第13話 英雄のファンクラブ
オーケイン王国の英雄であるラルバルースには、ファンクラブなるものがある。
ラルバルースのファン同士で集まって交流して、親睦を深めるというのが、そのファンクラブの目的であるらしい。
その発案者の一人は、エルヴァイン公爵だ。彼は貴族だろうが平民だろうが、構わずファンクラブに入れている。ラルバルースのファンという観点においては、皆平等であるそうだ。
「いや、よく来てくれた、リメリア嬢。君の来訪に感謝しているよ。やはり、ルヴァーリ伯爵家――つまりはラルバルースの子孫である君がいるのといないのとでは、まったく持って違う訳だからね」
「そういうものなのでしょうか? 正直な所、私よりも皆さんの方がご先祖様には詳しいくらいなのですけれど……」
「それは当然のことだと、皆も理解しているよ。ご先祖様の好きな食べ物や嫌いな食べ物なんて、普通は気にならないのだからね」
私の言葉に、エルヴァイン公爵は豪快に笑っていた。
基本的に穏やかな彼も、ことラルバルースのことを話す時にはテンションが高い。
根っからのファンだとは聞いているが、それは間違いないようだ。
「ただ、君はラルバルースの血を引いているからね。それは大変に重要なことだ。君の存在そのものが、ラルバルースが生きていた証になるのだからね」
「……リメリアが呼ばれるのは理解できますが、私まで招いていただいて良かったのでしょうか? はっきりと言っておきますが、私はラルバルース氏にそこまで見識が深い訳ではありません」
エルヴァイン侯爵の言葉に、バルハルド様が少し遠慮がちに言葉を発した。
今日は、ファンクラブの定例会であるらしい。そこに私と彼は、招かれたのだ。
そういった催しに、私は時々参加している。そのため、特になんとも思ってはいない。しかしバルハルド様にとっては初めてのことなので、戸惑っているのだろう。
「もちろん、君がいることも重要だとも。なんと言ったって、君はラルバルースの子孫であるリメリア嬢と結ばれるのだからね。皆も君のことを知りたいだろう。君がラルバルースをどう思っているかとか……どうしてリメリア嬢と婚約を結んだのか、とか」
「……私は別にラルバルース氏の血を引いているからリメリア嬢と婚約した訳ではありません。その存在を考慮したことなど、ないのですが」
「おお、流石はバルハルド、良いことを言う」
「……」
エルヴァイン公爵の言葉に、バルハルド様は目を細めていた。
彼としては、非常にやりにくいのだろう。今日の公爵は、まったく持って普通ではない。
ただ、これに関しては許してあげて欲しい。日頃から忙しくしているエルヴァイン公爵にとって、この定例会は楽しみの一つなのだから。
◇◇◇
ラルバルースファンクラブの定例会において、私とバルハルド様は壇上に設けられた席に並んで座ることになっていた。
まるで結婚式の披露宴のような状態である。いや実際にこれは、披露宴なのだろうか。ラルバルースのファンにとって、私の婚約は他人事とは言えないことであるようだし。
「皆今日はよく集まってくれた。今宵も定例会を始めるとしよう。さて、通達していたことではあるが、今日の定例会にはラルバルースの子孫であるルヴァーリ伯爵家のリメリア嬢と、先日彼女と婚約したベルージュ侯爵家のバルハルド氏が来てくれている」
エルヴァイン公爵は、私とバルハルド様のことを高らかに紹介していた。
すると、辺りから光が向けられる。スポットライトを浴びせられるような立場ではないような気がするのだが、とりあえず笑顔を浮かべておく。
「さてリメリア嬢、一言いただいてもよろしいかな?」
「はい。皆様、今日は私のご先祖様のために集まっていただきありがとうございます。ラルバルースの血を引く者として、皆様がご先祖様のことを慕っていることを嬉しく思っています。今日はどうか、楽しんでいってください」
エルヴァイン公爵に促された私は、とりあえず挨拶をしておいた。
その挨拶は、言ってしまえばいつも通りの挨拶だ。こういった場には何度か参加しているため、もう慣れている。
しかし、バルハルド様はそういう訳ではないため、少し心配だ。ただ彼も場慣れはしているだろうし、大丈夫だろうか。彼の立場的に言うことがあまりなそうなのが、懸念点ではあるが。
「バルハルド氏からも、一言いただきたいのだが」
「……いえ、私は皆様に何か言える立場ではありません。私はただリメリアと婚約しただけの男です。ラルバルース氏に関わりもなければ彼のファンでもありませんから」
バルハルド様は、少し突き放すような言葉を発した。
今日の彼は、どこか冷めているような気がする。その平坦な口調からは、それが感じられた。
とはいえ、ここにいる人達に向けた言葉としては、そこまでおかしいものという訳でもない。バルハルド様の立場から歓迎したり喜んだりできる訳ではないし、適切な言葉ではあるだろう。
「バルハルド氏は、謙虚ですな。しかし安心してください。皆、この場にあなたがいることを嬉しく思っています」
「そうですか。そう思っていただけているなら、こちらとしてもありがたい限りです」
エルヴァイン公爵とのやり取りが終わった後、辺りから拍手の音が聞こえ始めた。
公爵の言う通り、皆バルハルド様のことは歓迎しているようだ。そのことに私は安心する。
ラルバルースのファンの人達は、結構強火の意思を持っていることがある。そのため少し心配だったのだが、問題はなさそうだ。
◇◇◇
ラルバルースのファンクラブの定例会は、特に何事も起きずに進んでいた。
まあそもそもの話、この定例会は集まって食事をしたりするだけの会なので、問題なんてものは起こりようがないのだが。
「さて、今日は皆のためにラルバルースに関するクイズを作ってきた。全問正解した者には景品もある故に、是非頑張ってもらいたい」
食事が落ち着いた折に、エルヴァイン公爵がそのようなことを言い出した。
そういったレクリエーションも、この定例会の醍醐味だ。
私とバルハルド様の前にも、解答用紙なるものが配られている。どうやら十問くらいありそうだ。生粋のファンであるエルヴァイン公爵が作った問題ということは、かなり難しいのだろうか。
「まず第一問目は、ラルバルースが活躍したサウヴァルトルの戦いに関する問題だ」
エルヴァイン公爵が口にしたのは、ある戦のことだった。
その戦は、オーケイン王国の歴史を学んでいれば、わかるものだ。そういった問題であるならば、私にも答えられるチャンスがあるかもしれない。
「その戦いの際にラルバルースは、部下であるセイフォニーにとある食べ物を持ってこさせたそうだ。ゲン担ぎのためにその食べ物を食べた訳だな。その際にセイフォニーが苦労したという逸話は有名であるだろう。その食べ物は何で、セイフォニーは何で苦労したのかというのが、第一問目だ」
そんなものは全然有名な話ではない。私は思わずそう口に出したくなっていた。
やはり、ファンの人が作る問題は難しい。とても一般常識だけで答えられるようなものではない。その時点で私は回答を諦めることにした。
「……え? バルハルド様、わかるのですか?」
「うん? ああ、その話は耳にしたことがあるからな」
私が諦めている横で、バルハルド様はペンを走らせていた。
その動作に迷いはない。本当にこの問題の答えを知っていそうだ。
それには驚きを隠せない。なんでこんな問題の答えがわかるのだろうか。
「ラルバルース氏は、王国でも有名な英雄だ。取引先と彼の話をすることは何度もあった。そのためか、ある程度の知識は身に着いている」
「なるほど、そういうものですか……大変、なのですね」
「……まあ、そうかもしれないな」
バルハルド様は、自嘲気味な笑みを浮かべていた。
その表情からは、それらの知識が不本意ながら身に着いたものだとわかる。
彼も彼で、色々と苦労しているようだ。取引先故に無下にはできないだろうし、大変なのだろう。それがその表情から、伝わってきた。
◇◇◇
結果として、バルハルド様は十問中五問正解していた。
会場の人が全問正解とか、九問正解などをしていることを考えれば正答率は低い方だろうが、一般の人としては充分過ぎる正答率だといえる。
ちなみに私は、一問も正解することができなかった。問題がマニアック過ぎて、まったく太刀打ちできなかったというのが、正直な所だ。
「バルハルド様、すごいですね。まさか五問も正解するなんて」
「ああ、自分でも驚いている。我ながら、訳のわからない知識を身に着けたものだ」
バルハルド様は、苦笑いを浮かべていた。
このような問題に答えられるなんて、思っていなかったということだろう。その表情からは、困惑が読み取れる。
「バルハルド様は、記憶力が良い人なのですね。取引先の人とした雑談を覚えていて答えられるなんて、驚きです」
「まあ、ある意味において印象深い話だからな……そういう意味では、リメリア嬢は何も覚えていないのか? こういった場によく呼ばれるなら、話くらい聞くだろう」
「いえ、そういう話は聞き流さないとやってられなくて……」
エルヴァイン公爵の作った問題の中には、私が今まで聞いてきたようなことも含まれていたかもしれない。
ただ、私はそれらのことは基本的に右から左に抜けていくようになっている。色々な経験をした結果、そうなってしまったのだ。
「その……子孫としてはあまり聞きたくないような話もありますからね」
「む……」
「いやまあ、別に先祖ですから、そんなにショックを受けるようなことではないんですよ? でもなんというか、ちょっと嫌だなぁ、みたいに思うこともあって」
「なるほど、考えてみれば当然か。ラルバルースの逸話の中には、中々に濃いものもあったと記憶している」
ラルバルースは英雄であるが、別に完璧な人物という訳でもない。
色々と失敗もしているし、それに彼は戦士だ。非道なことだって行っている。女性関係なども、良いという訳でもない。
そういう話を聞くと、心に来ることがある。だからラルバルースのエピソードなどは、聞き流すようにしているのだ。
「まあ、覚えておいた方が良いことだってあるのでしょうけれど、もう子供の頃の癖みたいなもので……」
「忌々しいことだな」
「え?」
「ファンを名乗る者達にとって、あなたは英雄の子孫であるのだろう。そういったことを話したくなる存在なのかもしれない。だが、あなた自身を慮っているとは言い難い。俺はそれが気に食わない。あなたはリメリア嬢だ。ラルバルースの子孫というだけではない」
「バルハルド様……」
バルハルド様の言葉に、私は少し驚いた。
彼が少し冷たい態度だったのは、それが理由だったということだろうか。
ただそう思ってくれていることは、私にとっては嬉しいことである。バルハルド様は素晴らしい人であると、私は改めて認識するのだった。




