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第二話  隠れ鬼  その2



 体育館は生徒で溢れていた。

 友達と騒ぐ者、携帯をいじって時間を潰す者、黙って下を向いている者、軽く見積もっても300人は居るだろうか。

 もしも、この中から夢の(あるじ)を見つけ出すことが課題だとしたら、それは恐ろしく気の遠い作業に思えてならなかった。


 それとも、バグを見付け出すことが課題なのか――?

 そもそも、バグとは一体何を指すのだろう。

 そんなことをぼんやりと考えていた時だった。


 壇上の舞台袖から、一人の年配の教師が現れる。

 おおらかな笑みを張り付かせたその男は、もったいぶるように僕らを見回してゆっくりと語り始めた。


「生徒の皆さん、こんにちは。一人の欠席者もおらず、皆さんが元気にこの日を迎えられたことを、校長として私は誇りに思います」


 教師が話し始めても、周囲のざわめきは消えない。

 構わず携帯で喋り出す者。

 高らかな笑い声。

 ゲームのレベルが上がる効果音。


「本日はお日柄もよく、絶好の隠れ鬼日和となりましたね。私の役目も、本日で終了となります」


 周囲がうるさすぎて、もはや教師が何を言っているのか僕たちには届かない。

 教師の前に、一人の生徒が花束を持って現れた。


「ありがとう。それでは最期に、私の口から開幕宣言をさせて頂きます」


 花束を受け取った教師が笑顔で手を高く掲げた。

 

 ズドォォォ――――ン


 ざわめきを一気に引き裂くような、銃声が上がった。

 周囲は、水を打ったように静まり返る。

 コトン、と、脇で誰かの足音が響いた。

 見れば、花蓮が顔面を蒼白にして僕の腕にすがり付いている。


「やっと、静かになりましたね。それでは、スタートです」


 銃口を上に向けて放った教師が、満足した表情で再度引き金を引いた。


 ズドォン


 自身のこめかみにあて、放たれた銃弾は頭部を数メートル吹っ飛ばして地上に落下させる。


 狂ったような悲鳴がそこら中で舞い上がった。

 脱兎のごとく走り出す者、腰を抜かす者、呆然と立ち尽くす者。

 僕は花蓮の手を握り、必死ではぐれまいとする。


 そして、

 突如、それは始まった。

 

 惨劇。

 

 一度に何人もの悲鳴が騒然とこだまする。


「何、あれ」


 誰かの呆然とした声が聴こえた。

 僕がそれを視界に入れた時――――辺りは、一面血の海だった。

 壊れたスプリンクラーのように、血しぶきが周囲に飛散する。

 紅い背景の中、一人佇んでいるのは、顔の無い人間だった。否、顔はあるのだが、肝心のパーツが何も無い。そこにはたった一文字の漢字が浮かんでいるだけ。


 鬼

 

 全身に返り血を浴びた異形の怪物は、手に持った大鎌を縦横無尽に振り回し、無差別に生徒たちを虐殺していた。

 そのあまりにも現実味の無い光景に、僕はただただ放心する。


 ―――これは、何だ?


 鎌が弧を描く度、数人の首がゴルフボールのように四方へ飛んでいく。


「昴流ちゃんっ!!」


 悲鳴のような声で名前を呼ばれる。気付けば、花蓮たちが神狩を先頭に体育館の出口へ猛然と向かっている姿が見てとれた。

 あっ…と走り出そうとして、何かに足を取られて(つまづ)いた。

 死体だ。

 すでに首から上は無く、ただおびただしい程の血液を垂れ流すだけの物体。


「きゃぁぁぁっ!!」


 誰かの悲鳴と同時に、殺気を感じて反射的に真横に跳ぶ。

 すでに大鎌の間合いに入っていたようで、白刃の切っ先が僕の避けた(くう)()いだ。

 一刻の猶予もない。

 怪物の姿を視界に入れる間も惜しんで、僕は生徒たちの群れに飛び込んだ。

 後先を考えた判断では無かった。

 ただ、的が多ければそれだけ時間を稼げるのではないかと僕の防衛本能が単純に導き出した結果だった。

 そして、その作戦は奇跡的に功を奏した。

 僕は、死体を踏みつけ、他人を押し退け何とか花蓮たちと合流し、出口を抜ける。


「助け、て・・・・」


 抜けた矢先、背後からくぐもった声が聴こえた。

 振り返れば、僕のすぐ後ろを走っていた男が、(すが)るような目つきで僕を凝視している。

 すでに片足はちぎられ、大量に出血していた。その影響からか幽霊のように青白い顔をしたその男は、僕に向かって震える手を差し出してくる。


「助け・・・」


 僕も、手を差し出そうとした。

 だが、その手が止まる。

 男の背後に、影のようにそそり立つ怪物の姿が見えたからだ。


「ぅぎぃぁぁぁぁぁぁぁ」


 男の断末魔の叫び声を聴きながら、僕はもう振り返らなかった。

 目から、タラリと何かが流れる。

 涙と思われたその水滴は、ひどい血の味がした。




 ◆




 誰も口を開こうとしなかった。

 あの笑顔を絶やさなかった神狩さえ、今では生気の抜けたような顔をしている。

 花蓮はずっと教室の隅で泣いていた。

 本当は、そばに寄り添って何か声を掛けてあげるべきなのだろうが、僕の精神にそこまでの余裕は欠片も無かった。

 蘭丸は、発狂したように机や椅子などを辺り構わず蹴り飛ばしている。

 それを咎めるでも諌めるでもなく、無言で傍観する椿姫。

 伊佐也は―――

 唐突に、我に返る。

 伊佐也の姿が無い――!?

 ガラリ

 ドアの開かれる音に、僕は弾かれたように背筋を震わせた。

 そこに立っていたのは、伊佐也だった。


「ビビり・・・」


 僕を視て、鼻で笑うように呟く。


「どうだった?」

「駄目、全滅」


 神狩に問われ、彼女は首を横に振る。


「誰も・・体育館から逃げ出せてないのか?」

「私たちより先に逃げた人はいるかもだけど、その後は誰も出てこなかった」


 まるで仕事の報告でもするかのように、伊佐也が単調な返事を返す。


「一人もってのはおかしいな。あらかじめ、殺される設定になっていたのか・・・?」


 口の中だけで呟く神狩を尻目に、蘭丸が声を荒げた。


「それより、あの化け物はどこに行ったんだよっ!てめぇは、それを見張ってたんじゃねーのかっ!?」

「あれは、消えた」

「ああ!?」

「体育館の中に居た生徒を皆殺しにして、煙のように・・・ね」


 口元に笑みを作り、彼女は蘭丸を見据えた。

 その相貌は、彼女の人格を疑うほど。

 魔が降りたような静謐(せいひつ)な笑みだった。


「あの怪物が・・・バグなのかな?」


 とにかく、この殺伐とした雰囲気を打破しようと、僕は思いついたことを口にする。


「・・かもしれないね」


 神狩が、物思いに耽った顔つきで相づちを打った。


「けっ!あんな化け物を始末しろってか!携帯とカード6枚で!?そりゃー楽勝だなぁっ!」


 蘭丸の皮肉に、神狩が思い付いたように顔を上げる。


「そういえば、椿姫。体育館に向かう前、何か言いかけたよね?」


 突如、話を振られた椿姫は、思案するように視線を彷徨わせた。


「私が・・・?」

「ほら、カードの絵についてだよ」


 ああ、と納得し彼女は神妙な顔つきになる。


「別に、大したことじゃないから・・・」

「構わないよ」


 彼女がそう言うのを予期していたような口振りで、神狩は言う。


「・・・別に、ただ十二支かと思っただけ」


 彼女の遠慮がちな言葉に、神狩は大きく頷いて見せた。


「うん。僕も、同じことを考えてた。みんな、もう一度カードを順番に並べてみないか?」


 神狩が周囲に目を走らせた時だった。誰も、自分の話を聞いていないことに気が付く。

 それどころでは無かった。

 皆、怯えたような目で、一心不乱に正面を見つめている。


「何だよっ!これ・・」


 蘭丸が呆けたような声を出した。

 まるで神隠しのように。

 突然。

 黒板に文字が浮かび上がっていた。

 それは、子供の落書きのような幼い筆跡で、白色のチョークを使用して、こう(つづ)り始まっていた。

 


 隠れ鬼のルール


 

 その文章を一瞬で読み解いた神狩は、目の色を変えてすぐさま叫んだ。


「今すぐ、ここを出るぞっ!」


 神狩の判断に、今度は反論する人間など、誰一人としていなかった。


「昴流ちゃ・・・」


 花蓮の瞳が、恐怖に染まっている。


「私たち・・・どうなっちゃうの・・?」

「・・・・」

「大丈夫よ・・・花蓮」


 横からさらうように、花蓮の腕を引く人物がいた。椿姫だった。


「あなたは、私が守るから」


 そう言って、花蓮を支えながら僕に背を向ける椿姫。まるで、花蓮では無く、背後に居た僕に向けられた言葉のように感じたのは、思い違いだろうか・・・?






 神狩の指示で隣の部屋へと移動した僕たちは、そこでも同じ文章を目にすることになった。

 どうやら、全ての教室の黒板に一言一句変わらない文面が綴られているようだった。

 黒板を眺め、諦めにも似た表情を浮かべる僕たちの前で、神狩が立ち上がる。


「みんな、ルールについて色々と思うところはあるだろう。もしかしたらこの中にも、皆を出し抜いて、自分だけが助かる方法を画策している人間もいるかもしれない。でも、これは個人戦じゃないと僕は思う」

「個人戦じゃない・・?どういう意味だ!」


 蘭丸のイライラした口調に、冷静さを保ったまま神狩は続ける。


「さっき、椿姫が言っただろ?十二支じゃないかって。僕たちの持ってるカードの絵柄。これは、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二支を表しているってことで間違いないと思うんだ」

「・・・そうね。そう考えると・・・足りないわね」


 椿姫が気付いたように頷く。


「そう。後、6つの絵柄が足りない。つまり、僕たちの他に後6人、同じ状況に立たされている人間がいるかもしれないってことだ」


 神狩がそう宣言し、皆が言葉を失っていた時だった。

 突然、伊佐也が無言で立ち上がる。


「誰か来る」


 その小さな呟きは、皆の心に恐怖を灯した。


「何人だ?」

「・・一人」


 聞き耳を立てるように目を閉じて、伊佐也が告げる。


「何で分かんだよっ!」


 恐怖に顔をひきつらせ、蘭丸が怒鳴る。


「しっ!静かに。みんな、隠れて!」

「間に合わない」


 神狩が焦って指示を飛ばすのと、伊佐也が断言したのはほぼ同時だった。

 破れんばかりにドアが開かれる。

 はぁーはぁー

 肩で息を吐きながら、その場に飛び込んで来たのは、怪物では無かった。


(むつ)()・・?」


 神狩が、目を丸くして言う。


「・・助けてくれ」


 その男は、息も絶え絶えになって言葉を続けた。


「俺の班は・・全員、殺された・・・・あの鬼に」










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