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『あなたの声ではありません』

作者: ECLYTH
掲載日:2026/11/05

その仕事を始めたのは、生活費を少しでも補うためだった。

仕事内容は単純だった。

録音された音声を聞き、話している内容を文字に起こす。

会議、講演、インタビュー、電話相談。

さまざまな音声が送られてくるが、ほとんどは退屈なものばかりだった。

報酬は文字数に応じて支払われる。

納期さえ守れば、いつ作業してもいい。

私は夜中に仕事をすることが多かった。

ある火曜日の午前1時43分。

いつものように新しい音声ファイルが届いた。

ファイル名は、

「音声記録_000001」

たった3分12秒の音声だった。

再生すると、最初に聞こえたのは小さな雑音。

そのあと、男性の声が聞こえた。

『今日は、ここまでにしましょう』

普通の声だった。

続いて女性が何かを話したが、音が小さくて聞き取れない。

私はヘッドホンの音量を上げた。

すると、女性の声がはっきり聞こえた。

『まだ、終わっていません』

私はその言葉を入力した。

その直後、男性が答えた。

『あなたは、もう帰っていいんですよ』

女性は少し間を置いて、こう言った。

『でも、まだ一人残っています』

そこで音声は終わった。

特に不思議な内容ではない。

私は作業を完了し、次のファイルを開いた。

ところが、次の音声を聞いている途中で手が止まった。

『あなたは、もう帰っていいんですよ』

さっきと同じ男性の声だった。

まったく同じ言い方。

同じ息継ぎ。

同じ声の震え。

偶然だと思った。

音声データの使い回しなど、珍しくない。

しかし、次のファイルにも同じ言葉が入っていた。

そして、その次にも。

私は気味が悪くなり、ファイルの一覧を確認した。

全部で27件。

そのうち26件に、同じ男性の声が入っていた。

残りの1件だけ、音声の長さが違っていた。

3分12秒ではなく、3分13秒。

たった1秒の違いだった。

気になって再生した。

最初の2分間は、何も問題がなかった。

そして最後の数秒。

男性の声が聞こえた。

『あなたは、もう帰っていいんですよ』

続いて、女性の声。

『今度は、あなたが残る番です』

私はヘッドホンを外した。

その瞬間、パソコンの画面に通知が表示された。

「文字起こしの修正依頼があります」

私は何も送っていない。

それなのに、修正依頼が来ていた。

ファイルを開くと、私が入力した覚えのない文章が追加されていた。

『午前1時43分。作業者は音声を停止した』

背中が冷たくなった。

時刻まで正確だった。

私はすぐに作業画面を閉じた。

気のせいだ。

誰かが悪質ないたずらをしている。

そう考えながら、パソコンの電源を切った。

その夜は眠れなかった。

翌朝、仕事用のサイトにログインすると、見慣れない通知があった。

「昨日の作業について確認事項があります」

担当者からのメッセージだった。

『昨日の最後の音声について、確認したいことがあります。音声内で、ご自身の名前を聞きませんでしたか?』

私は返信した。

『名前は聞いていません』

すぐに返事が来た。

『それなら問題ありません。今後も同じような音声が届く可能性がありますが、通常どおり作業してください』

私は少し安心した。

しかし、その日の夜。

新しい音声が届いた。

ファイル名は、

「音声記録_000028」

再生時間は、3分12秒。

再生すると、最初に雑音が入った。

そして、男性の声。

『今日は、ここまでにしましょう』

また同じだ。

私は再生を止めようとした。

しかし、マウスを動かしても反応しない。

音声は続いた。

『あなたは、もう帰っていいんですよ』

そのあと、女性の声が聞こえた。

『違います』

少し沈黙があった。

そして女性は、はっきりと言った。

『今、聞いている人に言っています』

私は息を止めた。

『そこの人。聞こえていますか』

音声の向こうで、何かを引きずるような音がした。

『お願いです。最後まで聞いてください』

私はパソコンの電源を抜いた。

部屋が静かになった。

だが、ヘッドホンからまだ音が聞こえていた。

電源を抜いたパソコンの横で、ヘッドホンだけが音を出している。

『そこにいますよね』

私はヘッドホンを床に投げた。

その瞬間、音が止まった。

もう無理だった。

翌日、私は仕事を辞めることにした。

サイトに退会申請を送り、登録情報も削除した。

これで終わりだと思った。

ところが、3日後。

自宅の郵便受けに、一通の封筒が入っていた。

差出人はない。

中には、A4用紙が1枚だけ入っていた。

そこには、私が最後に聞いた音声の文字起こしが印刷されていた。

しかし、最後の部分だけが違っていた。

『そこにいますよね』

『返事をしてください』

『私の声が聞こえるなら、どうか返事をしてください』

そして、その下に一文。

『返事がない場合、あなたは私を知らない人として処理されます』

意味が分からなかった。

その夜、私は誰にも相談できずにいた。

警察に行くべきか。

それとも、単なる嫌がらせなのか。

考えているうちに、午前1時43分になった。

突然、スマートフォンが鳴った。

非通知だった。

私は出なかった。

すると留守番電話に切り替わった。

数秒後、通知が届いた。

録音時間は3分12秒。

私は震える手で再生した。

最初に聞こえたのは、あの男性の声だった。

『今日は、ここまでにしましょう』

そして女性の声。

『まだです』

男性が答える。

『もう十分でしょう』

女性は言った。

『あの人は、まだ聞いてくれています』

私はスマートフォンを握りしめた。

女性が続けた。

『あなたが聞いているのは分かっています』

少し間があった。

『お願いがあります』

『私の名前を、文字にしてください』

その瞬間、私は気づいた。

今までの音声には、女性の名前が一度も出てこなかった。

何度も聞いていたはずなのに。

どのファイルにも、名前だけが存在していなかった。

私は恐る恐る音声を巻き戻した。

女性が話す直前。

ほんの一瞬だけ、男性が何かをつぶやいている。

音量を最大にして聞いた。

『名前を言うな』

その声は、今までよりずっと近かった。

そして、音声の最後。

女性が小さく言った。

『私は、ここにいます』

そこで録音は終わった。

翌日、私は音声ファイルを専門の知人に聞いてもらった。

彼は最初、何も言わなかった。

何度か聞き直したあと、妙な顔をした。

「これ、誰が録音したんだ?」

「分からない」

「いや、そうじゃなくて……」

彼は画面を見つめていた。

「この音声、会話じゃないよ」

「どういうこと?」

「男性の声は、録音された音声だ。でも女性の声は違う」

彼は波形を拡大した。

「女性の声だけ、録音されていない」

「そんなことあるの?」

「音声データとしては存在している。でも、録音された形跡がない。まるで、再生するたびに追加されているみたいだ」

私は何も言えなかった。

彼はさらに調べた。

そして、あることを見つけた。

最初に届いたファイル。

その作成日時は、今から18年前だった。

登録されていた音声の所有者は、すでに亡くなっている人物だった。

名前は、三浦紗季。

18年前、音声認識システムの開発施設で働いていた女性。

彼女は当時、音声データの不正な削除を告発しようとしていた。

その後、施設内で行方不明になった。

事件は解決していない。

私はその名前を検索した。

古い新聞記事が見つかった。

写真には、普通の服を着た女性が写っていた。

笑顔だった。

どこにでもいそうな、ごく普通の女性だった。

記事には、彼女が失踪する直前、同僚にこう話していたと書かれていた。

「私の声が消されても、誰かが聞いてくれるなら、それでいい」

私はもう一度、音声を聞いた。

今度は、怖くても最後まで聞こうと思った。

『私の名前を、文字にしてください』

私は入力画面を開いた。

そして、ゆっくりと打ち込んだ。

三浦紗季。

その瞬間、音声が止まった。

パソコンの画面が暗くなった。

数秒後、画面に文字が浮かび上がった。

『ありがとう』

それだけだった。

私は泣きそうになった。

ようやく終わったのだと思った。

しかし、最後にもう一度だけ、音声が流れた。

今度は男性の声ではなかった。

女性の声だった。

『あの人に、伝えてください』

私は耳を近づけた。

『私を消した人は、まだ生きています』

その後、少し沈黙があった。

『でも、もう恨んでいません』

私は不思議に思った。

18年間も閉じ込められていたのに。

声を消され、名前まで奪われたのに。

どうして恨んでいないのか。

女性は最後に言った。

『あの人も、私の声を聞いていたんです』

『最後の日、誰も助けてくれなかったと思っていました』

『でも、ずっと聞いてくれていた人が一人だけいました』

『あの人は、怖くて何もできなかっただけなんです』

音声はそこで終わった。

私は、彼女を消した人物を調べた。

それは、当時の開発責任者だった。

彼はすでに高齢で、現在は介護施設に入所していた。

そして、認知症を患っていた。

私は迷った末、施設に手紙を送った。

三浦紗季という女性の名前と、彼女の最後の言葉を伝えた。

数週間後、返事が届いた。

施設の職員が代筆したものだった。

『手紙を読んだあと、本人は長い間泣いていました』

『そして、何度も同じ言葉を繰り返していたそうです』

その言葉は、

「まだ、聞こえていたんだな」

だった。

それから、あの音声は届かなくなった。

仕事用のサイトにも、何も残っていなかった。

ただ、最後に一つだけ気になることがあった。

あのファイルを保存していたフォルダに、見覚えのないテキストファイルが残っていたのだ。

開いてみると、短い文章が書かれていた。

『聞いてくれて、ありがとう』

『私はもう、名前を忘れません』

その下には、もう一行。

『あなたの名前も、忘れません』

私はファイルを閉じた。

その日から、夜中に音声を聞く仕事は辞めた。

今でも、録音された声を聞くと少し緊張する。

特に、音声の最後に沈黙があるとき。

そこに何かがいるような気がする。

そして、たまに思う。

もし、あの夜。

私が最後まで聞かなかったら。

三浦紗季という女性は、今も誰にも知られないまま、あの3分12秒の中に閉じ込められていたのだろうか。

そう考えると、少しだけ胸が痛む。

ただ、一つだけ。

どうしても分からないことがある。

あのファイルは、すべて削除したはずだった。

なのに先月、パソコンを買い替えたとき。

新しいパソコンの中に、見覚えのない音声ファイルが一つだけ入っていた。

ファイル名は、

「音声記録_000001」

再生時間は、3分12秒。

私は怖くて、まだ再生していない。

ただ、ファイルのプロパティを開いたとき。

作成者の欄に、私の名前が表示されていた。

そして更新日時は、

18年前の、三浦紗季が失踪した日だった。

AI生成です。ストーリー性のあるホラーの供給不足で

いつもなら読み手側なんですけど、投稿しちゃいました

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