第14話 ある伯爵家の顛末
私とバルハルド様は、エルヴァイン公爵家の屋敷を訪れていた。
定例会が終わってから、公爵に招かれたのである。
「いや、リメリア嬢、今日は本当にありがとう。皆も喜んでいたよ」
「いえ、私はただいただけですから」
「バルハルド、君にも感謝する。皆、君には好感を抱いていたよ。流石はラルバルースの子孫が見定めた男だと」
「……そうですか」
エルヴァイン公爵の言葉に、バルハルド様は無表情で答えていた。
ラルバルースのファン達の言葉は、彼にとっては気に入らないものであるのだろう。それをなんとなく察した私は、苦笑いを浮かべてしまう。
「すまなかったな。あそこは君にとっては居心地が悪かったようだが……」
「……見抜かれていましたか」
「ああ、なんとなくではあるが、そうなのではないかと思っていた。申し訳ないことをしてしまったらしい」
バルハルド様とエルヴァイン公爵のやり取りに、私は思わず二人を交互に見た。
エルヴァイン公爵が、バルハルド様のことを気付いていたこと。それをバルハルド様が気付いていたこと。どちらも私にとっては、予想していないことだったのだ。
「いえ、このようなことでへそを曲げている自分が未熟者なだけです」
「いや、自らの妻がラルバルースの子孫としか見られていないという状況は、居心地も悪いだろう。妻に謎の親近感を抱いているという点も、君からしたら気に食わないか」
「……まだ妻ではありませんが、確かにエルヴァイン公爵の言う通りではあります。私にとって。あの場にいる者達は好ましいものではありませんから」
「ふむ、君の気持ちは充分に理解することができる。しかしだ、あのような場にリメリア嬢が立つということは、重要なことだ」
「理解しています」
エルヴァイン公爵は、私のことをラルバルースの子孫としてだけ見ている訳ではない。
それは私も、わかっていたことだ。そんな彼が私を招いたことにも、みんなを喜ばせたいという以外の意図があったことも、察していたことではある。
今回私が招かれたのは恐らく、ルヴァーリ伯爵家の評価を高めるためだったのだろう。
ヴォンドラ伯爵家との間で起こったことにより、ルヴァーリ伯爵家も多少の風評は被っている。それを覆せるように、有力者も多い定例会に呼び出したということだろう。
「バルハルド、私は君のことを立派な男だと思っているよ」
「いいえ、私はちっぽけな人間です。このようなことも許容することができない矮小な存在です」
「そんなことはないとも。この私が保証する」
エルヴァイン公爵は、バルハルド様に太鼓判を教えてくれた。
あの公爵が認めてくれているのだ。少しでもバルハルド様が、自信を持ってくれると良いのだが。
「さてと、君達二人をここに連れて来たのは、ヴォンドラ伯爵家の顛末を伝えたいからでもある」
「ヴォンドラ伯爵家の顛末、ですか?」
「なるほど、そういうことでしたか」
定例会の話が一段落ついたためか、エルヴァイン公爵は話を変えた。
そちらの話も、大切な話である。私とバルハルド様は、背筋を伸ばして話を聞くことにした。
「窮地に立たされていたヴォンドラ伯爵家は、結局の所没落することになった。領地に関しては、エルヴァイン公爵家が暫定的に預かっている。今は私の息子が変わりの領主だ。もっともあれはこの家を継ぐ故に、暫定的な当主でしかない」
「……あの家に残っていた二人は」
「それに関しては、聞かない方が良いことだ」
エルヴァイン公爵の言葉で、私のかつての夫と義母がどうなったのかは察せられた。
自業自得といえばそれまでなのだが、一応はともに暮らしていた人達であるため、少し心に来るものがある。
「……え?」
「……リメリア嬢、大丈夫か?」
「……はい。大丈夫です、バルハルド様」
そんな私の手を、バルハルド様が握ってくれた。
それだけでなんというか、心が少し安らいだ。彼の存在がとてもありがたく、それに心強い。
「まあ、その領地をどうするかなどかは問題ではあるが、それは君達には関係がないことだな。頃合いを見て、エルガドにもこの話はするつもりであるが……」
「……私から話しましょうか? エルガドを預かっているのは、私ですから」
「いや、これに関しては私がやったことだ。私が伝えるのが義理というものだろう」
バルハルド様からの提案を、エルヴァイン公爵は真剣な顔で断った。
バルハルド様に悪いが、ここは言う通り公爵に任せた方がいいだろう。私達よりも遥かに人生経験豊富な彼に任せた方が、絶対にいい。
「まあ、その辺りの段取りでまた君には連絡することにはなると思うから、その時はよろしくの頼む」
「わかりました」
バルハルド様も、特にエルヴァイン公爵の言葉に反論したりはしなかった。
恐らく、エルヴァイン公爵もそう時間はかけないだろう。きっとすぐに、エルガドに話してくれるはずだ。
「よし、堅苦しい話はこれで終わりだ。今日はもう遅い。二人とも泊まっていきなさい」
「泊まらせていただけるのですか? もちろん、こちらとしてはありがたい話ですが」
「ああ、遠慮することはないぞ」
そこでエルヴァイン公爵は、笑顔で提案をしてくれた。
正直な所、普通に宿で休みたいような気もするのだが、せっかくの提案だ。ここは泊まらせてもらった方がいいだろう。
◇◇◇
「こ、こちらでございます……」
エルヴァイン公爵家の若いメイドさんは、私達から目をそらしながら言葉を発していた。
それは先程から、バルハルド様がメイドさんを睨んでいるからだろう。彼はここに来るまでの道中、ずっと訝し気な顔をしていた。それはメイドさんも、わかっていたのだろう。
「……あなたに責任があることではないことはわかっている。俺は別に怒ってなどはいない。ただ少し動揺しているだけだ。まずそれを理解していただきたい」
「あ、えっと、そうなんですか?」
「ええ、大丈夫です。バルハルド様はあなたに怒るような人ではないので、ご安心ください」
メイドさんが助けを求めるようにこちらに視線を向けてきたため、私は彼女を安心させるために、ゆっくりとした口調で語りかけた。それによって、メイドさんの表情も少し和らいだような気がする。
ちなみに言ったことは、本当だ。バルハルド様は無関係なメイドさんに怒るような人ではない。もしも怒っているとしたら、その対象はエルヴァイン公爵だ。
「それで、あなたに一つ問いたいのだが、この部屋に俺達が泊まるというのか?」
「は、はい。エルヴァイン公爵からはそのように言われています」
「同じ部屋に泊まれというのか?」
「ええ、そうです……」
メイドさんは、消え入りそうな声でバルハルド様の言葉に答えていた。
バルハルド様は、頭を抱えている。それは当然だ。私だって、大いに困惑している。
「エルヴァイン公爵は何を考えているのか……すまないが、公爵の元に案内してもらえるか?」
「バルハルド様、お待ちください」
「む?」
エルヴァイン公爵に抗議に行きそうになったバルハルド様を、私は止めた。
もちろん、この状況は問題ではある。彼の行動は至極全うであり、当然のものだ。
しかし私は、それでも彼を止めた方が良いと思った。これはもしかしたら、いい機会なのかもしれないからだ。
「私はバルハルド様と同室でも構いません」
「……何?」
「バルハルド様は紳士ですから、この状況を許容することは難しいのでしょう。しかし、私達も何れは夫婦になる身です。こういったことには慣れておいた方がいいのかと思いまして……」
「……なるほど。あなたがいいというなら、俺も別に構わないが」
バルハルド様は、ゆっくりと目をそらした。
そしてもう一度、若いメイドさんの方を見る。
「それはそれとして、抗議はさせてもらう。いくらエルヴァイン公爵であっても、このようないらぬ気遣いは不要だとな……」
「あ、はい。案内します」
バルハルド様の意思は固かった。
相手が公爵であろうとも、怖気づいたりもしていないようだ。
そんな彼の背中を見ながら、私はため息をついた。これからのことを思うと、やはり心穏やかではいられない。




