第12話 料理の師匠
「まさか、パルセットさんが来ているとは……」
「バルハルド様、お久し振りですね」
「お久し振りです、パルセットさん。お元気でしたか?」
「ええ、元気でしたよ」
バルハルド様は、少し気まずそうにしながらパルセットさんと話していた。
挨拶する前に訪ねられたという事実が、そうさせているのだろう。その気持ちは理解できる。私も先程、味わったばかりだからだ。
「リメリア嬢、こちらの女性は例の……」
「ええ、そうです。バルハルド様がこの町でお世話になっているパルセットさんです」
「そうでしたか……」
ともに帰って来たエルガドも、パルセットさんの来訪には驚いているようだった。
そんな彼に対して、パルセットさんは神妙な顔をしている。エルガドが誰だか、彼女からはまったくわからないからだろう。
その説明をしなければならないのだが、それは中々に難しい。エルガドの事情は、どのように話すべきなのだろうか。
「あ、えっと、僕は居候のエルガドと申します。縁あって、バルハルド様の元でお世話になっています」
「そうですか。私はパルセットと申します」
私が悩んでいると、エルガドが自己紹介してくれた。
居候、確かにそれが今の彼の状況を手っ取り早く伝えられることだろうか。本当はもっと色々と根深い事情があるのだが、それを彼女に話す訳にはいかないし。
「しかしバルハルド様、婚約なんて驚きました」
「ああ、そのことも含めて、挨拶に行きたいと思っていましたが……」
「いえ、そんな。事情があることは理解しています。バルハルド様は、中々に複雑な立場ですからね。私に伝えるまで、時間がかかるのも当然のことでしょう」
「ご理解、感謝致します」
パルセットさんは、ゆっくりと首を振ってバルハルド様の言葉を遮った。
彼女の人柄からして、本当に気にしてはいなさそうだ。ただ、その言葉をすんなりと受け入れられはしないだろう。私だって、未だに申し訳なく思っているし。
「それにしても、リメリア様は良き人ですね。私なんかがそんなことを言うのはおこがましいのかもしれませんが、バルハルド様にお似合いだと思います」
「……それについては、自分でもそう思っています。いや、それは思い上がりでしょうか。俺にはもったいないくらいの婚約者ですから」
「バルハルド様、褒め過ぎですよ」
色々と前後してしまったが、パルセットさんへの挨拶はとりあえずできたといえる。
これから彼女とも長い付き合いになるだろう。私はそんなことを思うのだった。
◇◇◇
パルセットさんは、ご厚意で夕食まで作ってくれた。
一応私達も手伝った訳だが、私とエルガドは役に立ったとは言い難い。基本的にはパルセットさんが、残りはバルハルド様が作ったといえる。
とはいえ、私もエルガドも学べることがあった。これからもどんどんと技術を吸収して、何れは自分だけで作ってみたいものである。
「パルセットさんはすごいですね。料理も掃除も、できて……この料理も、すごくおいしいです」
「お口にあったのなら何よりです」
私の言葉に、パルセットさんは嬉しそうに答えた。
彼女が作ってくれた料理は、どれも絶品である。
「以前、俺の料理について大したものではないと言ったが、その意味がわかっただろう」
「あ、いえ、それは……」
バルハルド様の言葉に、私は思わず言い淀んでしまった。
彼の料理ももちろんおしかったのだが、流石にこれと比べると劣っていると思ってしまう。
ただ、当然のことながらそれを口に出すことは憚られる。しかしこうやって言い淀んでいる時点で、答えているのと同じだろうか。
「いや、答えにくい質問をしてしまったな。すまなかった。ただ、俺が言いたいのは、パルセットさんは俺の料理の師匠ということだ」
「ああ、そうなんですね……考えてみれば、当然ですか」
「バルハルド様は、呑み込みが早かったですね。でも、流石にこれを生業にしている以上、まだまだ負ける訳にはいきません」
「勝てるとは思っていませんよ」
パルセットさんの言葉に、バルハルド様は苦笑いを浮かべていた。
彼女から料理を学んだというなら、それは色々と納得できる。道理で、バルハルド様の料理がおいしい訳だ。
ただ本人も言っている通り、師匠越えなどは難しいだろう。生活のために学んだバルハルド様と違って、相手はそういったことのプロなのだから。
「パルセットさんは、家政婦――メイドさんだったのですよね? 今は酒場を開いていると、バルハルド様からお聞きしましたが」
「ええ、そうですよ、エルガド様。ですから、掃除洗濯料理、これらに関しては自信があります」
「なるほど、そうなのですね。実は、僕もこれからはそういったことを学んでいかなければならない身でして……」
「そうですか。それなら私が、ご指導しましょうか?」
「ええ、どうかよろしくお願いします」
パルセットさんは、エルガドの素性をなんとなく察しているようだった。
そういった鋭さは、今までの経歴からのものだろうか。というかそういうことなら、私も彼女から色々と習った方が良さそうだ。エルガドと一緒に、教えてもらうとしよう。
◇◇◇
夕食が終わってから帰るということで、パルセットさんはエルガドが送っていくことになった。
初めはバルハルド様が送っていくと言っていたのだが、エルガドが立候補したために、彼がそうする運びになった。
それはもしかしたら、気遣いなのかもしれない。私とバルハルド様が、二人きりになれるように取り計らってくれたのだろうか。
「バルハルド様、一つお聞きしておいてもいいですか?」
「む? なんだ?」
「もう挨拶した方がいい人はいませんか?」
「ああ、そのことか……」
いい機会なので、私はバルハルド様に聞いておくことにした。
彼は色々と人生経験が豊富であるため、様々な方面に知り合いがいる。パルセットさんのことで、私はそう思った。
故にここは、思い切って聞いた方がいいような気がしたのだ。もっとも、流石にこれ以上挨拶するべき人などはいないと思うのだが。
「仕事関係の知り合いに挨拶をするべきなのかもしれないが、それは追々でも構わないだろう。あまりリメリア嬢に無理はさせたくないしな」
「無理だなんて、そんなことはありませんが……」
「いや、あなたはそういった気遣いによって、いつも心を痛めている。俺がそういったことにもう少し気が回ればいいのだがな」
バルハルド様は、少し自嘲気味な笑みを浮かべていた。
そういった表情を見るのは、久し振りであるような気がする。古巣だからだろうか、このラプリードやアキードでは、あまりそういった表情は見せていなかったのかもしれない。
ただこれは、妾の子であることへの劣等感などによって出たものではなさそうだ。そういった意味では、いつものとは違うといえる。
「バルハルド様は、いつも私のことを気遣ってくださっています。今もそうやって、私のことを思ってくださっているではありませんか。私はそれを嬉しく思っていますよ?」
「……自分がそうできていると自負がある訳ではないが、あなたにそう言ってもらえるなら素直に喜んでおくとしよう」
「そんなに回りくどい言い方をしなくてもいいんですよ?」
「別にそのようなつもりはないのだがな」
バルハルド様の自己評価の低さは、相変わらずではあるようだ。
そういう所は、どうにか治って欲しい所なので、私はこれからもバルハルド様を褒め続けるべきであろう。実際に、バルハルド様は褒められるべき人である訳だし。
「む? エルガドが帰ってきたようだな」
「あ、そうですね」
そんなことを話している内に、エルガドが帰って来た。
彼には感謝しなければならないだろう。お陰でバルハルド様と楽しい一時が過ごせたのだから。




