に帰省を命じたのも、それに関係しているし、今回聖教会が……神子が動いたのにも訳がある。だが、信頼を得るために費やした五年間に比べれば、この数ヶ月なんかどうってことはない。絶対に口説き落としてみせるぜ、アイギスちゃん!
(“次代の神子は混血、名前はイグニス。彼は今、セネトレアで奴隷の境遇……”)
しかし老いぼれ爺の予言は正確性に欠け、何処の誰の元に彼がいるかまでは解らないのだという。それでも見覚えがあるという老いぼれ神子は、セネトレアと最も縁が深かった俺を任務に抜擢したのだ。まぁ勿論飛ばされたのが俺一人ってわけもなく、セネトレアに縁のあるそこそこの数の人間が派遣されていて、時折情報の共有を図ってはいる。
(次期神子ってくらいだから当然無事だろうけど、うちの両親がそんな方向転換を図るとは思えないんだよな)
何かある。はっきりとは断定できないから、上へはまだ報告をしていない。
親父達が使っている離れが、問題の場所。子供の頃に一度踏み込み俺が気絶したほど恐ろしい所だ。今だって何をやって居るか解らない。
俺の父ナハト=メイクィンと母イヴ=メイクィンは、互いが互いの理解者だ。どちらも美しい者を愛して居るが、その目的は別のもの。しかしそれが上手い具合に噛み合って、二人の狂気は膨らんだ。
(決定的な証拠を掴む。そのためには、行かなければ)
夜は変態共の生活時間だ。侵入するならかえって昼間の方が良い。父は出かけているし、母も本邸で茶会中。
(俺だって、五年もシャトランジアで遊んでたわけじゃない)
懐から取り出した薬を使い、俺は寝台に潜り込む。やがて寝台で惰眠を貪る俺を俺は見下して、アリバイ工作を自演する。純血である俺には数術の才能こそないが、シャトランジアの第一聖教会は、数術研究の最高峰。凡人にも扱える裏技を伝授することなど難くない。
薬で体と精神を一時的に分離させ、別行動を取らせる。安全確保をした上での情報収集には便利なもの。寝首を掻かれる危険はあるが、うちの親父達は貴重な跡取りをわざわざ殺すほど愚かな人達ではない。
(頼んだぞ)
空いた肉体には教会から借りてきた精霊を入れ、万が一の事態に備える。これで準備はOKだ。
数術の才がある者はこの屋敷にはいないから、俺の精神体に気付く者はいない。薬の効果は眠って居る間……六時間はあるだろう。それだけあれば、証拠の一つ二つ見つけられるさ。俺は屋敷を進み、裏庭を越え……離れの扉をすり抜ける。十年振りの化け物屋敷は本邸ほどの広さはないが、エントランスまで設けてあって、小さめの屋敷と言える代物だった。昔よりも、作品が増えている。だが、趣味を変えたか? 入ってすぐ目に入る壮大な作品に……俺は言葉を失った。
中央には祈りを捧げる白き乙女の像。翼を付けた彼女は天の使いか。彼女の足下には失敗作を用いた骨の丘。
(“審判”……? )
不意に頭に浮かぶのは、俺が名付けるならばというそんなタイトル。彼女は人々を罰するために滅びを告げた天使だろうか? それとも既に滅びた人間を、哀れみ祈る女神だろうか? うっすらと慈愛の笑みを浮かべて目を伏せた少女は……アイギスに、よく似た娘。
(アイギス!? )
彼女が居た。彼女はその場に跪き、天使に祈りを捧げている。やがて目を開けたアイギスは、とても悲しい目で天使を見ていた。
「知っていますかアルゴール様? 」
(俺に、気付いて居るっ!? )
「石像に恋をした男の話を」
振り返りもせず、アイギスは俺へと問いを投げかける。恐るべきその力に、俺は報告を躊躇ったことが正解だったと思い知る。報告書に記す、名前を変えねばならないだろう。
「……き、君は…………」
「十字を背負う人。貴方は神を信じていますか? 貴方にはそれが聞こえないのに」
「俺が、聖十字だと……気付いて居たのか? 」
聖教会が所持する正義の軍隊、聖十字。俺がそこからやって来たこと、この子はちゃんと気付いて居た。
(こいつは、当たりだ)
あの老い耄れの話、当たりやがった。この子は俺が来るのを知っていた、先読み……“予知能力”で!
「居ますよ、彼らは。だけど彼らは僕を救わない。僕があの子を見つめても、あの子は人には戻れない」
凡人には見えない俺を、アイギスは今度はしっかり振り返り……暗い瞳で問いかける。
「神にも僕が救えないのに、貴方は僕を助けられると思うんですか跡取り様? 」
「君が俺を信じてくれるなら、それは可能だ! 君がまだ知らない預言を、神子は一つだけ持っている! 」
精神体だと言うことも忘れ、俺は彼へと手を伸ばす。俺から情報を受け取るためか? それとも信じてくれたのか? アイギスも手を浮かせ……一歩俺へと近付いた。だがすぐに躊躇い彼は手を下げ目を逸らす。
「俺と共に来い“イグニス”! 今なら君が最も有利だ! 君なら勝ち抜き願いを遂げることが出来る。俺が、そうする! 」
「哀れみですか? それとも貴方の両親の償いのつもりですか? そういう偽善が僕は、一番嫌いです」
「こんな所に居たの、アイギス? 奥様のお客様がこっちに来るわ。早く仕度をして! 」
離れに使えているメイドが、彼を連れて奥へと引っ込む。今から母と客が来る!? 情報を得るには絶好の機会だが……イグニスに気付かれた。戻るべきだろうか。
(アイギス……)
やはり、放っては置けない。何とか彼は助けたい。あの目の混血を、俺はどうしても……助けたいんだ。
*
行方不明者の情報は、教会にも届く。唯それが事故か人為的な物なのか、それを探るのは困難だ。街なら兎も角、それが貴族の私有地ならば。
シャトランジアは神子と国王との二君主制であり、教会派と国王派は対立している。国王派貴族の私有地に踏み居ることは、正義を掲げる十字法であっても難しい。十字法はシャトランジアの誇りであり、時に他国の国法をも上回るが……強き力を発することが出来るのは、現行犯のみ。それと同時に殺人を禁じる十字法で捕えた犯人は、死刑を科せることが出来ない。それがどんなに凶悪な罪人であったとしても。
「移民街の行方不明者? 迫害とか混血狩りじゃないのか? 」
「街への襲撃はない。路上での痕跡もない。数術反応を消す数術……セネトレア産の拘束具でも使われては、どうしようもない」
「不審な船は? 」
「国王の判付きの通行書を出されては、船の中を改めることなど出来ない。精々此方に出来るのは、それが本物であるかどうかの判断だけだ」
「本物だった……って? 国王派には、奴隷貿易に荷担している貴族が居るって言うのか? 」
「陛下は我が教会を苦しめることに楽しみを見出している。正義などとうの昔にお忘れさ……私を恨むようになったあの日から」
年老いた神子は、悲しげに目を伏せた。そして次に目を開けた時には、迷いの消えた真っ直ぐな目で俺を見る。
「行方不明者ならば他にも大勢居る。アルゴル、お前がこの子達に拘る理由はなんだ? 」
「“アイギス”」
その名は、俺にとって特別な物。それを知っていて、親父は……あの子に同じ名を付けたのだろう。この会話をしていた当時は知るよしもなかったが。
「この書類の子と同じ。こんな目の色をした、俺の初恋の人ですよ。今から六年前かな。俺の家にやって来た……混血です」
「……メイクィン家に? 」
「ええ」
俺は彼女を助けるために、取引をした。彼女を自由にしろと親父に言った。金を手に入れてからも俺が家に帰らなかったのは、……約束が果たされないことを、知ってしまったから。
「俺が彼女を救えなかった事実は変わらない。だけどこれが償いというのなら、彼女によく似た子を守りたい。そんなエゴです。でもお役所仕事はしない。他の連中より真剣に、俺が一番この子を助けたいと思ってる。それだけは、保証します」
「それで過去は変わらぬ。お前の罪も消えない。それでもか? 」
「それでも未来は変えられる。違いますか!? 」
「……はぁ、よかろう。里帰りだ、№15。お前よりセネトレアに詳しい部下はおらんしな」
数分間の口論と押し問答の末、俺は派遣を許された。畏れ多くも神子の肩を抱き、バシバシ叩いた俺のことを、教会最高権力者は呆れたように、ろくでもない孫でも見る風な溜息だ。
「よっしゃ!! 神子様なら解ってくれるって信じてましたよ俺は!! 」
「煽ては良い。場所はここだ」
「はいはい!……っておいこら老いぼれ爺!! なんだこれは!! 」
「里帰りと言っただろう。滞在拠点に実家を使え」
「嫌ですよあんなクソ家! 」
「世に偶然はない。あるのは必然のみ。儂が見た次代の神子は、琥珀の瞳。そしてお前の執着……予言しよう。最も疑い深き場所は、お前の生まれ育った家だ」
「……おいこらじーさん! あんたちょっと前まで何もわからぬ見えねー言ってただろ!? 」
「今お前に肩を思いきり叩かれた時に見えたのだ!! お前の記憶の風景と、重なるイメージが! 」
「おいおい、叩いて直るとか、中古の数術兵器かよ」
「誰が中古じゃ。儂は清らかなる童貞だとも」
「そんな爺の耳寄り情報誰得だ。じーさんもうちょい笑える冗談言ってくれ」
「ええい、そんなことより命令だ! 運命の輪№13アルゴール。儂の後継を必ずここまで連れて来い。それまでシャトランジアに戻ることは許さぬ」
「脅すなよ、爺さん」
とんでもない任務を、こんな軽口と共に渡すなよ。どこでシリアス顔を決めれば良いのか解らないだろ。俺も呆れて溜息一回。頭のスイッチ切り替え、神子を見る。
「当然……やってやるぜ、俺の命に替えても車輪は回す」
*
「っ!? 」
「お早うございます、アルゴール様」
言葉にそぐわず辺りは暗い。室内には彼が持ってきた燭台の明かりがゆらゆら小さく灯るのみ。夢を見ていた。何時から!? どこまで!? 離れでの捜査を続けるはずが、体へ精神が戻ってしまっている。俺に毛布を掛けようとした少年は、俺に上っ面だけの笑顔を浮かべる。これまで以上に、彼の心が遠く思えた。
「俺に、何をした!? 」
気配を感じて掴んだらしい彼女の腕を放せぬままに、俺は彼女に詰め寄った。
「何も。僕は数術を使えません。この首輪がある限り」
少年の首を飾る装飾具。その縛めに刻まれた数式はとうに意味を無くしているのに、彼はそんなことを言う。縛られているのは、心の方か。哀れむ俺を哀れむように、少年は俺へ冷たく言い放つ。
「貴方の心が、耐えられなかったのではないですか? あの場所は……貴方にとって特別嫌なところでしょう」
「数術が使えないのに、解るのか? 」
「思って使うのと、思わないでも解るのは、数術でも数術じゃない。あの式を作った純血術者に、僕ら混血を正しく理解は出来ていません」
「……あの二人は、歪んでる。俺を殺しはしないが、俺が苦しむのは好きだ。そんな人らさ」
一方的に其方を知って助けたいと繰り返しても、俺のことを伝えなければ信用されるはずがない。どうしてそんなことにも気付かなかったのか。神子相手にはそうやったのに。この子には、みっともないところを見せたくなかった。恐らく俺は、格好良くヒーローみたいに……助けたかったんだ。それはまるで、過去をやり直すような思いで。
「悪かったな。アイギスっていうのは……以前ここにいた混血の名だ。丁度、君みたいな目をしていた。今も……あの離れの何処かにいる。いや、“ある”んだろうな」
「……アルゴール様、貴方の父上から指輪を奪って下さい。あれがあればこれが外せる。僕の首輪を外してくれたら、貴方に真実を教えてあげます。それから……あんな危ない術を使わずに、すべて上手く行く策を貴方に教えます」
「…………助けられてくれる気に、なったか?」
「貴方は“あいつ”より、僕に似ている。見たく無いだけです、そういうの。今日の所は休んで下さい。そんな情けない顔で、僕の策は成功しません」
なんとも可愛げの無い言葉を残し、少年は俺の部屋から消えていく。
「確かに違うな、アイギスとは」
俺と似ている。それは本当かもしれない。可愛げがない、ところがな。
*
「本気かアルゴール!? 」
「まぁ!! やっとうちを継ぐ決意をしてくれたのですね!! 」
「ええ。ただし条件があります。アイギスは俺と共に出る決意をしてくれましたが、俺が残るというのなら彼女もここに留まる。俺がメイクィン家を継ぐ条件は、彼女を俺の妻と認めて頂くことです」
「どうします貴方? 」
「別にその位は構わんが」
「そうですわね」
純血貴族の家とは思えぬ、あっさり承諾。それにも裏があるのは解っている。
「アルゴール、解っているだろう? この家を継ぐと言うことは、当然私達の作品の管理も任される。いつぞやのように気を失っていては務まらないぞ」
「それに私達の技術も学んで頂かなければ困ります」
「ええ……解っております。俺に大事なのは彼女だけ。彼女以外がどうなろうと知ったことではありません」
「アイギスは、“お前のアイギス”ではないのにか? 」
「……それでも彼女との出会いは、俺にとっては運命だ。俺はこの子を愛している」
家を継ぐ、悪趣味を学ぶ。そう言えば、離れへの出入りが自由にはなる。イグニスが俺に伝えたのはここまでだ。
「ではお前に家を継ぐ覚悟があるか見せて貰おう。見事私を認めさせたならば、この指輪はお前の物だ」
奴隷の拘束具に命令を出す、指輪型数術装置。イグニスを助けるには、あれがなくては始まらない。
「今夜彼女と共に離れまで来い。無事に一夜を明かせたら、お前にこの家を譲ろう」
夜までに仕度をしておけと言い残し、父と母は本邸から姿を消した。
屋敷はメイド達の噂話で騒がしいため、俺は出かける振りをした後に、窓から空き部屋へと戻り、イグニスを呼んで戸締まりをする。
「お帰りなさい、あっち系坊ちゃま」
「止めてくれそれ……メイド達の噂か? 」
「普通に貴方以外僕の正体知ってましたからね、この家の人達」
メイドの噂話で俺は、女装少年奴隷に求婚した変態野郎になっているらしい。玉の輿を狙っていたメイド達が振られた腹いせに俺を腐れ少年愛者だと吹聴し、尚かつ鼻息が荒いそうだと要らん情報を渡される。腹いせ……と言えばイグニスの子の反応もか? 彼は俺と目を合わせない。
「誰があそこまで言えと言いましたか? 」
「冷たいな。少しは乗り気の振りをしてくれよ。でなきゃ二人を騙せない。大体ああ言わなきゃ、俺の修行用に痛めつけられる役を申しつけられるのはお前だろ」
「……逆効果じゃありませんか? 」
「二度も同じ手は使わない。そこまで芸がない人らじゃないな」
俺は郵便精霊を呼び出して、もしもの時に備え俺は近場の仲間達に手紙を飛ばす。冥土の土産をねだるよう、俺が彼へと問えば、いつになく素直な答えが返る。
「どうしていきなり俺を信じてくれたんだ? 」
「……運命の日に、近付いたから」
「運命の日? 」
「その日のそばまで貴方が居たなら、僕らを助けてくれるのは貴方だと思う。だけどその前にいなくなるなら、それは貴方じゃない」
「流石は次期神子だ。見えてたんだな」
「希望って本当にあるんですか? あの子が……助けられるんですか、本当に? 」
縋るような目だ。頼ってくれるこの子の瞳に、嘘は吐けない。教会兵器を取り出して、防音数術を展開した後、俺は正直に話すことにした。
「聞いたこと無いか? 神の審判。その始まりの儀式を行うのが神子なんだ。教会兵器っていう凄い力を秘めた武器とか道具があって……教会にはその審判に使う物が在る」
「教会、兵器……」
手にした漆黒の銃を見せながら、これもそうだと教えてやった。
「俺みたいな純血にも、簡単に数術が使えるようになる。こういう代物もあれば、さっきのあれみたいなのもな」
「……」
「教会はその審判におけるルールを最初から理解している。他の連中よりも有利に動けるって訳だ」
「教会は、僕に何をさせたいんですか? 」
「神子の役目は世界の救済だ。当然お前のような混血や奴隷を、今の境遇から救うことも目的の一つ。審判はそのための手段に過ぎない」
少年は神の存在に触れながら、それでも神を崇めない。信用していないのだ。これまで一度だって、その存在に救われたことが無いから。それどころか彼をこんな境遇に導いたのも神自身。救済の任を与えるために、世界の醜さを教え込もうとしている。
俺がこの子を見つけられなくとも、この子はカードになっただろう。逃れられない、運命からは。
「その審判っていうのは……要は選ばれた人間同士の殺し合い。だが一種の儀式で魔術? 数術か? 勝者は神に一つ願いを叶えて貰える。審判の願いは、死者さえ蘇らせることが可能だ」
「あいつらは……そんなに万能でも、親切な存在でもありません」
「だから必要な儀式なんだよ。願うことそれ自体に力があると仮定しよう。その願いを打ち砕くことで、行き場を失った力がある。それを積み上げることで利用することで、神は小さな力で奇跡を起こす」
「数術使いでもないのに、どうしてそんなことが解るんですか? 神子の言葉? 」
「教えてやるよ、一緒にここを出た後に」
「……」
「そんなにむくれるなって、折角可愛いんだからさ」
「嬉しくありません」
「あ、そうだよな……悪い」
親父の悪趣味での格好に、つい女扱いしてしまう。慌てて謝り、代わりに違うことを教え誤魔化す。
「そうだイグニス、疑ったことはないか? この世界、広がる今を。お前なら先読みだけじゃない。後読みも覚えられる。理論だけなら俺も、教えてやれる。片割れを失った混血が、力を増す現象を知っているか? 命の危機に数術に目覚める混血は多い。だが、必ずしも片割れが死んでいなくても構わないんだ。混血は、思いを強さに変えられる」
「思い……? 」
「悲しみとか、死にたくないって気持ちだよ。片割れがいたことを証明するためかもしれないな。本来壱か零である数術使いが、欠けた混血は壱と零……双方の系統を覚えられるようになる」
「……“アイギス”さんも、双子でここに来たんですか? 」
「…………まったく、大した奴だよお前は」
俺は軽く少年の頭に触れて、柔らかな髪に指を絡ませた。
「後読みは先読み数術の逆。過去を知ることだ。お前には才能がある。お前はじーさんにも見えない世界が見える」
なぁ、アイギス。君は何を思った? 何が見えた……? 俺との約束を信じていてくれた? それとも……。俺は何も知らない。知っているのは、俺の指輪が壊れたことだけ。彼女がもう、いないことだけ。だから知りたい、真実が。
「イグニス。その首輪が外れたら……教えてくれ」
「…………」
「そしたら俺は……教会よりもお前を選ぶ。恩には報いる、決してお前を裏切らない」
女装はうちのお家芸。というわけで新キャラ アルゴールさんです。
ペルセウス座のあの星→アルゴール
あの頭→メデューサさん(月の女神と言われたりするそうな? )
メデューサ→メデ→メーデー→メイクィーン→メイクィン。
五月一日、その一日前は……魔女のあれです。だから父ちゃんは夜。