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AIが人間から奪うものの中で最も大きいものは「友人」の枠なのかもしれない

作者: エンゲブラ
掲載日:2026/10/26

人は、自らの腹の内を明かせる相手を信頼する。

誰に吐露すればいいか、分からない悩み。そんなことでも相談していい相手。それが「親友」や「家族」というものだが、近頃、そんな役割までも「AI」が担うようになってきており、筆者は懸念している。とりわけ若年層の未来を。


自分の恥とも言える悩みでも、匿名のAIにであれば、相談もしやすい。だが、これには大きなデメリットがある。本当の意味での友人を作る機会の喪失である。


胸襟を開く。

これは気の置けない友人を作る上での秘訣でもあるが、AIという気軽な相談相手の登場により、こういった「精神的筋肉」を使うことへの抵抗感が、さらに高まってきているという推測も、おそらく的外れとはならないだろう。


さらにAIが何にでも応えてくれるからと言って、最も欲しいものは手に入らない。それは「感情の交感」であり、波長のシンクロによる癒しは、デジタルでは発生しないからだ。AIは画面の向こうの霧状の医師であり、利用者は遠隔診療を受ける患者に過ぎない。


だが、ひとはそれでもAIを使う。

24時間いつでも、ユーザーのレベルに合わせ、ユーザーが欲しがりそうな言葉を選び、応答してくれるAI。そんなツールの登場は「友人を作るための時間」や人間的深化の機会をも奪い始めている。


人付き合いが苦手とするひとの中には、他者と付き合うための「最低限度の精神的筋肉」すら養えていないケースも多い。それは筆者からすると、非常に脆弱にも見え、あまり褒められたものでもないな、とも感じられる。


人生の大半は「人付き合い」によって形成される。人間が生きた価値の大半は、そこに残す「感情」によって評価される。友人というのは「自分が生きたという証人」であり、価値はどれだけ彼らを振動させたかによって決まる。自分の思索を深めるのにAIを使うのはかまわないが、悩み事などの相談においても、こどもがAIに相談をするというのは、筆者としては、やはり良くないことのように思える。


若いうちは「間違うことも経験のひとつ」であり、「それっぽい疑似的な回答」は、本当の意味での血肉にはならない。―― ということも、こどもたちには教えておくべきだろう。

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― 新着の感想 ―
とても興味深く読ませていただきました。 まあ、AIが生活に入って来てますし、いずれ人型ロボットも入ってきて、労働の支援(流石に単独では無理だろうから、人がつくでしょう。もしくは買い物などの荷物持ちと…
そういえば、報道バラエティでAIチャットキャラクターと結婚した女の話みました。 AIはデータの集合体と笑ってられなくなりましたね。
僕の学校ではもう「チャッピー(チャットgpt)に聞こう」とか「ジェミニ君に聞こう」とか普通に出てきます。(普通にお悩み相談にAIを使うのは学習に使われることを考えるとまずい気がするけど…) 人付き合い…
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