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第二話  隠れ鬼  その4

「俺の班は、全員殺された。あの鬼に!」


 そう言って、部屋に入ってきた人物の名は(むつ)()(れい)。神狩や椿姫と同じ一組の人間だった。睦月はAグループに在籍し、体育館での惨劇の後、2年1組の教室に全員で身を潜めていたが、30分経っても鬼が現れなかったので隣の教室へ移動するか、校舎内を調べに行くか話し合っていた矢先に鬼に襲われたのだと言う。全員で散り散りになって逃げたため、正確には全員の死を確認したわけでは無いが、携帯で呼びかけても誰にも繋がらないのだと話した。


 うさんくさいと思った。


 何が?と訊かれるれば言葉に詰まるが、敢えて言わせてもらえば、この状況全てだ。彼はたった一人で生き残り、僕たちに接触して来た。隠れ鬼が始まってから、まだほんの2時間程度しか経っていない。隠れ家となる教室だって余りあるはずなのに、彼を除いて全滅など本当にするものだろうか。


「見張りは、立てていなかったのかい?」


 神狩が静かに疑問を口にする。

 言われてみればその通りだ。30分を経過した教室になお居続けるということは、狙って下さいと白刃相手に背中を向けるようなものである。

 それなら見張りを立てるのが大原則となってくる。この教室もすでに30分が経過し、安息の地ではとうに無くなっていた。それでも、僕たちがまだ落ち着いて話が出来ているのは、伊佐也がドアの外に張り付いてくれているおかげだ。鬼の姿を見つけたら、すぐさまドアを叩いて合図することになっている。1度叩けば教室の前方から、2度叩けば教室の後方から逃げろという合図だ。


「もちろん立てていたよ。でも、見張り役が真っ先に狙われてパニックになってしまったみたいでね。俺たちへの忠告も忘れて鬼に殺されてしまったんだ。教室のドアを締めると、外の声が全く聴こえなくなることを俺たちは知らなかったのさ」


 聞き、神狩は顔色を変えた。

 すぐさま携帯を取り、誰かに電話し始める。もちろん相手は、ドアを隔てた廊下にいる伊佐也だろう。


「すまないが、教室の中まで聴こえるように何か喋ってくれないか?」


 神狩の言葉を最後に、束の間沈黙が落ちる。


「ありがとう。ああ、そうだ。君の声は携帯を通じて僕にしか聴こえていないようだ」


 噛みしめるように言って、携帯を閉じる。

 それから僕たちに視線を配り、彼の言葉が真実だと告げるように軽く頷いて見せた。


「信じてもらえたかな?」

「けっ!誰が信じるかよ!本当は全員ピンピンしてて、お前だけ俺たちをスパイしに来たんじゃねーのか?」

「止めて、蘭丸!」


 花蓮が、それ以上聞きたくないと抗議するように駄犬を咎める。


「信じてもらえなくても構わないよ。俺だって、みんなが殺されたなんて信じたくないしね。でも、そういうわけだから行動を共にさせてほしい。どうかな?」


 うっすらと神狩を見つめ、彼は言う。

 まだ、ほんの少ししか時間を共有していないが、このグループの最終判断が誰の手に委ねられているか。つまり、このグループのリーダー的存在が神狩であると彼は確信しているようだった。


「君の言葉を信じたい。でもそのためには、君の班が殺された2階の教室へ誰かが確認に行くべきだと僕は思うんだけど、みんなはどうだろう。反対な人は、挙手して欲しい」


 結果、手を挙げたのは須藤だけだった。彼が敵にしろ味方にしろ、身近に置くことで監視することが出来る。そう考えて僕は手を挙げなかった。それにやはり、神狩に言われれば不思議とそれが最善策のように思えてくるのだ。

 無言は同意のサインだった。


「睦木、君が行動を共にするなら僕たちの班のルールに従ってほしい。まず、単独行動は一切厳禁だ。必ず3人ひと組で動き、お互いを見張り合うこと。それから、隠れ家の使用についてだが、鬼に狙われるまで基本的には使用を避けること。それから、これが一番重要なことだが、迷った時の判断は必ず多数決で決めること。全て、守れるかい?」

「ああ、もちろん」


 殆どが、神狩が決めたことだった。それさえ見透かしているかのように、彼は頷く。


「それとこれは、君だけの条件だが、君が信じられると確信出来るまで、君の票は決に含めない」

「構わないよ」


 少しも動じずに、彼は言った。


「それなら、ジャンケンで2階へ行く人を決めよう。男女が分かれるように、女子は二人でジャンケンしてくれ」

「悪いけど、俺は戻る気にはなれないな」


 話を折るように、睦木が真っ先にぬけぬけと宣言する。


「それなら、代わりに僕が行こう。あと一人。相馬と須藤でジャンケンしてくれ」


 結局、ジャンケンに負けて行くことになったのは、僕と椿姫だった。居残り組に決まった花蓮が、不安気な顔つきで僕に視線を合わせてくる。


「昴流ちゃん・・・」

「すぐに戻ってくるよ」


 花蓮の心もとない想いが痛いほど伝わってくる。メンバー的に不安になるのは当然だろう。伊佐也が見張りとして残るとしても、部屋の中では得体の知れない男と駄犬と3人きりにさせてしまうのだから。

 せめて、僕が須藤と代わってあげられたら。


「ゆっくり行ってこいよ、お前ら」


 花蓮の隣にそそくさと移動し、上機嫌な顔つきで僕たちをしっしと追い払うように手振りを交えて須藤が言う。

 代わってくれなどと、言えるわけが無かった。


「昴流ちゃん、これ持って行って」


 花蓮が差し出してくれたのは、掃除用具入れから頂戴した箒やモップだった。何も持たないよりはマシと考え、僕と神狩で一本ずつ護身用のため持って行くことにする。


「無理しないで、早く帰って来てね」

「分かってるよ」


 花蓮の頭上に手を乗っけて、無理して笑顔を浮かべて見せる。とたん、花蓮の背後に佇んでいた須藤が血走った目で僕を睨みつけたため、即座に手を引っ込めた。


「そうだ、俺からも一つ確認していいかな?」


 睦木が、突如思い付いたように声を掛けてくる。その視線は挑発的で、どこか余裕すら感じられる。彼のことを真っ先にうさんくさいと感じたのは、彼が時折見せるこの視線が原因かもしれない。まるで、僕らの技量を測るような、この煽り立てる目線。


「みんなの携帯番号だよ。信用出来なくても、番号くらい良いだろう?それと、動物のカードも持っているね?」

「これだろ?」

「須藤!!」


 睦木に言われるがまま、自身のカードをポケットから取り出した須藤に、神狩が声を上げる。


「悪いけど、僕たちはお互いのカードを見せ合わないことにしている。須藤も、早くしまうんだ」

「なっ・・ンだよ!」


 神狩のいつになく厳しい口調に、須藤が気圧されたように舌打ちをする。

 そんなルールは存在しなかった。現に僕たちは、とっくにカードの絵柄を皆で見せ合っている。つまり、神狩はカードの絵柄について、何かもっと重要な意味が込められていると推理しているということだ。そして、やはり睦木を信用してはいないということになる。


「へぇ・・見せ合って無いんだ。なら、知らないかもしれないが、俺たちのチームは鼠、兎、辰、蛇、犬、猪の6つの絵柄を所持していた。君たちと合わせて十二支になると予想していたから、確認したかったんだよ。ちなみに俺は、兎のカードだ」


 そう言って睦木は、自身のカードを僕たちに悠然と見せつけた。

 やはり、十二支か。

 神狩の推理は正しかったということになる。だが、このカードにそれ以上の意味なんて本当にあるのか?


「行こう、相馬」


 神狩が、そっと眼を細めて僕を見る。

 その眼が語っていた。

 解き明かしてやろう、と。このデスゲームのカラクリを。そして鬼の正体を――。




 ◆




 廊下で見張りをしていた伊佐也に状況を伝えた後、僕たちは2階を目指して暗闇に飲み込まれた廊下を歩み始めた。

 教室内は電気が点けられたのであまり気に留めていなかったが、辺りはすっかり夜分に包まれていた。薄ぼんやりと周囲を照らすわずかな月灯りだけを頼りに、僕たちは足音を殺して廊下を突き進んだ。


「おっと、大丈夫かい?」


 階段の段差に足を取られ、上体のバランスを崩しかけた椿姫の手を取り、神狩が言う。


「あり・・がと」


 言葉とは裏腹に、即座に神狩の手を払い除ける椿姫の様子に、僕は違和感を覚えた。


「ごめん、ごめん。今のは不可抗力だよ」

「・・ごめんなさい」


 張り詰めたように呟く彼女には聞こえないように、神狩がそっと僕に耳打ちしてくる。


「椿姫は、男子が苦手なんだ。君も気をつけてあげてね」


 それから、思い出したように神狩は携帯を取り出した。


「椿姫は、暗がりも苦手だったね」


 言いながら、自身の携帯のライト機能をオンにする。周囲に明るさが灯り、神狩が椿姫に微笑みかけているのが見えた。


「別に平気だから・・!」


 ライトを点けたことで、鬼に気付かれる可能性が上がるかもしれない。そう考えたのか、椿姫は慌てて神狩に声をかける。


「灯りがあった方が何かと便利だから、このままで行こう。第一、鬼に見つかったところで隠れ家はまだ沢山あるんだ。睦木の言葉が真実ならね」


 その含んだような言い方が気になり、僕はずっと気になっていたことを口にした。


「彼が言っていたこと、神狩は信じているの?」

「さぁて・・・どうだろう。でも、彼は一組の人間だからね。一組の連中ってのは基本的に利己的で狡猾な人間ばかりだから、彼もその例外では無い筈だよ」


 つまりは、信じてないって解釈でいいのか?

 自分が一組である事実は棚に上げて、神狩はなおも続ける。


「もし、彼が言うようにA班が全員殺されていたら、睦木は敵だと思った方がいいね」

「逆じゃなくて?」


 生きている人間がいたとしたら、睦木が嘘をついていたことになり、信用出来ないということになるのではないか?


「それなら可愛いもんだよ。言ったろ?一組の人間は利己的なんだ。鬼の正体は恐らく夢病患者とリンクしている。つまり、僕らの中の誰かが鬼であり患者である可能性もあるんだ。最も手っ取り早くその正体を暴こうと思ったら、どんな方法があると思う?」


 ――ぞくり

 神狩の言わんとしていることが伝わり、僕は背筋に寒気を覚えた。


「まさか、全員を・・・殺そうと?」

「そう。消去法さ。これ以上に手っ取り早く、確実な方法は他に無いからね」


 そう言って、神狩はまるで他人事のように皮肉めいた笑みを浮かべたのだった。




 ◇




 如月まどかが所持していた兎のカード。これを拝借出来たのは、正直でかかったな。

 少し調べたいことがあるからと言ったら、彼女はすんなり俺を信用して託してくれた。馬鹿な女だ。このカードが、どんな役割を果たすか考えることを放棄した時点で、利用される側になったとも知らずに。

 しかし、やはり神狩は一筋縄ではいかない相手らしい。このカードの意味にすでに気付いているのか――否か。それも、きっと数時間後に分かるだろう。

 このゲームの命運を握るのは、間違いなくこのカード。これさえあれば、鬼を自在に操作することだって可能になるかもしれない。もっとも、神狩がいなくなった時点で敵と呼べる相手すらいなくなるだろうが。


「おい、花蓮。お前まさか、相馬のことを好きになったわけじゃねーだろなぁ!」

「あんたには、関係無いでしょ!」

「ふざけんな!大ありだっ!あいつは全部忘れてやがるが、お前の天敵だろっ!」

「声が大きい!」


 何やら教室の片隅では痴話喧嘩が勃発していた。九組の馬鹿共が、俺の存在も忘れて口論に熱を上げ始めている。

 こんな雑魚二匹はどうでもいい。問題は、やはり一組のあの二人。二人で示し合って俺と分かれたのなら、もう帰って来ないかもしれないな。

 神狩健は、抜け目のない男だ。もし、俺の考えに追い付いて来ているなら、そう易易と殺されはしないだろう。

 長期戦になれば、計画を変更せざるを得なくなる。だとしても、焦る必要は無い。手持ちのカードは俺の方が数倍上なのだから。


「ねぇ、茅野さん。君は椿姫さんの妹さんだったね」


 暇潰しに声を掛けてみる。茅野椿姫は、頭の切れる油断ならない女だが、その妹は猿並みの単細胞だという噂があった。


「あ、はい」


 警戒心を露わにしつつ、律儀に返事を返してくれる様子から見て、手駒にするのは楽勝だと判断する。


 少し、揺さぶりをかけてみるか。


「幼なじみの彼・・・何て言ったかな。彼が原因で、お姉さんは男嫌いになったそうじゃないか」


 俺の言葉に、みるみる表情を変える姿が滑稽だった。


「どうしてっ・・それを・・・?」

「噂だよ。分かりやすい人だね、君は」

「おい!それ以上花蓮を馬鹿にしやがったら、ぶっ殺すぞ」


 番犬に吠えられたため、俺は苦笑して彼らから視線を反らした。

 この二匹は何とでもなるな。

 手駒として生かす価値も無いと分かれば、早々に舞台から退場して頂こう。

 時刻はすでに21時を回っていた。




 ◆




 僕たちは、神狩の案でまず3階を見て回ることにした。校舎の全体像を把握する目的もあり、万が一、睦木の言ったことが真実で誰かが生き残っているとしたら、残りの教室が一番多い3階に居るのではないかと考えたからだ。しかし、1組から4組まで全て見て回ったが、A班はおろか他の生徒すら一人も見つけることは出来なかった。


「殺されたら、どうなるの・・?」


 ふと、椿姫が今さらな疑問を口にする。


「どうなるって・・・あっちで目覚めるだけじゃないかな?」

「そうじゃなくて・・・遺体は?」


 言われてみれば、そういった類のものを一度も見ていなかった。あんな無差別殺人鬼が、校内を徘徊しているとしたら、もっと至るところに死体が転がっていてもおかしくは無いのに、どこにも血の跡すら残っていないというのは、確かに妙な話だ。


「鬼は、煙のように消えたと伊佐也は言った。もしかしたら、遺体も消えてしまうのかもしれないね」


 もしそうなら、2階に行っても得られる情報はせいぜい未使用の教室くらいになるかもしれないな。


「とりあえず、2年1組に行ってみよう」


 神狩の号令で、2階へと降りていく。予期していた通り、2年1組のドアは固く閉ざされていた。使用済みの教室は、ドアが開かなくなる設定らしい。


「一応、ベランダに回って窓から中の様子を確認しよう」


 神狩が言い、隣の2組の教室から中に入ろうとした所でつまずいた。驚いたことに、肝心のドアが開かなかったのだ。


「他の教室は!?」


 血相を変えて僕らは走り出していた。睦木は、1組以外の教室は使用していないと言った。嫌な予感がする。4組のドアを確認した僕は、頭が真っ白になった。


 ―――どういうことだ!?


 3組も4組も同様に、ドアは頑なに閉じられている。


「睦木の話は、本当だったのか・・・?」


 A班の誰かが生き残っていて、教室を使用したのか?それとも、睦木がわざと教室を使い捨てたのか?何のために?


 僕らを、ここで殺すために――――?










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