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007 望まぬカオス

「おいおい、冗談じゃ無いぞ、これでは本当に戦争になるじゃないか!」

 何を今更。こいつは5分前に喋った言葉も忘れてしまうのか。イラストリラ合衆国大統領、ゲーテル・デバイは、思わず叫ぶ。元々、南沙羅樹国に与えた言質は、沙羅樹国の武力統一に向けての動きではあるが、それは北沙羅樹国に対する強大な軍事力による抑止力でもって、南北統一を促すと言う、ある意味「限定戦争」や「短期決戦」よりも希望的観測と楽観論に満ちた戦い方である。

 いや、そうとも言い切れない。イラストリラ合衆国大統領府、通称グレイ・ハウスの大統領執務室に居た魔女ミラ・クラックスは、一つ気が付く。究極の力は、戦わずして勝つ抑止力。古代の兵法家も曰く、「戦わずして勝つ」のが究極の兵法。しかし、これは成功しなかった。

 見込みが甘すぎた。「戦わずして勝つ」には、状況が混乱しすぎている。何故混乱するのか。こちらの力が弱すぎるのだ。いやいや、南沙羅樹国に駐留させている合衆国軍は、北沙羅樹国の全軍よりも強いではないか。いや、最大の脅威は、ラシア共和国軍と神華大陸の華党の参戦である。どちらも戦争になるのを恐れている。ゲーテル・デバイ大統領はそう見込んでの武力による圧力を加えたのだろうが、沙羅樹国駐留軍だけでは、これらの敵軍に対処しきれない。

 お前、しくじったんだよ。ミラ・クラックスは容赦なく審判を下す。北沙羅樹国の周りには、自由圏に抵抗している権威主義国が犇めいている。それに気が付かずに、あるいは楽観的に物事を判断した結果、ゲーテル・デバイは第三次「ジーアス」戦争を起こす火花を起こしてしまった。その火花で、燃え上がる炎の中で、全てが燃え尽きてしまうのを待つばかりでは無いか。

 無論、これは大統領個人だけの責任ではない。悠大半島を自由圏勢力にて統一出来た時の二匹目のドジョウを狙った、軍上層部のしくじりでもある。最終的にGOサインを出した責任は、無論大統領にあるのだが、このゲーテル・デバイ大統領1人に全ての責を負わせるのは、これは荷が重すぎた。

「大統領閣下、これは想定すべき状況でした。北沙羅樹国とその同盟国との戦争は、有り得ない話ではないと事前のブリーフィングにて示されていた筈です。無論、そうなった場合のお覚悟も出来ていた筈です」

「3度目の「ジーアス」を、全世界を巻き込む戦争を起こす火花を起こせと言うのか」

 ミラ・クラックスは、半ば呆れつつ言う。

「大統領閣下、戦争になっても上手く立ち回れば、最小限度の犠牲ですみます。これで世界が終わる訳では、「ジーアス」に生きている全人類の命運が尽きる訳ではありません」

「……具体的に、分かり易く言え」

「では、申し上げます。「短期決戦」や「限定戦争」、それに「斬首作戦」では北沙羅樹国は勿論、ラシア共和国も華党も打ち負かせません。「全面戦争」を戦うほかありません」

「つまり、犠牲覚悟で戦え、と?」

「それもあります。一番大事なのは、長期的な物の見方と、計画性です。第一次も、第二次も、いずれの「ジーアス」戦争に置いても勝利者として生き残れたのは、「短期決戦」を目論む相手に「長期戦」を仕掛けたからです」

「「短期決戦」が、そんなに間違っているのか」

「はい、大間違いです。根本的な解決を求めるのであれば、少なくとも敵軍の戦力を完全に奪うまで徹底的に続けるべきです」

「ラシア共和国と華党を相手にしても、その軍勢を徹底的に叩くまで続けると言うのか」

「もう南沙羅樹国への数々の軍事支援を約束した書面にサインしてしまい、それを南沙羅樹国政府に渡してさえしました。今更、「今の無し」なんて言えません」

「敵が西にも東にも居るのだぞ」

「それは仕方がありません。「戦わずして勝つ」のは、確かに魅力的ではありますが、ここではもうそれは通じません。お覚悟を」

 ミラ・クラックスは、自分が仕える祖国の代表者を見る。こうして見ると、ただのオッサンである。それが格好良く見えるのは、単なる演出の効果である。実は権限だってそんなにある訳では無い。神に誓って任命されるのが、神ではない。人間である以上、何か大事な起こる時は、個人では背負いきれない責任を背負い込まされる。

「戦わずして勝つ」。それは、人間全ての本能であろう。相手も傷つけず、自分も傷つかないやり方でもって、事態を収束させられる。理想的な紛争解決の手段である。頼りたくなるのは当然である。ただ、人間が相手では、何でも上手く行くとは限らない。それに、相手に対して非常に失礼ではあるが、ゲーテル・デバイ大統領はそんな困難な作戦を上手くさばける程の、外交手腕も取引の才も無い。出来るのは「脅し」だけだ。

 単純に人間を「敵」か「味方」でなければ判断できない男でもあるゲーテル・デバイ大統領は、この国の人間が抱える暗部をそのまま体現する存在でもあった。そう言う意味でも、この男はイラストリラ合衆国の現在を体現していた。


アイル諸島、マッツ島のルビー湾にて出撃準備をしている、合衆国第7艦隊へと増派が決まっている第4艦隊の原子力空母に乗り込むと、複雑な表情を浮かべている艦隊の幹部達の顔ぶれを眺めて思う。

 北沙羅樹国には、そこまで「怨み」も「憎悪」も無い。戦意なんて抱ける筈も無い。何よりも、ラシア共和国と神華大陸の華党とも戦うとなれば、長期戦になる。

 1人の艦長クラスの軍人が、ミラ・クラックスにおずおずとした調子で尋ねる。

「この戦争、いつまで続くんでしょうか。クラックス家の最高傑作として、魔女軍の主力として、忌憚ない意見をお願いします」

 そう言うからこそ、ミラは素直に忌憚なく、正直に述べる。

「短くすんで10年かかるわね」

 その場の空気が、鉛の如く固まる。息をすると、その鉛が口や鼻から身体の中に入ってきそうな、そんな空気である。

 その為の、第4艦隊の増派なのだろう。大東洋の制海権を、こちらが完全に握るのには充分な戦力だ。しかし、華党の首都である北都、ラシア共和国の首都・ハスクアまで攻め込めやしない。良くも悪くも、少なくとも戦場は限定される事になる。この沙羅樹列島が、その主戦場として殺し尽くされ、焼き尽くされ、奪い尽くされるに違いない。

 特に南は悲惨な目に遭うだろう。ミラ・クラックスは、在沙羅樹国駐留軍の一員として、あの国にて過ごしていたからこそ分かっていた。あの国の街やライフライン、公共交通網をはじめとするインフラ設備は戦争を前提に造られていない。あそこが戦場となれば、住民の生命は勿論、経済も道連れになってぶち壊される。無惨な姿を晒してしまうだろう。

 もう一度、あの奇跡の復興を遂げられるのか。そんな自信、南の人間は誰1人として抱いていないに違いない。元々、戦争そのものを禁じているのに軍隊が看板を変えて存在しているお国柄であり、その軍隊もどきは単独で北沙羅樹国を攻め滅ぼす力は無い。

 面倒な話になった。最初から地域紛争にて始まって、地域紛争で終わってくれたら、どれ程有り難い話であったか。そうなれば、こちらは直接軍事介入なんてしないですんだのだ。

 あの大統領、こういう事態になるのを覚悟した事は一度も無いのか。いや、意外とこう言う形で巻き込まれるのが、戦争なのかもしれない。「限定戦争」や「短期決戦」は「夢」であり、その後には「長期戦」の「悪夢」が続いているのだ。

 自分も、生きて祖国に帰られるのかどうか。ミラ・クラックスは、生まれて初めて死ぬ覚悟を固めていた。



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