【第六話】 横綱の奥の手、奈落の味
絶望的な吸引力の渦の中心で、十六夜咲は最後の力を振り絞った。
(この渦の中心…渦の中心を、斬る…!)
彼女の腰が、三日月のようにしなる。若き才能の全てを懸けた一閃が、横綱・龍炎寺貴和子の必殺技『吸引一番搾り』の核へと、まっすぐに放たれた!
ズバッ!
空気を切り裂くような、鋭い音。次の瞬間、国技館の誰もが信じられない光景を目撃した。
貴和子の腰が生み出していたブラックホールのような吸引の渦が、明らかに揺らぎ、乱れたのだ。貴和子の表情から、絶対的な自信が初めて消え、驚愕の色が浮かぶ。
絶頂川アナ:「なっ…ななな、なんだぁーっ!? 渦が、横綱の吸引の渦が乱れたァ! 十六夜の三日月が、ブラックホールを切り裂いたというのか! 奇跡だ! 奇跡が起ころうとしている!」
天知:「馬鹿な…! 確率99.8%のチェックメイトが…破られた!? “点”の攻撃が、本当に“面”を貫通した…! 彼女は、彼女は一体…!?」
データと理論の男が、初めて声を裏返らせて絶叫する。館内は、ジャイアントキリングの予感に、地鳴りのような歓声に包まれた。
だが。
絶対王者は、それでもまだ、土俵を割ってはいなかった。
貴和子は、一瞬だけ目を見開いた後、ふっ…と、不敵な、そして心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。
「…いい腰だ。本当に、いい腰じゃないの、小娘」
その声は、もはや怒りも焦りも含まれていなかった。ただ、己と同じ領域に足を踏み入れようとする挑戦者への、純粋な“喜び”に満ちていた。
「だが、お前の技は、それだけか?」
ゴウッ!
次の瞬間、貴和子の雰囲気が変わった。“吸引”のオーラが消え、代わりに純粋な、山をも動かすほどの“質量”と“パワー”が、その体から溢れ出す。
貴和子は、咲を土俵の外に押し出すのではなく、その巨体で、咲の体を土俵の真上から押し潰したのだ。
「きゃあ!?」
咲は、なすすべもなく土俵に押し倒される。背中に、冷たい粘土の感触。そして、その上に、空を覆い尽くすかのような貴和子の体が、のしかかってきた。逃げ場は、ない。
絶頂川アナ:「ああっと! これは、これはまずい! 横綱、勝ち方を切り替えた! 押し出すのでも、イかせるのでもない! “潰して”終わらせる気だァ!」
天知:「横綱の奥の手…。最も屈辱的と言われる、寝技の体勢…『奈落啜り(ならくすすり)』だ…!」
上から完全に体を密着させ、逃げ場をなくした咲に対し、貴和子の腰が、まるで生き物のように動き始める。それは、腰をぶつけ合う「相撲」ではない。相手の急所を、膣全体で、まるで極上のスープを味わうかのように、ねっとりと“啜り上げる”ような動き。
「んっ…! あ、あんっ…! いや、こんなの…っ、ぁああッ!」
咲の体が、ビクンビクンと痙攣する。
それは、これまで経験した、勝利の快感とは全く違うものだった。与えられるのではなく、根こそぎ奪われる快感。魂の奥の、一番柔らかい部分を、蹂躙され、啜り尽くされる、絶対的な敗北の味。
咲は、なすすべもなく、生まれて初めて「支配される快感」によって絶頂させられ、意識の糸を手放した。
勝負あり。
土俵に突っ伏し、悔しさと快感の余韻に震える咲。貴和子は、ゆっくりとその体から離れると、汗一つかかぬ涼しい顔で、敗者を見下ろした。
「土俵は、子作りの場である前に、勝負の場だ」
その声は、国技館の隅々まで、凛と響き渡った。
「その意味を知るがいい、小娘」
観客は、あまりの壮絶な結末に、声も出せずにいた。ただ、絶対王者の圧倒的な強さと、その底知れない恐ろしさに、静かにひれ伏すしかなかった。