失業式
「讃水電気! バンザイ!!!」
一人の男がそう叫ぶと同時に羽織っていたトレンチコートをガバリと開き、
その腹に大量のダイナマイトが巻きつけてあるのが辛うじて確認できそうなところで、
その讃水電機の元従業員は大量の道連れの足を引っ張りつつ、
人生でもっとも盛大に破裂した。
いつもの、いつも通りの、失業式の風景だった。
失業式。
失業を執り行う儀式。
余りにもありふれていて、ニュースにも活字にすらもならない。
彼らの哀れな失業式を話題にするのは、いつも決まっている。
高みの見物を決め込む、ごくごく一握りの株見だけだ。
彼ら株見は、株を見ることが日常だ。
片手間に、失業式保険にも手を出したりする。
――死んだってな。
――ああ、死んだ。今度はダイナマイトで爆☆殺。
派手に200人吹っ飛んだ。
――にしてもアホな従業員だな
株やりゃあいいのに、株
――それが出来ないからさ、失業するんだろ?
――たしかにそーだな
ははははは
――あはははは
――えへへへへ
――おほほほほ
彼ら株見にとって、従業員はすでにただの生贄だ。
元従業員も生贄だ。
家畜だ。
食われるべき肉だ。
株見に供されるべき、たんなる一個の材料だ。
――で、次は?
――次ってなんだよ
――次の失業式
――次の殺人ショーだろワラかすな
――ぶっちゃけ言えばそーなんだけどね、
モノにゃ言いようってモンが……ねーよな
殺人ショーだよ自爆ショーだよ娯楽だよ
あ、あと、ついでに株
――今の流行りは失業式保険だろ
讃水の失業式で儲けたZE☆
500万 ヒッヒッヒッ
――でさ、次は?
――次の殺人劇場か?
社長になれよ、開きホーダイだぞ……
彼らの会話の内容に依れば、次は大手住宅会社の「ツイスト」。
昨今の不動産不況の煽り――という定型文により赤字が拡大。
そして紋切り型の企業報告を出した後、
上場維持のために決断を下すことになった。
そして先日、ツイストの従業員50名が晴れて失業。
ただちに失業式の開催が無投票の株主総会で満場一致でにこやかに滞りなく平穏にそしてゆるやかに笑顔で議決され、
かくしてその三日後、予定通りに決定通りに「ツイスト」の失業式が執り行われた。
ツイストにとっては、初めての失業式でもあった。
いつもの光景のはじまりである。
そして、こんなものを気にするのは物好きな株見たちだけだ。
「では、これより、第一回株式会社ツイストの失業式を始めます」
『死ね! 死ね死ね死ね! 死んじまえ!!』
『クソ社長なんて死んじまえ!!!』
『ひっこめクズ!!』
『殺してやる!』
「それでは式次第につきまして、まずは社長のお言葉から」
『殺してやっからな!! 絶対に! ブッ殺してやっからな!!』
『さっさと出て来いブタ野郎』
『ンだテメーどのツラ下げてきやがんだ!!!』
『とっとと歩けシャチョーさんよぉーーー!!』
ステージには、大量の雑然とした、どこから出てきたのかも分からないようなゴミやクズやカスや空き缶や石や犬の骨や形容しがたい糞便や使用済み医療廃棄物や整形病院から持ち出した何かの脂肪が所せましと転がっていた。
いつもの失業式のように、いつものような威嚇が飛び交っている。
至極いつもの光景だ。
ごく普通の、ありきたりの、何の変哲もなく全くつまらない、
ただの失業式だ。
これはありふれている。
話題にもニュースにもならない。
気にするのは、ごく一部のヒマな株見たちだけだ。
そして社長は十数人の警備員に警護されつつ、
ステージの右そでから中央の演台へと歩きつつあった。
上品な顔立ちで上品なスーツ、上品な靴を履いて上品な時計を巻いている、そしてさらに上品なネクタイ、上品なシャツ、上品な肉体、上品な目つき、上品な髪型、上品な足取り、上品な口元、上品な微笑みを、その口元にたたえている。全てが上品で、まさに上品としか言いようのない、さらには社長としか形容の出来ないような上品のKATAMARIが上品をまとって、――あるいは上品そのものが――、下品なステージに登場しつつあった。
が。
『パンッッッ!!!』
一つの乾いた音が、失業式会場に響き渡った。
一瞬の沈黙の後。
誰もが、拳銃だと知った。
『死んだ! 死んだ! 殺したゾっ!!!!』
『吹っ飛んだ! 死んだ!』
『ひゃっほう!!!!!!!』
ステージの上のよく見える位置にちょうど社長が倒れ込み、
大量の真っ赤な血を流している。
衆人環視の中、社長を気遣うものは誰もいない。
当然だ。
これが失業式なのだから。
『こんな奴でも血は赤いんだな』という声も聞こえる。
『やった! やった!』という歓喜の声も聞こえる。
『早く救急車を!』というごく一部の小さく哀れな声も聞こえる。
様々な声に彩られた株式会社ツイストの失業式は、
ある意味、
滞りなく予想通りに想像通りに順調に面白おかしく進んでいく。
これは娯楽なのだ。
失業式は娯楽なのだ。
人間性の崩壊とその直接の行動を高みから見て楽しむ、
娯楽なのだ。
娯楽以外の何物でもない。
彼ら元従業員たちだけだ、本気なのだ。
彼らは最後の力を振りしぼって、失業式を意味や意義のある儀式としようとしている。
その儀式の中枢に、死体が転がるだけなのだ。
儀式には死骸が必要なのだ。
そして、彼らは、既に屠られた生贄だ。
それならば人生の最後となる失業式には、その関係性、
長く彼らを束縛していた関係や関連やしがらみや世間を、
ただただ逆転させたかっただけなのだ。
そう、逆転。
最後のチャンスである。
失業式こそ、最後のチャンスである。
彼ら、失業式に列せられた元従業員は、
だれしもがそう思い、だれしもが「実行」に移そうとしている。
そのの数だけ、社長以下のその他大勢が、
ある意味、逆転という結末を迎えるのだ。
この逆転は失業式の醍醐味であると同時にカタルシスを呼び覚まし、
我々矮小な人類に様々な思いを想起させてくれる。
古くは古代ローマ帝国で行われていたコロセウムでの殺人ショー、
今では遥か遠くの異国の地で繰り広げられる乱雑な殺人行為を記録したえげつないスナッフムービー、
あるいは直接のそれらの具体的な行動。
そういう澱みや歪みが十分に撹拌されて刺激的な爆発物が出来上がったところで、
それらの起☆爆のきっかけとして、しめやかに失業式が執り行われるだけなのだ。
ステージの上で重警備員が一瞬のうちに物騒な武装を向けて警戒し、
それでも再びの乾いた『パンッ』という音とともに、
哀れな警備員の一人が誰かに射殺され、
彼が引き金を引きつつ倒れ込んで失業式の来式者が数人単位で脳漿をブチまける。
続いて来式者あるいは会社経営陣あるいは警備員あるいは他の誰かが『殺せ!』と誰かが叫ぶと、
それを合図として、会場は、瞬く間にそしてある意味予定通りに、
順調に軽やかな怒号と小気味よい銃声に、満たされていった。
その失業式のスコアは、531であった。
出席者、54名。全員死亡。
警備員、41名。全員死亡。
社長以下経営陣、7名。全員死亡。
他、物見遊山でまよいこんだバカな株見が1人、
近所を散歩中だったご夫婦が6組・12人、
回りで見物していた真性のアホが43人、
他もろもろが数百人。
合計、531ポイント。
つまり、この失業式のスコアは、531であった。
――ちっくしょーーーー!
531かよ!
――ンだよ、はずれて大損ブッこいたのか
――まぁツイストのはね、ちょっとイイカンジだったかもな
――にしても531はすげーな
最近じゃあトップのポイント上昇じゃんか
――ありえー ありえねー ねーねーねー
ねーよ ねーよ
俺の100マソ返してくれよ
もう一回失業式やりなおせ
無能経営者
しんじまえ
あ もう 死 ん で る か ☆
――そこに気付くとは!!
お前なかなかやるな!
――天才だからネ☆
――天才ならなんでハズすのよ、
低能ちゃん?
――だから言ったろ
開催一回目のSSCはアブないって
高値付くけどリスクもでかいんだよ
近年稀に見る高ポイントをはじき出した、ツイストの第一回失業式。
その失業式保険――SSC――は、30分で45.5万円という高値を記録した。
稀に見る稀な上昇となり、保険市場は大いににぎわった。
そして、株見たちの評判も上々だ。
『ああいうのがもっとありゃいいのに』
『あと5ポイント高けりゃなー』
『オレこれでひと財産気付いたよ どーもあんがと』
『さっすが天下のツイスト 住宅系はぬかりねーな』
――にしても誰だよ火つけたの
――それ見に行ったバカが死んだんだろ
火つけたのなんて誰でもいいじゃん
結局はー俺のー俺様のー *養分* だよ
コヤシだよ
踏み台だよ
1ポイントの値上がりで10万
正直おいしいです
――ここのヤツだったのか?!
――シラネ―よカス
――で、誰が会場に火つけたんだ
――放火も考えなきゃーいけねーのか
いやいや、SSCは奥が深いな
――だから言ってんだろ
死ロートはSSCに手出すなって
――はいはい
――で、次の失業式は?
――おれは賭けるね
次の失業式
今度は大きく1000ポイント
どうだろう
――ねーよ
〈了〉