004 カオスの出発点
訓練の途中で呼びつけられた希林・ブロッサムは、車が向かう先に気がつくと、運転手に今一度確認する。一体、この車は何処へ向かっているのだ。
「統合幕僚本部ビルです」
そんな馬鹿な。あそこは前線指揮官に指示を出すところであって、前線指揮官が意見を言いに行くところではない。何を求めてくるのだろうか。現場の意見でも聞こうというのか。まだまだ現場は戦闘を経験していないのに、そんな事を求める筈がない。
巨大なビルが建ち並ぶ南沙羅樹国の首都・桜都にある、一際大きなビルの地下駐車場に集められた車は、軍・官・民の様々な地位と部署のもので、地下駐車場はぎっしりと埋まっていた。どうやら、戦争が始まるというのは本当らしい。どうやって始めるのか、あるいは如何にして終わらせるのか、そしてそれまでどうやって戦うのか。議論百出、侃々諤々・喧々囂々の話し合いが必要だろう。
この日の為に、スケジュールを3週間あけろと言われてきたのである。ただでさえ忙しい中で、3週間もあけろ、と言うのはこれからの戦略・戦術に関する重要な会議と言う事だ。
恐らくは、南沙羅樹国の命運を担う会議になるに違いない。希林・ブロッサムは、魔女自衛隊の最前線部隊を担う人材として、言うべき所は言うべきであると、覚悟を決めていた。
それは正しく、きら星如くの精鋭集う議場であった。
魔防機自衛隊の最精鋭、第7魔防機師団指揮官、それに魔人自衛隊にて「最も金がかかる」と言われているだ第19魔人師団指揮官、そして補助戦力たる陸・海・空の自衛隊各位の責任者。
官からは、護民省のエリート官僚、それに大臣自身も足を運んできている。大蔵省、外交省からもトップクラスの人材がズラリと並ぶ。
民からも、「物流王」とされる大型ショッピングモール会社、海外との取引を行う海運会社、防衛産業と呼ばれる軍需産業、これらを操るVIPのお歴々。
これらの国を動かすトップクラスの人材が、総理大臣の要請の下、この総合幕僚本部の地下会議室に集められていた。全員が揃ったところで、総理大臣、高松之カツタロウは開口一番、こう宣言する。
「年内に、我が国は超法規的な措置に基づいて、北沙羅樹国へと侵攻作戦を開始する。これから、その下準備と始め方、そして終わらせ方と後始末について話し合いたい」
会議室に集まった面子は、全員難しそうな顔を浮かべる。矢張り、「噂」は本当だった。戦争になるのだ。憲法にて戦争は禁止されているが、どうせまた口八丁手八丁、本性は狸であればこそ、戦争に持ち込むつもりだ。いや、それ以上に、イラストリラ合衆国からの要請、否、命令である。合衆国でも北沙羅樹国主導による沙羅樹国の統一という事態を招いてしまえば、権威主義の国が力をつけて生まれ変わる事になる。それだけはどうにも防がなければならない。
しかし、現実にどれだけの戦争が出来るのか、何処まで戦い抜けるのか、イラストリラ合衆国以下同盟国との連携はどうなるのか、その上でどれだけの期間、戦い続けられるのか。
高松之カツタロウ総理大臣の言葉に、真っ先に口を出したのは、民の方であった。
「我が国は海洋国です。補給線、シー・レーンこそが国の根幹です。食糧自給率や鉄鉱石等、石油などの戦争のみならず、民需での必要な物資が届かなければ、国内備蓄が幾らあっても、2,3週間で空っぽになります。海上自衛隊は、その任には耐えられません。神華大陸の華党が協力関係を構築してくれるのならばまだしも、未だに武装中立、いえ、武力統一に反対の立場を取っている以上、イラストリラ合衆国の海軍力でどうにかしてもらうしかありません。そんなに大盤振る舞いをしてくえるでしょうか」
ついで、官の方からも意見が出る。
「我が国の国庫は、「失われた世代」により空っぽに近い形で、毎年自転車操業的な赤字国債でどうにかしています。この上、更に税金と、税源となる国民の犠牲を求めれば、国家存亡の危機と言えるでしょう。民間企業に対する内部留保を根こそぎ投入すれば、半年か3ヶ月は単独で戦えますが、それ以上はデフォルト状態になり、次の1ヶ月で財政は破綻します」
ついで、自衛隊からも意見が出る。
「軍事組織としての自衛隊は、練度も低く、後方支援もひ弱で、兵站に関しては壊滅的なまでに貧弱です。恐らくまともに攻め込んでいたら、3週間程度で人員・弾薬・燃料を使い果たして、棒と石で戦争するようになります」
意見を聞き終えた高松之カツタロウ総理大臣は告げる。
「実は、此処にもう1人、賓客がいる。「彼女」は、この国の現状について、忌憚の無い意見が聞きたいとして来て下さった」
そうすると、部屋にもう1人の女性が現れた。その場に居た軍・官・民のVIPの顔に、緊張の電流が走る。イラストリラ合衆国が世界最強を誇る魔女軍の中でも最精鋭とされる、ミラ・クラックスであった。通訳を引き連れて現れた彼女は、南沙羅樹国の国の中枢に対して、一言告げる。
「シー・レーンは守ります。何なら、我が国から必要な物資を買い付けるのも良いです。その際、関税を0にしても構わないと言う大統領閣下からのお言葉も伝えておきます。軍需品も、足りないのであれば、委託生産という形で我が国にて生産しても良いと言う話です。我が国の100%投資でも構わないとのことです。赤字国債については、我が国が用立てる準備が出来ています。また、大東海安全保障条約に基づいて、南沙羅樹国に駐留する全合衆国軍が、これに協力する事を確約しましょう」
南沙羅樹国のVIPは、安心感よりも警戒感を抱いていた。下品な表現を使うと、「気持ちが悪いくらいに優しい」態度である。こう言う時、馬鹿でかい負債を後から要求されると相場が決まっている。
「ミラ女史の言う事は、確かに我が国にとって福音とも言える言葉です。ですが、今はまだ口約束程度です。大統領閣下から直接言質をとるか、あるいは書面にてサインを頂いた形で示されなければ、とてもでは有りませんが信用しきれません」
民の「物流王」が、キッパリと言い放つが、ミラ・クラックスは代わって言い放つ。
「既にイラストリラ合衆国では、南沙羅樹国に対する支援・補助・参戦の準備が始まっています。今更引っ込めるわけには行かないのです。縦州路港の魔女軍と海軍の第7艦隊は動き始めています。これから1ヶ月、準備期間があります。自衛隊もそれまでに戦い抜ける態勢を整えて下さい」
クソ、そう言う事か。出席者は全員、この会議の本質を理解していた。つまり、もはや南北開戦は既定路線、今後の戦時体制について、それぞれが準備と対応と覚悟を決めろ、と言う事だ。「北」が「南」を揶揄する言葉にある、「合衆国の腰巾着」というのは、正にこの事だ。
この惑星「ジーアス」にて、残された唯一の軍事大国。それが味方につく。それはそれで心強いが、タダで済ませる筈が無い。何か大きなデカい「貸し」を造るに違いない。だから、慎重にならざるを得ない。
「どうします? これ以上、交渉に時間を費やして、戦備計画を疎かにするおつもりですか」
こいつは、こちらに負けだな。希林・ブロッサムは、VIPの歴々の顔を見て、そう悟っていた。合衆国には敵わない。それでも、まだ納得のいかない軍官民のVIPに対して、何枚ものサイン済みの書類を見せる。
「先程、ミラ・クラックス女史が示した条件は、既にここに大統領令としてサインされて、議会に通されている。既に我が国が引き返せる段階はとっくに越えている。やるしかない」
矢張り、既定路線であったのだ。結論ありきの会議であり、苦渋の決断を固める他なかった。
次は、統合幕僚本部の地下会議室ではなく、7階にある大会議室にて行われる戦備計画の話になるに違いない。在沙羅樹合衆国軍も、これに参加するだろう。




