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002 カオスの兆候

 1機の鋼鉄の巨人が、単なる林にしか見えない訓練場にて、立ち往生していた。魔防機と南沙良樹では呼ばれている人型2足歩行ロボットは、泥濘みに足を取られて、足を滑らせて機体は横転していた。その衝撃でただでさえ繊細な造りである魔防機はメインシステムがダウンしてしまい、事実上の戦闘不能に陥っていた、

 野戦司令部の面々は、頭は痛いという風に表情を歪ませていた、魔防機自衛隊と言えば、魔女軍への最後の切り札となる戦力になるのに、それがこの体たらくでは、いざ戦争になった時、機能してくれるかどうか。

 毎年、厳しい予算の中で可能な限りの訓練を行っているが、燃料も弾丸も機材も少ない中でやり繰りするのは、そろそろ限界である。お上は、この実状を分かっていて、あんな噂を立てられているのだろうか。

「近々、南北統一戦争に乗り出すつもりらしい」

 それは、危険な噂であった。元々、イラストリラ合衆国の後方支援部隊として組織された、政治が産んだ継子扱いの自衛隊しか持っていない南沙羅樹国が、近年、目覚ましい勢いで経済発展を遂げて、この10年で軍事費を3,4倍にしている北沙羅樹国に勝てるのか。やるとすれば、単独ではなくて、何処かしらの国と同盟を結んだ上でやるしかないが、これもまたうまくいっていない。

 神華大陸の華党政府が、これに断固反発しているからだ。かつて改革・開放路線でもって、経済を爆発的に発展させた同国は、不動産バブルを起点とする経済不調がいよいよ顕在化してきており、深刻なデフレに陥るという見方が強まっていた。それはそのまま、南沙羅樹国が辿った「失われた世代」と同じ道のりであった。

 悠大半島の南北統一も、華党政府にとって不本意な形での統一であった。武力統一と言う最悪の事態は免れたが、イラストリラ合衆国が支援する南側が主導する統一事業により、統一悠大と言う国家は自由圏の一角として、東イズク大陸にもう1つの自由圏国家が誕生してしまったのだ。

 その中で、北沙羅樹国は、イラストリラ合衆国を初めとする自由圏世界に対抗する国家の中で、もっとも強く、そして若い国として存在感を増し続けていた。ソラージュ連邦が崩壊して、ラシア共和国と名を変えた資本主義の民主主義国家は、豊富なエネルギー資源でもって儲けていたが、それでも北沙羅樹国で戦争が始まったら、苦労して構築したこの関係を崩す結果となる。やらないで済むのであれば、避けるべきだと言うのが、ラシア共和国の基本的姿勢であった。

 沙羅樹列島を取り巻く政治的情勢は、以上の通りである。


「全く、これで3機目だよ。もうちょっとマシなパイロットを選出して欲しいもんだね、魔防機自衛隊は」

 練習場にて、そう愚痴りながらトレーラーで運ばれていく魔防機を見送るのは、統合幕僚本部から派遣された作戦幕僚である。恐らくはメーカー修理に回されるだろう魔防機の修理費は工面できるのだろうか。

 大体、魔防機自衛隊は政治的な枷が多すぎる。民間の魔導メカを運ぶトレーラーのサイズに合わせて設計する様に警察から圧力を加えられており、事実それを受け入れるしか無い立場であった。

 それは、二重の意味で無意味であった。先ず、民間の魔導メカを運べるトレーラーの車幅と同じ規格で造れ、と言うのは、既に戦場が本土の大都市圏にまで追い詰められていると言う意味であり、そこまで攻め込まれていると言う事は本土決戦になっているのであって、その時点で戦争は負けが決まっている。無駄な配慮だ。

 結果として、魔防機自衛隊のつかっている魔防機は、小型でありつつ北沙羅樹国の主力魔防機に引けを取らない性能を要求されており、設計に無理・無茶・無謀の3拍子が揃っている、世界的には優秀かも知れないが、北沙羅樹国の魔防機を相手にするのはキツい。

 となれば、当てになるのは魔女自衛隊だけだ。魔人自衛隊も悪くは無いが、こちらも金がかかりすぎる。魔人に装備させる特殊装甲に、幾らかかるのか。コストパフォーマンスと扱いやすさを考えたら、魔女自衛隊こそが、南沙羅樹国の国防を担っていた。

 その魔女自衛隊の中で、最も強く、最も美しい魔女がいる。希林・ブロッサム。魔女と言っても、箒も使わずに、杖も使わずに、「魔槍」と呼ばれる身の丈ほどもある魔具を用いて、雷や炎、衝撃波を撃ち放つ。使いようでは、軍艦さえ沈めてしまう威力を持つ。

 その希林・ブロッサムは、例の噂、「南北統一事業」の話については、事実であると睨んでいた。南沙羅樹国もまた、東洋の奇跡と呼ばれる経済成長を遂げたが、その貯蓄も使い果たして、かつて世界二位だったGDPは五位まで格下げをくらっている。それに代わって、猛烈な勢いで伸びているのが北沙羅樹国である。統一悠大も、北に眠っていた大量のレアアースの採掘・輸出事業にて大儲けしている。何の資源も無く、かつて世界を席巻した電子産業・家電産業の類は全て駄目になった南沙羅樹国は、これ以上北との差が広がる前に、イラストリラ合衆国に泣きついて北を始末したい、と言う思惑だろう。

 しかし、その際に大義名分が如何しても必要である。統一悠大は、統一の条件として大陸弾道弾を全て破棄している。北沙羅樹国が、それを買い取った、と言う情報はないし、そこまで統一悠大も太っ腹では無い。

 あるとすれば、半年前に南沙羅樹国を差し置いて、北が成功させた宇宙ロケットの発射と人工衛星の投入であった。自前で造ったのか。いや、そんな筈がない。ラシア共和国か、あるいは華党政府か、どちらかが技術支援を行って成功させたのだ。経済発展していると言っても、0からいきなり成功するなんて有り得ない。失敗でも実験でも、兎に角場数を踏まなければ、技術は物には出来ない。

 イラストリラ合衆国でも、この事実を重く受け止めていた。人工衛星程度ならば、大した脅威にはならない。だが、月にまで到達されてしまったら、宇宙開発が頭打ちになっている合衆国に、東イズク大陸の分断国が追いついてくると言うのは、何としても避けなければならない。

 希林・ブロッサムは、魔女自衛隊の、自分の部下達の動きを見て思う。ありゃ駄目だ。いや、怠慢だからではない。実戦経験が無い分、動きが鈍い。基本に忠実すぎて、教科書通りの動きは得意であるが、臨機応変を求めると、途端に右往左往し始める。

 お上は、政府はこんな状態の自衛隊に「戦え」と言うつもりなのだろうか。人・物・金、全てに置いて不足しているのに、いや、全てに置いて充足している軍隊なんて、この地球上の何処にも無いに違いない。「トゥリトル・トゥレイト」、常に不足して、常に遅れるのが、世の常である。

 矢張り、「ミサイル技術の脅威の排除」しかあるまい。飽和攻撃で大量のミサイルを撃ち込まれたら、どんなに良く出来た防空システムでも対処不能になって突破される。

訓練を見守りながら、希林・ブロッサムは、これから始まるだろう大戦争を想像して、冷汗三斗となる。1年以内に終わらせる電撃戦となれば可能だろうが、この惑星「ジアース」て短期決戦が成功した例は1件たりとも無い。泥沼に入り込んで、10年戦争になるのは目に見えている。

 そうなった時、沙羅樹国は南北問わず、ボロボロになっているだろう。適当な所で落としどころが見つけられれば良いが、そんな都合良くいくものか。国力の限界まで出し尽くした末に、過去の遺産も全部食い潰すまで殺し合う羽目になる。


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