009 再びカオスへ
イラストリラ合衆国の第4艦隊と第7艦隊、それに全自衛隊の幹部達が集まり、総合幕僚本部ビルの7階はすし詰め状態となっていた。これから北沙羅樹侵攻作戦の具体的な「詰め」に入っていたからだ。これから話し合い、決めるのは、北沙羅樹国を「1週間」で陥落させる侵攻作戦の内容である。
「人工衛星からの観測では、北沙羅樹国に存在している飛行場、駐屯地、軍港等は全て抑えています。敵を奇襲出来れば、上手くいけば開戦1日目で敵の機動戦力は全て破壊する事がで来ます」
第4艦隊の作戦班の作戦士官は説明した上で、十数枚の衛星写真をスライドで見せる。カルプック軍港、シラトゥルート飛行場、マクップル飛行場、ギィエルタル駐屯地、ワクァッレンド駐屯地等々、北沙羅樹国にとって重要な基地が並んでいる。駐機してある戦闘機から戦車、軍艦に至るまで何でも把握できていた。
最後の1枚を見せた後で、その第4艦隊の作戦士官は告げる。
「同じ様な画像を、敵もまた持っていると見るべきです。一昨年の人工衛星打ち上げに成功したのが大きいでしょう。どんな衛星を打ち上げたのかは情報検閲にて知らされていませんが、十中八九、軍事用の偵察衛星です。気象用の観測衛星では無いのは確かです」
お互いに、戦力がバレていると見ても良い。その条件をお互いに抱えた上であると言う情報が共用される。
「よって、我々は奇襲作戦は出来ません。打てる手は限られています。ですから、堂々と軍列を並べて、正攻法で侵攻作戦を行うしかありません」
「では我々は、同盟国軍として何をすれば良いのでしょうか」
自衛隊の出席者が横合いから言葉を出すと、第7艦隊の作戦士官が口を出す。
「主に西を守ってもらいたい。第4、第7艦隊は北沙羅樹国の討伐に忙しい。後方支援と補給線の確保くらいは出来るでしょう。そちらが初めて0から建造した原子力空母が竣工するまで、まだもう少し時間がかかります。それまでの間は、西の防備を抱えてもらいたい」
自衛隊6軍の顔は、面白い顔はしないが、納得の表情も見える。この「統一戦争」改め「南北統一事業」は、自衛隊には荷が重すぎる。しかも、別にこちらから頼んだわけでは無く、イラストリラ合衆国の都合で決められたのだ。
「あと24時間後には、ゲーテル・デバイ大統領から公式に北沙羅樹国に対する宣戦布告が行われます。奇襲は行えませんが、前方より堂々と軍を進ませての戦いとなる。楽な戦いにはなりません」
「ラシア共和国と華党の動きはどうでしょうか」
「連中だって全面戦争は望んでいません。しかし、あらゆる手段で北沙羅樹国を援護する筈です。既にその兆候は現れております。お互いに偵察衛星で双方の動きは筒抜け、あとは純粋に力のぶつかり合いにて決まります」
「どちらにせよ、泥沼には変わりませんな」
そう呟いた自衛隊出席者の言葉は、この後、10年間の沙羅樹国列島での状況を過不足無く、的確に表現していた。「限定戦争」、「短期決戦」が如何に机上の空論なのか、この場にて理解出来ていない人間は居ない。かつて北海途と呼ばれた、沙羅樹列島では最も北に位置し、大きい島は、今や不倶戴天の敵となっている。
可能ならば、進水式を終えて、そろそろ艤装が終わって、訓練を始めるべき海上自衛隊の最新鋭原子力空母が完成しなければ、海上自衛隊は張り子の虎である。2番艦、3番艦も建造中らしが、進捗状況はあまり良いとは聞いていない。恐らく、戦争に間に合うのはこの1隻だけだ。
原子力潜水艦も、建造計画が立ち上がって、ようやく建造が始まったと言う所であるが、これも間に合わない。暫くは、魔女自衛隊、魔防機自衛隊、魔人自衛隊に世話になる事が多くなるだろう。
「北沙羅樹国の軍事基地にも、戦力や兵力が集められています。北の方でも、先制攻撃にて戦いを優位に進めようという魂胆です。その前に、我が軍も動かなければなりません。自衛隊は、神華大陸の華党により妨害行為、通商破壊戦を西にて阻止し続けて下さい」
実質、この「南北統一事業」は、駐留合衆国軍を主軸として戦われると言う方向にて、話は進んでいった。
希林・ブロッサムは、首都・桜都の防空部隊に配置されていた。他の自衛隊も、次々と大都市圏へと配置されていた。
これは、家訓に泥を塗られたな。希林はそう思っていた。沙羅樹国とイラストリラ合衆国の友誼と同盟関係の証として、この国に嫁に出された家系である希林は、まさか後方で首都防衛を命じられて、前線に出られないと言うのは、由緒ある魔女の家系にとっては屈辱的であった。
果たして、イラストリラ合衆国の第4、第7艦隊は上手くやり繰りしてくれるだろうか。間違って空母の1隻でも沈められたら、合衆国は未来永劫、北沙羅樹国を許さないだろう。
「第4艦隊は、円津海峡を封鎖しつつ北沙羅樹国の南部を攻撃、第7艦隊は、それより以北の敵軍基地を攻撃しつつ、ラシア共和国から北沙羅樹国への援助ルートを遮断する。これを基本的な作戦の骨子として、後は出たところ勝負で、と言う所です」
駐留合衆国軍の司令官が、そう纏める。こう言うのはシンプルな方が良い。匠が作り上げた芸術的な作戦では、失敗した時の損失はとんでもない事になる。
しかし、ここから先、超大型空母3隻で、どうにかなるだろうか。如何にかなってほしいものだ。ここから先、自衛隊と北沙羅樹軍との市街戦なんて悪夢が現実になってしまったら、いや、これは悪夢などでは無い。戦争が長引けば、充分に有り得る事態だ。
お互いに偵察衛星がある以上、奇襲作戦は出来ない。真っ正面からのぶつかり合いになる。となれば、先手必勝は出来ない。前方から、正々堂々と戦うほか無い。24時間、あとたった24時間で、南沙羅樹国が80年間守り続けた「戦争放棄」と「平和主義」が終焉を迎える。またあの「混沌」に逆戻りか。自分達には、戦争なんて出来ないし、やっても勝てないと言う結論に至った筈の第二次「ジーアス」戦争が終わってから80年、自衛隊が何処まで戦争を反省して軍を組織したのか。それが、今問われている。




