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第二話  隠れ鬼  その1  

 教室に戻ると、何故か人の姿はまばらだった。まだ、昼休みには早いのに、皆どこへ消えてしまったのか。思案する暇もなく、声をかけられる。


「昴流ちゃん!どこ行ってたの!?次、移動だよ!」


 散々探したんだから――と、花蓮。

 いつの間にか、彼女の声が聴こえただけで、すっかり安心するようになってしまった自分自身に呆れながら、僕は首を傾げた。


「移動?」

「3時限目は、実地研修って言われなかった?」


 2時限目は出なかったんだ。

 どうして?何かあったの??

 いや、ちょっとそこまで真宮寺先輩に拉致られて襲われて、大切な何かをふんだくられるように奪われてね・・・


 ―――正直に話せば、バッドエンドフラグ確定だろう。


 そう思い直し、僕は口をつぐむことにした。


「実地研修って?」

「もちろん、ダイブよ」


 花蓮が、いささか緊張した面持ちで口角をつり上げる。



 ―――ダイブ。

 それは、患者の夢――つまり、深層心理に入り込み、直接バクを探し出す処置方法、オペレーションのことを指している。

 原理としては、患者の夢を記録装置に移し、そこで再構築されたものを映写機のように僕たちの脳内に投影するのだそうだ。

 まるで、水中へ飛び込む感覚と似ていることから、ダイブ(潜る)と、例えて言うらしい。


「実地研修は、グループ別で行われるの。噂だけど、グループのバランスを取るために、成績順でグループ分けされるみたいよ」


 花蓮の言った通りだった。

 グループ分けの結果、水準ランクの僕と末端ランクの花蓮は、見事同じグループになることが出来た。

 グループのメンバー表を受け取り、指定された教室へと向かう道すがら、花蓮の脳内は恐らくお花畑だったのだろう。メンバー表にろくに目を通すことなく教室に入室した直後、彼女は雷に打たれたように、驚愕の表情を浮かべた。


「なんだ、花蓮じゃねーか」

「蘭丸・・・嘘でしょう・・・?」


 先に室内にいた生徒は男女二人。その内の男の方と、どうやら顔見知りだったらしい。


「チッ・・・てめぇもかよ」


 その男は、僕の顔を見るなりまるで天敵にでも出くわしたような顔つきになる。

 ―――なんと、僕まで顔見知りだったか!


「花蓮、こっち座れよ」


 僕に険悪な視線を送りながら花蓮を呼ぶが、当の本人は丸きり無視して一番距離の離れた前列に腰掛ける。

 彼の第一印象は、可哀想なモブキャラ――になった。


「何で、そっち座んだよっ!」

「あんたと離れたいからに決まってるでしょっ!!」


 (たち)が悪そうな顔をしているが、意外とそう悪い奴でも無いらしい。花蓮に冷たくあしらわれ憤慨している姿は、どことなく愛嬌がある。

 そうかと思えば、僕を視る視線は尖った切っ先のようだ。切れ長の目をさらに細くして、威嚇する姿は、誰彼構わずキャンキャン吠えたてる気の弱い駄犬を連想させる。


「にぎやかだね」


 続いて部屋に入ってきたのは、高身長の二人組だった。

 絵になるカップルと言えば良いのだろうか。男の方は、少女漫画にでも出てきそうな外見で、どこにいても女子達の関心を引いてしまう罪作りな種族に見える。気さくな笑顔をバーゲンセールのように振りまいて入って来た方がこちら。

 対して、女の方は全く対称的なほど無愛想だった。日本人形のように切り揃えられた前髪に、洗練された聡明な顔立ち。意志の強そうな瞳を兼ね揃えた彼女は、美人だが融通の利かない学級長タイプに見える。


「お姉ちゃん!?」


 驚いて声を上げたのは、まさかの花蓮だった。


「お姉ちゃんと()(がり)くんが一組枠ってこと?」

「そのようね」

「なんだ・・・うちのグループ、最強じゃん!」


 嬉々として喜ぶ花蓮を、冷静に見つめる姉。・・・恐らく失礼だが、姉妹にはとても見えない。

 というか、似ている個所がまるで見当たらないのだ。それほど、顔はおろか雰囲気さえまるで異質な姉妹を見つめながら、僕は真宮寺ひさぎの言葉を思い返していた。

 激しかったな・・・ディープチュウ。

 って、そっちじゃなくて。

 

 花蓮の姉―――か。


 そこで、唐突に気付いたことがあった。

 なんてことはない――のだが、花蓮が僕の幼なじみなら、その姉だって必然的に僕の幼なじみということにならないか?

 しかし、予想はすぐに裏切られた。彼女は僕の姿を視界に入れても、黒目どころか眉一つ動かさなかったのである。


 無視――というよりは、無関心。

 無意識。

 逆に不自然なくらい、彼女は僕や周囲に対してまるで関心が無いように見えた。


「遅いな・・・先生」


 誰からともなく発せられた言葉。

 そういえば、この部屋に入ってからすでに30分は経過しているだろうか。

 至る箇所に取り付けられた小型カメラの存在に、皆気付いているのだろう。不審に思いながら、誰も席を立とうとはしない。  

 唯一―――彼を除いては。


「おい、花蓮来てみろよ。この装置、投影機じゃねーか!?」


 大人しく待っていられない性分なのか、先ほど花蓮が蘭丸と呼んだ駄犬男は、正面にずらりと並んだ精密機器を端から見て回っているようだった。


「ただ、待っているのも勿体無いな。みんな、自己紹介でもしないかい?」


 やれやれと、スマイル男が笑顔で提案する。

 無言は同意と受け取ったのか、彼はすらりと席を立った。


「僕は、一組の()(がり)(たける)だ。よろしく」


 友好的な笑顔を浮かべ、僕に視線を送ってくる。彼の意を汲んで、僕も席を立った。


「五組の相馬昴流です」

「じゃー次はあたしね!九組の茅野花蓮です!」

「一組、茅野(かやの)椿姫(つばき)


 そこまでは順調だった。しかし、残り二人になったところで、駄犬が噛みついた。


「一組がエラソーに、仕切ってんじゃねーぞっ」


 納得いかねーなぁ!と無駄に吠える犬はさておき、僕たちは揃って6人目のメンバーに視線を注いだ。

 彼女は、それまで誰とも口を利かないどころか、目も合わさずにじっと本を読み耽ったままだったが、実は話を聞いていたのか周囲からの視線に、驚くほど素早い反応を示した。


「五組。伊佐也(いざや)(あおい)


 いかにも大人しい顔をした眼鏡の彼女から、意外にも堂々とした口調が返ってくる。

 眼鏡の奥の瞳は虚ろで、どこか浮き世離れした雰囲気を持つ彼女は、名前だけ告げると、もう邪魔しないでと無言で凄むように僕たちを一瞥して、再び読書の世界に戻ってしまう。


 ―――同じクラスか・・・


 顔と名前は自己紹介の時に必死で覚えた筈なのに、何故か彼女の存在は記憶に無かった。

 1時限目にいなかったのだろうか。


「協調性があって、何よりだ」


 どこを切り取ったらそんな前向きな評価が得られるのか、神狩は満足気に頷きながら、僕らを見回した。


「この中で、ダイブ経験者はいるかな?」


 誰も―――手を挙げない。

 かと思ったら。


「俺、俺、俺、俺様ぁ!!この須藤(すどう)(らん)(まる)様なら、二、三度潜ったことがあらぁ!」

「蘭丸、五月蝿い」と、花蓮。

「てっめ・・・彼氏に向かって何てことを言いやがるっ!」

「もうとっくに別れてるでしょっ!」


 思わず叫んでしまってから、慌てて口を閉じた花蓮と、目が合い―――すぐに逸らされた。


 ――――へぇ・・・へぇへぇへぇへぇ。ボタン連打。

 

「我々B班は、何かしら縁のある人間同士が集まったみたいだね」


 神狩の言葉に、束の間沈黙が落ちる。


 それは、果たして偶然なのか―――?


『時間になりました。Bグループの皆さん。準備はよろしいですか?』


 突然、室内のスピーカーから無機質な女性の声が聴こえた。それは、僕たちの戸惑いを一切無視して単調に紡がれていく。


『グループでの実地研修では、皆さんの様々な能力が試されます。創造思考力、論理思考力、本質把握力などの思考系能力や、自発性、柔軟性、自立性などの心理系能力、そして観察力、感受能力、伝達能力などの対人係能力、全てを統合し、終了時には個々にポイントが付与されます。実地研修でのポイントは、進学の要として大変重要なものになります。皆さん、MVPを目指して頑張って下さい』


 眠くなりそうなアナウンスを聴きながら、僕らが顔を見合わせていると、いよいよ演目の始まりを告げるかのように、ドアが開かれ外から白衣姿の集団が雪崩れ込んで来た。


「なんだ、なんだぁ!おめーらっ・・」


 蘭丸の叫び声にも、気圧されたような響きがあった。顔の大部分をマスクで隠した白装束達は、移動式ベッドを人数分運び込むと、今度はベッドを取り囲むように、心電図や脳波モニターなどの医療機器を順に並べていく。


『さぁ、研修を始めましょう。準備は彼らに任せて、皆さんはベッドに寝て下さい』


 相変わらず、抑揚のない声に急き立てられて、僕らはむき出しになった固いマットレスの上にそれぞれ横になった。

 

 ―――これから、一体何が始まるのか。


 無遠慮な手で、酸素マスクを装着させられる。意識を失うまでのわずかな時間、僕は彼らの機械的な作業にぼんやりと見入っていた。遠くで、微かに女性のアナウンスが聴こえる。

 その声に導かれるように、僕は用意された眠りへと急速に落ちていった。





 ◆





 キーンコーンカーンコーン・・・・


 ―――チャイム・・・?


 微睡みの中、僕は目を覚ました。(かす)みかかった視界を彷徨わせる。

 そこは何の変哲も無い、学校の教室だった。しかし、先ほどまで居た部屋では無い。正面の壁に茂るように連なっていた精密機器が綺麗さっぱり消えており、代わりに大掛かりな黒板が取付けられている。

 小型カメラも消失していた。

 黒板の上の針時計は16時50分を指している。

 窓の外は、陰鬱な曇り空。

 何となく、空気まで重い。


「みんな・・・平気かい?」


 神狩が上体を起こしながら僕らの様子を伺ってくる。

 みんなも次々と目を覚まし、辺りを見渡して言葉を失っているようだった。


「さっきまでと・・・違う部屋?」

「夢ん中だろ。ここでも教室かよっ・・・」


 花蓮の呟きに、蘭丸が舌打ちをする。


「ほっぺが痛い~」

「バーカっ!ダイブ中は痛覚もあるって習っただろーがっ」


 夢の中でほっぺたをつねるというお決まりの行動を実践する花蓮。

 皆が思い思いのやり方で夢の中であることを認識した頃合を見計らって、神狩が再度声を掛けた。


「とりあえず、ここが先生たちの用意したDIの中なら、何らかの指示が出るはずだ。それまでに出来ることをしておこう」


 神狩の言葉に、疑問を浮かべたのは僕も含めて3人。素早く行動に移ったのは、花蓮の姉――椿姫と、伊佐也だった。


「携帯と・・・カードね」


 そう言って、僕らに見せるように椿姫が机上に置いたのは、携帯と馬の絵が描かれた一枚のカード。伊佐也の方は、携帯と猿のカードだった。


「所持品はね、アイテムのようなものだよ。これは研修だから、アイテムには必ず先生達の意図がある筈だ」


 そう言って、神狩が置いたのは鼠の絵のカードだった。


「携帯は、皆同じ型みたいだね。電話とメールしか出来ない旧式タイプだ」


 自身の携帯をいじりながら、神狩が言う。


「俺は牛のカードだ」

「あたし、鳥・・・かな?」

「・・・羊?」


 僕たち3人も、遅まきながらカードを見せ合う。


「馬、猿、鼠、牛、鳥、羊・・・これって」


 椿姫が言いかけた時だった。

 ジジジジジ

 スピーカーから雑音のような器械音が流れ出す。


『17時より、全校集会が開かれます。生徒の皆さんは、速やかに体育館へ移動して下さい』


 ダイブ前に聞いた無機質な声とは全く別の、明るい女性のアナウンスが流れた。


「これが、指示?」


 花蓮の問いに、神狩が自信あり気に頷く。


「さぁ、移動しようか」

 




 僕は、まだ知らない。

 この研修が、どんなに過酷で壮絶なものとなるのか。

 そして、花蓮の言った意味。

 バグに侵されたDIの真の恐怖。

 この学園が恐ろしく残酷で容赦なく無慈悲と言われる所以(ゆえん)

 それを身をもって認識する場となるとは。


 僕はまだ、知る由も無かった。









導入が終わって、ようやく本編です。


ここからは、ざっくざっく血が出ますので、苦手な方は避けてくださいね~

やっと、シリアス突入。


読んで下さり、ありがとうございました!

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