『暴食』ベルゼブル
———東京上空 ヘリコプター内にて
「何ですか、これ……」
思わず口から言葉がこぼれる。
東京中に張り巡らされた肉の触手が人と繋がり、繋がった人は死んだように動かなくなっていた。
悪臭と無数の巨大な蝿と蛆が蠢くその様はまるで腐った肉でできた町だ。
「相変わらず趣味悪いなぁ、『暴食』は。さて、ジョン! 肉張り巡らされて何時間経過した!」
「1時間だ!」
二人はそう会話し、ジョンさんの答えを聞いてクレアが顔を歪める。
「マズイな……リミットまで1時間しかねぇ! シズハ! アタシに掴まれ! 聖装使ってソッコーで行く!」
「行くって、どこへ⁈」
「スカイツリー! あの糞虫の事だ、間違いなくあそこにいる! それに、右目で見えてるしな!」
そう言ってクレアは私が掴まったのを確認すると、聖装のブースターを全開にしてスカイツリーまで飛んでいった。
◇◆◇
食とは素晴らしい。
故に私は最上の美食を求める。
それはやはり人間だ。
特に絶望した人間は実に美味だ。
長らく味わっていなかったからか待ち遠しくてたまらないが、それもまた良いスパイスとなる。
そして、これから来る来客は極上の料理となるだろう。
故に心が躍る!
血が湧き立ち、腹が減る。
さぁ、来るがいい我らを倒した聖女よ!
その極上の身を喰らうのが楽しみで仕方がない!
◇◆◇
「さぁて、変態美食家の食卓まで後少しだぜシズハ! 奇蹟の準備しとけ!」
クレアがそう告げる。
私は自分の精神を集中させて奇蹟を解放する。
「奇蹟起動、『生命の樹』展開完了」
ただ静かにそう呟く。
既にスカイツリーは目前に迫っていた。
「そんじゃ、景気良く行きますか!」
クレアがそう言うと右目が光だす!
え?
何それ聞いてないんだけど⁈
「デストラクション・ビーム!!!」
クレアが叫ぶと同時に赤い光線が瞳から放たれる。
それは見事にスカイツリーの展望デッキを貫いた。
……は?
「ンンン! さっすがグレン! いい出来だぜ!」
「何ですか、何ですか! 今の何ですか!!! 説明してください!」
「何って……ビーム?」
「そうじゃないでしょ! ああもう!!! 終わったら詳しく聞きますからね!」
そんな会話をして撃ち抜かれた展望デッキに突入する。
そこに一人の初老の紳士風の男がいた。
「随分と品のない行為をするのだな、クレアよ。それと、貴様は『強欲』が言っていた新たな聖女か」
「よう、久々だな『暴食』とりあえずあのキモい触手無くせや」
クレアが『暴食』に告げる。
「言われて私が無くすと思うか?」
「思わねぇよ、シズハ、コイツぶっ殺すぞ!」
「はい!」
「行儀の悪い聖女達だ、固有世界展開」
あたりが晴れる、見渡す限りの白い大地と巨大な食器。
これは言うなれば巨大なテーブルだ。
「聖女の肉は美味いと相場が決まっているが……さてはて、どう料理したものか」
そう言って『暴食』は自らの体から巨大な蝿の羽を生やし飛翔する。
瞬間、私は紫の光……『基礎』の権能を使う。
この権能は文字通り基礎に干渉する。
即ち……
「羽が抜け落ちたか、面倒な奇蹟だ」
私は『暴食』を人と定義しそれを基礎として刻み込んだ。
人に羽はいらない。
だから、『暴食』の羽は抜け落ちた。
続けて緑の光……『勝利』の権能を振るい、無数の光の剣で追撃する。
「物を投げるとは、はしたない聖女だ」
『暴食』は当然のように全ての刃を弾くが関係ない。
そのまま剣を槍に変え串刺しにする。
「ふむ、些か面倒だとは思ったが訂正しよう。貴様は脅威だ。故に名乗れ、聖女」
串刺しになりながらも余裕の表情で『暴食』は私に名を問う。
「地獄の底まで覚えていきなさい! 我が名は静葉! 神手静葉! 貴様ら魔王を封ずる者!」
「ほう、それが貴様の名……」
『暴食』が言い切る前にその身体が光の刃に貫かれる。
「おいおい、アタシを忘れるなんてひでぇじゃねぇか『暴食』? 互いに殺し合った仲だろ?」
突き刺したのはクレアだ。
そして光の刃を放つのは銀色に変色した義手だ。
そのまま、クレアは『暴食』を両断する。
「シズハ!」
「分かってます! 『王冠』起動、炎の王冠よ焼き尽くせ‼︎」
「がァァァァア?!」
『暴食』が灰になって消えていくと同時に『強欲』の時と同様に門が現れ吸い込まれていく。
同時に固有世界が解け、元いた場所に戻る。
肉の触手や巨大な蝿や蛆はもういないこれで……
「シズハ、耐えろよ」
「へ?」
しばらくして町中から悲鳴と絶叫が響く。
なんで?
魔王は倒した筈なのに、何で悲鳴が?
「あの触手は寄生したやつを溶かす。そんでもってそれには個体差があるが大人なら2時間以内なら助かる。逆に子供は1時間と保たねぇんだよ……」
「は?」
1時間と保たない?
つまり私はたくさんの子供を助けられなかった?
それに溶かすって……
胃から嫌なものが込み上げる。
私は我慢しきれずその場で吐いた。
「シズハ、これは仕方ねえ……とは言えねぇかもしれねぇ。けど、お前は最善を尽くした。だから……」
クレアが手を差し伸べるが私はその手を叩く。
「慰めのつもりですか! 私はまた救えなかった! もっと早くに来れてれば救えたかもしれない命を救えなかった! やっぱりもっと力が必要なんだ!」
「シズハ」
右頬に痛みが走り私は後ろに倒れた。
クレアに殴られたことに気づいたのはその後だ。
「いいか、救えない命だってある! 何でもかんでも救えるとしたらそれは神だけだ! そんでもって神なんざいねぇんだよ! お前は十分頑張った、最善を尽くした! それだけ考えろ! そうじゃなきゃこの先お前は壊れちまう!」
クレアが私の両肩を掴んでそう語る。
「それでも……私は救いたい、救わなきゃいけない! もっと強くならなきゃいけない!」
気がついたら私は涙ながらにそう叫んでいた。
だって、こんなの酷すぎる。
こんなの救いがなさすぎる。
私が救う。
私が救わなきゃダメなんだ!
「……そうか、とにかく今は帰ろう。アタシ達にはもう何もできない」
そう言ってクレアが再び手を差し伸べる。
その手を掴み。
私は失意の中、教会への帰路についた。




