005 カオスへの恐れ
この日、「北の砦」と呼ばれる、地上2階、地下5階の北沙羅樹国軍の軍最高司令部には、軍のあらゆる分野の責任者が集められていた。目的は1つ、近々発生すると思われる南沙羅樹国との戦争に関する議論である。何なら、「勝ち目があるのか」、あるとすれば「どうすれば勝てるのか」、あるいは「負ける」のであれば、「どうすれば挽回できる」のか。1ヶ月ものスケジュールを組んで、徹底的に話し合うつもりらしい。
恵美・マギアは、北沙羅樹国魔女軍の主力を担う身として、ここに来ていた。楽観論や希望的観測が横行すると思っていたら、意外と現実論が出て来ていて、そこは少し安心していた。
一党独裁、否、多党政治だろうと何であろうと、政治家も軍人も自分の間違いを認めた瞬間、キャリアは終わる。もしかすれば、組織の中に生きている以上、自分が間違えている事、あるいは間違えた事を認めるのは難しいのかもしれない。そんな中で、現実論が会議の場を占めるというのは良い兆候である。
「ラシア共和国も神華大陸の華党も、戦争による破壊と混乱を望んでいない。「南」の挑発に乗って戦端を開いても、乗ってくるかどうかは分からない」
「「南」と戦っても、その戦火は沙羅樹列島を覆い尽くした場合、先の大戦にて焦土と化した祖国を再建出来るとは限らない。開戦は慎重に行うべきだ」
「ラシア共和国も華党も、義勇軍の派遣なんて大盤振る舞いはしない。そんな事を期待していたら、「南」との戦いには勝てない」
「条約を確実に履行してくてる、「南」にとってのイラストリラ合衆国の様な同盟国が必要である。単独で「南」と合衆国の連合軍を相手に戦ったら、確実に負ける」
恵美・マギアは、その現実論の慎重派な意見が行き交う中で、1つ、誰も言っていない、誰か言うと思っていたけど意外と誰も口にしていない提案を出す。
「図上演習をしませんか。それが一番、いえ、唯一、今の自分達の実力と立場を測る方法です」
言われてみれば、その通りである。現実論と慎重論が主流で、楽観論や希望的観測が少ないのは良い兆候であるが、それだけでは話は前に進まない。
毎年、南沙羅樹国の自衛隊は、自分達の活動の宣伝として「国防白書」なる本を一般に公表している。それが何処まで信用できるかどうかは兎も角、6部署に分かれた自衛隊の戦力は、大まかには掴めている。
F39戦闘機50機、F19戦闘機110機、F4支援戦闘機66機、電子偵察機22機、攻撃ヘリ60機、魔防機130機、魔人70体、魔女350人、15式戦車69輌、98式戦車130輌、自走砲37輌、地対艦ミサイルと地対空ミサイルが多数、輸送ヘリ98機、イージス護衛艦10隻、フリゲート艦8隻、軽空母2隻、ディーゼル潜水艦7隻、歩兵1万3千人。こちらが把握している自衛隊の大まかな戦力は、以上の通りである。
それに加えて、今現在、完成間近の艦が、南沙羅樹国の海上自衛隊が0から造った初めての大型空母があるが、これはそこまで脅威ではない。80機、90機積める空母を造っても、載せる戦闘機を用立てられるとは思えない。最大の脅威は、魔女自衛隊350人である。特にこれを率いる希林・ブロッサムの能力は、脅威である。
南沙羅樹国の軍事力はこの程度であるが、イラストリラ合衆国は、7万トン級原子力空母2隻、艦載機200機、F39戦闘機65機、輸送VTOL機48機、400人の魔女軍、70体の魔人軍、イージス駆逐艦11隻、原子力潜水艦が3隻、海兵隊1個師団。これらの強大な戦力を常駐させている。大東洋安全保障条約にて、冷戦中にソラージュ連邦からの脅威を守る抑止力として、これまで配置していた。
改めて、これらの戦力と、こちらの戦力を比較する。自衛隊とサシで勝負すれば、刺し違えられる程度の力しか無い。矢張り、ラシア共和国でも華党でも何でも良いから、近い位置に居る同盟国が必要だ。出来れば、両方と協力関係を構築するのが理想的であるが、それこそ希望的観測であり楽観論だ。
どうにか、合衆国を離反出来ないか。しかして、駐在合衆国軍の軍人を1人でも殺せば、合衆国は東イズク大陸にてもう1つ、自由圏側の同盟国を手に入れる事になる。
それに、ラシア共和国は世界2位の陸軍国であり、華党の軍事力は海洋派遣を目指して空母4隻を保有している。このどちらも魅力的だ。双方の協力を得られたら、両手に花である。
恵美・マギアの提案した図上演習は、「北の砦」の地下5階のAIシミュレーション室にて行われており、すぐに結論が出ていた。
「「南」の自衛隊と正面対決を行えば100%負ける」
「イラストリラ合衆国抜きの「南」との軍事衝突は考えられず、同盟国として必ず参戦する。矢張り100%負ける」
と、辛辣で忖度の無い結論が出されて、最後も矢張り人間と同じ結論に至っていた。
「もし戦端が開かれる前に、ラシア共和国か神華大陸の華党と同盟を結べば、イラストリラ合衆国に対する最大級の威嚇となる」
「もしそれで戦端が開かれた場合でも、かなりの抵抗が可能となる」
この際だ。どんな条件でも良いから、ラシア共和国と華党に対して同盟関係を結ばなければ、絶対無敵の正義のスーパー軍隊、イラストリラ合衆国軍とは戦えない。いや、この両国だけでなく、世界中の何処でも良いから、自分達と同調する同盟国を急募するほか無い。何処の国でも良いから、大東洋の南洋に浮かぶ島国でも、何でも良いから同盟を結ばなければ、ここから先は無謀な戦いに身を投じる事になる。
変な小手先の小細工で勝つよりも、こちらの方が確実だ。但し、下手を打てば第三次「ジーアス」戦争となり、この惑星が焼け野原になるまで戦う羽目になる。そうなった時に、北沙羅樹国が残っていると思える程、彼ら、彼女らは楽観的にはなれなかった。
事実、それが怖くて、ラシア共和国も華党も、北沙羅樹国を支援できない。同じ権威主義国家と呼ばれる国同士であったが、世界中と経済的な結びつきがある以上、それを断たれたら生きてはいけないのもまた事実だ。
兎も角、どうでも良いから同盟国を増やさなければならない。ラシア共和国と華党は、軍の派遣は無理でも兵器の支援程度はやってくれるだろう。
少なくとも、この地下5階にてAI相手に演習を行った連中の頭には、戦う前に降伏すると言う選択肢は無かった。




