第二十五話 親父の告白
親父は世界を憎んでいる。
親父が語ったのは、俺が産まれる前の物語。
今から15年は前の事。その時すでに天才科学者としてその名を轟かしていた親父は
一人の女性と恋に落ちる。後に京極叶希となる俺の母親である。
母親も科学者だったが、当時、母は、周りから『妄想者』と呼ばれていたらしい。
その時代の科学技術で可能な事をひたすら追い求めていく親父に対して
母親は、出来る出来ないに関わらず。こういう事が出来ないかと追い求めるタイプだったらしい。
そのため母親が企画、計画する事の殆どが、当時の科学技術では実現不可能な物ばかり。
例えるなら、電池を動く玩具を開発するも、電池がまだ開発されていません。と言うような事が、
しばしば合ったのだと。なるほど、動かすのに必要なエネルギー源を確保出来ない物が殆どいう事だ。
故に、ついたあだ名が『妄想者』。
しかし、親父はそんな母親こそが天才だと言う。
目の前にある物だけで何とかしようとする親父は凡人なんだと。
言ってる事は判らんでもないが、天才が言うとむかつくな。
やがて二人は結婚して愛を育み。母親の体内に赤ちゃんを授かる。後の俺である。
しかし、親父は最初生むことに反対だったらしい。
理由は、母の身体の弱さだ。出産に耐えられるか判らないと医者に言われたのだ。
子供より母が大事だと。その考えは判らんでも無いが俺の前でそれを言うなよ。
もちろん今は、誰よりも愛していると取ってつけたように言う親父に呆れてものも言えない。
しかし、母は親父を説得し俺を生んでくれた。この話は俺も知っている。
だから俺はその事を本当に感謝しているのだ。
そして俺を出産した母は、事前の予想を覆すことなくそのまま帰らぬ人となった。
この時、親父は本当に絶望したらしい。俺が居なければ死んでいたと本気で言っている。
そして感情をぶつけるべく相手も居ないまま、その不の感情は世界そのものに向かっていた。
誰が悪いという分けではない、憎む相手もいない。
だから、その感情の矛先は世界そのものを穿ったのだろう。
しかし、親父が別に何か世界に対して行動を起こしたわけではない。
現に世界はこの通り平和に時を刻んでいる。
たまに、どこからともなく悪の組織が誕生するが、それは正義の味方が例外無く潰して行く。
親父が続ける。あの絶望の中にあって、私は間がさしたのだろうと。
理論だけでとんでもない物を設計したと語る。
もちろんそれは、机上の空論で実際に作る気も無ければ。
製作しても起動できないガラクタだと。
俺は、その言葉にピンと来る。
俺が今日徹夜する事になったファイルに書かれていたある原理。
『超磁気断熱圧縮による原子融合』
それは、確かに机上の空論。
しかし、もし作成して起動させればこの世界を破壊する事を可能にする。
その名も『磁気爆弾』
その威力。僅か直径30cmにも満たない質量で、この星全土の地磁気を狂わせる事を可能にする超兵器。
この星の地磁気を一瞬で消滅させてしまうことを可能にするこの兵器。
発動させればどうなるか、実はこの星は常に太陽風という有害な放射性物質を常に浴びている。
しかし、それはこの星の持つ磁力がバリアの役割を果して太陽風を遮断している。
さて、バリアの役割を果たす磁力が消滅したらどうなるか。
簡単である。有害な太陽風を直接受けるようになれば生物はこの星で生きていけなくなる。
親父よ。何でこんな物を思い付いた。
だが、そこは机上の空論。
『超磁気断熱圧縮による原子融合』は理論としては可能だが
実現不可能な妄想の類だ。原始融合を起こさせるほどの超磁気は現在の科学力では生成不可能。
つまり、『磁気爆弾』自体は作れるがそれにはスイッチを付ける事が出来ないのである。
あくまで現代の科学技術ではだが。
「私はあの時、間違いなく世界に対して悪意のみであの理論を組み上げた。それは事実だ。」
「そして今回、悪の組織を立ち上げた事が、世界の意思の防衛機能に引っかかった可能性はある。」
「すべて身から出た錆じゃよ。本当にすまないな。お前を巻き込んでしまって。」
最後に謝罪を口にすると親父は構える。
「終わりにしよう。最後は、正義の味方が悪の組織を壊滅させてパッピーエンドだ。」
フェイスのせいで親父の表情は確認出来ない。
それでも親父が笑顔でそう言ったのがわかってしまった。
何で笑顔なんだよくそ親父。
俺は悪態をつきながら深く腰を落す。
俺の頭の中では今いろんな感情がせめぎ合っている。
ただ、その中にほんのちょっとだけ親父の内面が見れたことを喜ぶ感情も存在した。
天才科学者 京極恭太郎。愛する人を失う絶望は万人共通。
むしろ、世界にそこまで絶望するほどに愛された母は幸せだっただろう。
ふと、脳裏にこの夏休みでとても身近になった女の子の笑顔。
バイザーの下の顔がいとせず笑顔になる。
「あぁ、終わりにしよう。」
俺の言葉を合図に最後の攻防が始まる。
深く深く腰を落し、限界まで脚に力を注ぎこむ。
そして、力を一気に解放し眼前の親父に向かって突撃する。
親父はその場を動かずカウンターでも狙うつもりなのか、腕を正眼に構えた状態で微動だにしない。
俺は雄たけびを上げながら最初にカチ合った時のよう右拳を振りぬく。
轟音。右手には確かな手ごたえ。
いや、ありえない。防ぐことも、避けることも無く。
俺の拳は親父のフェイスに突き刺さっていた。
ゴガッと激しい衝突音を響かして親父が吹き飛ぶ。
ゆうに数メートルの距離を滑空した親父は、そのまま地面に落ちるとごろごろと転がり。
暫らくして漸く止まる。俺は、親父と右手を交互に見てふと我に返り親父の元へと駆け寄る。
俺が親父の元に辿りついた時、親父のフェイス装甲が光の粒子になって飛び散った。
俺は親父に詰め寄るとバイザーを押し上げて、まくし立てる。
「おい、くそ親父ふざけんな! 何のつもりだ!」
「必然じゃよ、私を何歳だと思ってる。もう動けんさ。」
それはあっけない幕切れ。俺よりも性能がいいシステムを組みながら
しかし、それを動かし続ける者の体力が付いて来なかった。
ただ、それだけの事だった。
何だよそれ。むちゃくちゃだせぇぞ親父。と呆れていると。
親父がとんでも無いことを口にする。
「さっ、止めを刺しなさい。」
俺はその言葉に声を荒げる。
「ふざけんな! 決着はついただろう。誰が止めなんか刺すか!」
しかし、親父が首を横に振る。
「世界の意思がそれを許さんよ」
親父がそう呟いたのと同時に、親父の纏う白い機械装甲に亀裂が入る。
そこから生まれたのは赤々しく輝く宝石。俺は息を呑む。
夢の中でみたそれが、親父の胸元でこちらを威嚇するような凶暴な光を放っていた。
「始まったか、そんな気はしておった。信也、逃げなさい巻き込まれるぞ。」
しかし、俺は親父の言葉には従わない。
この展開は『想定済み』だったからだ。
「親父、正直に答えろ。これは、さっき親父が話してた磁気爆弾と同じものか?」
親父は眉をひそめながらも話してくれる。
「同じ原理を使った動力炉じゃよ。暴走しておるが、万一爆発しても街一つ吹き飛ばすくらいじゃな。」
こいつ、さらっととんでもない事言わなかったか。街一つだと。
親父は続ける。
「安心しなさい。光の壁が周りに被害を出さんようにしてくれる。」
そう言って光のカーテンを指差す親父。だから安心して逃げろと。
そうかい、じゃあ俺が失敗しても死ぬのは俺と親父だけって事だ。
俺は決意を固めると親父の胸元へと腕を伸ばす。
世界の意思なんてくそくらえだ。
さぁ、最後の大勝負を始めよう。俺の徹夜の集大成見せてやる。




