ダリアンとレラージェ
〈大災害〉数日後-とあるフィールドダンジョンからの帰り
【ダリアン】「……はぁ」
と法儀族の黒髪少女はため息を一つ。〈エルダーテイル〉が現実になってまだ数日。
貯蓄と暇潰しと訓練を兼ねた実戦は、現代日本で生まれ育った彼女には重労働だろう。
【レラージェ】「なんとか動きがつかめてきた、かな……」
一方、金髪碧眼のエルフの少年は先の戦闘で《アクセルファング》を使えるようになったこともあってか、幾ばくかの余裕があるようだ。
【ダリアン】「そう、それはよかった……前に話してたことはあながち間違えじゃなかったって事かしら?」
【レラージェ】「? 何の話です?」
そう言って、首を傾げる。
【ダリアン】「え?あぁ、まだ〈エルダーテイル〉がゲームだった頃にね、〈ゴエティアの精霊〉で今みたいなことがあったらって話をしたことがあったのよ」
中二病患者が多かったしね、とぼそりと付け足しながら彼らの事を少し思い出す。が途中で自らの黒歴史にまで至りそうになり、直に思考を戻した。
【ダリアン】「その時に、廃人でもない限りベテランよりニュービーの方が慣れるのには早いんじゃないか、って事を言った奴が居てね」
【レラージェ】「あー……マウスで操作するのとは勝手が違うから、みたいな感じで?」
【ダリアン】「それもあるけど……そうね、慣れるというより、この体を使いこなすのが、と言った方がいいかしら?今日までの戦いで私が使ったスキルって、3種類くらいしかなかったでしょ?」
《キーンエッジ》、《アストラルヒュプノ》、《トゥルーガイド》と3つのスキルを上げていく。
【レラージェ】「そうですね」
と、戦闘でのダリアンの動きを思い出す。
Lv90の彼女なら、当然もっと多くのスキルを取得しているはずである。
【ダリアン】「あれね、選択肢が多すぎるから、戦う前から使うスキルを事前に決めてるのよ」
【レラージェ】「あー……」
なるほど、と頷く。
【ダリアン】「ま、そういう事。これも〈ゴエティアの精霊〉の連中と話してた時に出て来たことなんだけどね」
【レラージェ】「確かにこっちは、今の状況に合わせて選んでいく感じですけど、元々基本の部分ができているとそうもいかないですからねえ」
【ダリアン】「お蔭で最近使って無いスキルが多くて……」
【レラージェ】「実際、使ってないスキルとしてはどんなスキルがあるんです?」
そう言った少年は、見てみたいと目を輝かせていた。
【ダリアン】「そうね……《アストラルバインド》」
そんな事は気にもせず、近くの木に魔法の鎖を絡ませる。
【ダリアン】「まぁエンチャンターのスキルなんてこんなものよ。もっと派手なのも無い事は無いけど、基本はこういう補助系ばっかり」
【レラージェ】「なるほど、敵の動きを妨げたりできるんですね」
ふむふむ、とうなずく。恐らくいずれ使うようになった時の為に憶えているのだろう。
【ダリアン】「まぁ、そういう意味ではエンチャンターで助かったわ。ソーサラーなんかだったらもう少し苦労してたかも」
【レラージェ】「ソーサラーっつーとあれですよね、派手な攻撃魔法使ったりとか」
【ダリアン】「そうそう、高火力広範囲だけど、その分派手でね、多分今の状況だとやり難いんじゃないかしら?」
【レラージェ】「あー……」
そうして思いつくのは、敵が寄ってくることだ。現実になった以上、システム的なヘイトとは別に派手な魔法が敵の目を引くだろうと考える、が
【ダリアン】「……多分、貴方が考えてるような理由じゃないわよ?」
そう、苦笑されてしまった。
【ダリアン】「例えばソーサラーのスキルには《バーンドステイク》って言うのがあるんだけど……」
【レラージェ】「どんなスキルなんですか?」
【ダリアン】「範囲内の敵の足元から炎の杭を次々と出すってスキルよ。つまり、範囲内に前衛職が抑えている敵が居れば“前衛職の目の前で地面から炎の杭が次々に出てくる”ってわけ」
【レラージェ】「あー、なるほど」
そう言われて、確かに心臓に悪そうだと考える。例え当たらなかったとしても、驚かずにはいられないだろう。
【ダリアン】「わかった?さっき使った《アストラルバインド》を実戦で使わないのも同じ理由。いきなり目の前に敵が鎖で縛られたら、わかっていても驚いてしまうでしょう?」
【レラージェ】「はい。まだまだ覚えなきゃいけないことは多そうですねぇ……」
といって少し落ち込んでいる様子のニュービー。
【ダリアン】「どちらかというと、慣れなきゃいけない事ね。こればっかりはいくらレベルが高くても……それこそ、発動エフェクトだけで次のスキルが分かる位の廃人でもないとねぇ」
といって頭が痛そうにするベテラン。彼女も長い事〈エルダーテイル〉で遊んできたが、そこまでやりこんできたわけではない。
【レラージェ】「逆に言うと、それだけでそこまでわかる人がいるってことですよね……」
そう言って顔をひきつらせる。一つのアーキ職、いやメイン職だけで幾つのスキルがあるのか。
そしてその数多くのスキルを発動エフェクトだけで見分けるとは一体どれほどやりこんだつわものなのか……
【ダリアン】「廃人をなめちゃいけないわ。連中の中にはレギオンレイドで30秒先の戦況が分かるとか言われてるのもいるしね」
ちなみにレギオンレイド戦がプレイキャラ96人による大規模戦闘の事である。
【レラージェ】「なにそれこわい」
【ダリアン】「まぁそこまではいかなくていいけど、命懸けとなると発動エフェクト位はわかった方がいいかもしれないわね……少なくともよく使うものくらいは」
【レラージェ】「ふむふむ……」
【ダリアン】「帰り道で話し込んでしまったわね」
戦闘の後だというのに随分と話し込んでしまった。特に彼は前衛として動き回っていたのだから疲れているはずなのに。
【レラージェ】「いえ、参考になります。ところで、今日の夕飯はどうしましょう?」
そんな彼女の心配に気付いた様子もなく、彼は帰り道を進んでいく。
【ダリアン】「何でもいいわよ、あんな味のない食事……」
クレセントバーガーが出店するのは、まだ少し先の事である。