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【第三話】 決まり手の研究

国技館の興奮は、もはや最高潮に達していた。無名の新人・十六夜咲が、二回戦へと駒を進めたのだ。観客席は「あのシンデレラは本物か」「まぐれ当たりだろう」と喧々囂々。誰もが、彼女の第二戦に固唾をのんで注目していた。


絶頂川アナ:「さあ、始まりましたトーナメント二回戦! 東より、今大会最大のシンデレラガール! 十六夜咲の登場だァーッ!」


咲が土俵に上がる。一度経験したとはいえ、一万五千の視線に晒される感覚は、まだ慣れない。だが、初戦の時のような恐怖だけではない。下腹部の奥に、あの日の“熱”が微かに残っており、それが不思議な勇気をくれていた。


絶頂川アナ:「対するは西! “不落の城壁”、“鋼鉄の隘路あいろ”の異名を持つ、前頭八枚目! 金剛寺こんごうじしのぶ、二十八歳ィ!」


現れた金剛寺しのぶは、派手さはないが、その全身が鋼のように引き締まっていた。特に、下半身の筋肉は異常に発達しており、まるで大地に根を張った大樹のような安定感を漂わせている。


天知:「金剛寺関は、派手な攻撃技こそありませんが、その“締まり”は現役最強との呼び声も高い。彼女の必殺技は『万力締め・まんりきじめ・かい』。相手の腰を一度捕らえたら、二度と離さない。機械的な、リズムのない圧迫で相手のスタミナと気力を根こそぎ奪い、不発の絶頂に追い込む、まさに“塩漬け”にするような恐ろしい技です」


「はっけよい、のこった!」

咲は、初戦の勢いのまま、鋭い腰つきでぶつかっていく。

だが、ガンッ、という硬い感触と共に、咲の腰は受け止められた。いや、受け止められたというより、まるで分厚い肉の壁に“吸収”されたかのようだ。


「なっ…!?」

咲がどれだけ腰を振っても、押しても、金剛寺の腰はびくともしない。まるで、底なし沼に足を取られたように、咲の力が吸い取られていくだけだった。


絶頂川アナ:「うご、動かない! 十六夜の攻撃が、まるで効いていない! 金剛寺、まさに“不落の城壁”だァ!」


そして、金剛寺が静かに腰に力を込める。ここからが、彼女の地獄の始まりだった。

「万力締め・改」の発動だ。

咲の腰が、じわぁ……っと、万力で締め上げられるような、逃げ場のない圧迫感に包まれる。それは、リズムのある快感ではない。ただひたすらに続く、無機質な“圧”。咲は、体中の水分が絞り出され、スタミナが急速に削られていくのを感じた。


天知:「始まりましたね。あの締めの恐ろしいところは、快感を与えないことです。普通、攻められれば体は反応し、潮を吹き、絶頂へと向かうことでカタルシスを得る。しかし『万力締め』は、そのプロセスを許さない。ただ、じわじわと締め上げ、相手が根負けして、不完全で屈辱的な絶頂を迎えるのを待つ。精神的にも非常にキツい技です」


天知は、手元のタブレットを弾き、冷静に分析を続ける。

「金剛寺関の平均締付圧は8.5kpaキロパスカル。十六夜関の初戦のデータから算出すると、彼女の持久力では、あと……そうですね、三分十五秒で強制的に絶頂させられるでしょう。勝利確率は、4.7%」


咲は、もはや為す術がなかった。悔しさと、じわじわと迫る屈辱的な快感に、再び視界が滲む。

(ダメだ…このままじゃ…)

その時だった。天知の目が、放送席のモニターに映るスロー再生の映像に釘付けになる。


天知:「……待てよ? なんだ、あの技は…」


それは、初戦で咲が放った「三日月」のリプレイだった。


天知:「従来の決まり手には分類できない…。押しでも、擦りでもない。あれは、体の内部から放たれる、局所的な“斬撃”…。まさか…! あの技は、相手の“面”による防御を無効化する。つまり、横綱・龍炎寺貴和子の『万物吸引』を破る可能性を、秘めているかもしれない…!」


データと理論の男が、初めて興奮に声を上ずらせた。

その声は、土俵上の咲には届かない。だが、咲の体は、無意識に答えを導き出していた。

(考えるな…感じるんだ…!)

咲は、万力のような圧迫の中で、一瞬だけ、全身の力を抜いた。ほんの刹那、生まれた真空の“隙間”。

その隙間に向かって、体の奥深くにある、たった一つの筋肉を、しならせる。

「三日月」!


「んぎぃっ!?」

金剛寺しのぶが、初めて苦悶の声を上げた。鉄壁の防御の内側、その一点を、鋭利な刃物で抉られたような衝撃。自慢の「万力締め」が、内部から破壊される。

圧が緩んだその瞬間、咲は残った全ての力を振り絞り、腰を押し込んだ。


勝負あり。

金剛寺の体が、痙攣しながらゆっくりと土俵に崩れ落ちる。


絶頂川アナ:「かったァァァ! またしても十六夜咲! データと理論を、無意識の天才が覆したァーッ!」


そして、再び始まる『子種拝領の儀』。

行司が咲を土俵に横たえる。二度目だからだろうか。初戦の時のような、意識が飛びそうなほどの恐怖はない。代わりに、これから自分の身に何が起こるのか、その全てをはっきりと理解してしまっている。それが、別の形の羞恥心を煽った。


天知:「おお…! ご覧ください、絶頂川さん。十六夜関の体の“受け”の体勢が、初戦とは全く違う。背中の反らし方、足の開き、腰の角度…全てが、行司の男を迎え入れるために最適化されている。恐ろしい速度で学習していますよ、彼女は!」


行司の体が、咲の上に重なる。

痛みは、あった。だが、それはすぐに、体の芯を蕩かすような、熱い快感に変わっていく。

咲は、今度は必死に声を堪えた。だが、漏れ出る吐息は、初戦の時よりもずっと甘く、湿っている。

行司から注がれる子種を、その熱を、今度ははっきりと感じ取ることができた。痛みと恐怖だけではない、本物の快感がそこにあることを知ってしまった。


儀式が終わり、一人になった咲は、土俵の上で、自分の下腹部にそっと手を当てた。

また、新しい“熱”が宿っている。

それは、勝利の証であり、強さの証。

咲は、初めて自分の意志で、その熱を「もっと欲しい」と、そう思った。

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