2-5. 消えた桐箱
和孝さんは二階へ上がってすぐの部屋をノックすると、「入るぞ」と声をかけて障子戸を開けた。
畳の部屋だけど、これまで見た部屋の中で一番明るい雰囲気だった。壁紙は変えているのか薄い黄緑色で、子供が書いた絵が飾ってある。黄色い帽子やバッグ、コートが掛けられたハンガーラック、二つ並んだ学習机にはそれぞれ水色とピンクのランドセル。敷かれたラグは黄色だ。いくつか並んだ白いカラーボックスの上には雑多におもちゃやぬいぐるみが置かれている。
その中で、きょろりとこちらへ向けられた瞳が四つ。小さな子供が二人、中央のローテーブルへ向かい合って座っていた。
「姉の夏美と弟の春斗です」
ポニーテールの女の子が夏美ちゃん、携帯型ゲーム機をしっかり両手で抱えているのが春斗くん。それぞれ小学四年生と二年生だと教えてもらった。
「こちらは白椛さんと藤見さんだ。おじいちゃんの部屋の掃除や、持っていた物の整理を手伝いに来てくれたんだよ」
和孝さんに「挨拶しなさい」と促され、子供たちはきょとんとした顔のまま「こんにちは」と小さく声を出した。
「初めまして、白椛祐介だ。夏美ちゃん、春斗くん、よろしくな」
シロさんが夏美ちゃんに向けて手を差し出すと、夏美ちゃんはチラリと父親の顔を見てからおそるおそる手を握った。見知らぬ人間に対して一瞬警戒したのだろう。けれど父親が何も言わないことを確認すると、握手をした。
シロさんが次に春斗くんへ手を差し出すと、春斗くんは姉が握手したのを見ていたからか、戸惑うことなく手を握った。
「素直な良い子たちだなぁ」とシロさんが笑顔で言う。俺も握手したほうがいいのかと思ったが、小さな子供と遊んだ経験もないし、黙っていた。(子供たちが「握手するの?」と言う顔でこっちを見ていた気もするけど……)。
「カラフルな部屋ですね」
「ええ、妻と子供たちの趣味で。私は和室にはあまり合わないと思うのですが……」
「いえ、とても良い趣味だと思いますよ」
シロさんは言いながら、部屋を見渡していた。
窓は障子ではなくカーテンがつけられていた。今そのカーテンは開かれていて、外の光が入っているおかげで明るく、他の部屋と比べて小さな異形たちもほとんどいない。
「そうでしょうか」とほんの少し納得しきれないような声を漏らした和孝さんは、畳の上に敷かれた円形のラグに視線を落とした。たしかに和室の良さは消えている。けど可愛い子供部屋だと思える、俺も嫌な気配が一切しないこの部屋は嫌いじゃなかった。
ふと春斗くんの手に持っていた携帯ゲーム機を見咎めた和孝さんが、「ゲームは一日二時間だぞ」と声をかけた。「分かってるー」と春斗くんもちょっと生意気に答えて、シロさんが笑った。
「子供たちは日中この部屋に?」
「ええ、今は春休みで学校もないので……普段は友達の家へ遊びに行ったりもするのですが、寒い時期ですし、距離があるので車で送迎しているんです。ただ今はちょっと、その余裕が無いので」
和孝さんは少しだけ眉を下げた。子供たちに対し、せっかくの休みなのにどこへも連れて行ってあげられないことを申し訳なく思っているのかもしれない。
ローテーブルの上を見ると、夏美ちゃんは塗り絵をしていた。色鉛筆やクレヨンが出してある。その周りには何種類もの折り紙やカラフルな箱。周りには折り紙で折られた手裏剣や動物っぽいものが転がっている。
和孝さんが思い出したようにポケットから手裏剣を取り出し、孝蔵さんの寝室に落ちてたことを注意したとき、着信音が鳴り出した。和孝さんは反対側のポケットからスマホを取り出すと、画面を確認し、シロさんと俺に「すみません、ちょっとだけ離れます。妹が近くまで来たみたいです」と言い残し、子供部屋を出ていった。
子供部屋には俺とシロさんと、二人の子供だけが残された。
シロさんは学習机の椅子を勝手にくるりと回転させて座ると、床でゲーム機を握りしめている春斗くんに視線を向けた。
「今はどんなゲームが流行ってるんだ? 見たところ、かなりハイテクだな」
「……ふつうだよ。おじさん、これ知らないの?」
「やったことはないなぁ。俺の時代は、もっとこう……平べったい板みたいなのを、本体にガチャンと差し込むのが主流だったんだが」
シロさんが身振り手振りを交えながら話しかけると、春斗くんは少しだけ得意げに「それ、スーファミでしょ! お父さんも言ってた」と笑った。
「これ、見て」
春斗くんがローテーブルの上にある、少し大きめの箱を引き寄せた。よく見ると色とりどりの折り紙が貼られている。シルバーや宇宙柄の折り紙でデコレーションされた、一見すると不格好な工作箱だ。シロさんはその箱を手に取り、「ほう、これはまた高級そうな箱だな」と言った。
「姉ちゃんが作ったの。ゲームソフト、いっぱい入るから」
「ソフトか、カセットとは言わないんだな……」
ジェネレーションギャップを感じている様子のシロさんは、箱の蓋を開けてゲームソフトのケースを一つ取り出した。「これかい?」とシロさんが尋ねると、春斗くんは受け取った半透明のケースをカパッと開けて、取り出した小さなゲームソフトを親指と人差し指で掴んで得意げにシロさんに見せつけた。
「このゲーム今すごい流行ってるから、みんな持ってるよ!」
「入れ物に対して随分小さいんだな……どういうゲームなんだ?」
感心したようにソフトを覗き込むシロさんと、一生懸命説明し始めた春斗くんを横目に、立ったままでいるのがちょっとだけ居心地悪くなってきた。手持無沙汰って言うか……夏美ちゃんに視線を向けると、夏美ちゃんも俺を見ていて、パッと目を逸らされた。急に男が二人入ってきて、父親もどこかへ行ってきまずく思っているんだろう。
何か話しかけたほうがいいのかな。と言っても、俺は小さな子供の相手はほとんどしたことないし……でも黙って立っているのも俺自身気まずいので、ローテーブルへ近づいてしゃがんだ。
「えっと……この折り紙、夏美ちゃんが折ったの?」
折り紙の手裏剣や動物を示すと、「うん」と頷いてくれた。
「すごいね、これは犬? 他にどんなの折れるの?」
「本見たら、もっと色々折れるよ」
夏美ちゃんが指差したのは、ピンク色のランドセルが横に掛かった学習机だった。机の上には、教科書やノートの他に文具、メモ帳、シール、キーホルダー、お守り、よく分からない小物などが散らかっている。女の子らしいにぎやかさが詰まったその中に、折り紙の本があった。
「へぇ……」
学習机に近づいて、折り紙の本を手に取る。その際、お守りとキーホルダーを落としてしまい、慌てて拾う。目がやたらキラキラした犬のキーホルダーと、神社で売っているような手のひらサイズのお守り。ちょっと使い古されたお守りには『縁結び守』と刺繍されていた。小学三年生で縁結びってなんか、ませてるなぁ。キーホルダーやメモ帳のデザインと比べると古くて地味な色合いだし。まぁお守りなんてそんなものなのかな。
机に戻してから、ふとキーホルダーと折り紙以外にも、シールやノートに書かれた絵柄、部屋に飾ってある絵やぬいぐるみにも犬が多いことに気づいた。
「犬、好きなの?」
「うん、大好き! かわいいから。犬、飼いたいんだけど……」
「でもお父さんダメって言ってた!」
シロさんと話をしていた春斗くんも、会話に混ざってきた。二人はクリスマスプレゼントに犬を飼いたいとリクエストしたが却下されてしまったこと、サンタさんにもお願いしたけどダメだったことを教えてくれた。残念そうに項垂れる夏美ちゃんは、本当に犬が好きみたいだ。
「そうか、犬かぁ……」
シロさんの呟きに、昨日見かけた柴犬に似た色の何かを思い出す。あれは子供たちの願望だったりして……いや、そんなはずないか。
「これは犬なんだな、上手いもんだ。しかし高そうな紙をいっぱい持ってるなぁ」
シロさんが折り紙で折られた犬を持ち上げて、しげしげと見つめた。その犬はお菓子の柄の薄いピンク色の折り紙で折られていた。女の子が好きそうな柄だ。
「折り紙はね、百円ショップでいっぱい売ってるよ!」
いつの間にか夏美ちゃんも心を許してくれているのか、最初に見せていた警戒心はなくなっていた。
ローテーブルの上に出ていた以外にも、学習机から沢山の折り紙を出して見せてくれた。シルバーやゴールドのキラキラしたもの、裏表で色が違うもの、お菓子や花、乗り物、キャラクターの柄が描かれたもの。ゲームソフトの入っていた箱に貼っているのと同じ恐竜の柄もあった。箱は夏美ちゃんが作ったと言っていたけど、おそらく空いた靴箱とかに折り紙をペタペタと隙間なく貼りつけてあるんだろう。夏美ちゃんなりに、弟の好きそうな柄や色を選んであげたのかなと思うとなんだか微笑ましかった。
和孝さんは申し訳なさそうにしていたけど、小さな姉弟は家の中で仲良く遊んでいるようだった。
「これがたった百円かぁ……良い時代になったもんだ」
高級紙ではなく、百円ショップで買った安い物だと知って大袈裟に驚くシロさんは、どこまで本気でどこまで子供向けに演技しているのか。スマホは使いこなしているくせに、百円ショップや最新ゲーム機には縁がないのは本当のことなのかもしれない。
見た目以上に歳をとっているシロさんだから、子供の扱いも慣れたものなんだろうけど。




