第4話 それぞれへの挨拶
両親もお兄様もお義姉様も、バルハルド様との婚約をとても喜んでくれた。
妾の子であっても、やはりベルージュ侯爵家との繋がりは大きい。そう思っているのも、その理由の一端であるだろう。
ただ喜んでくれている一番の理由は、私がバルハルド様のことを楽しそうに話したからであるそうだ。私が婚約に前向きならそれでいいと、皆思ってくれているらしい。
「……しかし、流石ですね、バルハルド様は」
「……何の話だ?」
「挨拶ですよ。こう言うのはなんですが、とても良かったです」
バルハルド様は、私の家族に挨拶するためにルヴァーリ伯爵家にやって来た。
彼の挨拶は、見事なものだったといえるだろう。私の家族も皆、好感を抱いていたように思える。やはり商会の長だけあって、人の心を掴むのは上手いということだろうか。
「それなら良かった。俺としても安心できる」
「安心……バルハルド様でも、そういう風に思われるんですね?」
「……どういう意味だ?」
「いえ、とても堂々としていたので、緊張とかしていないのだと思っていましたが」
「……いや、緊張はしていた。当然のことではあるが、俺はこういった挨拶に赴くのは、初めてのことだからな」
「そうなのですか……」
バルハルド様の言葉に、私は少し驚いた。
彼は緊張とかそういったものとは、無縁とばかり思っていた。堂々と、また飄々としているバルハルド様がでも、人並みに緊張するものなのだろうか。
「意外そうな顔をしているな?」
「え? あ、その……意外ですから」
「くくくっ……まあ、そう見られているというなら、わざわざ種を明かす必要もなかったか。妻の前では、多少格好つけられる方が良い」
「……バルハルド様は、ちょっとキザですね?」
「冗談だ……」
私の言葉に、バルハルド様はまた自嘲気味に笑みを浮かべていた。
それは、あまり面白くもない冗談を言ったからだろうか。いや、多分そういう訳でもないだろう。
「どう見えているかは知らないが、俺はこれでも普通の人間だ。そこまで立派な人間ではない。そうあろうとはしているが、そうできないのが現実というものだ」
「そうあろうとしていることが、そもそも立派なことだと思います。本当に普通の人であるならば、どこかで心が折れてしまうものでしょうから」
「ふっ、あなたはどこまでも俺を肯定してくれるな。悪くない気分だが、その言葉を疑いそうになってしまう」
「私は本当にそう思っていますよ」
バルハルド様のことを知れば知る程、彼に対する敬意が芽生えてくる。
だからこそ、思うのはバルハルド様の自己評価の低さだ。
それをなんとかしたいと思ってしまう。これから私が、バルハルド様が嫌がるくらいに褒めるとしようか。
◇◇◇
バルハルド様が立ち上げたレスティア商会は、オーケイン王国の中でも、かなり大きな商会であるそうだ。
その辺りのことについて、私はそこまで詳しくない。貴族の中にも利用者はいるようだが、積極的に話題にされるものという訳ではないようだ。
「まあ、結果的にではあるが、ベルージュ侯爵家の汚点である俺が長を務めている商会である訳だからな。貴族の間で、わざわざ話題にする奇特な者は少ないということだろう」
「またそんなことを言って……」
「あなたやファナトがどう思っているかは知らないが、俺が汚点であるということは客観的に見れば事実だ」
「それをバルハルド様自身が思っているということが、ファナト様は嫌なのではないでしょうか?」
「ふむ……」
私はバルハルド様とともに、馬車でベルージュ侯爵家の屋敷に向かっていた。
スケジュールの都合上、ルヴァーリ伯爵家にバルハルド様が挨拶した後、私の方がベルージュ侯爵家の人々に挨拶することになったのだ。
ただ、私はファナト様やクルメア様とは旧知の仲である。そもそもこの婚約を持ちかけてくれたのも、その二人だ。話は既についている。
故に挨拶をする対象は、主にベルージュ侯爵夫妻だ。夫妻のことは、実はそれ程知らない。以前会った時は、良くも悪くも友人の親といった印象しか抱かなかった。
少なくとも、高慢な貴族などではないとは思う。とはいえ、前と今では事情が異なるので、どのような態度なのかはわからないため、正直不安である。
「ファナトは心優しい男だが、あなたも同じであるということか」
「私はともかく、ファナト様はお優しい方だと思います。ウルガド様にも、友情を抱いていたようですし……」
「……あなたの以前の夫を悪く言うのは気が引けるが、ウルガドはファナトに対して友情など抱いていなかっただろう。あれに関しては、ファナトの善性が余計なことをしたといえる」
バルハルド様は、ウルガド様に対してひどく辛辣だった。
それは恐らく、彼のファナト様への態度を私以上に知っているからだろう。私と結婚する前から、二人は付き合いがあった訳だし、そこで色々とあったのかもしれない。
しかし、ウルガド様が友情を完全に感じていなかったかというと、そうではないように思える。彼の性格は良いとは言い難いが、それでも良くしてくれるファナト様には、少なからず正の感情があったのではないだろうか。
もっとも、今となってはそれももうわからない。
私との一件で、二人の間には明確な亀裂ができてしまった。それは最早、修復することができないものだろう。
◇◇◇
私はバルハルド様と並んで、ベルージュ侯爵夫妻と対面していた。
ファナト様に似た優男のベルージュ侯爵、そんな彼に負けず劣らず優しそうな夫人、二人はなんというか、似た者夫婦といえるだろう。
そんな二人の息子が、心の根の優しいファナト様というのは、らしいといえばらしい。
「さてと、何から話すべきかな? まあ、リメリア嬢、どうかバルハルドのことをよろしくお願いします」
「あ、はい」
ベルージュ侯爵の言葉に、私はとりあえずゆっくりと頷く。
よく考えてみれば、私はバルハルド様がどのようにして、ベルージュ侯爵家に収まったのか、よく知らない。侯爵の言葉には、何か含みがあるような気がするのだが、その意図を読み取ることができないのだ。
それに、ベルージュ侯爵夫人が何を思っているのかも、わからない。
妾の子に対して、敵意などはないのだろうか。少なくとも今はそれはないように思えるのだが、バルハルド様とどのような関係性なのか、気になる。
とはいえ、それらについては中々聞けることでもないというのが、正直な所である。
繊細な問題であるし、相手から話してもらうのを待つしかないだろう。相手が話す気にならないなら、敢えて聞く必要もないことだ。気にしないようにするとしよう。
「……バルハルド君、リメリア嬢のことをきちんと大切にしてあげるのよ? それは言うまでもないことかもしれないけれど」
「……もちろんです、母上。最初から不幸にする気はありません」
ベルージュ侯爵夫人が話しかけたのは、私ではなくバルハルド様だった。
二人の間には、ぎこちない雰囲気などはない。確執などはない、もしくは既に解消されているということだろうか。それなら、少し安心することができる。
「リメリア嬢、あなたもバルハルド君の事情については、当然理解しているわよね? そのことでもしかしたら、苦労するかもしれないけれど……」
「大丈夫です。その辺りの覚悟は決めていますから。それに私の方も、ヴォンドラ伯爵家から追い出された身です。バルハルド様には、そのことで苦労をかけるかもしれません」
「そのことについて、俺はまったく持って気にしていない。気にする必要がないことに些細なことだ。何の障害にもなりはしない」
「……ふふっ、二人はお似合いみたいね」
私とバルハルド様の言葉に、ベルージュ侯爵夫人はお墨付きを与えてくれた。
どうやら私は、無事にバルハルド様と結婚することができそうだ。そう思って私は、笑顔を浮かべるのだった。




