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感染症専門医神尾と外科医滝岡――― First Contact ―――  作者: 御厨つかさ(TSUKASA・T)


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6/8

First Contact 6


「どうして?第一、うちは伝染病を扱う指定病院じゃないのに、患者が来ちゃった状態なんですよ?」

困惑して神尾をみて早口でいう水岡に、こちらも困惑に眉を寄せながら滝岡が問う。

「――――どういうことだ?」

「それが、…。多分、連絡があると思いますが、いま、成田にエボラ疑いの患者が」

「え?」

目を剥く水岡に。

「――――…」

完全に沈黙して滝岡が神尾をみる。

 くちびるを咬み、ためらってから、いまはついていないTVのモニタを神尾がみる。

「もうすぐニュースでやると思いますが、僕もこちらの鑑定の状況を聞こうと思って連絡したら、…。それで、僕がいることがわかって、…ですから、こちらで対処できないかと」

「―…エボラが出たから、こちらには対処できないという訳か」

淡々とした声で、滝岡がいうのに。

「あの、でも、神尾先生がいるから、こちらに対処してくれっていうのは?」

驚いた顔で水岡がみてくるのに、神尾がくちを噤む。

 そこへ。

「滝岡先生!その、予定が何か変更になったと連絡が…厚労省から」

西野が驚きながら振り向くのに、滝岡が息を吐いて頷く。

「わかった、内線こっちに廻せ」

「はいっ!」

神尾と水岡が無言で見る前で、滝岡がしずかに受話器を取る。

 緊張して水岡が見て。

 神尾がしずかに見守る。

「…―――わかりました」

滝岡が短く会話を終え、受話器を置く。

 しばし、静かに目を閉じて動かない滝岡に。

「…その、…滝岡、先生?」

「どうしたんですか?」

水岡と西野の問いに、滝岡が顔を上げる。

 無言で向けてくる滝岡の視線に二人が息を飲む。

 それに、落ち着いた声で滝岡が。

「鑑定は予定通り、明日の午後には出る。だが、それまでこちらで患者を預かってくれといってきた」

「それまでって、――それからは?」

「わからん、だが」

水岡がむずかしい顔で眉を寄せてくちをゆがめる。

「いわれそうですね、確定してもあずかってくれって。うちは指定病院じゃないのに」

溜息をついて、デスクに凭れる水岡に。

「仕方ない、成田に緊急着陸する飛行機に乗ったエボラ患者に対応する為に、機材も人員も不足だそうだ」

「相手がエボラじゃ、――そっちは確定なんですか?でも、こっちだって、暫定ですけど、二類感染症ですよ?感染経路だって飛沫感染とはいわれてますけど、まだ新しくて確実じゃないし。それに致死率だって高いのに」

水岡の困惑に、神尾が判明している事実を告げる。

「確定はしてませんが、飛行機の中で血を吐いたそうです。先月収束後に新たな患者の出た西アフリカを旅行していて、どうやら再発患者のいた地区を旅行しています」

「げ、…。それって、…―いいんですか?ここで話しても」

水岡の問い掛けに神尾が苦笑する。

「いいですよ。もうニュースになります。…それに、こちらの病院にはNARS疑いの患者を引き受けてもらうことになります」

「引き受けたくないです」

ぼそり、と悲哀を感じさせる表情でつぶやく水岡に、ちら、と滝岡が視線を向けて苦笑する。

「仕方ない。…だが、引き渡しできないとなるとな、…いつまでも診察室に寝かせてはおけない」

滝岡がホワイトボードに貼られた見取り図を眺める。

水岡が滝岡に問い掛ける。

「それじゃ、いま患者さんの処置はどうなってるんです?」

「高井先生が処置している。いまの処点滴位だが」

「そーですか、…どうしましょうね?」

考え込む水岡を背に、神尾がホワイトボードに向き合う。

「待合い室にいた患者さんは、全員、保険所の人が聞き取り調査をしてマイクロバスで送ります。…―処で、これって陰圧室ですか?」

見取り図をみながら、一つだけ離れて建てられている新しい区画に神尾が指を置く。

「これは、―――」

「陰圧室だ」

滝岡の言葉に、神尾が振り向く。

 その視線を受け止めて、滝岡が総合待合いを挟んで病棟と反対側にある小区画をみながらいう。

「だが、まだ稼働したことがない」

「…―新しい設備なんですか」

僅かに眉を寄せて神尾が問うのに、滝岡が淡々という。

「先年造ってテストもした。だが、――…実際に患者を受け入れたことがない。うちは感染症の指定病院じゃないからな」

「…そうですか、…―」

沈黙する神尾に、水岡が滝岡と見取り図と見比べていう。

「何にしてもどうするんですか?患者さん?」

その問い掛けに、神尾が目を閉じて、深く息を吐く。

「神尾先生?」

「――滝岡先生」

水岡が問い掛ける前で、神尾が目を開けて振り向き、滝岡をみる。

「僕に診察させてください。…――陰圧室に運びましょう」

黙っている滝岡を、神尾が同じく沈黙したまま強い視線で見返す。

 陰圧室―他の部屋よりも気圧を下げる―陰圧にすることで部屋の中からウイルスや菌が出ていくことを防ぐ為に、つまり感染症患者を隔離する為に造られている部屋に患者を運ぼうという神尾と。

 無言で、その神尾を前に滝岡が睨むようにして立っている。

 その二人を前にして。

 水岡が、そーっとくちを挟んでみる。

「あの、でも運ぶってどうやって?うちには感染症対策用のストレッチャーなんてないですよ?ないですよね?西野くん、ね?ないよね?」

「は、はいあの、…ないです。とおもいます、事務長に」

「無い。専用のストレッチャーは無い。どうやって運ぶ、神尾」

腹が座ったように、神尾を見据えたまま呼び捨てにする滝岡に。

僅かに神尾が笑む。

「そうですね、…。例外的ですし、また消毒しなおしてもらうことになりますが」

「どうする?」

浅く笑んでいう滝岡に、静かに神尾も微笑んで。

「やってみましょう」

一見穏やかに微笑む神尾と。それを見返して不敵に笑む滝岡に。

 そーっと隅に移動して水岡が同じく自分のデスク周りに下がっていた西野の隣にきて小声でいう。

「なにか、この御二人さん、こわいんだけど」

滝岡先生も、と目を見張っていう水岡に。

「そうですね、…特に神尾先生、笑っているけど、笑ってないです」

「…それ、滝岡先生も一緒だよ、…」

 これからどーなるの?と思わず脅えながら二人を見守る水岡と西野の前で。

「どこが一番近い経路になりますか?」

「そうだな、…やはり、一度初診診察室から、こちらへ出た方がいいとおもう。ここから外へ出る」

「こちらの通路は?」

「非常用出口だな。こちらには外の間に段差がある。少し回るが、こちらの外廊下への通路はバリアフリーになっている」

「ああ、そうですか。なら、その方がいいですね。ストレッチャーで運びますから、…―」

「普通のストレッチャーでいいんだな?」

「ええ、二類感染症ですから、――。確かに新しい感染症ですが、ウイルスは上気道ではなく下気道での増殖だということが解っています。念の為、移送する経路には誰も近付かないようにしてもらえますか?」

ウイルスの増殖場所が下気道である為、咳等で飛沫がとんで感染の危険が増す可能性が比べると少ないことをあらためて指摘してからいう神尾に滝岡がうなずく。

「勿論だ。移送後もしばらくはこの経路なら封鎖できる」

「わかりました。高井先生達にも、防護服を着けてもらいましょう。規定通り、患者さんにサージカルマスクを着けてもらって、ストレッチャーは使用後、そのまま使用せずに消毒までおく必要がありますが」

「わかった、場所はある。運ぶ人数はどうする」

「そうですね、…僕と」

感染の危険性を減らす為には経路に人が近付かないこと等が必要になる。運搬後の封鎖等も視野に入れながら滝岡が神尾の提案を呑み、見取り図を見ながら、次々と決めていく。

 運搬経路を使用後に封鎖、消毒する手順を決定しながら次に運ぶ人員を決定していく神尾と滝岡に、思わず遠巻きに水岡と西野がみながら沈黙していると。

「わかった、ではそうしよう、…―どうした?水岡先生?西野?」

「あ、いえいえ、…なんでもないです」

「はい、僕達はどうしましょう?」

首を振る水岡と質問する西野に滝岡が首を傾げる。

「どうしたんだ?まあ、いいが。水岡先生、ここを頼む。何かあったら呼んでくれ」

「あ、はい、…滝岡先生も陰圧室へ?」

抜けた声で答えてから、我に返って心配そうに水岡がいうのに滝岡がまっすぐに水岡をみる。

「大丈夫。陰圧室に入るのも患者を高井先生と運ぶのもこいつだ」

「はい、僕がやります」

にっこり笑んでいう神尾を滝岡がいやそうにみる。

隣に立つ神尾を眇めた目でみる滝岡に。

「着付け、お願いしますね」

にっこり、と笑んでいう神尾に滝岡が大きく眉を寄せて見返す。

「着付けって、防護服のですか?」

訊ねる水岡に神尾が頷く。

「はい、あれ、一人じゃ脱ぎ着できませんからね。チェックしてもらわないといけませんから」

にこにこと微笑んでいう神尾を、あきれた顔で滝岡がみる。

 確かに神尾のいう通り、感染症から防護する為の防護服は非常に脱ぎ着がしづらいもので、その上使用後に脱ぐ際に誤って汚染された手袋を脱ぐ方法を間違い誤って髪に触れる等の些細な間違いで防護が全く無駄になり感染の危険に侵されることになる。その為脱着の際には二人体制で互いに正しく着用しているか、あるいは脱ぐ方法を間違っていないかをみることが基本となっているのだが。

 明るく笑顔で水岡達をみていう神尾にあきれて溜息を吐いて滝岡が促す。

「ほら、ばかなこといってないでいくぞ。高井先生が待ってる」

「看護師さんも付き添われるんですね?」

「先にもいったが、予備室に高井先生と待機してもらうことになる。いまの処、一番の濃厚接触者だからな。事態がわかってからマスクにゴーグル何かの防護はしたがな」

 濃厚接触者――感染した患者に身の回りの世話をする、あるいは至近距離での会話等感染する可能性のある接触をした場合にこう呼ばれる――感染していることを申請しなかった患者の為に、何の準備もなく防護することができずに診察をした高井先生達がいま一番感染の危険に近い立場に置かれていることに。

 淡々と響くように声を押さえていう滝岡が外科オフィスを出ながらいうのに神尾が訊ねる。

「陰圧室の隣に設けられてる予備室ですね。本来、診察用の?」

「本来ならな。ちゃんと手順を踏んで患者が移送されてきたときには使う予定だった」

厳しい顔で早足で歩きながらいう背に追い付いて並びながら神尾がその横顔をみる。

 検疫で申請し保健所に届けていれば、保健所にまず連絡して医療機関を直接受診しないように指導される。もし、この患者がそれを守ってくれていれば。

 そうすれば病院の封鎖はなく、手術予定の入院患者を転院させる必要はなく、何より感染の危険にこの病院を受診していた人々――感染の可能性はかなり低いとはいえ―をさらす事は無かったろう。

 そして、――高井先生達を、感染の危険が高い立場に置く事も無かっただろう。

 厳しく眉を寄せたまま無言で歩く滝岡に神尾があっさりという。

 随分、むしろあっけらかんと。

「いいじゃないですか。まだ患者さんが渡航歴があることを、ここで申告してくれて。もしかしたら本人も解らない内に感染していて、申告もなく、普通の肺炎や何かと思われたまま、この病院に入院になってた可能性もあるじゃないですか」

 にっこり、笑顔でいう神尾を噛みつくような顔で滝岡が見返る。

 つまり、新興感染症だと解らずに対応して感染が広まる一番避けたいシナリオをあっさり提示してみせる神尾に。

「…――おまえはな?いまどーして、そんなホラーな話をする必要があるんだ、…――!」

「ですから、ほら、良かった探し?」

「よくない…!」

あまりにホラーな内容を簡単にいってみせる神尾に滝岡が大声で怒鳴るのが廊下に響き渡って。



 思わず、廊下へ出ても外科オフィスの中まで響いてくる滝岡の大声と、つまり二人の会話を聞いてしまって。

 西野と水岡が思わず顔を見合わせる。

「あの、…あのさ、もしかして、あの二人相性いいの?」

「ケンカしてますが、大丈夫でしょうか?」

二人同時に話し出して顔を見合わせて。

「ええと、その、…ケンカ?」

「ええ、…滝岡先生があんな大声で初対面の人間と話すのは初めてみます」

西野の言葉に水岡が小首を傾げる。

「それはそうだよね、…やっぱり、相性最悪?」

「どうなんでしょう?しかし、あのよく解らないにこにこした先生が…患者さんを診られるんですよね?それに、どうして滝岡先生も」

眉を寄せる西野に水岡が情けない顔になる。

「そりゃあ、…滝岡先生だから。外科オフィスの責任者っていうか、この病院の責任者だから、…。とめても行くよ、あの先生は。…だって陰圧室なんて患者の近くに行くのは一番危ないだろ?だって陰圧室だよ?危ないウイルスや細菌を外に出さない為に、わざわざ部屋の気圧を外より低くして、部屋出入りするときもウイルスとかが外に出ないようにするっていう。そーいうことをわざわざしなきゃ危ない病気のときに入れる部屋だよ?普通は使わないんだよ?それをさ。…危険なのは決まってるんだよ」

立て続けにいってから不意に情けない顔になってくちを噤む水岡に、西野が僅かに眉を寄せる。

「―――…滝岡先生」

感情を堪える西野の隣で泣きそうにくちをむすんでから、ぐっ、と呑み込んで無理をして水岡が西野の肩をぽん、と叩く。

「とりあえず、西野くんっ」

「はい、水岡先生」

泣きそうな水岡を冷静に見返す西野にひとつ頷いて。

「ま、ほら、心配してても限がないだろう?西野くんも、ほら、まだ滝岡先生に頼まれてる手配とか、あるんじゃない?」

水岡を見返して淡々と西野がうなずいて少しばかり歯切れ悪くいう。

「はい、その通りです。…それに、事務長にも連絡しないと」

「…――そういえば、いまの、陰圧室に患者さん運ぶの、滝岡先生、全然、事務長に相談せずに決めたよな?」

二人同時に顔を見合わせて。

大きな沈黙が降りる。

 しばし、声もなく向き合って。

 不意に西野が口火を切る。

「…――水岡先生。先生から事務長にお願いします」

真剣に見返していう西野に水岡が腰を引かせて反論する。

「ちょ、…そういう連絡はさ、西野くんからするのが筋じゃないの?外科オフィスの事務的な調整役として、ほら、確か西野くんの直属の上司って事務長じゃない」

完全に腰が引けて逃げ出す体勢になっている水岡に西野が反論する。

「いい加減なことをいわないでください。僕の上司は滝岡先生です。僕は先生の秘書として仕事をしているので、他の業務は総てついでですから。所属でいえば確かに事務局になるかもしれませんが僕の上司は滝岡先生だけです。…事務長は、…何になるんだろう?」

腕組みして考え始める西野に水岡がいう。

「そういうのはどうでもいいから!事務長にいまのこと連絡してよ、西野くんっ」

「いえ、ここはやはり水岡先生から、――」

二、三歩下がろうとして、背が入って来た誰かにぶつかって水岡が固まる。

「え?」

「…―――」

水岡の背後をみて、固まる西野に。

「何を私にいうんです?…滝岡先生は?それに神尾先生も。神尾先生を臨時雇いする為の書類作成してきたんですけど。それと頼まれました手配ができましたので、――?」

「事務長、…」

「じ、事務長っ、!」

後ろから響いた声に、見事に二重奏になる西野と水岡に。

「どうしたんですか?滝岡先生は?」

不思議そうにみる事務長を前に。

「に、西野くん、お願いっ、…!」

「僕は遠慮します。水岡先生は、外科医で滝岡先生のチームでしょう?」

「…そういうのはこの際関係ないって、…!」

「何が関係ないんです?滝岡先生達は?」

「――――…」

二人が沈黙して視線を見かわして。


「どうして、…滝岡先生に行かせたんですか、―…!どうして誰も止めなかったんですか!しかも、私に相談もなく!」

大きく響く事務長の声が、廊下を駆け廻って。



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