第一話 大衡冬助(一)
「謎の四人組グループ『巡る季節』は、水戸春香、宇都宮夏彦、前橋秋螺、大衡冬助から成っているんです」
砂丘さんにそんな説明をさせたのは、一体何だろう。それは、きっと、不思議なものを不思議でないものにさせたいという風変わりな欲求だと思う。彼と『心が繋がっている』僕だからわかるんだ。
不思議好きの米子先輩さんは、しかし不思議好きらしからぬ態度で、くすくすと笑った。
「一人だけ随分マイナーな町だね」
「いや、先輩、オオヒラは『大衡町』じゃなくて『大衡村』ですよ」
それは『町』違いだよ砂丘さん。水戸も宇都宮も前橋も『市』なんだから。それに、他につっこむ所あるでしょう、水戸、宇都宮、前橋と来てるんだから。
というか、そんなに強く訂正したがる程のことじゃないし――伝わってきて仕方がないくらいだ、砂丘さんはその訂正に強い思いを持っている。テストで字が汚くて間違いにされた問題のせいでぎりぎり赤点になってしまって弁明した、それくらいの思いだ。
勿論、今となっては、市とか町とか村とかいった区切りはほとんど意味を失ったけれども――。
今日はいつもより早く起きた。起きがけに、砂丘さんが巡る季節について熱弁を振るっていた。
まだ午後六時前だろう。時計を見ない生活に慣れてきた。窓から入る光はいつも遮光カーテンに妨げられ、そうして部屋はいつも暗い。
僕は思い出したように耳を塞ぎたくなった。実際に塞いでみたところで、何の意味も無い。「特に前橋秋螺が凄いんです」声は頭に直接入ってくるんだから。耳と違って、頭に掛けられる遮光カーテンなんて無いから(※耳にも掛けません)。
「前橋先輩はまだ十二歳なんですよ。飛び級しているんです」
僕は目をつむって聞いている。砂丘さんの見ている光景も入ってくるから。聴覚同様、視覚も砂丘さんというインターフェースからインプットされてくる。砂丘さん、早く眠って欲しい。
砂丘さんの瞳に、頬を赤くした米子さんの顔が映った。夢見るようだった。
「私は、宇都宮さんが好きだなぁ。巡る季節なんて呼ばれてたんだ……、宇都宮さんはね、高校生でありながらプロのシステムエンジニアなんだよ。天才プログラマーなの。プログラミングを介して精霊と話ができるって」
「へぇ……、精霊の言葉はプログラミング言語なんだ……」
砂丘さんは少しだけ、ほんの少しだけ、胸が傷んだようだ。感じる、感情も伝わるから。別に恋しているわけじゃない、そう思いながらもどこかで心が苦しんでいる。そして、ああ、砂丘さんは思ってしまったようだ、『精霊に祝福された人』のことを羨ましいと。
そんなことはない。だって、僕も祝福されているんだから。
僕は精霊が嫌いだ。
僕の名前は向日葵。中学三年生だ。精霊が現れるまでは、僕は普通の中学生だった。高校での生活なんて、夢にだって思ったことはない、それくらい充実していたし、毎日楽しかった。今は、高校生活の新鮮味すら感じていない。砂丘さんがいるから。
砂丘さんは高校一年生、年齢は僕と一つしか違わない。僕の視聴覚は砂丘さんの影響を受けている。対して、砂丘さんはどうやら僕の視聴覚の影響を受けてはいないようだ。それに関する動揺は、これまで一切見られないから。
砂丘さんは宇宙部という、かなり奇妙な部に所属している。部員は砂丘さんを含めて二名だ。
せっかくの、二度と戻れない高校生活、二度と戻れない青春期なんだから、そんな教室の隅の方にありそうなほこりっぽい部なんて入らずに、もっと高校生的、青春期的な部に入ればいいのに。小学生の頃、僕の叔父さんが次の風に言っていたのを思い出す。
「向日葵、俺は大志を抱けなんて言われても抱かないが、そんなことを言う奴の『大志』より、もっとずっと大志的な何かを、そいつが抱けと言うずっと前から抱いていることを自負している――まだ精霊が現れる前の叔父さんの言葉だ――。根拠の無い自信はいつだって、目標を達成した後で立証される。任せろ、俺は大器晩成なんて言葉は好きじゃない、すぐにもお前の前に見せてやる、俺の叶えたこの世で最も輝かしい夢を」
うーん、あまり関係なかったかもしれないな。これを言われたとき、叔父さんは求職中だったのを今思い出した。
がらがら――! 部室(理科室)の戸が開けられた。
「お邪魔します」
はっきりとした発声だった。砂丘さんが緊張感を覚えたことがわかった。そして、すぐに知ったが、やってきたのはあの巡る季節の一人、大衡冬助だった。
「あ、はじめまして」大衡冬助は、部員二人を見て意外に意外そうな反応を返した。砂丘さんと同じく、彼も緊張したようだった、おそらく戸を開けてから。彼は理科室に誰かいるなんて想定できなかったようだった。「俺は三年の大衡冬助っていいます」
「えっ? 大衡先輩?」
「すごい、あり得ないタイミングだ」
米子先輩の言葉はもっともだと思う。彼らのことを話題にしていたのもそうだけど、それとは別に――宇宙部なんていうマニアックな部に訪れただけでも確率の小さい出来事なのに、それが校内にたった四人しかいない巡る季節の一員だなんて。
「砂丘くん、どれだけ確率が小さければ、その事象をあり得ない事象だと呼んでいいと思う?」
「え、何ですかいきなり?」
大衡冬助を無視することに何の躊躇いもいらないと判断したかのように――米子先輩は砂丘さんに問いかけ、しかも彼の頭に手を置いて撫でた。
「あ、せ、先輩?」
砂丘さんは大衡冬助が現れた時よりも驚いていた。
「可愛い後輩を可愛がりたくなるのはあり得る事象。たとえ大衡くんがいる場合でも」
大衡冬助は砂丘さんと再び同じく驚いていた。僕はそのときは、彼は米子先輩の唐突な行動に驚いたのだと思ったが、それは違った。彼は砂丘さんに驚いていたし、その上納得もしていた。
「やっぱりいたか、祝福された存在」
大衡冬助は、砂丘さんを見つめながらそう言った。