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贖罪装甲  作者: 饂飩粉
第二章:UNKNOWN
8/22

ホワイトアウト

 ○


 翌日。金曜日。空は今日も青一色に染まっている。

 ニュースによれば入梅は週明けから始まるらしく、明日以降はいよいよ雲が出始めるらしい。

 ――って違う。そんなことじゃなくって!

 真里は慌てて「今日の天気」のことを頭から追い出す。彼に提供する話題は、天気のことではない。彼に話すには、まさに打ってつけの突飛な話題をつい先ほど手に入れたではないか。

 今朝、真里よりも一足先に家を出た父からメールが届いた。

『なんか家の近くで事故があったみたいで、道が塞がってる。結構遠回りになるから、早めに支度しておけよ』

 そのメールを読みながら、真里は速攻で食事を済ませた。制服に着替え、いつもよりずっと早い時間に家を出ると、駅へと向かう方の道路の先に人だかりができていた。

 人ごみを掻き分けると、そこには『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが道路の端から端まで伸びていて道を塞いでいた。奥の方にも同じようなテープが張られ、道路は四角く切り取られていた。

 その「一般人立ち入り禁止」となった一角の中心に、事故を起こしたものと思しき車が沈黙している。

 車は、ひどく奇妙な形状をしていた。真里に対して正面を向いている車はしかし、エンジン等が搭載されているフロント部分の中心が、大きく窪んでいた。その窪みはフロントガラスにまで達しており、まるで二台のバイクが並んでいるようにも見えた。物凄いスピードで電柱か何かに激突した直後のようにも思える。

 だが、周囲の電柱や街灯に取り立てて変化はない。そもそも道のど真ん中で、どのようにすればこんな風に凹むのだろうか。結局真里には、納得のいく仮説すら立てられなかった。

 それとは関係なく気がかりだったのは、偶然その場に居合わせた真里の家庭教師――金子時貞のことだ。昨夜自宅を訪ねてきたときも、少し態度がおかしかったが、今朝はさらにひどくなっていた。

 これに関しては、嫌な想像しかできない。

 ――もしかしたら、事故と何か関係があるのかも……。

 事故が起こったのは昨晩のことだ。可能性は、十分にある。

 などと考えているうちに、学校に辿りついてしまった。真里は、校門の前で立ち止まった。何人もの生徒が、彼女を追い抜いていく。

 まだ、要眞澄に話しかける心の準備は整っていない。「今日の天気」と違い、気軽に話せることではないのだ。

 そのとき、丁度眞澄が、真里の真横を通り過ぎて行った。

「あっ、要君!」

 咄嗟に、真里は呼び止めた。

 だがその瞬間に、頭の中が真っ白になった。先ほどまで自分が何を考えていたのか、そもそも何故呼び止めたのか、全てが掻き消えた。

 眞澄は、口をぽかんと開けたまま硬直している真里を一瞥する。彼女が何も言わないと察するや、素早く踵を返して校舎へ向かっていく。

「あ……」

 小さくなる眞澄の背中を見送っているうちに、真里は我に返った。登校中の生徒の何人かが、校門前で突っ立っている彼女に不審な視線を送っている。今自分が置かれている状況、それに眞澄へ話しかけることへの失敗が、羞恥となって真里の全身を駆け抜けた。心臓が鬱陶しいくらいに高鳴る。

 別に大したことでは――ある。今は、とてもある。それこそ、世界に置き去りにされてしまったかのような絶望感が伴うほどには。

「よっ、何ぼーっと突っ立ってるんだい?」

 動けずにいた真里の背中を、ぽんと叩く者がいた。その人物は真里の真横から顔を覗かせる。仁美だ。

「あ、せんぱ――」

「ほれ、さっさと歩く!」

 仁美は有無を言わさなかった。まるで電車ごっこでもするかのように、真里の肩を後ろから掴んでぐいぐい押していく。校舎の玄関に着くと、仁美は片手で真里の靴を脱がせた。自身の靴ごと、真里の下駄箱へと突っ込む。

「ほれ、さっさと履く!」

 真里を急かす仁美はしかし、靴下のままだ。上履きに履き替えた真里を、そのまま校舎内へと押していく。

「先輩! 教室こっちじゃないですよ!」

「いいからいいから、君と二人きりになれる場所はあそこしかないだろう?」

 電車ごっこの終点は、部室の前だった。仁美が入るよう促すので、真里は大人しく従った。予鈴までは、まだ時間がある。

「さて、ようやく二人きりになれたな」

 仁美は低い声で囁きながら、奥のソファを陣取る。いつものように隣を空けるようにして座ったのだが、真里は着いてこなかった。扉に寄りかかるようにして立ったまま、顔を俯けている。

 それを見かねた仁美は、ふざけるのを止めた。

「……真里」

「なんですか?」

 返事は、か細い。

「君は、恐れすぎだ。実は先ほどの一部始終を眺めていたが、頭が真っ白になっているのが見ている私からでもわかったぞ」

「へっ?」

 見られていた? 真里は仁美に心を見透かされたこと以上に、彼女が事の一部始終を遠くから観察していたことに驚いた。

「その、なんだ、野次馬根性とでも言うべきかな。事の成り行きを見守りたくてね……」

 仁美は恥ずかしそうに苦笑いした。滅多に動じない彼女の、珍しい一面だった。

「前にも言ったろう? 私は確かめるのが好きだって――って、言いたいことはそれじゃなくてだな」

「はあ……」

 一人で慌てふためく仁美を見ていると、真里は逆に落ち着きを取り戻してきた。

 仁美の言ったことは、的を射ている。確かに、自分は恐れていた。停滞していた関係から、一歩踏み出すことを。

 たった一歩だけで、全てが変わってしまうような気がした。それまで築いてきたものが、積み木の如く崩れ落ちて、一からやり直さなければならなくなったら――そう思って、頭の中が真っ白になってしまった。

 しかし、踏み出さずとも積み木は崩れたのだ。誰でもなく、自らの手によって。

「真里、君がしようとしていることは、恐れる必要のあることではない。むしろ、いつも通りにいけばいい。川の流れを、少しだけ速めるようなものさ」

 実は最後の仁美の例えがよくわからなかったが、真里は頷いた。少なくとも、再び気持ちを積み上げるための力をもらったから。

「元気、出たか?」

「はい!」

 少し不安そうに仁美が尋ねるので、真里は努めて大きな声を出した。自然と笑みもこぼれる。

「なら、急いで行って来い。私は寝る」

「はい…………はい?」

 仁美は鞄を枕代わりに、ソファへ寝そべった。ご丁寧に、開いた漫画を顔の上に被せながら。

「ちなみに、私がここにいることは内緒だからな」

「…………じゃあ、失礼します。おやすみなさい」

「おやすみ、真里」


 予鈴が鳴る数分前に、真里は教室に到着した。友人達への挨拶もそこそこに、自分の席へと向かう。

 隣には既に、要眞澄が座っていた。いつものように、窓の外を眺めている。真里の方からは、彼の後頭部しか見えない。

「お、おはよ。要君」

「…………」

 返ってきたのは、沈黙だった。しかし、彼女は挫けない。いつものことだ。教室内が騒がしさが、寂しさを和らげる。

 真里は席に着きながら、眞澄の視線を追った。外は、いい天気だった。

「あ、あのね要君。実はね昨日の夜、うちの近くで交通事故があったんだよね!」

 真里はできるだけ大げさに、陽気に喋りかけた。恥を捨てた、特攻を仕掛けた。

「そ、それでね。事故った車がすごく変な形になっててね。あ、なんか現場もちょっと変なの。衝突事故のはずなのに、壊れた車一台以外には何もなくって――」

 ドン!

 突然の大音に、教室全体が静まり返った。

 真里は、立ち上がった眞澄を見上げる。彼は話の途中で急に立ち上がり、その拍子に机が前に倒れたのだ。

 眞澄が、真里を見つめた。その視線に熱せられるかのように、真里の顔は赤くなっていく。

「岸谷さん、だっけ」

「は、はひっ?」

 ――名前を呼ばれた!

 真里の頭は、先ほどとは別の意味で真っ白になった。その場にいたクラスメイト全員の視線を感じる。そこまで暑くもないのに、汗がじんわりと体を濡らす。

 眞澄が、真里を見つめたまま、口を開いた。

「事故の話、詳しく聞かせてもらえる?」

 真里は、目を瞬かせて頷くだけで精一杯だった。


 ○


 その日の授業は、全て頭に入ってこなかった。ノートもとらず、窓の外も眺めなかった。というより、自分が何を見聞きしていたのかすら覚えていない。

 眞澄は、昨日起こったという自動車事故のことをずっと考えていた。休み時間を費やして、岸谷真里から自動車事故についての情報を教えてもらったからだ。いつも「いい天気だね」としか話しかけてこなかった彼女が今朝、どういうわけか家の近くで起こった事故の話をしてくれた。自動車が何かに衝突したらしいのだが、その何かがわからないらしい。正直、真里の説明は要領を得ていなかった。だが彼には、それで十分だった。

 眞澄の頭に浮かんだのは、早朝晴香から伝えられた感染者の覚醒報告だ。点と点が線で繋がった瞬間、眞澄は勢いよく席を立ったのだ。

 ――岸谷さんは、事故についての情報を持っている。

 聞けば、彼女の家は江東区東砂八丁目にあるらしい。感染者の覚醒現場と一致する。決め付けるには早すぎるかとも思ったが、何も行動しないでいるよりはずっとマシだと思った。学校に通っていられるのも、所詮今のうちでしかない。のんびり席に座っていられる暇があるなら、戦いに備えた準備をしていたかった。

 情報収集とはいえ、同年代との会話は眞澄にとって新鮮そのものだった。思い返せば、彼は中学生の頃から学校内では孤独を貫いてきた。同年代で、それも異性となると眞澄もどう応対すべきかがよくわからない。「現場の状態は?」「車はどうなってた?」「怪しい人物は?」「写真とか撮った?」詰問口調だと自覚はしていた。まるで警察になったような気分だった。

 結局、真里は写真も撮っておらず、怪しい人物も見かけていなかった。収穫は少ないが、それでも眞澄は『アンチドゥーム』として、感染者への対抗力として活動しているという、実感が持てた。

 放課後になり、眞澄はいつものようにさっさと教室を出ようとすると――

「あ、要君。ちょっとだけ、いい?」

「……何?」

 真里に呼び止められた。情報提供をしてくれた手前、彼女を無視するのは気が引ける。

 だが、ここでも周囲の視線が集まってきた。眞澄は、予鈴の前に注目を集めるような真似をしたことを後悔する。あのときは、少なからず興奮していたし、人の視線など気にならなかった。

「あのね、もしよかったらでいいんだけど、その――」

「岸谷さん」

「はひっ」

「ここじゃなくてもいい? 場所を移そう」

 とにかく、今は視線が痛い。眞澄とて妙な噂が立ち込めていく空間に黙って居座り続けるほどの度胸はないし、それほど鈍感でもない。

 眞澄は、真里の手首を掴んだ。

「へっ?」

「行こう。どこか、喫茶店とか」

 真里が困惑しているのも構わず、眞澄は彼女を引っ張っていく。

 ――きっぱり言わなくちゃだめだ。

 眞澄は決心した。これ以上、彼女と関わることは避けるべきだと。学校に馴染むべきではない。それはきっと、未練になる。落ち着ける場所についたら、きっぱりと言わなくてはいけない。

 少しだけ、気が重い。だがこの辛さは一瞬だと、彼は自分に言い聞かせる。来るべき時に比べれば、大した覚悟も必要ない。

 真里の手を引いたまま、玄関まで辿り着く。

 眞澄は、そこで足を止めた。

「ど、どうしたの?」

「いや、あれ」

 眞澄が指差した先は、下駄箱の先にある校庭への出入り口があった。ガラス製で両開きのドアが三つほど並んだそこに、生徒や教師を含めた人だかりができている。

「何かあったのかな?」

 何があったにせよ厄介だと、眞澄は思う。これ以上余計なことに時間は割きたくなかった。しかし裏門に回るにしても、この玄関を出なければいけない。そもそも、まだ眞澄は上履きのままだ。

「仕方ない。強引にでも通ろう」

 二人が靴に履き替え、人だかりの中へ入ろうとした瞬間――その人々が、まるで波のように眞澄達の方へと迫ってきた。

 ある者は顔を強張らせ、ある者は悲鳴を上げ、ある者は他者を押しのけ、ある者は目に涙を浮かべ……その場に立ち尽くす眞澄と真里の横を一目散に通り過ぎていく。

 玄関前にできていた人だかりは、ものの数秒で消えてしまった。二人だけが、その場に残される。


 いや、二人ではなかった。

 玄関の先に広がる校庭に、何かが佇んでいた。

 人の形をしてはいるものの、頭の先からつま先まで艶のない黒で覆われている。つなぎや、ライダースーツの類ではない。それにしては、形が歪だった。その何かは、まるで宝石のように、無数の小さな面によって構成されているからだ。人の形をした、複雑な立体図形にも見える。口にあたる部分は、上弦の月の形にくり抜いたかのように暗い色をしており、布に染み込む液体のように蠢いていた。

 しかし二人の目は、その何かの足元に注目せざるを得なかった。

 誰かが、黒い異形に踏みつけられている。遠目からでも、その人物が学校の生徒だということがわかった。制服を着た男子生徒だ。その生徒の更に下には、血溜まりが広がっていて――

「きゃああああああ!」

 真里が悲鳴を上げ、その場に座り込んでしまった。血の広がりからして、尋常でない量なのは間違いない。

 血黙りの上で、男子生徒を踏みつけている、黒い異形。

 それだけの要素があれば、何が起こったのかを推察するには十分だった。人だかりが一斉に逃げ出したのも頷ける。

 悲鳴を聞いてか、黒い異形がこちらを向いた。眞澄は、異形と目が合った、ような気がした。非常事態を告げる緊急ベルが鳴り響いた。本来の用途に沿っているのに、ひどく場違いな音のような気がした。

 眞澄は、夢の中を漂っているような気持ちになっていた。

 目の前には、バイザーもつけていないのに異形が見えている。今まさに、こちらへと近づいてきている。一歩、また一歩と。

 隣には、腰を抜かしたまま動けないでいる真里がいる。彼女を置いて逃げるわけにはいかない。何故なら――

「俺、は……」


 眞澄は、頭の中が真っ白になった。


 自分が何のためにいるのか、何をすべきなのか、何をしに来たのか。準備も、覚悟も、全て掻き消えてしまった。

「お前、か?」

 黒い異形の口が、もぞもぞと動いた。声はくぐもっているが、そこには怒りとも苛立ちともつかぬ感情――衝動が宿っている。

 眞澄の、空っぽになった頭の中で、異形の声が反響する。

「っ……」

 異形はついに、眞澄の前までやって来た。それだけで、周囲の空気が振動しているかのような重圧を感じる。何もしていないのに、息苦しい。

 異形の質問の意図はわからない。何かを確かめているかのようだが、一体何を――

 そこまで至って、眞澄は我に返った。

 ――気づいているのか、こいつ……。

 自分が、異形となった感染者への対抗力だということに。眞澄は、徐々に現状を把握していく。十中八九、目の前にいる異形は感染者だ。誰しもが心の奥底に抱えている危険な衝動に身を委ね、相応の肉体を手に入れてしまった者だ。

 ならば、やるべきことは一つしかない。

 眞澄は、覚悟を……

「お前、なのか?」

 光沢のない、のっぺらぼうの顔が眼前に迫る。無数の小さな面で構成された、不気味な多面体。背丈はほぼ同じくらいだというのに、眞澄は見下ろされているかのような感覚に陥った。

 見下ろす者と、見下される者。決定的な差が、そこには存在していた。異形からは、人を何の躊躇いもなく殺せるような気迫が漂っている。危険な衝動から生まれた鎧なのだから、感情がそのまま表に出ているのは、むしろ当然のことだ。

 しかし、眞澄がその現実を思い知ったのは、今が初めてであった。

 もはや眞澄にとって、目の前の異形は敵ではなく、純粋な脅威でしかなかった。

「あ……あ…………」

 今まで、自分は何をしてきたのだろうか。

 数ある中から選ばれ、鍛錬を積み、人核装甲を手に入れた。目の前に敵さえいれば、その力を使うことができるようになった。

 彼にとってみれば、あとは平和のための戦いを待つだけだった。

 そして、今がそのときであった。だが、眞澄の望む形ではない。

 晴香からの指令を受け、現場に駆けつけ、異形と対峙する――そんな想像しか、自分はしていなかった。そのための準備や覚悟しか、してこなかった。

 何の前触れもなく、突然目の前に現れることなど、望んではいなかった。こんな咄嗟の場合のための準備や覚悟など、まるでしていない。

 己の愚かさと無力さを、眞澄は呪った。呪うしかなかった。

「要、君……」

 真里の弱弱しい声が、耳に届いた。

 それは異形に対しても同じことだった。

「ま、り」

 異形が、彼女の名前を呼んだ。同時に全身が、小刻みに震えだす。

 気迫が、殺気に変わる。

「そう、か。そういう、こと、か」

 一瞬で異形の手が、眞澄の襟元を掴み――

「お前かああああああああああああああああああああああああ!」

 咆哮を上げながら、投げ飛ばした。

 眞澄の体は、まるで野球のボールのように宙を舞った。無重力状態はすぐに終わり、衝撃と共に校庭を転げ回る。

「がはっ……」

 辛うじて受身はとれたものの、無理な体勢で落下したことが祟った。

 左腕が、全く動かない。一足遅れて、激痛が駆ける。折れていることは、間違いなかった。立ち上がることもできず、うつ伏せのまま眞澄は悶えた。口の中で血と砂が混じったが、吐き出す気力すらない。

 近くには、血溜まりの中で沈黙する男子生徒がいた。彼の腕も、あらぬ方向に曲がっている。よく見ると、後頭部が砕けたスイカのように中身をぶちまけていた。

 足音が聞こえる。聞こえる度に、殺気も近づいてくる。

 眞澄は右手だけでなんとか仰向けに転がり、半身を起こした。

「要君!」

 真里が叫ぶ。

 すると、黒い異形はぴたりと足を止めた。先ほどと同じように、全身を怒りに震わせている。

 殺されると、眞澄は本能で悟った。

 自然と、後ずさりをしてしまう。戦おうという意思など、欠片も残っていない。

 異形が、眞澄目掛けて疾走する。拳を振り上げながら、絶叫する。

 その声と非常ベルに、突然エンジンの音が割り込んできた。

「!?」

 わざとらしくエンジンを吹かすバイクが、眞澄と異形との間に停まった。土煙を巻き上げており、眞澄の側からはよく見えない。どうやら運転していたのは、ラフな格好をした男性のようだ。

「やっと追いついたぞ、感染者」

 男は、異形に向けて話しかけている。知らない男だった。

 だが彼は、感染者を知っている。眞澄の耳は、男の口から出た言葉をはっきりと聞き取っていた。

 ――誰だ、あの人……。

 煙が晴れると、既にそこに男の姿はなかった。

 代わりに、黒いものとは別の異形が君臨していた。

 人間のシルエットは、骨ばった爬虫類のような緑色に覆われている。全身を管が走っていて、一つとして同じ形状のものは見当たらない。

 それは歪だったが、紛れもなく装甲だった。眞澄の持つ暁と同じような、感染者に対抗しうる唯一の力――

「人核、装甲……」

 見覚えのない男は、戦う力を持っていた。

 準備も、覚悟も、全て背負って、黒い異形の感染者の前に立ちはだかっている。

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