邪神決戦〜ブロウクン・ナイトメア〜
———太平洋沖 名もなき無人島にて
「諸君、邪神降臨まで後1時間だが準備は大丈夫か? 体調は悪く無いか? 気分は大丈夫か? 先ほど配った対変異体『イタクァ』用コンタクトは全員ちゃんとつけたか?」
リリスが心配そうにみんなに語りかけて回る。
「大丈夫よ、リリス。あんたらしくもなく心配しすぎよ? みんなコンタクトはつけたし、いたって平然としてるわ」
アキルはリリスに対してそう答えた。
「皆は平然としすぎなんだよ! もうすぐ邪神との最終決戦だというのに! それと、コンタクトは本当にちゃんとつけろよ! 対精神汚染用兼『イタクァ』をハッキリ認識しても問題なくする為のコンタクトなんだからな!」
リリスが柄にもなく叫ぶ。
本来の『イタクァ』は薄紅色に燃える目を持ちその姿をハッキリと目視した人間は『イタクァ』によって空に巻き上げられ、生贄として死ぬ事なく数ヶ月に渡って地球外の遠方の地を引き回される。
犠牲者はやがて地上へ戻されるが、途中で死ぬか、戻される時に地表に叩きつけられて死ぬ。
また、たとえ命を落とさなかったとしても、犠牲者は高空の冷気に馴染んでしまっており、暖かい地上では長くは生きられなくなってしまう。
この性質は変異体『イタクァ』にも受け継がれており、その対策が、リリスが作り出したコンタクトレンズだ。
今回は結界によって星間航行を不可能にしてるとはいえ、実質捕縛されるのと変わらない状況を避ける為にも必要なのだ。
「ごめん、ちょっと嘘ついた。みんな確かに平然としてるけど、本当は怖くて怖くてたまらないわ。何せ相手は邪神ですもの……それに、私は邪神の怖さ、正確にはその眷属の怖さを知っている。何度か戦って殺されかけたからね……だからこそ、それ以上の力を持つ邪神は怖い。他のみんなだってそう。きっと今まで戦ってきたどんな敵よりも遥かに強大で禍々しい存在と戦うんだもの、怖く無いわけない。けどね、リリス。私達は『覚悟』を決めたのよ! たとえ肉体の一部を失うことになろうとも、たとえ仲間が死ぬことになろうとも、必ず邪神を封印し宙の外に追い出す為に私達は戦う……みんなその『覚悟』ができているのよ!」
アキルは強くリリスに語った。
「そうか……なら、私も覚悟を決めよう。君たちを必ず生かして返す! その為に私は私の出せる全力を尽くす! それが私の『覚悟』だ!」
リリスはそう言うとアキルに手を差し出す。
理解したアキルはその手を握り握手をする。
「共に邪神を倒そう!」
リリスの告げた言葉にアキルは答える
「勿論よ!」
———邪神降臨30分前
リリスはみんなを集めてその前に立つ
「諸君! 今日までよく頑張ってくれた! そして今から私が語ることをどうか聞いてほしい!」
そう言ってリリスは語り出す。
「今回の邪神決戦にて、私は諸君らの生還の為、全力を尽くす! しかし、それでも命の保証はできない! 肉体の一部や大部分を失う危険性、命を落とす可能性も当然ある! だが、どうか! 我々と共に戦って欲しい! だが、最後に聞いておきたい! 今からでも遅く無い、この戦いから抜けたいものは心の中で言ってくれ! 私は知っての通り、念話の応用で心が読める! この戦いに無理強いはしない、戦いから抜けても誰も罰さないし、罰することはこの私が許さない! さぁ、君たちの答えを教えてくれ!」
リリスがそう言うと暫しの間、静寂が訪れる。
「……そうかそれが君たちの答えか……ありがとう、友たちよ‼︎我々は一人も欠けることなく、これより最終準備に入る! みんな、どうかよろしく頼む‼︎」
リリスの演説が終わる。
「「「「「「おうっ‼︎」」」」」」
終わると同時にみんなが一斉に声を上げ天に拳を突き上げる。
最終決戦はもう間近だ……
———邪神降臨10分前
「『アナンタ・シャーシェ』、投下するわよ!」
シェリーはそう言って特大のホールを開く。
「たんま! シェリー、もうちょい左に『紅い獣の厄災』の射線に入っちまうから!」
ケイトに指示に従ってシェリーはホールを少し左に移動し『アナンタ・シャーシェ』を海上に投下した。
『アナンタ・シャーシェ』は待機状態である腕を組み仁王立ち状態で浮遊しながらも紅い一つの瞳で天を睨む。
「さぁて、『紅い獣の厄災』ちゃん! 今日は楽しい邪神狩りだぜ!」
ケイトが乗り込んだ搭乗型固定巨大砲台『紅い獣の厄災』は『アナンタ・シャーシェ』と双璧を成す対邪神決戦兵装だ。
搭乗者の生命エネルギーを弾丸に変換、それをバレル内で何倍にも膨れ上がらせ射出する。
最大の特徴は多種多様な弾丸をリロード無しで撃てる点。
その中でも『肉体付与弾』は今作戦のキーにしてスタートでもある弾丸だ。
その名の通り、被弾した相手に内側から肉体を与えるのが『肉体付与弾』……即ち実体なき風の神たる『イタクァ』に肉体と言う弱点を与えるための弾丸だ。
さらにもう一つ『対邪神特効弾』、その名の通り邪神に対して強い力を持つ弾丸だ。
ケイトは開幕に『肉体付与弾』を、続けて『対邪神特効弾』を変異体『イタクァ』に命中させなければならない。
『肉体付与弾』が想定通り作用しているか『対邪神特効弾』着弾時のダメージ……即ち出血で判断するのだ。
これは非常に重要な役割でもし外そうものなら今後の戦局に大きな影響を与えることになってしまう。
しかし、ケイトは模擬戦含め1発も外したことはなかった。
世界中の裏社会で恐れられる『紅い厄災』の名に恥じぬ射撃精度の元、いざ邪神に挑まん。
「邪神だろうがなんだろうが! このアタシがぶっ殺してやるよ!」
「行くよ! 右牙! 左牙! 白楼! 天神霊衣!」
光美の号令の元、三体の式神を鎧と定義しその全てと融合し巫女服の上から鎧武者じみた鎧をその身に纏う。
その背後には三体の式神の力を集約した三つの円環が浮遊していた。
爆発的に上がった生命エネルギーを持って光美は言の葉を紡ぐ。
「我ら守護するは人の理、我ら縛るは宙の外から来たりし邪なる神、我ら十一の魂を持って邪なる神を縛る桜の牢獄とならん! 我らは誓う、我ら十一の魂朽ちようと百日の間、牢獄は邪なる神を縛る鎖とならん! 花開け! 『楼閣至るは神縛りの牢』‼︎」
紡がれた言の葉の後、巨大な桜色の多重結界が展開される。
その範囲は直径100キロメートル。
リリス達が待機する島はその端に位置している。
変異体『イタクァ』を呼び出す場所は直線で100キロ先の海上、開幕から距離を取ることで少しでも戦いを有利に進めるための作戦だ。
続けて光美は言の葉を紡ぐ。
「我ら守護せしは誇り高き戦士達! 我ら十一の魂の名の下、彼の者達を守護する鉄壁の守りを与えん! 我が名の下に開花せよ、桜の鎧よ! 『人を護し桜の花』‼︎」
紡がれた言の葉が仲間を守る鎧を呼び起こす。
光美と『教会』の結界の奇蹟使い達、総勢11人の魂の結晶たる二種の結界。
たとえ彼らが皆死そうとも、その効力は百日に渡り続く。
まさに彼らの『人を守護する』と言う願いが集い生まれた奇跡の結界だ。
「私達はみんなを守り抜く! たとえ、この身が朽ち果て死そうとも、私たちの祈りは……想いは決して砕けない!」
光美の宣言に続く様に『教会』の結界奇蹟使い達は拳を天に掲げた。
「まさか、もう一度これを着れる日が来るとは思ってなかった……」
雪奈はそう言って自らが纏う衣服……儀式礼装『桜華・不知火』を見る。
彼女が纏う礼装は先の呪楼『蠱毒』での決戦で焼失されてしまった。
しかし、わずかに残った衣服の断片を元に光美が『ノア』内部での時間……おおよそ十年をかけて完全に復元したのだ。
そもそも、儀式礼装『桜華・不知火』は不知火の一族と深い関わりがあった神代の一族が創り上げた物、しかしいつしかその製法は失伝し、今や現物しか残っていなかった。
それさえも焼失してしまい復元は絶望的だった。
けれど、光美は諦めなかった。
姉を……美影の心を救ってくれた雪奈に対する精一杯の恩返し、それが儀式礼装『桜華・不知火』の復元だったのだ。
今の雪奈ならば、儀式礼装『桜華・不知火』に頼らなくとも問題なく戦うことができる。
しかし、雪奈にとってはそんなことはどうでも良かった。
いつの日にか見た、儀式礼装『桜華・不知火』を纏い戦う母の姿、それを思い出させてくれるこの礼装があるだけで不思議と勇気が湧いてくる。
だからこそ、雪奈は光美の気持ちに応える為にも、そして、過去の自分を乗り越える為にも儀式礼装『桜華・不知火』を身に纏ったのだ。
「見ていてください、父さん、母さん。私は誰かを守る為にこの力を振います!」
雪奈は己が魂に誓う。
人々を脅かす邪神を倒す為にその力を振るうことを……
「さぁて、アタシらも準備するぜ! シズハ!」
クレアが静葉に対して声高に呼びかける。
「言われなくともわかってますよ!」
静葉が答える。
「さぁて、いつものやつやりますかね!」
そう言うとクレアは首からかけていた中心に青く輝く石が埋め込まれた銀の十字架を天高く投げた。
「いくぜ! 聖装……展、開ッ!!!」
クレアはその掛け声と共に、自身の眼前に垂直に落ちてきた十字架を全力で殴りつけた。
十字架は5つのパーツに分かれた。
瞬間、激しい光がクレアを包む。
分かれた十字架の銀のパーツはそれぞれクレアの胸部、背面、左右の前腕付近で浮遊、そして青く輝く石は空中で浮いたまま待機している。
そうして各パーツが変形を始める。
胸部のパーツは広がり上半身を覆う鋭くかつスマートな鎧へと姿を変える。
背部のパーツは鎧の胸部パーツと一部結合したのち、一対の二股に分かれた翼のない羽根の骨格のようなものへと姿を変える、さながらロボット作品のブースターじみたものだ。
左右の腕の2つのパーツはそれぞれの腕の前腕部を覆う様な鎧に形を変え、手の甲に沿う様に前腕部の鎧の側面からは腕と同じくらいの長さのブレード状のエネルギー展開パーツが構成された。
最後に、浮いていた青く輝く石が鎧の中心にはめ込まれる。
すると、変形した各パーツに石と同じ青い光の機械的なラインが浮かび上がった。
「展開……完了! さぁ、邪神シバきと洒落込もうか!」
クレアは抱拳礼に似たポーズを行った。
おそらく意味は理解していないのだろうが、カッコいいからやったのだろう、いつものクレアらしいと静葉は思いながら自らも臨戦体制に入る。
「では、私も」
そう言うと、静葉は首からかけられた緑に輝く石が埋め込まれた十字架を手に取る。
「……聖装展開」
ただ一言、静かに告げる。
瞬間、眩い光が静葉を包む。
光が収束した後に見えた静葉の姿はクレアのそれとは大きく違っていた。
全身に軽度の鎧を身に纏い、下半身、特に脚部が重点的に装備によって強化されており、両足は完全に鎧で覆われかつその鎧にクレアの背中に付いているブースターの極小版の様なものが片足につき左右5個づつ、計10個も付いている
両足で計20個もあるブースターから分かる通り静葉の聖装はスピードに特化したものだ。
そして、一際目を引くのは彼女の背面に浮遊している彼女の身長の倍ほどの大きさの∞の形を作って動いている無数の緑色の光の刃……否、大量のクナイだ。
「展開完了」
二人のシスターはもういつでも戦闘可能だ。
「シズハ」
クレアが柄にもなく真面目な声で静葉の名を呼ぶ。
「なんですか、クレア」
ただ静かに静葉はクレアに質問した。
「背中は預けたぜ、相棒!」
そう言うとクレアは静葉の方に拳を突き出す。
「……ッ! えぇ! 任せてください! 私も背中を預けますよ、相棒!」
そう言って静葉は突き出された拳に自らの拳を軽くぶつける。
忍者とシスター、運命の悪戯がなければ出会うことさえなかった二人の相棒が邪神へと立ち向かう。
「さぁて、俺とメリアーナは地味な裏方だ」
グレンがメリアーナに言う。
「ええ、前線にも出ませんし、戦いにも本格的な参加はしません」
メリアーナは答える。
「その通り! だから俺たちのやる仕事は……」
「「全身全霊でみんなの命を繋ぐ! ただそれだけだ!」」
グレンとメリアーナが同時に叫ぶ。
2人は完全な非戦闘要員だ、しかし彼らは重大な役割がある。
傷ついた仲間を癒やし、治療し、その命を繋ぐこと。
光美達が『仲間を守る』ことを信念としている様に、2人は『仲間の命を救う』ことを信念としていた。
戦うことができない彼らの戦場は傷つき死の淵に立つ仲間を救うこと。
それが彼らの戦いだ。
「メリアーナ、全身全霊で行くぞ!」
グレンがメリアーナに告げる。
「勿論です! グレンさんも全力全開でお願いしますよ!」
メリアーナの返答にグレンは「応!」と答える。
彼らの『覚悟』は決まった。
絶対に1人も死なせない、必ずみんなで帰るのだ、と。
———『アナンタ・シャーシェ』 コックピット内部
「緊張してますか、お嬢様?」
アーマースーツにを身に纏い、全面式ヘルメットを装備したクリスがアキルに質問する。
「そりゃ……ね? 何せ相手は邪神よ! 正直言うと吐きそうだわ!」
同じくアーマースーツと全面式ヘルメットを装備したアキルが答える。
「やっぱりですか、正直私もです。でも、不思議と怖くはないんです。それどころか勇気が湧いてくる様な……」
クリスはそんなことを言う。
「気のせいよ、なんて言いたいけどある意味クリスらしいわ。誰かを守る時のあなたは誰よりも勇敢で強いのだから。かく言う私はめちゃくちゃ怒ってるけどね! ふざけたカルトどもの尻拭いをさせられるのだもの! ……まぁ、それはさておきクリス」
アキルはクリスに近づきヘルメット越しに真剣な眼差しでクリスを見ながら告げる。
「絶対に無理はしないで……貴方がいなくなっちゃったらみんな悲しむ、だから無茶なことだけはしないで!」
アキルは願う様にクリスに告げる。
「えぇ、約束します。必ずみんなで家に帰りましょう!」
クリスはそう答えた、アキルはその答えを聞いてしばし目を閉じて深呼吸した後、答えた。
「ええ、必ずね! じゃあ、私は下の炉心部に行くわ。操縦、任せたわよ!」
「お任せください!」
そうしてアキルは炉心部へと移動し準備に入る。
「接続……開始……同期開始……完了」
アキルは淡々と『アナンタ・シャーシェ』との同期を行う。
「魔皇経路解放率10%完全完了!」
『アナンタ・シャーシェ』の機体中に走る回路の様な赤色のラインが煌々と光り輝く。
これにより、アキルと『アナンタ・シャーシェ』の同期は完了した。
「さぁ! いつでも来なさい! 『イタクァ』‼︎」
「さて、他のみんなは準備万端だ。我々も行くぞ! シェリー!」
そう言ってリリスは浮遊する。
「わかってるわよ! もうここまで来たら逃げたりしない! 私だって戦えるってところを見せてあげる! 来なさい『血染めの死神』‼︎」
シェリーがそう告げてホールを開けると大量の血液が一つに固まり、死神の大鎌の様な武器へと変貌する。
『諸君準備はいいか?』
リリスは念話で全員に確認を取る。
全ての人員から準備完了の返答が来る。
『アナンタ・シャーシェ』は待機状態のままに見えるが既に臨戦体制に入っている。
前線部隊である雪奈、クレア、静葉はリリスが付与した魔術によって空中に立ち、いつでも戦える状態、結界班は後衛陣含め全ての結界を完璧に作動させ、ケイトは既に変異体『イタクァ』転送予定地点に向けて『紅い獣の厄災』の砲身を合わせ、『肉体付与弾』を装填済みだ。
『邪神降臨まで後1分を切った‼︎これより結界封牢作戦『壊れし悪夢』を開始する!』
巨大なゲートの果てより飛来せしは風と氷を司る邪神にして『ハスター』の上位眷族だったもの。
人間に似た輪郭を持つ途方もない巨体、人間を戯画化したような顔、鮮紅色に燃え上がる2つの目を持ち、足には水かきを備えた邪神。
歪められた儀式により変質し本来のあり方を失った邪神、その名は———
——————邪神 顕現——————
変異体『イタクァ』
『イタクァ』の降臨と共にとてつもないハリケーンと猛吹雪が結界内に吹き荒れる。
視界はほとんど塞がれ、『イタクァ』の赤い瞳だけがかすかに見える。
しかし……
「この程度の視界不良と100キロ程度で外すほどアタシは甘くないってぇの! 『肉体付与弾』発射!」
ケイトは迷わず弾丸を射出する。
「着弾が見えづらいわね! なら、この嵐を晴らすまで! クリス! 天を貫くわよ!」
「はい! お嬢様!」
『アナンタ・シャーシェ』が天を睨み、その瞳が光り輝く。
『天を焦がせ! 「インフィニティィィイ‼︎ビィィイムッ‼︎」』
『アナンタ・シャーシェ』より放たれた極太の光の柱が嵐を消し飛ばし、日輪の光が取り戻される。
『こちらリリス、『肉体付与弾』の着弾を確認! 同時に着弾地点から肉が湧き出るのも確認した!』
リリスの念話を聞いたケイトはすぐさま『対邪神特効弾』に弾丸を変更する。
「『紅い獣の厄災』ヴァレットチェンジ! 対象ヴァレット、『対邪神特効弾』……装填完了! 第二射、発射!」
ケイトの号令の元、第二射が放たれる。
『こちらリリス、着弾確認! 対象……青いが出血を確認! 次のフェーズに移行開始! 前衛部隊突撃!』
リリスの念話を皮切りに『アナンタ・シャーシェ』、雪奈、クレア、静葉、リリス、シェリー達がホールを経由して『イタクァ』の上空に現れる。
『1発くらいなさい! 「アイアン・サイス‼︎」』
アキルの叫びの元、『アナンタ・シャーシェ』が右腕で『イタクァ』を斬りつけながら殴り飛ばす。
「邪神に救いはいらねぇが、1発喰らいな! 救済スラッシュ‼︎」
クレアは自身の20倍のサイズに肥大化させた光のチェーンソーで『イタクァ』を切り付ける。
「喰らいなさい! 邪神! 新神手流奥義! ブラストストライク!」
静葉は背後にある全てのクナイを右足に集中させ、両足のブースターで加速し『イタクァ』を蹴り貫いた。
「いざ! 送火!」
雪奈は刀に手をかけ『イタクァ』の首から背中までを駆け下りる。
数刻遅れて鍔鳴りの音と共に雪奈が駆け抜けた『イタクァ』の部位が切り刻まれる。
「さて、その首、切らせてもらうわよ!」
シェリーは『血染めの死神』で『イタクァ』の首を切り裂く。
順調なまでの攻防だ。
そうあまりにも順調すぎる。
リリスはそのことに恐ろしいほどの違和感を感じた。
だが、実際に『イタクァ』には攻撃は通じている。
奴は声こそ上げないが青い血を大量に流し俯いているのだから……
『イタクァ』が顔を上げる。
その表情は歪な笑みと怒りに満ちていた。
そう、最初から『イタクァ』は我々を脅威として見てすらいなかったのだ。
しかし先程の攻防で『イタクァ』は認識を改めた。
今眼前にいる虫達は自身にとって脅威である、と。
『やばい! 全員退……』
リリスが念話をするより早く『イタクァ』の口から氷雪混じりの嵐の咆哮がリリスに向けて放たれる。
「リリス!」
シェリーがリリスの方を向くが、リリスは右の上半身を失い、傷口は氷漬けにされていた。
『ま……だ、大丈、夫……だ、それよ、りみんな、を……』
リリスは力を振り絞って念話する。
しかし『イタクァ』の攻撃は止まらない。
『イタクァ』は先ほどとは比べ物にならないほどのハリケーンを球体状にしてその両腕の内に圧縮して作り出す。
そして、さらに圧縮する。
『ッ‼︎みんな! 『アナンタ・シャーシェ』の後ろに‼︎早く!』
アキルが叫ぶ。
クレアと静葉は間に合ったが、雪奈は『イタクァ』の攻撃までに間に合わなかった。
『イタクァ』が行ったのはハリケーンの圧縮による擬似的なカマイタチの生成。
本来なら、『人を護し桜の花』を付与されてる雪奈がただのカマイタチ如きで傷を負うことはない。
ただのカマイタチなら。
このカマイタチは変異した『イタクァ』の変異権能を帯びた異質なもの。
それは容易く『人を護し桜の花』を貫通し雪奈を斬殺死体にする……はずだった。
『させ……な、い!』
リリスは力を振り絞ってギリギリのところでホールを使い雪奈を後衛陣の元へ転移させた。
しかしそれでも雪奈の受けた傷は致命傷に近い。
彼女が戦線に戻るのは不可能。
それどころか命さえ危うい状況下だ。
雪奈が助かるかどうかは後衛陣に託された。
そしてもう1人、逃げ遅れた……正確には逃げなかったシェリーはその身を盾にリリスを守っていた。
「くそ! 好き放題やっちゃってくれて!」
シェリーは悪態をついてみせるが、実際にはかなりまずい状況だった。
シェリーが受けた背中と羽根の傷の再生が異常に遅いのだ。
恐らく『イタクァ』の変異権能による影響だろう。
シェリーはどうするのが最善手か全身全霊で思考を回す。
不意にアキルの声が響く‼︎
『シェリー、みんなを連れて一旦退避して! ここは私とクリスで食い止めてみせるから!』
それは余りにも無謀な提案だった。
いくら耐久力に優れた『アナンタ・シャーシェ』と言えどたった一機で『イタクァ』とやり合うなど無理がある。
しかし、それ以外の選択肢はなかった……
「必ず戻ってくるから‼︎」
シェリーはそう叫ぶと『アナンタ・シャーシェ』と『イタクァ』以外の全員を一旦後衛陣まで退避させた……
———後衛陣にて
「奇蹟による傷の修復間に合いません!」
メリアーナが叫ぶ。
「そんだけ治せれば十分だ! 止血する! 悪いな雪奈、服脱がすぞ! ……よし、これで止血は大丈夫、後は特殊配合した延命薬を使う!」
グレンは手際良く処置を進める。
「やれることはやった……後は雪奈次第だ」
次の瞬間、シェリー達が退避してくる。
「グレン! リリスをお願い!」
シェリーは涙ながらに抱えていたリリスを地面に下ろす。
「マジかよ……この氷が原因か? 再生できてない!」
グレンが氷に触れようとした瞬間リリス叫ぶ。
「触るな! ……はぁ、これ、は呪氷、だ。触れ、ば、おま、えもたちまち、氷漬け、になる。私、のことはいい。それよ、りも。戦え!」
リリスは周りに居る者たちに告げる。
先ほどまで遥か遠くで聞こえていたはずの爆発音や打撃音も、今となっては少しづつ近づいてきている。
皆が話している間もケイトは『紅い獣の厄災』を使って『アナンタ・シャーシェ』の援護射撃を行い続けていた。
シェリーは瞳をしばし閉じそして決意の元、開いた。
「リリスの役割は私が継ぐ! だから安心してそこで寝てなさい! 死んだら許さないからね! さぁ、クレア、静葉! 行くわよ!」
そう言ってシェリーはホールを開けようとする。
「ちょい待ち! あたしも連れて行きな!」
呼び止めたのは『紅い獣の厄災』から降りてきたケイトだった。
「ケイトちゃん⁈なんで?」
シェリーは困惑する。
「なんでもクソもねぇよ、生命エネルギー切れしちまったんだよ。後は命を物理的に削るしか撃つ手段がねぇからな! なら、白兵戦だろ?」
ケイトはニヤリと笑う。
「ふふ、そうね! なら改めて、行くわよ!」
そう言ってシェリー達は『アナンタ・シャーシェ』の元へと向かう。
———無人島から25キロメートル先
「はぁ、はぁ、クリス! まだ行ける⁈」
アキルがヘルメット越しにクリスに問いかける。
「ええ! もちろん! ……と、言いたいですが流石にしんどいですね……けれど、戦えます! お嬢様は?」
クリスが質問し返す
「まだ行ける! けど、これ以上出力はあげられない……今の時点で経路解放率30%つまり最大値よ!」
30%、それはアキルが魔皇に侵蝕されない限界数値、その最高出力をもってしてもたったの数分で25キロメートル地点押し込まれてしまう程、変異した『イタクァ』は強かった。
兵装も軒並み試したが模擬戦闘訓練の時と違いほとんど効果が無い。
つまり、コイツは想定を遥かに上回る……いや、明らかに想定外すぎる変異を遂げていたのだ。
機体装甲はすでにボロボロ、有用な手も無い即ち詰み。
アキルは内心、心が折れかけていたその時……
「待たせたな! 『紅い厄災』の登場だぜ!」
そのふざけた口調は間違いなくケイトだった。
それだけじゃ無い、シェリー、クレア、静葉達も戻ってきた。
「待たせちゃってごめん! 約束通り戻ってきたわ!!」
シェリーがそう叫ぶ。
『遅いのよ馬鹿! さぁ、さっさとこのクソッタレを倒しましょう!』
アキルのその声を引き金にケイトが動く。
瞬間、ケイト自身にもわからなかったが、ケイトの殺し屋としての勘と経験が『イタクァ』の急所らしき部分が導き出す。
それは脳天に埋まっている石。
側から見たらそもそも認識できないほど小さな石がこの変異体『イタクァ』にはあった。
実際、ケイトもここまで近づいてようやく気付いたのだ。
「見えた! そこ‼︎」
ケイトは二丁拳銃でその石を狙う。
その瞬間、初めて『イタクァ』は防御の体制をとった。
「当たりみたいだな! シェリー!」
ケイトはシェリーに呼びかける。
すかさずシェリーは念話を行う。
『シェリーより全員に伝達。頭部脳天に弱点あり!』
その声を聞いた『アナンタ・シャーシェ』は『イタクァ』の両手を掴み、取っ組み合いの状態に持っていく。
『さぁさ! 邪神さん! 力比べといこうじゃない!』
アキルは『イタクァ』を挑発する。
当然『イタクァ』が挑発に乗らないことくらいわかっていた。
それでも怒りのあまり、挑発せずにはいられなかった。
「んじゃまぁ、死ねや!」
『アナンタ・シャーシェ』が、取っ組み合ってる間にケイトは『イタクァ』の頭上に移動して引き金を引いた。
瞬間、『イタクァ』が口からリリスを痛めつけたのと同じ咆哮を吐く。
『ケイト‼︎』
アキルは思わず叫ぶが……
「残念だったな邪神、こちとら伊達に『紅い厄災』なんて呼ばれてねぇんだよ! 全弾ぶち込んでやるよ!!」
ケイトは持ち前の身体能力を活かし咆哮を避けて『イタクァ』の弱点にありったけの弾丸を打ち込んだ。
「ガァ、アァァァァァァアァァァァァァ!!!」
『イタクァ』が悲鳴をあげる。
これでやっと……
アキルがそう思ったのも束の間、『イタクァ』は首をメキメキと無理矢理動かし、真後ろにいるケイトの方を向くと特大の咆哮を放った。
「な、グッ! アァァァアア!!!」
烈風の咆哮がケイトの肉をズタズタに引き裂く。
「ケイトちゃん‼︎」
シェリーは瞬時にホールを展開し、後衛陣にケイトを送る。
『シェリーから通達、今の咆哮を見るに、ケイトちゃんが破壊したのは氷の権能の核‼︎つまりもう奴は氷の権能は使えない!』
その言葉を聞くまでもなく、クレアは両手の塞がった『イタクァ』の左腕に向けて全身全霊の技を放つ。
「喰らえ! これがあたしの全身全霊! 救済スラァァァアッシュ!!!」
『イタクァ』の左腕に向けて放たれたそれは『イタクァ』より遥かに巨大な、天を貫く程のサイズの光の超巨大チェーンソー、その一刀を持って『イタクァ』の左腕を切り裂こうとするが、まだ足りない。
あと一押し、何かあれば……
「新神手流奥義! ブラストストライク極!」
その咆哮と共に静葉が光の超巨大チェーンソーを全力で蹴り付ける。
その勢いによって『イタクァ』の左腕は完全に切断された。
「ギィャアアアァァァァア!!!」
『イタクァ』が今までで、最も大きな悲鳴をあげた。
そうして再び特大の咆哮を吐く『アナンタ・シャーシェ』に向かって。
「「え?」」
クリスとアキルは完全に虚をつかれた。
胴体を守るため、即座に左手の組付を放し左腕で咄嗟にガードする。
しかしこの咆哮は先ほどまでのものとは性質が違った。
咆哮は『アナンタ・シャーシェ』の左腕を破壊し胴体の装甲のみをすり抜けてコックピットに直撃した。
間髪言わさず『イタクァ』は『アナンタ・シャーシェ』を風の権能を使い海のはるかそこに沈めたのだ。
「ぐ、うぅ……クリス?」
頭から出血したアキルがヘルメット越しにクリスに呼びかける。
しかし返答はない。
ただ、浅い息の音が聞こえるだけだ。
「ッ!」
アキルはすぐさまコックピットに向かう、そこにはボロボロになり、血だらけで倒れたクリスの姿があった。
「お……嬢様?」
壊れたヘルメットから覗く光のない眼でクリスが呟く。
「嫌だ! 嫌だ、嫌だ! クリスはもう喋らなくていいから……シェリー‼︎シェリー‼︎お願いだから返事して!!」
泣きながらアキルが叫ぶ。
『アキルちゃん! 大丈夫⁈』
シェリーとの念話が繋がる。
「私は大丈夫! だけどクリスが……クリスが!」
アキルの声でシェリーは理解し、ホールを使ってクリスを後衛陣に送り届けた。
『アキルはどうするの⁈』
シェリーは問う。
「考えがある。グレンに繋いで!」
アキルは流れた血と涙を拭う。
『アキル! 状況は大体推察したが何する気だ⁈』
グレンが叫ぶ。
「『アナンタ』は元々1人乗りよね? なら『アナンタ・シャーシェ』も、私1人で動かせるわよね!」
アキルがグレンに問う。
『理論上可能だが、ただでさえ1人乗りだと出力が落ちるんだ、それじゃあ……』
グレンの返答にアキルは答える。
「大丈夫、手はある。それとみんなの治療よろしくね」
そう言ってアキルはグレンとの念話を切る。
「シェリー! お願い! できる限り時間を稼いで!」
アキルの無茶振りにシェリーは答える。
『やれるだけ、やって見せるわ!』
それを最後に念話は切れる。
アキルの考えた奥の手、それは魔皇との経路の完全解放。
しかしそれはアキル自身が魔皇に侵蝕されるのと同義、それでは意味がない。
魔皇がアキルを喰らうのではダメだ。
その逆、アキルが魔皇を喰い尽くさなければならない。
そうでなければ状況は好転しない、何よりも……
「私は滅茶苦茶キレてるんだよ!!!」
その言葉の通りアキルは人生で経験したことがないほどに怒り狂っていた。
目の前で友人達を切り刻まれ、最愛の人を傷つけられたこと、何よりそれを防げなかった己自身に怒り狂っていた。
だからこそ……だからこそ、狂っていなければできない悪魔の手を選んだ。
アキルはヘルメットを脱ぎ捨てる。
「魔皇経路解放率40%……60%……93%……100%……120%‼︎」
自ら経路を無理矢理こじ開ける。
身体中が砕けるような痛みがアキルを襲う。
頭から血が吹き出る。
瞳から血涙が流れる。
同時に心臓付近から魔皇のほんの一部が触手の集合体となって溢れ出しアキルを侵蝕せんとする。
アキルはその触手を一まとめにして……勢い良く引き抜いた。
ソレは生きたまま心臓を抉り出すのと大差ない苦痛だった。
しかしどんな痛みも今の怒り狂ったアキルの前では無意味だった。
アキルは引き抜いた触手の塊を……喰らった、物理的に食い尽くした。
そうして叫ぶ。
「何が邪神だ! 何が魔皇だ! お前たちなんてどうでもいい! だけど力だけはよこせ! 魔皇ゥゥウ‼︎」
瞬間、アキルの体が漆黒の光に包まれる。
光が収束するとアキルの青い瞳は金色に塗り変わっていた。
「邪神も魔皇もクソ喰らえだ! 人の…… 人類の未来は人類が創る‼︎」
アキルの進化に呼応するかのように『アナンタ・シャーシェ』もその姿を変えていく……
———地上 無人島から5キロメートル先
そこには満身創痍のシェリーの姿しか無かった。
アキルの言葉を聞いた3人は死に物狂いで『イタクァ』相手に時間稼ぎを行った。
しかし、『イタクァ』の強大すぎる力の前にクレアと静葉は致命傷を負い後衛陣に送り届けられた。
それでもなお、シェリーは1人抵抗を続けた。
ここで自分が倒れれば後ろにいるみんなが死ぬ。
そうはさせまいという気力だけでもはや戦っていた。
下半身は失われ、右腕は使い物にすらならない。
そんな絶望的状況でもやれることはある。
「クソッタレ邪神! あんたをここで止める! 『血濡れの串刺刑』‼︎」
無数の血でできた槍が『イタクァ』を滅多刺しにし空間に貼り付ける。
しかし、『イタクァ』が動こうとすれば槍に簡単にヒビが入っていく。
このままでは『イタクァ』を止められ無い。
しかし、その時新たに『イタクァ』を縛る光の円環が現れる。
「花開け! 対邪神超特化簡易結界『楼閣至るは神縛りの牢』‼︎」
それは光美による結界のアシストだった。
だが、それでも……
「ぐぅ……がはッ!」
『イタクァ』はゆっくりと歩みを進めようとする。
それにより結界にヒビが入る。
光美が展開した結界は光美の魂で急遽作り上げた結界、それが傷つくという事は即ち光美自身の身体と魂にも結界が受けたのと同じダメージを受けるという事だ。
「まだ、だ! 我が……コレクションより来い! 神縛りの鎖‼︎」
『イタクァ』の氷の権能がなくなったことにより呪氷から解放されたリリスは満身創痍の身体ながら、時間稼ぎの為に最上級のコレクション、神を縛る鎖を惜しげもなく使う。
それでもまだ足りない。
これでは耐えられて1分が限界だ……
そんな時、虚空より声が響く。
「お前が雪奈を傷つけたのか!!!」
怒りに満ちたその声に気づいた光美が声の主の方を見る。
そこに居たのは死んだはずの姉、神代美影だった。
「おねぇちゃん……⁈」
「話は後よ、お馬鹿な妹! 要はあいつを縛ればいいんでしょ‼︎」
美影の質問に光美は「そうよ!」と答える。
「なら、簡単ね。見せてあげる本当の束縛結界ってやつを! 『呪牢呪大百足』さぁ! もがき苦しみなさい! 邪神‼︎」
美影の結界により数多の大百足が『イタクァ』を縛り付ける。4人の力を合わせた今ならば後2分は稼げる。
後はそれまでにアキルの秘策が、上手くいくかいかないかだ!
そして一分半の時が流れた時、荒れた海が激しく渦巻く。
渦巻く海の中よりソレは現れた……
ソレは『アナンタ・シャーシェ』を素体にアキルの全てのエネルギーを武装に回したもの。
破壊された左腕はそのままだが、ボロボロになった装甲は強靭な鋼鉄の鱗に覆われ、腰回りのリアアーマーとサイドアーマーからは紫色の光のマントがはためいていた。
背中には『アナンタ・シャーシェ』より一回り大きい菱形を縦に伸ばした様な柱が計10本、円環を成す様に浮いていた。
その姿は正に魔王と言うに相応しいだろう。
「『アナンタ・シャーシェ=アザトース』それが今の名よ」
その声は間違いなく蒼葉アキルのものだった。
『まて、アザトースだと⁈じゃあ君は……君はなんなんだ! 答えろ!』
満身創痍の体でリリスは念話をかける。
リリスは既に視えていた、中にいる肉体は間違いなくアキルだ、しかし魔皇との経路を限界以上に開いてしまっている。
場合によっては既にアキルは魔皇に乗っ取られており、文字通り世界は滅亡する。
その上での質問に対する返答が紡がれる。
『みんな、安心して。私はアキル。魔皇如きに侵蝕されてないわ! 逆に魔皇を喰ってやったわ! 物理的に!』
リリスの思考がフリーズする。
原初の混沌たる魔皇を喰った、なんて前代未聞どころか宇宙始まって以来初である。
理解できる方がおかしい。
『詳しくは後で! まずは『イタクァ』をぶちのめす!』
アキルが叫んだ瞬間、『イタクァ』は全力で自らの動きを束縛するもの全てを破壊する。
が、『イタクァ』は後ずさった。
邪神としての本能が目の前の敵に敵わないと理解したからだ。
故に『イタクァ』は全ての変異権能を持ってこの領域から逃げようとする。
しかし……
『逃すわけないでしょ! クソ邪神! ここじゃ周りにまで被害が出るから私の領域に来てもらうわ!』
そう言って『アナンタ・シャーシェ=アザトース』は『イタクァ』の顔面を鷲掴みにし、静かに浮遊する。
『展開せよ! 『固有世界夢幻虚無‼︎』』
アキルの声と共に天上にて『アナンタ・シャーシェ=アザトース』と『イタクァ』を包む様に黒い球体が広がった。
「はぁ……はぁ……」
光美は吐血しながら息も絶え絶えでギリギリ立っていた。
そこに美影が飛来する。
「おねぇ……ちゃん」
「相変わらずね光美、けどお馬鹿な妹にしては頑張ったわね」
美影は優しくそう言うと光美の頭を撫でる。
「え?」
光美は理解できなかった。
何故なら……
「おねぇちゃんは、私のことが大嫌いで……」
光美の言葉に美影が答える。
「ええ、大嫌いよ。そう思ってた。あの時まではね。けど、最後の最後に気づいたの私は光美が嫌いじゃないってね……あぁ、もう時間か。空気の読めない閻魔様だこと」
そう言うと美影の体が光の粒子になって消え始める。
「おねぇちゃん!」
光美が叫ぶ。
「大丈夫、ただあるべき場所に還るだけよ。さようなら大切な私の妹、雪奈共々すぐに死んだら地獄の底から呪うからね!」
そう言って消える美影の顔はどこか満足げだった。
「さよなら、大好きなおねぇちゃん……」
光美はそう言い残すと天神霊衣が解除され、大量に吐血しながら倒れる。
「光美さん!」
叫んだ『教会』の女性結界術師が光美を抱えてメリアーナの元に走る。
「メリアーナ様! どうか光美さんを助けてください!」
地面に静かに置かれた光美をメリアーナは全力で治療する!
「神、よ! この者……の、傷を癒したまえ!!!」
メリアーナも既に何度も治癒の奇蹟を使い満身創痍だったが、それでも止まらない。
必ずみんなを救うその為に。
「後はまかせろ! 今回は延命薬だけで十分だな」
グレンはすかさず光美に延命薬を打ち込む。
途端に光美の呼吸が安定する。
「後は頼んだぜ、お嬢……」
もはやグレン達にできることはない。
あの球体の中で何が起こっているかは確認できない。
できることはただ一つ、アキルの勝利を祈るだけだ……
——— 『固有世界夢幻虚無』内部
そこは無限に続く荒野と常に変化する玉虫色の空で覆われた世界。
外界とは隔絶されたアキルの世界。
魔皇の権能を獲得したアキルが作り上げた極小の宇宙、それが『固有世界夢幻虚無』の正体だ。
この空間内なら『アナンタ・シャーシェ=アザトース』は好きなだけ全力を出せる。
『さぁ! 懺悔の時間よ『イタクァ』‼︎「インフィニティ‼︎フォトンレイ‼︎」』
『アナンタ・シャーシェ=アザトース』が静かに浮遊し、その赤い瞳から、赤黒い無数の光が放たれる。
その一撃一撃が『イタクァ』や地面に命中し、本来なら星すら穿ち貫通する光の柱となる。
しかし、『イタクァ』の身体に傷はない。
否、アキルは傷ついた事実だけを無かったことにした。
実際、『イタクァ』は痛みから絶叫を上げる。
『わかったか! これが私の大切な友達が受けた痛みだ! 私はお前を許さない! 限界まで苦痛を与えてやる! 「クレセント・カッター‼︎」』
『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の右腕に『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の10倍はある超巨大な三日月状の弓とも見間違わんほどの鋼鉄の刃が生成され、右腕ごと射出され『イタクァ』を荒野ごと真っ二つに切り裂く。
その後射出された右腕は自動で『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の元に戻り、ドッキングされる。
そして『イタクァ』が切られたと言う事実だけが消し去られる。
『次よ! 「ジェノサイド‼︎テンペスト‼︎」』
『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の口から雷と鋭い岩石、そして特殊な酸が混ざり合ったハリケーンが放たれ、『イタクァ』をズタズタに引き裂き、焼き焦がし、溶かし尽くす。
そしてその結果だけをまた無かったことにする。
『イタクァ』はもがき苦しみ逃げようと変異権能を使おうとするがこの空間内では魔皇こそが摂理そんな逃走は許さない。
『これで! 終わりだァァァァア‼︎』
『アナンタ・シャーシェ=アザトース』が『イタクァ』の顔面を鷲掴みにし、『イタクァ』を固有世界内を縦横無尽に引き摺り回す。
そして……
『「ファイナルゥゥウ! インフェルノォォオ! ノヴァァァァァア!!!」』
アキルの咆哮の元、『アナンタ・シャーシェ=アザトース』がその口を限界まで広げ、星一つを燃やし尽くす程の極熱の炎で『イタクァ』を焼き尽くす……否、焼き溶かし尽くす。
それでも『イタクァ』の上半身はギリギリ残っていた。
それを頭上に投げ、「ジェノサイド・テンペスト」で跡形もなく消し飛ばした。
『これが魔皇の…… 『アナンタ・シャーシェ=アザトース』と人類の力よ‼︎』
アキルは天に右拳を上げて叫ぶ。
連動して『アナンタ・シャーシェ=アザトース』も同じポーズをとり、勝鬨の咆哮を上げる。
そして、敗北した『イタクァ』は小さな赤い結晶体となって外宇宙の果てへと転送された。
『これで、本当に終わりよ』
そう言って、アキルは『固有世界夢幻虚無』を閉じた。
———外界、無人島にて
「終わった……のか?」
半身をほぼ失ったリリスが呟く。
瞬間、彼女らの前に『アナンタ・シャーシェ=アザトース』が現れ、中からアキルが降りてくる。
アキルが『アナンタ・シャーシェ=アザトース』から降りると、『アナンタ・シャーシェ=アザトース』は元のボロボロになった『アナンタ・シャーシェ』に戻った。
「ただいま!」
アキルがそう告げる!
「ただいま! じゃない! 一から十まで全部説明しろ!」
リリスが叫ぶ。
「ええ、そうね。説……明、ね……」
アキルの瞳が金色から元の青色に戻る。
瞬間、アキルは尋常じゃない量の血を吐き膝から崩れ落ちた。
「アキル‼︎メリアーナ‼︎早くアキルの治療を‼︎」
リリスが叫ぶより早くメリアーナは治療を開始しようとする。
しかし……
「……無理です。私では治せないほどに壊れてしまっているッ‼︎」
メリアーナは涙ながらに告げる。
「せめて延命薬だけでも使って少しでも生かしてみせる‼︎」
グレンはすかさずアキルに延命薬を打ち込む。
呼吸は荒いが僅かながらに延命はできた。
しかしながら根本的な問題は解決してない。
そんな時にリリスが指を鳴らす。
「やはり、最後まで取っておいて正解だった‼︎」
倒れた怪我人達のすぐそばに一人一瓶づつ小瓶が現れる。
「全員痛いが我慢してくれ、『起きろ』」
リリスが告げると怪我をした者達が強制的に意識を取り戻す。
「すまないが説明してる暇がない、その小瓶の中身を飲め! 自分で飲めないやつは誰かに飲ませてもらえ! 早く!」
リリスの指示のもと激痛に耐えながら皆は小瓶の中身を飲み干した。
しばらくして小瓶の中身を飲んだ全員が心臓を抑え苦しみ始めた。
「リリス! テメェ何飲ませやがった‼︎」
その光景を見たグレンが激昂しリリスに詰め寄る。
「完全万能薬の劣化コピー品だ! まぁ、不死を与えるものじゃない。あらゆる傷を……魂の傷さえも癒す薬、それが完全万能薬だ、そしてこの症状はちゃんと効いている証だ!」
その言葉と実際の光景にグレンは驚愕する。
何故なら、先ほどまで苦しんでいた怪我人達は嘘の様に回復していたからだ。
「しかしコレは劣化コピー品だ、治った部分が馴染むまで三日はかかるぞ」
リリスはそうグレンに言った後、同じ説明をみんなにした。
リリスの説明が終わった後、グレンが心の底から叫ぶ。
「そんな便利アイテムあるなら最初から出せよ!」
至極真っ当な叫びだ。
だが、リリスが出し渋ったのには理由がある。
「完全万能薬の劣化コピー品は劣化コピー品とは言えコピーに膨大な時間がかかる。いかんせんオリジナルからしかコピーできない上にコピー方法が難しすぎるからだ。実のところさっき使ったので品切れだ。だから私は出し渋ったんだ。もしあれ以上怪我人が増えたら誰かしらを犠牲にしなければならない……私はそんなことはしたく無かったんだ!」
リリスが叫ぶ様に答える。
「そうかよ、なら納得するわ。はぁ……」
グレンは仰向けに倒れ込む。
続く様にメリアーナも仰向けに倒れた。
「まさか君達も!」
リリスが使えるものはないかとホールに手を突っ込もうとするが、グレンとメリアーナの2人は制止する。
「「単純に疲れてるだけだよ!」」
二人は息を合わせた様に答える。
それに釣られて誰かが笑いそれが伝播する。
そう、人類は邪神から勝ち取ったのだ。
平穏なる日常を。
暖かな陽光に照らされみんなは笑う。
勝ち取った平穏を噛み締めながら。
こうして、人類を襲おうとした悪夢は破壊された。
———謎の空間にて
一つのテレビにコレまでの戦いが映画風に映されていた。
「あぁ、やっぱり知的生命体は良いわ! とっても素敵! 私が追加で弄った『イタクァ』如きで詰むようなら星ごと壊そうと思っていたけどヤメヤメ! やっぱり知的生命体は楽しまなきゃね! あなたもそう思うでしょ『娯楽』のアタシ!」
ピンク色の長髪で黒いゴスロリ風の服を着た小さな少女は『娯楽』のアタシと告げた女性……荒井月こと『ニャルラトホテプ』の方を見る。
「黙れ、『愛玩』! 貴様なぞ『ハスター』にでも惨殺されていろ‼︎私の玩具に勝手に手を出した挙句その態度とは、やはり貴様とは相容れないな。まぁ、しかし、アキルさんが爪垢程度とはいえアザトースの力を完全に手に入れるきっかけを作った点だけは褒めてやる」
『娯楽』はそう答える。
対して『愛玩』は顔を膨れさせる。
「『娯楽』のオモチャは『ニャルラトホテプ』のオモチャでしょ! 独り占めは良くないわ! それに私は『娯楽』のこと大好きよ!」
笑顔で『愛玩』は答える。
「そうか、心底吐き気がするよ『愛玩』、二度と私を呼ぶな! 他の『ニャルラトホテプ』とでも遊んでいろ!」
そう言って『娯楽』は空間から消えるように霧散した。
「つれないなぁ、『娯楽』の私。性質的に近いから声かけたんだけどなぁ……まぁ、良いや! 知的生命体がまだ遊べるってわかったし! これからも人類をゆっくり愛でますかね!」
そう言って『愛玩』も霧のように消え去り空間は瓦解し消滅した。




