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3-2. 蜘蛛の糸

 途中で寄ったショッピングモールは、春休みということもあって家族連れや学生たちで溢れかえっていた。かつては田んぼが広がっていたというこのエリアも、今やバイパス沿いにチェーン店が並び、ここが市内で一番活気のある場所になっている。

 フードコートで昼を済ませようと思っていたが、落ち着いて座れそうな席は一つもなかった。俺とシロさんはマックでハンバーガーのセットをテイクアウトし、早々にモールを後にした。

 車内に充満するポテトの脂っこい匂いを感じながら、シロさんの白いSUVは市街地へと戻っていく。

 ――異浦(いうら)なんでも相談所。

 住宅と店舗が混ざり合う一角にあるその相談所は、一見するとお洒落なカフェやレストランのように見える。車から降りて深緑色の扉を開けると、ドアベルが軽やかな音を鳴らした。

「お疲れさまです」「お疲れさん」

 俺とシロさんの挨拶に、「お疲れさまでーす」と、のんびりした返事が返ってくる。相談所にいたのは、事務員の梨奈(りな)さんだった。いつものように扉から近いテーブルに座っている。

「梨奈だけか?」

 シロさんはダウンジャケットを脱ぎながら、室内を見渡す。室内はエアコンの温かい空気に満たされていた。石巖寺(せきがんじ)での刺すような寒さが、もうずいぶん遠い出来事のように感じられる。俺も荷物を置いて、早々にコートを脱いだ。

「さっきまで和華子(わかこ)さんと(まこと)さんもいましたよ。和華子さんは今日最初から午前中だけの予定で、誠さんは電話がきて出かけました」

「誠が君一人残して出たのか、珍しい」

「シロさんが来るまで待とうとしてくれてたんですけど、今日は他に相談の予定も入ってないから行っていいですよって私が言ったんです」

 梨奈さんがそう言いながら立ち上がる。内装もカフェになっているこの相談所は、いくつか並んだテーブル席の奥にカウンターがあって、その向こう側はキッチンになっている。梨奈さんはキッチンで、電気ケトルのスイッチを入れた。

「二人とも紅茶でいいですか?」

「お願いします」と答えると、「はーい」と間延びした返事が聞こえた。


 テイクアウトしたセットを広げ、ハンバーガーへかじりつく。こういうジャンクフードって、たまに食べるとやたら美味しく感じる。シロさんの奢りで、期間限定のちょっと値段の張るセットにしたから余計そう思うのかもしれない。

 シロさんも同じように向かい側でナゲットを食べながら、入れてもらった紅茶を飲んでいる。そして、隣のテーブルへ視線を向けた。

「それが預かった品か」

 シロさんが見つめる先には、四角い包みがあった。淡い青色の手ぬぐいで包まれていて、サイズはティッシュケースをもう少し正方形に近づけたくらい。

「何ですか、それ」

 俺の質問に答えてくれたのは梨奈さんだった。

「ワジマサービスって覚えてる? 惟くんも先月、東松下市のアパートに化粧台引き取りに行ったでしょ。あそこからまた相談があったの」

 ワジマサービス……あの遺品整理業者か。アパートで会った作業着姿のおじさんの顔を思い出す。それと同時に、化粧台に取り憑いた着物の女の幽霊と、連続殺人犯とのドライブを思い出して、ちょっとげんなりした。ドライブは特に、心臓がぐっと握られるような出来事で、当分忘れられそうにない。

 梨奈さんは横からシロさんのポテトをつまみ、

「ニュースにもなってたから知ってるかもしれないけど、先日市内のアパートで火事があったの」と、教えてくれた。

「原因は台所の火の不始末で、火元だった一室はほぼ全焼。住んでいたのは二人、シングルマザーとその子供で、二人とも火事で亡くなった。……二人に身寄りは無くて、ワジマサービスにその部屋の遺品整理の依頼が来たの。行ってみると、ほぼ燃えてしまった中に唯一燃え残った物があって、それを持ち帰ることになった」

 今日の午前中のうちにワジマサービスの人が来て、うちで受け取ったのがそれ――唯一燃え残った物だそうだ。

 梨奈さんは淡い青色の手ぬぐいの包みを手で示すと、

「スチール缶なんだって。表面は黒っぽくなっちゃってるけど、元はお菓子の缶とかそんな感じじゃないかなって。あ、中身は裁縫道具だそうです」

 あっけらかんと言い放つと、「今日、石巖寺へ持っていきますか?」とシロさんへ指示を仰いだ。シロさんは、依頼について既に聞き及んでいたらしい。

 シロさんは「そうだなぁ」と考えるように天を仰ぎながら、再びナゲットをつまんだ。

 隣のテーブルへ視線を向けると、淡い青色の包みは誰かの手荷物やお土産のように、景色に馴染んでいた。

 特に嫌な気配は感じない。けれど、うちに持ち込まれたということは、何かしら曰くがあるのかもしれない。現に石巖寺へ持っていくーー供養を依頼するようだし。

 曰く、については、シロさんが教えてくれた。

「ワジマサービスがこの遺品を引き取ったその日の夕方、そろそろ事務所を閉めようという薄暗い時間に、老齢の女性が一人訪ねてきたそうだ。その女性が言うには、女性には息子が一人いて、その息子は結婚して息子――女性にとっての孫をもうけたが、数年後に息子の嫁が孫を連れて出て行ってしまった。それからずっと、女性は孫の行方を捜していた」

 シロさんは紅茶を一口飲むと、また話を続けた。

「けれど見つからずに何年か経って、最近火事のニュースを見たそうだ。亡くなった子供の名前は孫とは違ったが、『もしかしたら名前を変えていたのかもしれない、私が探している孫かもしれない』ってな。それで遺品を見せてくれたら、何か手がかりが見つかるかもしれない、見せてくれと言ってきたそうだ」

「えっ、でも名前が違うんですよね? ニュースで報道されるのって本名じゃないんですか」

「基本的には実名報道のはずだ。何か事情がある場合は匿名になるし、偽名報道はないだろうな。出て行ってから、名前を変えたなら本名自体が変わっているかもしれないが、それはワジマサービスが知る由もないことだ。……ただ、もしも親族が見つかるならと、その訪ねてきた女性と一緒にスチール缶を開けた。何か手がかりになるものが入っているかもしれないと思ってのことだったが、中に入っていたのは裁縫道具だった。煤けたハサミや針、糸らしき物だな。たぶん火事で亡くなった母親が、お菓子の缶を裁縫箱代わりにしてたんだろう」

 シロさんは席を立つと、隣のテーブルの前へ立ち、淡い青色の手ぬぐいを解いた。

 手ぬぐいの中から出てきた、焦げたスチール缶の蓋を持ち上げる。その中から持ち上げて見せてくれたのは、小さめのハサミだった。黒っぽく煤けている。まるで触れたらボロボロと崩れてしまいそうな、そんな気がした。

「ここにあるってことは、手がかりになるような物は見つからなかった、ってことですね?」

 俺が聞くと、シロさんが「そうだ」と、ハサミを戻し、裁縫箱をまた手ぬぐいで包みながら続けた。

「従業員が『申し訳ないが、これでは探している人かどうか分からない』と、暗に確証が持てないため何もできない、遺品は渡せないと伝えた。そして裁縫箱から顔を上げると……女性の顔は、この世の物とは思えないくらい歪んでいたそうだ」

 梨奈さんと俺が「え」と小さく声を漏らしたのは同時だった。

「そもそも女性が訪れたのは、もう十八時を回って外が暗くなっている時間帯。普段ならアポなしの訪問は受け付けないが、そのとき対応した従業員は、腰が少し曲がっている小さな老婆を追い返すわけにはいかないと思ったそうだ。相手が老婆一人なら、何かあっても自分一人で対処できると思った、というのが正直なところだそうだが。……しかし、顔をゆがめた老婆は、口から唾を飛ばす勢いで怒鳴りつけてきたそうだ。手と髪を振り回して、『そんなはずがない!』『じゃあ孫はどこにいるんだ!』『孫を奪ったあの女はどこだ!』ってな。顔中に刻まれた皺で余計ぐちゃぐちゃに歪む顔は、赤黒く滲み、瞳の中で黒目がぐりんぐりんと動き回り、口の横からは白い泡を吹いている。あまりの剣幕と恐怖で、社員は何も言えず、ただただ怯えていたそうだ。……その後、老婆は荒い息のまま立ち上がると、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った」

 話を聞きながら、思わず「うげ」と、顔を顰めてしまう。

「老婆が出て行ってから、社員が落ち着きを取り戻して立ち上がった。ソファに向かい合って座っていたそうなんだが、なぜか女性が座ってたはずの部分だけ、ぐっしょりと濡れていたそうだ」

 ……訪ねてきた女性は、人間ではなかったということか。

 梨奈さんが「だからうちに持ち込まれたんですね」と感心したように呟いて、

「なんかそういう怪談ありますよね。タクシーだったかな、後ろに乗っていたはずのお客さんがいなくなってて、見たら座席が濡れてた! みたいな」

 それほど怖がってはいない様子で、梨奈さんはまたポテトをつまむ。

 シロさんがハンバーガーの包みを開けながら、「そうだな」と同意した。

「事務所はもう閉める時間だったのもあって、対応した従業員しかいなかったんだ。その従業員は恐ろしくなって、すぐに事務所を閉めてその日は帰宅。翌日、他の従業員に話したが、疲れていてうたた寝して夢でも見たんじゃないのか、と相手にされなかったらしい。ただ事務所を閉める時間帯に、またあの老婆が現れたそうだ」

「うわっ、また来たんだ!」 梨奈さんが声をあげた。

「ああ、相手をしたのは前日対応した従業員ではなかったそうだ。というか、たまたま居た社長だな。あそこの社長はオカルトの類を信じるタイプで、従業員の話の老婆だと直感し、思わず『ここにはもうない』と言ったそうだ」

「嘘吐いたんですか!? 裁縫箱はまだ事務所にあったんですよね?」

「あったさ。その日は忙しくて、すぐ処分はしていなかったそうだ。まぁ、裁縫箱一つくらいなら置いておいても問題ないと思ったんだろうな。老婆は『ここにあると聞いた、どこにあるんだ!』と問い詰めてきたそうだ。その様子も尋常ではない。『隠す気か!』『孫に会わせろ!』って、口から泡飛ばしてな。それで咄嗟に、『他の人に渡した』と答えた。その『他の人』っていうのが、つまりここのことだな」

 シロさんは少し口角を持ち上げて、人差し指で下を指さした。

「今の話は昨日起きたことで、今朝、言ったことを本当にするべく、社長自らが急いで裁縫箱持ってきた。そういうわけだ」

 言い終わると、シロさんはハンバーガーをかじった。

「だからかぁ。その缶持ってきたとき、社長さんにコーヒーを出そうと思ったんだけど、すごく急いで帰っていったですよね……」

 梨奈さんも具体的に何があったのかまでは聞いていなかったらしい。合点がいったように、頷いていた。

「老婆の霊を引き寄せる遺品ですか……」

 つい呟いてから、改めて裁縫箱を見る。淡い青色は、うっすらとグラデーションがかっていて、上品な色をしている。これはおそらくワジマサービスで用意したものなんだろう。包まれているから、というわけではないと思う。手ぬぐいが解かれていたときも思ったが、やはり嫌な感じはしない。

 老婆は、本当にこの遺品のせいで現れたんだろうか。

「私さっきまで一人だったんですけど、もしかしたらそのお婆さんの霊が来る可能性があったってことですか?」

 梨奈さんが苦笑いしながら聞くと、シロさんは「その可能性は低いだろうな」と言った。

「事務所を閉めるのは、大体十八時くらいと言っていた。二日続けて外が薄暗くなった頃に現れている。今日、急に昼間現れる可能性は低いだろう。というか、まだ幽霊だと決まったわけじゃないが。……それに少なくとも、俺はこの裁縫箱はただの遺品、何の問題もないように見える。だから誠も、梨奈を一人で残していっても問題ないと判断したんだろう」

 シロさんは残りのハンバーガーを食べきると、俺のほうを向いた。「どう思う?」と話を振られて、正直に「特に嫌な感じはしません」と答えた。

 俺の感覚がどれくらい当たるのかは分からないけど、シロさんと同様、裁縫箱に何か憑いているようには思えなかった。

 シロさんは頷くと、

「だからって、何の関係もないとは思わないけどな。原因を探るなら、一晩ここに置いてその老婆が現れるかどうか確認してもいいんだが……」

 そう区切って、シロさんはちらりと梨奈さんを見た。梨奈さんは、「うーん」とちょっと悩む素振りを見せる。

「あくまで、依頼は受け取りだけですね。お婆さんが現れる原因を探ってほしい、という相談は受けてません。……ただ、今の話を聞いてて思ったんですけど、もしもこの裁縫箱は実は関係なかった場合。今日の夜もワジマサービスの事務所にお婆さんが現れたなら、それはそれでまた相談されるかもしれないですね」

「そうだよなぁ」

 ちょっと肩を落としている様子を見ると、シロさんはその老婆の霊を見てみたかったのかもしれない。

 つい数時間前、石巖寺で聞いた話を思い出す。幽霊は見えない人には見えないが、見える人には見える。

 でも、あちら側が強くこっちに干渉しようとした場合や、波長や相性、そのときの条件によっては見えることや感じる場合もある。……明確なルールなんて、存在しない。

 俺は黙って、残りのハンバーガーを口へ運んだ。話をしているうちに、ほんの少し冷めていた。


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