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第一話 大衡冬助(四)

 スーパーの中は暗かった。外が暗くなりはじめたのはその原因だったろうけど、僕の先入観によるところもあっただろう。電灯のついていないスーパーに入ったことなんて無いし。

 食品などは、保存できないものに関しては一切無かった。腐って虫がたかったりしたらまずいので、町の人たちが協力して処分したらしい。処分といっても、実際はみんなの胃の中に収まっただけだけど。

 食糧を巡る争いは起きていない。精霊社会がはじまってからは、食糧は町のある場所に、いつのまにか届けられるようになったから。まるで魔法みたいに、テレポートのように、その場所に転送されてくるらしい。僕はずっと家にいるので、その食糧がどんな風に配られるのかよく知らない。

 食糧の話は置いておくとして、スーパーの中だけど、保存のきく物、例えば箱や袋に入った菓子類などに関しては、開封され、その中身がいくつか床に散らばっていた。夜に、何人かの学生たちが集まって、食糧を食べながらスーパーの中で騒いでいるらしい。いわゆる、不良少年たちだ。砂丘さん越しに知ったことだ。大人たちはまだ気づいていないようだけど、時間の問題というやつだろう。ネズミや虫がわいたりしないか不安だった(精霊出現後に廃屋となった建物の中には、コウモリが住み着いたものもあるらしい)。

 エスパークラブは、本当にここにあるんだろうか。というのは、ここに出入りする少年たちに、彼らは気付いていないのではないかと思われるのだ。やはり、エスパークラブなど無いのか。それとも、別の出入口があるのか。

 というか、叔父さんはどこへ行ったのか。

 『壁』だけど、レジをかすめるように、スーパーの長方形の床を斜めに切っていた。『壁』が出現したときには、その場に誰もいなかったらしい。どの場所でもそうで、被害者はいない(というか、精霊出現後は、誰一人として亡くなっていないらしい。それどころか、重篤化しうる病気を患っていた人たちが、全員全快したりもした)。


 チョコレートコーティングされた、小さな棒状のお菓子が落ちている。踏んでから気づいた。砂丘さんたちを気にしながらでは、不良少年が落とした菓子に気を付けるなんてしないので、もしかしたらそれに気づけなかったかもしれない――それは、不良少年たちの残した暗号(?)だった。

 暗がりの中、幸運にも僕は、棒状菓子が文字を描いていることに気づいたのだ。

「エスハーハ レ イケ」

 踏んだところを直してみた。「エスハーハ トイレ イケ」よく見よう。これはたぶん暗号なんだ。トイレと行けはわかったけど、エスハーハがわからない。

 手を這わせながら、棒状菓子の痕跡を探す。虫がいなければいいなと祈りつつ。

 なにやら丸状の菓子がある。これは半濁音を表すものじゃないかと僕はすぐ気づいた。エスハーハに付けてみると――エスパーハかエスハーパだな。前者だろう。

「エスパーはトイレ行け」

 よし、トイレだ!

 砂丘さんたちが壁の前で休憩しているので、僕は気が楽だった。変な気分だったと思う。


 トイレは、壁すれすれの位置にあった。男子トイレはあるけど、女子トイレは壁の向こうだ。僕は速足で男子トイレに入った。

 臭くない。掃除する人はいないが、使う人もいないのだ。

 僕は早速、菓子暗号を見つけた。

 エスパーハ レジ イケ

「エスパーはレジ行け」

 すぐにわかった。しかし回りくどいな。トイレを経由する必要はあっただろうか。

 僕はその不要な手間が気になって、トイレを少し調べてみることにした。

「すみません、もう帰っていいですか?」

 砂丘さんの声にハッとした。便座を眺めていた顔を素早く上げた。上げてもトイレのタイルがあるだけだけど。一応、暗いので砂丘さんの見ているものがぼんやりと見えてはいる。

「い、いや、でも、これから俺たちが遭遇するのは、「歴史的発見」だよ? 行こうよ、砂丘くん」

「その発見、明日じゃだめですか? もう暗いですし」

「ほら、携帯電話があるから。これライト代わりになるでしょ?」

 大衡先輩が携帯のライトを砂丘さんに向けた。アプリのライトで、強い光だ。

「あの、眩しいんですが」

 砂丘さんは徐々に本音を隠さなくなってきたな……。

 強引な大衡先輩のことだから、砂丘さんを無理やり連れ回しかねない。トイレの探検はここまでにして、とりあえずレジへ行こう。


 レジのそばに、最初に来たときには気づかなかった菓子が置いてあった。目を凝らしてよく見てみる。

 エスパーハ オカシ コーナーヘ イケ

「エスパーはお菓子コーナーへ行け」

 どうも、不良たちに翻弄されていたらしい。

「叔父さーん! どこに行ったのー!」

 僕は叫んだ。苛立ちを紛らすように大声で叫んだ。ひとりでどこかへ行ってしまった叔父さんにも苛立っていた。

 帰るか……。

 入る際に無理やりこじ開けた自動ドアに、目をやる。開けるのは簡単だけど、外から閉めるのは難しいな。ということに、僕は気がついた。

 自動ドアは、開くガラス戸と開かないガラス戸のふたつで構成される。ここのスーパーでは、開くガラス戸は、開かないガラス戸の内側にある。重なったガラス戸の隙間は狭すぎて、指を入れられない。これでは、外からこじ開けるのはできても、外から閉めることはできないじゃないか。

 だけど、この扉は、僕たちが来たときには閉まっていたのだ。不良たちが知恵を絞って閉めたんだろうか? というか、本当に不良グループなのか?

 もし内側からしか閉められないのならば、内側に、つまりスーパー内に誰かが残っているかもしれない。

 僕は律儀に、自動ドアを手で閉めた。ずりずり音をたてながら、二枚とも真ん中まで押しやった。閉めたら、この中にいるかもしれない不良の気持ちが分かるかなと思って。

 惣菜コーナーの近くに、従業員しか入れない裏のスペースへの入口がある。ここだけまだ調べていない。

「あ、先輩、そこのコンビニ寄っていっていいですか?」

「ええ? コンビニ営業してないでしょ」

「店主の暇潰しじゃないですか? 壁が現れてから、大人は暇ができたみたいだし」

「わけのわからない仕事をさせられてるらしいけど、暇ではないんじゃないの……?」

「でも、僕の姉は食品の配達だけですよ。朝だけのパートタイムです」

 パートの仕事をわざわざパートタイムって言うかな?

「新しい雑誌はもう読めないですけど、この前のフリーマーケットで古い雑誌をたくさん手に入れたみたいで。マンガも置いてありますよ。この辺は本屋がないから、ここでしか読めないんですよね」

「いや、それは明日でもいいでしょ」

 今日はもう、二人と遭遇することは無いだろうな。僕は安堵した。

 さっさと従業員専用スペースに行こう。

 僕がそこへ向かおうとしたとき、片足をがっちりと掴まれた。

 ひぃっ! 僕は心の中で悲鳴を上げた。これは手だ。

「誰ですか?」

 喋りながら、足を思いっきり引いた。何度も足を引いて手から逃れようとした。さっきまで誰もいなかったんだ。僕は怖かった。

「落ち着け」

 小さな、呟くような声を聞いた。

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