第1話 突然の離婚
ラルバルーズは、オーケイン王国における英雄の一人であった。
彼の武勇伝は、この国に暮らす人々なら誰でも知っているだろう。中には、ラルバルーズに憧れている人もいるくらいだ。
ルヴァーリ伯爵家は、そんなラルバルーズの血を引く伯爵家である。
英雄の血を引く伝統的な家系ということもあって、ルヴァーリ伯爵家は社交界でも一目置かれている一家だった。
英雄の誇りを受け継いだ一族、それがルヴァーリ伯爵家なのだ。
私は、そのルヴァーリ伯爵家の第二子として生まれた。
既に男子が生まれていた伯爵家においても、私の誕生は大いに祝われたと聞いている。それは、私の家族が私のことを愛している証左であるといえるだろう。
大いに愛を与えられた私は、家族のために働きたいと自然と思うようになっていた。
貴族の娘として家にできること、それは他家に嫁ぐことだ。故に私は、両親から勧められた縁談をすんなりと受け入れた。
ヴォンドラ伯爵ウルガド様の妻。それ今の私の肩書きだ。
「リメリア、まさか君が訪ねて来るとは思っていなかった。しかしながら、おかしな話だ。ウルガドはどうした?」
「……今回の訪問は、私の意思で行ったものです。先日は申し訳ありませんでした。エルヴァイン公爵」
私は、目の前の初老の男性にゆっくりと頭を下げた。
彼はエルヴァイン公爵、このオーケイン王国の国王様の弟である。
要するに、彼はとても偉い人だ。その偉い人を、私の夫はあろうことか怒らせてしまった。
「ふむ……君に対してこう言ったことをあまり言いたくはないが、ウルガドの発言は許容することはできない。カルナック男爵は、名誉ある死を遂げた。あろうことか、その死を侮辱するとは」
「誠に申し訳ありません。夫は愚か者です」
ウルガド様は、先日亡くなったカルナック男爵を批判した。
それは彼にしてみれば、何気ない言葉であったのだろう。通して聞いていた私からすれば、そこまで問題だったとは思えなかった。
ただその言葉は、エルヴァイン公爵の逆鱗に触れてしまった。少なくとも、公の場で話すことではなかっただろう。人によっては不快に思うことだったことは、確かだ。
「……夫のために、頭を下げるか。立派な心掛けだ」
「……」
「……仕方ない。今回は、君に免じてことを荒立てたりはしない。それは約束しよう。ウルガドはまだまだ若い。分別がつかないと思っておくとしよう」
「エルヴァイン公爵……寛大な心に、感謝いたします」
エルヴァイン公爵の言葉に、私は安心した。
彼は非常に紳士的で愛妻家であると聞いている。さらには、ラルバルーズ様に対して強い憧れを抱いているそうだ。
そんな彼に対して、私が謝罪に赴くということは、かなり有効だったらしい。
こういったことは、偶によくある。夫は一言多いことがあり、他者を怒らせることがあるのだ。
そんな夫のフォローは、私の役割である。ラルバルーズ様の子孫という私が頭を下げると、皆怒りを納めてくれるのだ。
ご先祖様をいいように利用しているというのは、少々気が引けることではある。ただ、私は使えるものは使う方針だ。効果があるなら、頭だってなんだって下げてみせるし、ご先祖様だって存分に利用する。
◇◇◇
「どこに行っていた?」
「少し所用がありまして」
「所用か。まあ、いい。今は客人が来ている。話は後で聞くとしよう」
ヴォンドラ伯爵の屋敷に戻ってきた私に、ウルガド様は少し怒っているようだった。
今回の件は、私の独断によってなしたことだ。それも当然だろう。
こういった時に、私は夫に何も話さない。彼の名誉を傷つけることになりかねないので、黙っているのだ。
もっとも、流石にウルガド様も私が何をしているかは、察しているだろう。
彼に何か不手際があった時に行動しているのだから、ばれている可能性は高そうだ。
「ファナト様、それにクルメア様、お久し振りです」
「お久し振りですね、リメリアさん。お元気そうで何よりです」
「……あなたが出掛けているなんて、私達もタイミングが悪かったですね」
「いえ、それは私の不手際ですから」
客室までやって来た私は、目の前にいる男女に挨拶した。
彼らは、ファナト様とクルメア様、ベルージュ侯爵家の嫡子夫妻だ。
ウルガド様とファナト様は、友人関係である。故にこうして、時々訪ねて来ることがあるのだ。
ただ、私は二人が仲良く話している所を実は見たことがない。
ファナト様の方は友好的に接しているのだが、ウルガド様はそんな感じではないのだ。
もしかしたら二人の交友関係というものは、両親などから来る腐れ縁的なものなのかもしれない。私は常々そう思っている。
「お変わりはありませんか?」
「ええ、クルメア様もお元気でしたか?」
「ええ、元気でしたよ? ただ、変化はありました」
「変化、ですか……」
ちなみに私の方は、クルメア様と仲良くさせてもらっている。
彼女は、早くにファナト様と結婚した、いわば妻としての先輩だ。故に色々なことを教えてもらっている。
「……まさか」
「ええ、そのまさかです。子供ができたのです」
「それは、おめでとうございます。ファナト様も、おめでとうございます」
「ありがとうございます。本当に、今は嬉しくて仕方ありません」
ファナト様とクルメア様は、とても嬉しそうにしていた。
子宝に恵まれたのだから、それは当然だ。私の方もなんだか、舞い上がってしまっている。
「めでたいことではあるが、わざわざ家に来ることもないだろう。身重の妻に、あまり無理をさせるな」
「こちらには私の方から来たいと言ったんです。リメリアさんには、是非自分の口から伝えておきたくて」
「なるほど、妻には逆らえないか」
ウルガド様も、心なしか嬉しそうにしているようだった。
なんだかんだ言っても、ファナト様とは親友だと思っているのだろうか。
◇◇◇
ファナト様とクルメア様が帰った後、私はウルガド様に呼び出されていた。
恐らく、今日のことを聞くためだろう。できれば話したくないのだが、流石にそろそろ核心に迫られるだろうか。
「リメリア、僕はこれでも立派な貴族だと思っている。早くに亡くなった父の後を継ぎ、これまで努力してきたつもりだ」
「……ええ、そうですね」
ウルガド様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼は、結果的にヴォンドラ伯爵をかなり早く引き継ぐことになってしまった。先代が亡くなったのは二年前だが、今でもまだまだ伯爵として若すぎるくらいだ。
「しかしながら、評価されるのはいつも君ばかりだ」
「え?」
「今日もファナトから言われたよ。君はいい奥さんを持っていると。大切にした方がいい。奴はそんな風に、知ったようなことを口にしてきた」
ウルガド様は、少し荒々しい口調でそんなことを言ってきた。
それに私は、少し面食らってしまう。まさか話が、そんな方向に向くとは思っていなかったからである。
「ラルバルーズの子孫だかなんだか知らないが、それだけで君は随分と持てはやされているものだ。父上も、それに踊らされた一人だな。英雄の子孫という肩書きで、僕の婚約者を選んだ」
「な、何を言っているのですか?」
「もううんざりなんだよ! 君のお陰だとかなんだとか言われるのは!」
ウルガド様は、大きな声を出して私を睨みつけてきた。
なんだか、話がどんどんと変な方向に転がっている。今日の彼は、相当虫の居所が悪いらしい。
「僕は、ヴォンドラ伯爵だ! その功績とは全て僕に起因している。君のお陰ではない!」
「ウルガド様、別に私は……」
「君の存在が邪魔なんだ。僕には君なんて必要がない! この家から出て行け! 君とは離婚する!」
「何をっ……」
ウルガド様は、私に対して近くにあったものを投げつけてきた。
それはまるで、子供の癇癪だ。今までも不満が溜まっていたのだろうか。私が口を挟む余裕がない。
私は、そのままウルガド様の部屋から出て行かざるを得なかった。
今のウルガド様は、聞く耳を持たない。そう思ったからだ。
「……どうやら終わったようね?」
「え?」
出て行った私を待っていたのは、ウルガド様の母親――お義母様だった。
お義母様は、何か荷物を持っている。その荷物がなんであるか、私にはすぐに理解できた。
「あなたには、このヴォンドラ伯爵家から出て行ってもらうわ」
「お義母様まで、何を……」
「あなたは、この家に必要ないの。すぐに出て行って頂戴」
お義母様は、私に対して嫌らしい笑みを浮かべていた。
どうやら私がここから出て行くことは、決まっていることであるらしい。
それを理解した私は、項垂れるのだった。
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