こんなはずじゃなかった〜後日談〜
「こんなはずじゃなかった」の何年後かのお話です。
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先に↑を読んだ方がわかりやすいかもしれないです…
ーーーボスが激怒している。
湯気というより熱波のような、暴風が一つに集まって竜巻になったような、とにかく今までにないほどの激情を持って目を吊り上げている。
正直怖い。怖いっていうか恐ろしい。
美人が怒ると怖いっていうけど、ボスの美人度は貴族生まれなのもあって陶器人形のような精巧さだ。
どうやらボスは怒ると無言になってじっと一点を見つめる癖があるようで、そのせいもあって人形っぽさに拍車をかけている。
恋人であるカイザーはその様子を側で見ながら何故か満足そうに…いや、やる気に満ち溢れている。なぜ。
ーーーボスがめっっっっっちゃ怒ってる。
この王都の歓楽街のボスに仕えて早8年。
ボスがボスになる前の、結構最初の方からお仕えしているけれどここまで激怒しているのは初めて見た。
このロワゾ、もう震えるしかできない。
「な、何と書かれてあったんです…?」
ボスの執務室にある広い広い執務机の上に、さっきまで綺麗だったのにグッシャグシャに丸められた紙が鎮座していた。
一目で分かる高級な紙からは優雅で繊細な花の香りが漂ってきている上に、本題が書かれている場所の周りをぐるりと、香りと同じ花の模様が描かれていたが、ボスが視線を左右に走らせた後に、一掴みにしたのだ。
それが収められていた封筒も掴んで同じように握り潰そうとしたボスは、その封筒に刻まれている封蝋の紋を見て一時停止し、舌打ちにしては大きい音を鳴らしながら机を叩いた。もちろん拳で。
ギリギリと、その歯はノコギリですか?という音を立ててさらに目を吊り上げたボスは、俺の問いにようやく答えてくれた。
「王家、いや、王妃から」
「へ、」
「『うちの親戚の息子たちに閨教育をしたいからあなた来なさい』と」
「え、えええええええええ!?えっ、だってボス、あんた、元第三王子の、えっ、えっ!?それって姑だった人から、えっ、…えっ!?」
「姑『予定』だった人よ。おぞましいことを言わないで。あんな死に損ないのクソババアを母と思ったことなんてないし、思いたくもない。頭の血管が切れて起き上がれなくなればよかったのに」
ボスの辛辣な言い分は当たり前だ。
王家の子たちはすでに既婚者なので、もちろん閨教育なんていらない。
だから王家から『公』のお役目はない。
ボスがボスになるまでに何度も『本人が来るように』という打診はあった。
やれ公子の夜伽をしろだとか、貴賓客の傍に侍れとか。
けれどもそういう打診を『てめえらが娼館に落としたやつを重要人物に近寄らせる?頭大丈夫か?敵をいっぱい作るかもしれないのにそんな軽率さで商売できてんの?』と比較的…何と比較できるかわからないが、比較的、穏便な言葉選びで跳ね除け続けた。
歓楽街のボスになった今はそんな打診は無くなって、常識を持っている貴族たちから正当な契約を結び、閨教育のための娼婦を派遣している。
それが、突然、この国のトップオブトップ、王家からそんな打診が来た。そんなの打診ではない。命令である。
本来なら、王家から依頼される閨教育担当は大変名誉なことだ。
血をつなぐことを義務としている貴族にとって穏便に子供ができるのに越したことはない。
過去に『間違った知識』を用いた結果、初夜を迎えたはずの花嫁が次の日絶命していた、なんてことが何件もあったらしいからことさらに。
けどもボスは元貴族な上に元王子の元婚約者だ。
元、元とついてばかりだがその全てに『因縁』がありまくり、決して王家と仲良くしたいわけじゃない。
仕事と気持ちは別であるが、どっちも同じ天秤に乗っているのだ。気持ちの方が傾くのは当たり前。
姑予定の女が、娘予定だった女に無理に体を開けと命じている。
しかも『息子たち』とあるから複数人。
そんなのボスをおもちゃにしたいだけの奴らに決まっているし、王妃としては『娼婦が調子に乗るなよ』と言いたいがあまりの『ちょっとした嫌がらせ』なのだろう。
最近、歓楽街から始まった流行が社交界にも人気になってきているらしく、見栄を張りたい王妃はご不快らしい。by 王宮に出入りのある商人(王宮からの利益が少なくなってきたので離脱予定)
ギリギリ、ギリギリ、と歯を軋ませると同時に綺麗に整えられた爪がボスの手のひらに食い込んでいく。
机の上に赤い雫が一滴二滴と垂れたのを、ハッとした顔のカイザーが手を差し伸べて、一本一本指を解いていった。
「レノ、手に傷がつく。爪を立てるなら俺の手にしろ」
「………って!!よくそんな呑気にできますね!?あんたボスの恋人でしょ!?」
「呑気にはしていない。俺の女を差し出せと言われて、腑が煮えくり返っている」
「なら「だが、これはチャンスだと思う」…は?」
ボスの吊り上がった目元にキスを落としながら、白魚のような手を愛おしそうに撫でていたカイザーは、これからを語るべく穏やかな空気を一変させる。
二ヤア、とそこらの悪党も陰湿な貴族も震え上がりそうな、悪魔のような歪な笑顔を、少しだけ機嫌を取り戻したらしいボスが『楽しそうね』と口を尖らせた。
この笑顔とは絶対言ってはいけない表情の、どこがどう『楽しそう』なのか。『愉しそう』じゃないのか。
「レノ、もう我慢はいいだろう?何、ちょっと針で突つくぐらいの話だ」
「………そうね。あの女も、何でか突っかかってくるしね」
「せっかく『それぞれ』幸せになったんだから、放っておけばいいのにな。馬鹿な奴らだ」
「本当にねえ。お望みの男を手に入れて、手と手を取り合って領地を守っていけるっていうのに、何が『嫌』なのかしら」
ふふふふ、ハハハハハ。
男女の不気味な笑い声は地の底から聞こえてきそうな気配が漂い、笑い声と共に交わされる『仕返し』はちょっと針でつつくどころではない。
確かに一本一本は『ちょっと』だが、あっちこっち突かれすぎて愚かな貴族どもと王家は血まみれになること間違いなしである。
ボスも怖いけどやっぱカイザーも怖い。でも2人ともかっこいい。一生ついていきます、ボス。
そんな思いで、2人が話す『あの女』について静かに考察を始めることとする。
もっと効果的に、ピンポイントで塩を塗り込んで海水に浸すことはできないかな、と思って。
十中八九、ボスの元婚約者と恋仲になって結婚したという女のことだろう。
辺境の地で魔獣と戦う兵士たちを癒す彼女は一定の人気があるようだが、潔癖症というか、自己基準による正義と悪が絶対と思っているというか、そんな印象をここに乗り込んで来た時に感じた。
『どんな事情があっても女性が体を売る仕事なんて汚い!やってはいけないことよ!』
『夫に頼んで私が助けてあげるわ、だからもうこんな仕事はやめて』
『やめた後は一緒に暮らしましょう。夫はあげられないけれど、使用人としてならきっと仲良くなれるわ』
自分で言うところの『汚い仕事』へ突き落とした張本人のくせに、面と向かって堂々と、何なら胸まで張ってそう言い切る神経が分からなかった。
しかも『買う側』は悪くなく、『売る側』が全面的に悪いらしい。
『需要と供給って知ってる?知らないか、お花畑の花は売れないものね』と暗に『不愉快』と言い返したボスは、見惚れるぐらい綺麗だった。
一瞬ポカン、と口を開けて固まったあの女は馬鹿にされていることには気づいたらしく、薄桃の唇を噛み締めて黙りこくった。
おおかた、『汚い仕事をしているあなたに救いの手を差し伸ばせる私』に酔っていたんだろう。
歓楽街の仕事が声高に言えるような仕事じゃないのは重々承知しているが、そこでしか生きられない、という人間には最後の砦なのだ。
そこに手を差し伸ばせる自分はすごい、と言いたくなる気持ちは分かるが『あげる』ってなんだ。上から目線が気に食わん。
というか『あげる』も何も、ボスは自力で立ち上がった上に周りに救いの手を『差し伸べた側』だ。
ボスのおかげで何人が健康を取り戻し、連日無理に体を売らなくても生活ができて、何なら信頼と実績のある愛を得られたのかと思うのか。
歓楽街の治安だってそうだ。そりゃあ酔っ払いはいるけれども、前みたいに薬だ裏取引だのが無くなったのは、ボスがあっちこっちでボロを着ている人を雇ってちゃんとした生活を送れるようにしたおかげで、『他人のものを奪ってまで欲しいものはないかな』と変わっただけだ。
孤児の子どもたちも、孤児院の外にどんな仕事があって、どんなことができるのか働きながら学べているし、着実に自立の目処を立てている。孤児を雇うと決めたボスのおかげで、給仕中に目に留まった何人かの子はボスからの『派遣』の名目で貴族のお屋敷でメイドやフットマンをしている。
こう、何というか……絵本の世界がそのまま現実であり、そうじゃなければ許さない、そんな感じのおかしな女だった。
自分の周りで人間関係のいざこざは『起きてはならず』、借金とか政略とかを理由に男女は『結婚してはならず』、妻とも仲良くできる元カノが『いなければならず』、『自分を中心として』平和が広がっていく。
そのようなことをあの女は言っていた。たぶん。
言い方は違うが、わかりやすく言葉にするならこんな感じだったはずだ。たぶん。
元第3王子はこんな頭のおかしい女の何が良かったのかと本気で思った。どこか清廉潔白。
百歩譲って潔白だとして、清廉の意味を辞書を引いて学び直せと言いたい。
確かに見た目は可愛いかもしれないが、各種の美人が揃っている娼館で慣れると雑草レベルである。
自身の毒々しさを自覚せず、チラチラ言葉の節から滲み出ているあたり、三流も三流。確実にリピーターは来ないだろう。
孤児たちの話を思い出してもそう思う。
ある日…といっても最近だが。色んな店の給仕や配達を請け負っている孤児たちが『変な女が来た』と不快そうに教えてくれた。
『かわいそうに、かわいそうに、っていうだけで追加の仕事くれるわけじゃないんだよ』
『ていうか、かふぇ?で奢ってくれるって言ってたけど、配達の邪魔だから走って逃げてきた』
『私も走って逃げてきた!今より安全な場所で働けるって言うから話聞いたけど、例の変態おじさんのとこでお世話だって。あの人、殴られて泣く子どもを見てコーフンするって噂だもん。その噂知らなかったのかな』
最後の子供が逃げる時に聞いたのは『娼館で働くより貴族のお屋敷の方がいいでしょ!?』だそうだ。
良いわけあるかい!!!!やってることは娼館より悪いわ!!!!一万歩譲って貴族のお屋敷の方が良くても、ボスお墨付きがなきゃ無理!!!
あの人の選んだ派遣先は安心安全かつ健全な労働を求められているところばかりで、下心と暴力の一欠片もないっつーの!!!!!!
「清廉潔白かと思ったらただの潔癖だった女だったからうまくいってないんでしょうねえ、元王子。あの女も女で『絵に描いたような私だけの理想の王子様』についていったら、魔獣だらけの娯楽のない土地に行くことになって…ちょっとは譲歩したら領民も増えるだろうにね。自分の目に見えない場所に建てれば良いだけなのに。あれ、あの女の名前なんだっけ」
「「思い出さなくていい/です」」
「そう?じゃあいいか。さーて、王妃はどうしようかなー?ウチ、外国のお客様もいるのよね」
ちら、と俺を見てきたボスは優雅に、けれど悪そうな笑みを浮かべて『ね、ロワゾ』と。
昔ながらの紙タバコに火をつけて大きく吸い込んだボスは、3人の名前を告げた。
その3人の名前に、にっこりと笑う。
「ギッタギタにするのが楽しみですね。あ、効果が出てきたら店を休んで祝勝会しましょう」
「人のこと言えないわよ、ロワゾ」
「貴族たちの様子を記録した映像を大画面で用意して、みんなで見ながら安い酒飲んで笑いませんか?」
「いいなそれ。任せた」
「カイザーもそんなこと言っ…待って?その映像って?揃えられるの?なんで?おかしくない?今から指示を出すのよ?」
「ボスのためにずっと用意していました」
「え」
「ずっと、用意していました」
全てはボスのために
いつか必ずこういう時が来ると思って、カイザーと相談しながらいつでも冤罪を晴らせるように準備していた。
その結果、誰がどんな被害を被るのかを笑いながら見るための準備も欠かさずに。
慇懃に一礼すれば、返す言葉を失ったボスはタバコから灰を落としたものの、「やっちまったなら仕方ないね、やるか!」と満面の笑みで親指を立てた。
(そうだ、祝勝会にはあの女と元王子も呼ぼう。椅子に縛り付けて、自分たちの罪を見せつけてやろう)
自分たちが何をして、誰が、どうなったのか、当事者として知っていなくては。
最後に孤児たちの感想もまとめて流したらどうだろう。
従業員を大事にしているボスのことだ。『ありえない』とか『こんなはずじゃ』とあいつらが言った瞬間、きっと。
ボスが手を下さなくていい。汚れ仕事は俺らがやるのだから。
その日が来るのが本当に本当に楽しみでさらに笑みを深めた。
◾️
歓楽街の悪巧みの次の日、とある男爵の不正が騎士団に垂れ込まれて一騒動起きた。
なんでも、平民の愛人に産ませた男児を嫡男として登録したとか。
そのせいで男爵家は離婚だ契約違反だ貴族法の違反だとすったもんだだという。
その次の日は子爵家二人が検挙された。
2家は共謀して宝石の原石を別の領地にある鉱山から盗み出して利益を上げていた。
その次は伯爵、次の日は子爵、その次の日は大商会のドラ息子、さらに次の日は侯爵家に飛んだ上に、最後は王家の『冤罪ふっかけ事件』まで暴露された。
残念ながら冤罪をかけられた令嬢の『魔力なし』の偏見を取っ払うまでにはいたらなかったものの、歓楽街を取り仕切り、従業員を大切に育てる方針はあらゆる業界で注目を浴びて、色んなサロンからお声がかかるほどになる。
が、呼ばれた本人は『この国に納める税金はない』と従業員から店からまるっと二つ隣の国に移動したので誰も現在の姿を知る者はいない。
これで焦ったのは意外にも王家だった。
合法カジノから納められる税は国家予算の重要部分を賄えるほど膨れており、それがすっぱりなくなったのと、いち早く近隣諸国から『これからの外交は控えたく』と手を引かれたので。
何かある前に規制をかけておけばよかろうものを、今までにない『カジノ運営』で判断を間違えたと、経営者の経歴から国が『裏切らない』と甘い思い込みをしたからだろう、と。
政策を取り扱う真面目な新聞社からの、そういうコメントだった。
◾️
「私は悪くない!!!!!私のために何かした人たちがたまたま悪い人だっただけで、悪い人が犯した罪に私は関係ない!!!!」
なんでこんなことになったんだろう。
何度そう思ったか分からないけど、悪いのは私ではない。それだけはわかる。
わかる、はずなのに。
国中で起きている貴族や商人の不正。
それらが一つ一つ暴かれては色んなお屋敷で、店で、法廷で、怒って嘆いてうなだれる人たちが映されているのを縛られながら見せられて、口から出たのはさっきまで裁かれていた人と同じ『私は悪くない』の言葉。
大きく映し出されている断罪の場でワインボトルを開け、良い香りがする食事を笑いながら食べている『娼婦』に『男娼』『用心棒』の集団…汚くて汚くて嫌になる獣たちは、そんな私の声に一瞬沈黙した後、ゲラゲラ笑いながら獣の主人である『落ちこぼれの侯爵令嬢』に「なんか言ってますー」と報告した。
そんな報告を無視した彼女は、以前の無表情はどこへやら、大きく口を開けてエールを喉に流し込んでいる。
「はっはぁ!!見ろ!!あいつ前に私を口説いてきたやつだ!大事な息子に蹴られてやんの!ざまあ!!!」
ぷはぁ!と気持ちよさそうな声と共に自身の膝を叩いた彼女に『貴族の矜持』はどこにもない。
その宣言に、さらに獣たちの宴は盛り上がる。
まるで私が、王子とその妻がいることなんてなかったかのように。
同じく椅子に縛り付けられて隣にいる夫は、あの女の肩を抱いている褐色肌の男に釘付けだ。
「そんな、将軍が、ばかな」とうわ言のように呟いている。
役立たず!!!
この私が、治癒の魔法を使える貴重なこの私がわざわざ魔獣が出る地にまでついていったのに、夫は『娼館を建てたい』と言った。
兵士の士気が、とか領民の娯楽が、とか色んな理由を並べていた気がするけれど、きっと自分も利用したかっただけなのだ。
私がいるじゃないかと思った。
治癒魔法を使ったら疲労が溜まる。
ずっと眠っていたいけれど、連日魔獣の襲撃で負傷者が出ればそうもいかない。
夫と一緒にいる時間が減って何日も顔を合わせない日が続いたけれど、だからといって娼館を利用していい理由にはならない。
私は悪くない。
悪くないのに夫は学園にいた時よりそっけなくなり、しかも、元婚約者のあの女に会いに行ったというではないか。
許せない。私以外の女に会おうなど。
『落ちこぼれの侯爵令嬢』は今では『歓楽街のボス』と呼ばれ、王都の治安を向上させたばかりか多額の税を納めているという。
殿方を誘惑して操っているだけの女狐に、ちょっとでも情けをかけたのが悪かった。
私が王子を愛してしまったから、とちょっとした罪悪感を感じたために、あの女は逆恨みしたのだ。
救い出せるはずだった。どんな人も私が本心から涙を流せば改心してくれるはずだった。
のに、レディ・トゥーランドットは、かつてのエレノア侯爵令嬢は、汚い人間に囲われて幸せそうにしている。汚い場所にいるのに。
ちら、と私たちを見た視線は二度とこちらを見ることはなく、目の前の断罪劇に興味津々だ。
体に縄が食い込んだ。痛くて逃げ出したいけれど、逃げ出せない。
悔しくて悔しくて唇を噛み締めていたら、ようやく夫が叫んだ。
「おい!!こんな復讐をして本当に楽しいか!!??それでお前は救われるのか!!」
よく言ってくれたわ、と深く頷いて夫と視線を合わせれば、ようやく夫と繋がれたような気がして幸せを感じ「あんたの母親が私をおもちゃにしようとしたから反撃しただけだけど」…て、え?
エールからワインへと変えた女は、優雅な足取りでヒールを鳴らしながらこちらに近づいてくる。
ゆらゆらと赤い液体を揺らしながらグラスを手にしている『ボス』は私たちの前にしゃがみ込み、ほのかに染まった頬で微笑んだ。
その言葉に、私たちにとっての絶望を乗せて。
「それに、復讐しようがしなかろうが過去は変わらないんだから、復讐した方がスッキリするじゃない?」
「そん、な、勝手なことが、!」
「許されますー。そっちも勝手なことやったんだからおあいこですー」
「なっ」
酔っているのか、しゃがんだままグラスを傾け、飲みにくくて立ち上がった女がふらついた。
それを瞬時に支えた褐色の男は、見惚れるほど穏やかな顔で女を横抱きにし『そんなのに構うな』と元の場所に帰っていく。
「元理想の王子も、慈愛の象徴とか言われてる元伯爵令嬢も自覚した方がいいですよ。うちのボス、もう王家より民衆から信頼あるんで」
もうこっち見んな、と獣たちが喚いたので私たちはカーテンの裏に隠された。そのカーテンの隙間から顔を出した誰か…あの女の秘書だったろうか…男が一人、カーテンが閉じられる寸前に止めて、そう言った。
「そりゃそうですよね。その日暮らしの人たちに一ヶ月に一度炊き出ししたり、着服されると知っていて寄付だけする貴族や王家より、劣悪な環境で死んでく人たちに医者を手配したり、文字が読めない人たちに教育したり、いろんな人に職場を紹介したりしてるボスの方がよっぽど『良い支配者』です」
「「!?」」
「こんなはずじゃなかった、ってたまにボスはいいますけど、その後に必ず『それでも幸せだから、まあいいか』って言うんですよ。…てめぇらとちがってな」
恨みと憎しみと嫌悪が滲んだ冷たい眼差しに、取りすがろうとしてももう遅かった。
ぴっちり閉まったカーテンの向こう側で、楽しそうで幸せそうな笑い声が満ちている。
断罪の映像は終わったのか、次は無邪気な子どもたちの声で『ボス、給料くれてありがとー!』とか『殴られなくてすんで助かった!』とか『ゴミを漁らなくなったんだよ!服も綺麗になった、なります、なりまし、た!!』と聞こえてきた。
ずくん、となぜか心臓のあたりが痛くなる。
「…こんなはずじゃなかった、」
静かに夫がそう言ったのに、私だって、と小さくこぼした。
意外にも、これ以上の乱暴をされずに解放された後は王都から逃げるように領地に戻った。
もう絶対、必ず、『裏の世界』には関わらないと決めて。
読んでいただきありがとうございました!!
ここまで書いといてなんですが、伯爵令嬢、こりてません(何)
ちょっと私も悪かったかなー?と思ってはいても『真実の愛』が一番優先される価値観なので。
レノとカイザーも真実の愛なんだから優先されてもいいんじゃね?というのは、自分が幸せじゃないので許してません。
とはいえ、追い込まれてる上に『役立たず!』とまで思ってても夫と添い遂げる覚悟はあるらしく、そこだけは天晴れとしか。
元王子ねーーーーちゃんと領民のためって説明したのに妻に信じてもらえずかわいそうにねーーーー自業自得だけどねーーーー
ボスの実家?
そっちは魔力至上主義な上に婚約破棄は王家に従ったまで、というスタンスで、不正もしてないので今回の断罪劇からは逃れてます。
ただ、醜聞はついて回っているのでこの後没落します。