思うこと
曇り空。今にも雨が降ってきそうな空を眺めながら白岡智史は頬杖をついていた。少し離れた場所からは、同じ美化委員の結城沙耶の声が聞こえている。
「結局19時近くまでやってたんだけどさ、終わんなくて。」
二人が任された校内美化ポスターの話である。なんとか意見をまとめたところまではよかったが、完成までとはいかなかったのだ。そんな昨日の話。
「結城。」
眺めていた空を背に智史は沙耶を呼んだ。呼びながら、机の横に掛けてある鞄の中を探る。沙耶が近づいたとき、智史の手には筒状にされた画用紙があった。
「それ、昨日の?」
「そう。」
手渡されたポスターを広げて、沙耶は感心した。
「すごい……ちゃんとできてる。」
「それでいいなら、後で委員長に渡しておくけど。」
「うん、いいと思う。じゃあお願い。」
頷いて智史はポスターを鞄の中へとしまった。それを見届けて、沙耶は友達の所へと戻る。そしてまた、智史は空を眺めて、沙耶はおしゃべりに夢中になる。
「何、してんの?」
「そっちこそ何してんの?」
放課後、教室には窓の外を恨めしそうに眺める沙耶がいた。
「ポスター、委員長に渡そうとしたらなかなか見つからなくて彷徨ってた。」
「で、渡せたの?」
「見ての通りだけど?」
智史は大げさに手を開いて見せた。もちろん、そこには何も持っていない。
「そか、お疲れ様。」
「で?俺の質問の答えは?」
「あー、うん。傘忘れちゃってさ。同じ方向の人いないし、待てば少しは弱くなるかなーって。」
照れくさそうに笑う沙耶。外は昼間の曇りが予兆していたように土砂降りである。
「待っても弱まらないよ、台風近づいてるから。」
「えー!天気予報ちゃんと見てくればよかったー。」
がっくりと項垂れた沙耶をみて、智史は少しだけ口元を緩めた。
「どうすんの?」
「どうするって、なんか笑ってるし。」
「俺、傘2つ持ってるけど。」
「うそ?!」
「嘘。」
「うそなの?!」
「嘘じゃないよ。」
目を輝かせたり落胆したりと大忙しの沙耶。少しだけそれを楽しんだ智史は、折りたたみの傘を手に教室を出て行く。
「昇降口に普通の傘置いてあるから、それ貸すよ。」
「え、いいよ、私折りたたみの方で。」
「荷物多いだろ?大きい方がいいだろ。というかその量、夏休み前の小学生かよ。」
改めて自分の荷物の量を見て、沙耶は何も言えなくなった。
「ほら。」
「わーい。困ったときは白岡だねー。」
傘を受け取ろうと手を出した沙耶だったが、智史はなかなかそれを渡そうとしない。
「何?もしかして気が変わった?」
「いや、そうじゃないけど、一回ぐらい”ありがとう”とか言わない?」
「え?」
突然のことに沙耶の頭は真っ白になった。智史が何を言わんとしているのかがさっぱりなのだ。
「ポスター、完成させてきた。英語のとき、修正液貸した。その後問題あてられて解らないって言うから教えてあげた。さっき、ポスター委員長に渡してきた。今、傘貸してあげようと思った。さて、今挙げた中で君は何回俺に”ありがとう”と言ったでしょう?」
「えーと……言ってない、よね?」
「正解。まあ、今日に限らずいつもだけど。」
「うわぁ、ごめんなさい。」
ようやく智史の意図を理解した沙耶は、もの凄く申し訳ない気分になった。改めて考えると、随分とぞんざいな扱いをしてきてしまったのだと。ふと智史を見ると、外の雨を無言のまま眺めていた。沙耶はますます智史を怒らせてしまったのではないかと急に不安になる。
「ホントにごめん!これまでの償いは何でもするから許して〜。」
「いや、そこまでしてもらおうとか思ってないから。」
「でも、」
「いいって。結城の”大好きー”の中に俺は多分入らないし、だからといって俺は結城のこと嫌いなわけでもない。なので、今回の件にしたって怒ってるわけじゃないから許すも許さないもない。だろ?」
振り返った智史の表情に怒りなどどこにも無く、むしろ笑っている。からかわれているのだろうかと沙耶は思う。
「えと、よく意味が解らないんだけど。」
「つまり、せめて”ありがとう”ぐらいは言ってくれないと、俺はなんだか損しているような気分だということ。」
「うん、それは解った。で、今のはもしかして告白?」
「それはない。」
沙耶は頭の中をフル回転させてみたが、智史の言っている意味がやはり解らない。
「えーと、私の”大好きー”って何?」
「よく言ってるだろ、”わー!ありがとう!もう誰々ちゃん大好き!!”って。」
「ああ、それのこと。」
理解はできたが、自分の過剰な口真似をされたことの方がなんだか引っかかる沙耶だった。
さて、この後2人の関係はどう展開するのか。