第ニ十ニ話 峻険なる嶺、空からの影
森を抜けた先に待っていたのは、天を突くような巨岩の群れだった。目指すガンダル砦はこの険しき山岳地帯を越えた先にある。
道とは名ばかりの、剥き出しの岩肌が続く急勾配。隊員たちは自身の装備に加え、砦への補給物資を詰め込んだ背嚢の重みに、一歩ごとに膝を震わせていた。
「……あの、この荷物、中身は岩か何かが入ってんですかね? 肩がちぎれそうだ」
デニスが、額の汗を拭う余裕もなく吐き捨てた。
「全くだ。森の方がまだ平坦でマシだったな……」
セドリックが、荒い息を吐きながら力なく同調する。
英才教育を受けてきたヴァルターも、実戦の行軍には顔を青ざめさせていた。重い背嚢がじわじわと体力を削り、足が止まりそうになる。
「ほら、坊ちゃん。これくらいで根を上げちゃ、砦に着く前に干からびちまうぞ」
背後から、ガラムの太い腕がヴァルターの背中をぐいと押し上げた。ハーフドワーフの頑強な脚取りは、重荷を背負っているとは思えないほど安定している。
「あーーー……腹が減ったー。ニコ、何かねえのかー」
ヘルガが腹を鳴らして尻尾を垂らすと、ニコは「朝あれだけ食べたでしょー。もう少し辛抱しなさい」と事も無げに登り続けていた。
ベリルは鞄から朝食の残りのパンにベーコンを挟んだサンドイッチをヘルガに差し出す。
「やったぜ!さすがは小隊長様!」
サンドイッチを片手に小躍りするヘルガ。
「もう!小隊長!あんまりヘルガを甘やかさないでよね」
ベリルの隣にいたルルが口を尖らせる。
「ずりーぞ、ヘルガ!俺にも半分くれよ!」
ガストンが声を張り上げてヘルガに飛びかかる。
「嫌なこった!全部オレんだ!」
ヘルガがひらりとかわして、サンドイッチに大口でかじりつく。
「あっ!!てめぇ、このやろう」
「おい、バカ。あんまり騒ぐんじゃねぇ。このあたりはワイバーンが出るって噂だぜ」
ライアンが声を潜めて釘を刺すと、それまで無口だったアルノーがぼそりと口を開いた。
「……ガストンは食いでがあるからな。ワイバーンも真っ先に狙ってくるだろうよ」
その言葉に、疲弊していた隊員たちの間にドッと笑いが起きた。
「冗談じゃねえ! 俺は食い物じゃねえぞ!」
「だから静かにしろっての!」
顔を真っ赤にして制止するライアンの横で、一行の空気はわずかに和らいだ。
「ふむ……わしももう限界じゃ。ミラ、悪いがこの老いぼれをおぶってくれんか……」
バルト爺さんが震える手で腰を叩きながら縋り付く。
「自分で歩きなさい。その手、腰に触れたら射抜くわよ」
ミラは冷ややかに一瞥し、軽やかな足取りで先へ進んだ。
「小隊長、そろそろ限界だ。そこに見える岩陰で一度、呼吸を整えさせてやってくれ」
マルクが隊員たちの足取りを見て取り、ベリルに声をかけた。ベリルは一度足を止め、風の向きと空の色を確認する。
「……いや、あと半刻だけ踏ん張ってくれ。あそこの張り出しまで出れば、風通しも視界も良くなる。そこで大休止にしよう」
ベリルは自らデニスの背嚢の一部を受け取ると、淀みない足取りで先頭に立った。その揺るぎない背中に押されるように、隊員たちは再び重い腰を上げる。
ようやく辿り着いた岩の張り出しは、眼下に雲海を望む絶景の舞台だった。
「……着いたぞ。各自、大休止だ」
ベリルの号令とともに、隊員たちは競うように背嚢を投げ出した。岩場に深く腰を沈め、肺が痛むほどに冷たい空気を深く吸い込む。
革袋から滴る水を喉に流し込み、ようやく人心地ついた。 誰もが絶景を楽しむ余裕などなく、ただただ泥のように重くなった四肢を投げ出し、安堵の溜息を漏らしていた。
だが、その平穏は唐突に打ち切られた。
上空から、太陽を遮る巨大な影が高速で横切った。 岩を削るような鋭い鳴き声が響き渡り、空気が震える。
「……総員、伏せろッ!」
ベリルの怒号が、大休止の安堵を切り裂いた。 見上げた空から、音もなく旋回し、その巨大な鉤爪を広げて急降下してくる影があった。
空の支配者――ワイバーン。 運命の悪戯か、疲れ切った第五小隊の頭上を、強大な捕食者の影が飲み込んでいく。




