予玖土町恋愛譚
———予玖土町 蒼葉邸 深夜 クリスの部屋
私……クリス・フォスターは今、死ぬほど悩んでいる。
過去に類を見ないレベルのミッション、失敗は許されない、許されてはいけない。
「……お嬢様とデート」
不意に口から溢れる。
そう、明日は恋人同士になってから初のお嬢様とのデート。
故に悩む。
正直、お嬢様と二人だけで行動する事は恋人同士になる前からもあったが殆どが仕事関係の時だ。
そう言うことを抜きに純粋に二人だけと言うのは本当に初めてだ。
始まりは他愛もない日常会話だった。
今朝のテレビでたまたま見たデートスポット特集の話をお嬢様に振ってみたら『よし、じゃあ明日デート行くわよ! クリス!』と即決されてしまった。
全くもって嫌じゃなかった。
むしろすごく嬉しかった!
だって、初めての恋人らしいイベントなんだから楽しみじゃないわけないじゃないか!
が、今になって冷静になると中々まずい。
何せ、デートって事は私服なのだが、何を着ていけばいい?
と言うか、デートって作法あるのかな?
……軽く調べたがあまりにも多すぎる。
故に、私は今死ぬ程悩んでいる。
睡眠時間を削りながら明日のイメージトレーニングに励む。
失敗なんてしてたまるか!
せっかくのお嬢様との初デート、絶対に成功させるんだ!
———翌日
やっちまった。
あの後、結局一睡もできなかった。
とにかくシャワーを浴びて朝食の準備……はトマスさんがやってくれる事になってるから、服! 着ていく服! お嬢様の傍にいるのに相応しいやつ! つまりは執事服! ……あれ? 相応しいとは言ってもデートに執事服は無いよなぁ……かと言って制服はもっと無いし……もしかしなくても詰み? 始まってもいないのに? いや待て、仕事用に買った私服! アレを使えば……
不意に部屋の扉がノックされる。
「クリス、ちょっと良い? 今日のデート、私のわがままで申し訳ないんだけど先にクリスだけ待ってて欲しいの。場所は携帯に送ったから! もちろん待たせるだけの価値のあるものになるわよ! ……多分!」
扉越しにお嬢様はそう言って走り去る足音が聞こえた。
「ハードルが上がった……」
つい口からこぼれてしまった。
とにかく一旦シャワーを浴びて冷静になろう。
———生羅無大公園 狼像の前
結局あの後、館内でお嬢様と会う事はなかった。
私は自分で考える限り一番良い服装に着替えかなり早めに待ち合わせ場所に来た。
と、言っても白のTシャツとその上にジッパー付きの薄手の黒いパーカーと紺色のジーンズにスニーカーといった感じだ。
……正直、本当にこれで良いのかすごく怖い。
そもそもデートって何着ていけば良いか全然分からないし!
と言うか、結局色々調べたけど実践できる気がしない!
世の恋愛中のカップルってこんな難題ずっとこなしてるの? 超人か何かなの?
閑話休題
とにかく、今は待つだけで良い。
結果は後からついてくるんだから。
そう、いつも通り……
「待たせてごめんね、クリス。その……似合ってる、かな?」
声の方を見る。
そこには純白のワンピースを着た天使がいた。
「と、とても似合っています! お嬢様!」
その回答を聞いてお嬢様は嬉しそうに笑みを浮かべた後、少しむすっとした。
「クリス! もう恋人同士よ? なら、相応の呼び方があるんじゃない?」
ふふ、とお嬢様は意地悪そうに笑う。
相応しい呼び方なんてわかってる。
わかってるけど正直恥ずかしい!
それでも、お嬢様にそこまで言わせて応えないのは最低だ。
だから、意を決して口に出す。
「似合ってますよ。ア……アキル」
「ふーん、敬語やめないんだ」
「いや、それは……」
「私はちゃんと素を出してるのにクリスくんは隠すんだ、ふーん」
楽しそうにアキルは意地悪を言う。
正直、敬語もだいぶ素ではある。
けど、それは後から覚えた事だ。
だから……
「分かったよ、アキル。これで良いか?」
昔の……俺だった頃の口調に戻す。
正直、この口調は今は得意じゃないがアキルが求めるなら構わない。
「良くできました! じゃあ、楽しいデートを始め……」
アキルの言葉が止まる。
手持ちのバッグの中身を漁ってるのを見るに予定表を無くしたのか?
アキルらしくない。
……いや、なるほど理解した。
「アキル。もしかして、ケイトに身支度手伝って貰った?」
「え? 確かにこの服見繕ってくれたのもケイト……あ」
どうやらアキルも理解したらしい。
「ある意味ケイトらしいな。ハプニングを楽しめって事じゃないか?」
「でしょうね。帰ったらシバくわ」
ぐぬぬ、とアキルが顔を膨れさせる。
正直それだけでも可愛い。
「だったら、適当に町をブラつかないか?」
アキルに提案してみる。
今の俺はアキルと一緒にいるだけで十分楽しいし嬉しい。
アキルはどうかわからないけど。
「……まぁ、そう言うのも悪くない、か。じゃあ、はい」
アキルはそう言って白く綺麗な細い手を差し出す。
「折れないよな?」
「そんなやわじゃないわよ!」
ちょっと意地悪を言ってアキルの手を握る。
白く細い透き通った手から仄かに感じる温かさが確かに伝わった。
「さぁ、行こうか! アキル!」
そう言って、俺はアキルの手を引いて2人で町に繰り出した。
◇◆◇
普段の執事服や制服とは違うラフな姿のクリス。
いつもと違う本当の口調のクリス。
私のことを『お嬢様』ではなく『アキル』と呼んでくれるクリス。
どれもが新鮮で愛おしい。
今までこんなに充実したことなんてあったかしら?
最初はちょっと意地悪をしてしまったけど、クリスは嫌がらずに応えてくれたのがたまらなく嬉しい!
……これが幸せってことなんだろうなぁ、もっと早くに知りたかった。
思えば今まで大変なことばかりだったから、それに慣れきってしまっていたのね、私。
けど、今は……今だけはすごく楽しくて温かい気持ちでいられる!
願わくばこれからもずっと、なんて少し強欲かしら?
◇◆◇
———星夢街 商店街にて
「で、結局どこ行くか思いつかずいつもの商店街に来た、と」
アキルが意地悪そうな笑顔で俺の顔を覗き込む。
「……言い返せねぇでございます、はい」
事実故こう言うしかない。
「へぇ、クリスって案外エスコート苦手なのね」
ニヒヒ、と笑ってアキルはそう言う。
ちょっとカチンと来たが事実だし……いや、にしても今日のアキルはいつも以上に余裕がありすぎると言うか、こっちの手を先読みしてる様な……あぁ、そう言う事か。
なら、少し仕返しが必要だな?
「ところで、アキル。事前練習しただろ?」
アキルの瞳を見て問いかける。
一瞬、瞳が泳いだ後にアキルは答える。
「……してないわよ?」
どうやらシラを切るらしい。
なら考えがある。
「大方、ケイトに俺の変装してもらって対応パターン覚えたんだろ?」
ちょっとしたカマかけをしてみる。
アキルはあからさまに驚いた反応をする。
何と言うか……相変わらず分かりやすい、まぁそう言う所が可愛いんだが。
「そうかそうか、なら、ちょっとばっかし悪いことしようかなぁ。何せ今は俺の方だしな」
「へ? あのクリス? もしかして怒ってたり……する?」
アキルが引き攣った笑顔で問う。
「うん!」
そう言って俺はアキルの手を引いて裏路地に向かっていった。
「と言う事でやって来ました! 予玖土町星夢ゲームセンター!」
アキルを連れてやって来たのは町のゲームセンター、ここは昔からよく来た場所だ。
「さてはてアキルさん、なんか欲しい景品ありますかい? 大抵は取れるぜ?」
アキルに質問するがポカーンとしたままフリーズしている。
仕方ないから無理やりフリーズを解除しにいく。
アキルの顔に少しずつ顔を近づける。
不意にアキルから中々の右ストレートが飛んでくるがそれを回避する。
「顔が近い! と言うかクリスいつもとキャラ違くない?! どうしたの?!」
「どうしたもこうしたも素を出せって言ったのはアキルだぜ? なら、ちゃんとオーダーには応えなくっちゃなぁ?」
意地悪げにそう答えてみる。
アキルは少し頬を膨らませた後、俺に詰め寄る。
「なら、アレとってよ!」
そう言って指差したのは人気キャラクター『もふるんのす』の特大人形のUFOキャッチャーだった。
「OK、んー……3回ってとこかな」
そう言って俺はアキルを連れてUFOキャッチャーの方に向かう。
「へ? クリスが取るんじゃないの?」
アキルが問いかける。
確かに俺がとってもいいが、それじゃ面白さ半減だ。
なら……
「一緒に取った方がアキルも楽しいだろ?」
そう答えてUFOキャッチャーに100円を入れる。
あくまでアキルが取るべきだ。
だから俺は後ろから指示するだけにしよう。
そう思っていたんだが……
「クリスと一緒にやりたい! ほら、手置いて!」
そう言ってアキルが袖を引っ張る。
大人しくアキルの手に俺の手を重ねる。
「そこを右、あとは奥に……そこでストップ! うん、いい位置だ」
「本当にこれで取れるの?」
「経験談的には取れる」
そんな会話をしながら運ばれてくる『もふるんのす』の特大人形を眺めてみる。
思いの外、良いタイミングだったらしい。
人形はそのまま穴に落ちて見事にゲットできた。
「にしても、デケェな」
「ふふ、ありがとう! クリス! 大事にするわね!」
アキルはそう言って無垢で素敵な笑顔をみせる。
「そりゃどうも、袋貰ってくるからちょっと待っててな」
そう言って、袋を取りに行く。
あー!!! 何だよあの笑顔!!! 反則だろチクショウ!!!
顔が熱くてたまらない!!!
◇◆◇
「……ふぅ」
あああ!!! なんなのよ! なんなのよ!
せっかく今日はクリスを出し抜いてやろうと色々準備してたのに!
と言うか、素のクリスいつもとキャラ違いすぎるのよ!
いつものクリスが白なら素のクリスは黒!
さっき裏路地連れてかれた時とか、正直そう言うことされるのかと思った! いや、私的にクリスとなら……って違う‼︎
とにかく! 今日のクリスは全然予想できないし、何し出すかわからないし、しかもそうする様に言ったの私だし!!!
あぁ、でも根本的には変わらないのよね。
だって、とっても優しいもの。
口調こそ荒々しいけど、そこだけは絶対変わらないのよね……
「ずるいじゃん、そんなの」
手元の人形を抱きしめて呟く。
クリスはやっぱりクリスなんだなって思い知らされた。
優しくて、活発で、どこまでも一途な人。
私なんかには勿体無いくらい素敵な人。
……なんか私が釣り合わないみたいな考え方になっちゃった。
クリスはどう思ってるんだろう?
先に告白したのは私、しかも状況も滅茶苦茶な告白。
やっぱり本当は……
◇◆◇
「袋、デカめのやつ取って来ましたぜ」
そう言ってアキルに袋を手渡す。
「あ、ありがとう……」
アキルはそう言って袋に『もふるんのす』の特大人形を入れた。
気持ち声がさっきより弱い。
んー、席外してる間になんか考え込んだなコレ。
なら、次行く場所はあそこだな。
「他に欲しいものある? ないなら別の場所に連れて行きたいんだが……」
「大丈夫よ! さぁ、次はどんな悪い所に連れて行ってくれるのかしら?」
そう言ってアキルは笑顔をみせる。
けどそれは先ほどまでのとは違う。
いつも見た無理をした笑顔だ。
そんなアキルは見たくない。
だから……
「と言うわけで、俺の行きつけの秘密の喫茶店『九頭竜』に到着っと」
アキルを連れて来たのは嫌な事があった時に俺がよく来る喫茶店『九頭竜』だ。
「なんか見た目は普通ね」
「確かに見た目は普通だけど大事なのは中身っすよ! とりあえず入りましょ」
そう言って店内に入る。
時間帯的に空いたからか好きな席にどうぞとのことだったので窓際の二人席に座る。
「ねぇ、クリス。なんかメニュー表分厚くない? 後、大っきくない?」
アキルが困惑気味に質問してくる。
初見なら当然の反応だ。
何せ、辞書並みの分厚さとデカめの教科書並みの大きさのメニュー表だ。
多分、その気になれば鈍器として使える様な代物だ。
「そりゃ、メニュー1つにつき1ページ、実寸大のメニュー画像付きですからね分厚くもデカくもなりますよ」
「へー」
アキルは目を輝かせながらメニューを見る。
どうやら少しは気が楽になってくれたらしい。
「で、ここで頼むならデザート一択っすよ。ちょっと失礼」
そう言ってメニュー表のデザートページを開く。
「うわ! すっごい大きい! へぇ、ちなみにクリスのおすすめは?」
「パフェ系統は全部美味いっすよ。何ならこの店はなに頼んでも美味い」
「じゃあ、あたしはイチゴのパフェにするわ!」
嬉しそうにアキルが喋る。
店員を呼んでチョコパフェとイチゴのパフェ、そしてアイスコーヒーを一つづつ頼む。
メニューが来るまでは時間がかかる。
先に来たアイスコーヒーを一口飲んで、少し切り込んだことを聞いてみる。
「アキル、ゲーセンでまたマイナス思考してたろ?」
「……してないわよ」
「してたのね。で、何で悩んでるわけ?」
「クリスが本当に私のことが好きかどうか」
アキルは恥ずかしそうにそう語る。
そう来たかぁ、まぁ、答えは簡単だ。
「好きに決まってるじゃん。じゃなきゃこんなことしねぇよ」
「けど、執事だから本当は嫌で……」
その言葉を遮る。
「あのなぁ、本当に嫌いなら素なんてみせねぇし、第一自分からデートの話題なんて振らないっつうの!」
当たり前の俺の気持ちをアキルに伝える。
「本当?」
「本当だよ。寧ろ安心したわぁ、てっきりデートがつまんないもんだとばっかり思ってたからさ」
「そんな事ない! クリスとのデートは、その……すごく楽しいし、一緒にいるだけでも楽しいから……」
恥ずかしげにアキルはそう言い放った。
なら応えなくっちゃな!
「俺もだよ、アキルといると楽しいし嬉しい。だからこれ以上のマイナス思考禁止な!」
「……うん!」
笑顔でアキルは答える。
やっぱりアキルには悲しい顔より笑顔の方が似合う。
しばらくして注文した二つのパフェがやって来た。
「とりあえず、嫌な事は大抵糖分摂取すれば忘れられるから俺はここによく来るわけよ!」
「へぇ、クリスにも嫌なことあるんだ? ちょっと意外」
「そりゃまぁ人間ですから」
「ふふ、それもそうね」
そんな話をしながらパフェを食べる。
ふと、アキルの視線が俺のパフェに向いてるのに気づいた。
「少しいる?」
「……いる」
そう言うので取る様にスプーンを追加で頼もうとするがアキルに止められた。
「その……スプーンならある、じゃない?」
顔を真っ赤にしてアキルがそう言う。
あぁ、確かにあるな。
「ほれ、あーん」
「……! 美味しい!」
「そりゃ良かった、じゃあ俺にも一口くれないか?」
ちょっと意地悪を言ってみる。
が、想定とは違ってアキルは普通にスプーンを差し出して来た。
俺はそこに乗せられたパフェを食べる。
「うん、確かに美味い!」
正直に言うと味とかわからなかった。
だってそんなことよりこれ実質間接キスじゃん!
余裕の態度崩さないでいるだけで限界だ!
「「……」」
お互い無言の間ができる。
多分、アキルも似た様なこと考えてるんだろうなぁ、顔真っ赤だし。
「と、とにかく溶けないうちに食べちまおうぜ!」
「そ、そうね!」
そう言って黙々とパフェを食べ完食する。
時刻はすでに夕暮れ、名残惜しいが楽しい時間はもうお終い。
二人で手を繋いでゆっくり帰宅する。
蒼葉邸のある山の下に着く頃にはすっかり夜になっていた。
「なぁ、アキル」
不意にアキルに声をかける。
「何? クリス?」
最後に言いたいことがあった。
本当に言うべきかずっと悩んだこと。
「俺はさ、アキルが守った町や世界が好きだ」
「急にどうしたのよ」
アキルは少し困惑気味に答える。
「けど、俺はいつもアキルの助けになれてない」
「……」
アキルは黙って真剣に俺を見つめる
「だから、せめて俺はアキルの居場所に……帰ってこれる場所になりたい、えっと、つまり」
あぁ、だめだ。
やっぱり上手く言葉にできない。
「クリス」
静寂を裂く様にアキルが凛とした声で俺の名を呼ぶ。
「クリスは分かってないみたいだから言うけど、もう役割は立派に果たしてるわよ」
「え?」
思わず声が出る。
そんな事はない俺は何もできてない。
いつも足手まといで……
「クリスがいるから私は今まで戦えたし、これからも戦うだからそんなに自分を嫌いにならないで」
アキル……お嬢様は私の瞳を真っ直ぐ見てそう語る。
「……やっぱりお嬢様には敵いませんね」
「うん、やっぱりクリスは曇った顔より晴れやかな顔の方が良いわ!」
無駄な心配をさせてしまった。
けど、なぜだか心は晴れやかだ。
アキルの手を握り指を絡め合う。
「さぁ、帰りましょう私達の家へ!」
「えぇ!」
願わくばこのささやかで素敵な日々が続きます様に、そう祈って私達は帰路に着いた。




