は諦めない
「そう……そう言う事だったのね」
深夜、蒼葉アキルは夢から目覚める。
それに呼応する様にアー子が目前に現れる。
「ようやっと答えに行き着いたか。正直今回は間に合わないと思っていたが生命とはわからんものよなぁ」
いつもの不敵な笑みとは違うしみじみとした顔で魔皇の残滓は微笑む。
「それでは儀式を始めよう、蒼葉アキル。次代の魔皇よ、やることは分かっておろう?」
「ええ、もちろん」
「ならば、これにて余の役目は終いじゃ。後はお前次第じゃ……さらばだ良き器よ」
そう言い残し彼女は私の中に溶け込み、力を残して消えていった。
「次は私の番……か、行くとしましょうか」
そんな独り言をこぼし私は屋敷の外に静かに出ていった。
そうして天を仰ぎ両の手を重ねようとした時、不意に後頭部に鉄の冷たさが走る。
それは銃口の冷たさであることを私は知っている。
「こんな真夜中にどこ行くつもりだい、アキル?」
「ケイト、起きてたのね。夜更かしはあまり良くないわよ」
「こちとら常に気ぃ張ってるからすぐ気づいて起きちまうんだわ。で、どこ行くんだよ?」
「……分かってるくせに」
「まぁな、お前との付き合い長えからな! ……帰って来れないんだろ?」
「そうよ、そしてそれ以外の選択肢は無いの」
「は! 女々しいねぇ! らしくねぇじゃねぇか?」
「……」
「またアタシ達は力になれないのか? なぁ、何とか言えよアキル!」
「ごめん、けどこれは必要な事なの。この星の……この宇宙の存続には必要な事なのよ」
「意味不明だな、だけど勘で理解したぜ。お前、また犠牲になるつもりだな?」
「ある意味ではそうね。けど、すぐに忘れられるわ」
「……もう一度聞くぜアキル、アタシ達は力になれないのか?」
「なれない。だから静かに眠りについて、ケイト。それがきっと一番幸せな選択だから」
「……力づくで止めてやりたいけど無駄だな、アタシじゃ今のアキルには勝てない。けど、せめて見送りくらいさせろよ」
そう言うとケイトは銃口を下げた。
真後ろにいるから表情は見えないけどきっと見るべきじゃない。
決心が鈍ってしまうから。
「そう、ならそれくらいは良いわよ」
「おう! 行ってこい!」
「さようならケイト、私の大切な家族」
そうして私は天に掲げた両の手を重ねる。
瞬間、私の身体は光に変わり遥か宇宙の果てへと飛んでいく。
「………………馬鹿野郎」
間際に聞こえたその声は微かに泣いていた。
◇◆◇
———アキルが旅だったのと同時刻 蒼葉邸前にて
「あっけねぇな……さて、アタシも寝るか」
ケイトが屋敷に戻ろうとした時、怒号が響く。
「チクショウ!間に合わなかったか!」
その声の主は聖装を展開したクレアだ。
一緒に静葉も奇蹟と聖装を展開して現れる。
「何だお前らか……アキル殺しに来たんだろ?わかるぜ」
ケイトは静かに殺気を向ける。
「……あぁ、そうだ。だが、それも意味なくなっちまったな」
クレアは戦闘体制を取りながらそう答える。
「そりゃそうか、お前らは宙の果てまでアイツを狙う手段を持ってない。精々やれてリリスかシェリーくらいだろうよ。だから今回は矛を収めてやる。帰れ」
殺気に満ちた声でケイトはそう告げる。
「……そうだな、もうこの任務は達成不可能だ。シェリーもリリスも協力しないだろうしな」
クレアはそう言って自身の聖装を解き、静葉にも聖装と奇蹟を解かせた。
「嘘だな。クレア、今のお前からは途方もない力を感じる。その気になれば世界さえ弄れちまうような力を、な。お前がその気になればアキルの存在ごと消滅させられるだろうよ」
そう言ってクレアは銃口をクレアに向ける。
「ああ、出来る。が、やりたくねぇ。アタシは友達が命懸けでやろうとしていること……世界を延命させようとしていることを邪魔するほど野暮じゃねぇよ」
クレアは殺気だったケイトの瞳を見て告げる。
そこに嘘偽りはない。
静葉はただ黙ってそれを聞いている。
「……そうかい、なら安心した。出来ればアタシも友達殺しはしたくないからな……」
そう言ってケイトは銃口を下げた。
「なぁ、ケイト、お前は……お前は本当にこれで良かったと思うか?お前がその気になればアキルを止めることもできたはずだ、それなら……」
「は!今のアイツには誰も勝てねぇよ。それに……」
ケイトは一呼吸置いて語る。
「アイツの意思を、親友で家族であるアイツの意思を無視するなんて無粋がすぎる。アタシはアイツに居て欲しかった!犠牲になんかなってほしくなかった!けど、アイツはそれを選んだ、自らの意思で!……それを無視できるほど人間として終わってないんだよアタシは」
そう言ってケイトは涙を流す。
普段の彼女から考えれば絶対にあり得ない光景、それが今この時だけは広がっていた。
「……そうか、お前はアイツの、アキルの相棒だもんな……そりゃ辛いだろうよ」
「……アタシは……アタシは力になれなかった、それが悔しくてたまらない!アタシはどうすれば良かった?!無理矢理にでもアキルを引き止めるべきだったのか?!そうすれば今まで通りの日々を過ごせて……いつか来る終わりを迎えられたのかもしれねぇ……けど、アイツは……アキルはその身を犠牲にして世界の存続を優先した!そんな決断をしたアイツをアタシは止めるなんて……」
そう言ってケイトは泣き崩れる。
クレアはケイトに近づいて抱きしめる。
「アタシだって友達殺しなんざしたかねぇよ!けど……けど!」
クレアも泣き崩れる。
静葉も涙を流す。
そう、誰も悪くない。
悪くない故に救いがない。
アキルは自らの意思で犠牲になることを選んだ。
それがどれほどアキルが怖いのか、辛いのか、悲しいのかは友達である3人には……アキルを知っているものには理解ができる。
故に救いはない。
アキルは自分よりも大切な人々を優先してその身を犠牲にした。
嫌ならそんな選択肢を取らなければ良いだけなのに。
それでも選択した。
故に彼女らはアキルの選択に介入しない。
できるのはただ涙を流すことだけなのだから。
◇◆◇
星の最果て、原初の渦、深淵たる宮殿。
この物語の外側から侵食してきた神話の最高神が微睡む地に降り立つ。
「あれが深淵の玉座、か……」
私の見据えるはるか先にある巨大な玉座。
その後ろで蠢く煌々と輝く白とも黒とも言えない太陽の様な塊、魔皇アザトースの一部。
私が見た夢……正確には前の封印者の記録から分かった事。
それはこの世界にアザトースは最初からいないと言うこと。
アザトース……彼から始まる存在は他の世界に侵食、侵略し歴史を作り変え自らをその世界に根ざす世界侵食型生命態であると言うこと。
人類はおろか、全宇宙生命を持ってしても最初から勝てる様なものではないのだ。
だからこそ彼ら彼女らは自らアザトースと一体化する道を選んだ。
その結果が魔皇の微睡み。
世界への侵食を少しでも遅らせるためのシステムだ。
少しでも長く時間を稼ぎ、いつかアザトースを撃退する手段が生まれるのを待つ為の時間稼ぎ。
その為に多数の惑星の生命が自らを贄にしてきた。
そして、次は私の番だ。
一歩ずつ祭壇を登る。
アザトースと一体化したものは歴史から無かったことになる。
最初から存在しなかったと定義され、その存在を抹消される。
消えるのは怖い、忘れられるのは嫌だ。
けど、それでも大切な人達が生きる為に私はこの身を捧げます。
祭壇を登り切る。
そこにある小さな玉座の前には前任者が佇んでいた。
強烈な殺気を放ちながら。
アザトースと一体化すると言うことはアザトースから侵食されるという事。
つまりはアザトースの尖兵になると言うこと。
私の儀式は前任者を終わらせ、新たな魔皇となる事。
即ち———
「変身極天魔導師!」
白を基調としたドレスの上から鎧を纏う。
さながら闘う姫の様な姿。
私とアー子の合作魔術、是を持って目前の敵を撃滅せん!
「……」
彼が手を振り上げると共に無数の巨大な剣が天から降り注ぐ。
ならば!
「是なるは桜の模倣! 世界を覆う天蓋! 模倣『桜花・七天』」
桜色の結界を天空に向かって盾として展開する。
これは光美と美影の結界を応用して模倣した最強の盾!
そして刃は!
「是なるは不知火の模倣! 次元さえ切り拓く開闢の一刀! 模倣『不知火流・次元斬』」
雪奈の究極の一刀、いつか辿り着く未来を模倣した一刀を具現化する。
これなら……
「……」
しかし彼は倒れない、倒れることを許されない。
肉体の半分が消失しようとアザトースで再生され生かされ続ける。
………………。
「是なるは紅き獣がいつか辿り着く究極、願わくば貴方に静かな結末を……『紅き弾丸』」
ケイトがいつか辿り着く結末。
究極の弾丸。
安らかに静かに必ず殺す一閃を頭部に打ち込む。
「……」
「…………」
「……………………」
彼は膝から崩れ落ちそのまま塵となって消えていく。
「……お疲れ様。名前も知らない貴方。どうかその眠りに安らぎを」
彼に対して言葉を放つ。
数瞬の後パチパチと拍手が宮殿に響く。
「おめでとう御座います! 原生生物! あなた方はまたもや我が父の眠りを続ける事に成功しました!」
現れたのはニャルラトホテップ、しかも私のよく知る荒井月だった。
「……やっぱり私、アンタ嫌いだわ」
「これはこれはひどい! 喜びなさい、貴方のおかげで世界はまた破滅から少しだけ助かるのですから!」
「…………」
「さて、ンンン! 我らが新たなる魔皇に祝福を!」
ニャルラトホテップがそう告げる。
その言葉に続いて私は玉座に着く。
是を持って蒼葉アキルと言う人間はあらゆる歴史から抹消される。
玉座に座するのは新たなる魔皇、かつて蒼葉アキルだったもの。
頭部に掲げる歪曲した大角、漆黒のドレス状の鎧、全てを見通す碧眼。
ここに新たな魔皇は成ったのだ。
そう、永劫に思える時をかけてその身を真の魔皇に堕とすその時までずっと。
「あぁ、ニャルラトホテップ? 言っておくけどあんまり原生生物舐めない方がいいわよ? 幾億星霜かかろうときっと魔皇を打ち破るものが現れるのだから」
「そうですか、それは楽しみですねぇ。まぁ、それまで封印が続くといいですがね?」
ニタリとニャルラトホテップが嗤う。
ええ、きっといつか魔皇を倒すものが現れる。
だから私はその者が現れるまで耐え続けるだけ。
永劫に近い時を微睡んで———




