役者は揃った、しかして……
———アメリカ合衆国 某所 地下超巨大施設『ノア』内部 第一層エントランスにて
リリスは困惑していた。
今回の邪神討伐において、この人選は最善かつ最高だと確信していた。
「おい、メリアーナテメェ今何つった⁈」
クレアの怒号が飛ぶ。
メリアーナと呼ばれた女性……『教会』のシスターにして魂の修復と肉体の修復の奇蹟を扱う長い銀髪の人物が煽る様に返す。
「役立たずの無能者の落ちこぼれは邪魔だから帰りなさい。と言ったんです。聞こえませんでしたか? それとも耳も無能なんですか?」
「んだとゴラァ‼︎」
クレアが殴りかかろうとするのを静葉が必死に止める。
「アイツら何? 服装に似合わずめっちゃ蛮族じゃん……」
一方、先程到着したアキル達は遠目にその光景を見てドン引いていた。
思わずアキルが口から本音をこぼすほどには酷い光景だった。
同時にアキルは「アイツらと組むとか絶対無理だし無駄」と言わんばかりに踵を返して他の面子と今後について話し始めた。
「……」
リリスは絶句していた。
確かに今回の邪神討伐において、この人選は最善かつ最高だ、人材の質は。
だが、致命的に協調性が欠けている。
リリスは事を焦るあまりにそんな簡単なミスを犯してしまった。
今、彼女の眼前ではシスター同士の殴り合いが始まり、そこから飛び火して一撃喰らったケイトが銃を構え今にも殺戮を始めようとしていた。
そしてそれを全力で止めるアキル達、シスター連中は自身に銃を向ける敵対者に気付き狙いの的がケイトに変わる。
まさに一触即発の状況にリリスは……
「は、ははは、ははははははははは!!!」
笑った。
と言うか、笑うしかなかった。
目の前の馬鹿どもは仲間割れで同士討ちしようとしている。
あぁ、本当に……
「いい加減にしろ馬鹿どもがァァァア!!!」
リリスの顔が物理的に変わる。
人類とは全く違う生命体、銀色の無機物めいた顔に、そうして放たれた大音量の怒りの咆哮で、先程まで争っていた馬鹿たちは静まり返った。
「チッ! 見せたくもない顔を見せてしまった」
そう言うとリリスの顔が元の人の顔に戻る。
同時にパチン、と指を鳴らす。
「諸君! 今私は『ノア』内部の時間の流れを操作し外界の1秒を『ノア』での1時間とした! それでも時間に限りはある! 今更くだらん喧嘩などしている暇はないのだ! と、言っても、私が言ったところで君達は訝しむだけだろう。故に公平かつ論理的に状況を説明できるものを呼んでやる。『ダアト』!」
リリスがそう叫ぶと顔文字が描かれた巨大なウィンドウが現れた。
『皆様方、初めまして。私は『ダアト』、マスターリリスによって構築された人類存続用次世代学習型自己進化AIプログラムです。ぜひ『ダアト』とお呼びください』
『ダアト』は機械的ながらも簡単な挨拶をする。
「んだよ、たいそうな肩書きの割には顔がしょぼくねぇか?」
クレアが難癖をつける。
どうやら先程までの出来事でかなりイラついてるのかいつも以上に喧嘩っ早くなっている様だ。
『申し訳ありません「シスター・クレア」様、なにぶん構築されて日が浅いもので他の事項を優先して学習していたのです。貴女の意見を元にビジュアル面の再構築を学習予定に組み込ませていただきます』
『ダアト』は申し訳なさそうに答えた。
「お……おう、なんかその……悪かった。ちょっと頭冷やすわ……」
予想外の返答にクレアは戸惑い、八つ当たりしてしまった自らを恥じた。
『それでは、皆様方。これより私から現状の報告をさせていただきます』
ダアトはそう告げると複数のウィンドウを展開した。
『今回の脅威にして、現在進行形で降臨しようとしている邪神……名を『イタクァ』と言います。他の呼び名ですと『風に乗りて歩むもの』辺りでしょうか。呼び出そうとしているのは無名の小さなカルト集団です。そして、重要事項として降臨まで儀式を止めることは実質不可能になっています』
『ダアト』が淡々と告げる。
「ちょっと待って、『イタクァ』⁈そしたら『ハスター』まで降臨する可能性があるじゃない‼︎それに儀式の中断が不可能なんてあり得ないわ‼︎どんな招来の儀式も完遂までに儀式を止めれば止まるはずよ!」
思わずアキルが叫ぶ。
それに対して『ダアト』が答える。
『確かにその通りです。「蒼葉アキル」様、しかし今回は違うのです。確かに正規の招来の儀式なら可能ですが、今回は粗悪に作られた違法の儀式。それ故に呼び出される『イタクァ』の性質まで変化してしまうことが演算結果として出ています。具体的な数値を申しますと、『イタクァ』降臨1日目で全人類の65%が、2日目で残る35%のうち34.9%、計99.9%が消失ないし死亡、地球の人類文明は終焉を迎えます。また、今回の件に関して『ハスター』は100%関与しないと言う結果が出ています。これは『イタクァ』の性質変化によるものと考えられます』
『ダアト』はありのままの事実を答える。
その答えにアキル含め今ここにいる地球人類は絶句していた。
『「蒼葉アキル」様、右手をお出しください。今回の件で使われている魔導書のホログラムコピーを出力します。貴女はここにいる方々の中で最も邪神に対して知識があります。読めば何故『イタクァ』が変質するのか、何故儀式を止められ無いのか理解できるはずです』
『ダアト』の言葉に従ってアキルは右手を出す。
瞬間、虚空からホログラムで作られた薄い魔導書が出てきた。
タイトルには『やっちゃえ! 人類滅亡カルト!』と書かれていた。
タイトルの時点でアキルは頭を抱えたが、その魔導書を読み進める。
そうしてアキルが読み終わったと同時に大音量の怒号を上げた。
「ざっけんな糞忌々しいド低脳のゴミカスどもがァァァァア!!!!!!」
周りにいたもの達が人外含め全員驚く。
特に蒼葉邸組はいつものアキルならまず使わない様な言葉と聞いたことのない大音量の怒声に驚愕していた。
叫んで冷静になったアキルは次の様に続けた。
「はぁ……はぁ……コホン、失礼。余りにも内容が酷すぎてつい汚い言葉を発してしまったわ。けど、理解した。確かにこれなら『イタクァ』は呼べるし、こんなひどい儀式じゃ性質なんて滅茶苦茶になる。その上、止められない理由も理解した。これは無理に止めたら寧ろ状況が悪化する。それと『ダアト』、ばら撒かれてるであろう他の魔導書モドキは?」
その質問に対し『ダアト』は説明を始めた。
『その他の魔導書は既に回収し検閲済みです。イタクァのもの以外は完全に出鱈目を書いたもので総数は約600部ほどでした。又、この本の作者は同一人物であり拘束の末尋問が完了し処分されました。これらは全てマイマスターの指示のもと『アメリカ合衆国異能研究機関』が行いました。尚、同機関に儀式中断時の危険性を説明し、儀式場付近を厳重警備しているので外的要因で儀式が中断される確率は0%です』
『ダアト』の答えにアキルは安心したが、ある人物が質問をする。
「その……『アメリカ合衆国異能研究機関』って『日本国異能研究所』と同列の機関ですか? それなら正直信用ならないって言うか、ちゃんと仕事してくれるのか心配で……」
そう光美は『ダアト』に問う。
『「神代光美」様、貴女のおっしゃる通り二つの機関は同じものです。正確にはアメリカが本部、日本は数ある支部のうちの一つです。ですがご安心ください。本部の人選は何よりどれだけ優秀かどうかによって決まります。日本支部で横行している権力による昇格はあり得ません。又、事前に私は本部の人員データを全て学習してあります。貴女が心配していることは起きないでしょう』
『ダアト』はそう答えた。
それを聞いた光美は少し安心した様な表情を浮かべた。
「さて、もういいかな? 時間は増やしたが時間がない。早速作業に取り掛かってもらう、と言いたいところだが……君達には先にやるべき事がある。着いてきたまえ」
リリスはそう言うと円環上の『ノア』内部第一層の一部屋……巨大な客室に全員を集めた。
「君らは初対面の者も多い、時間はないが知りもしない人間と仕事をしろと言うのも酷だ。故にこの場で簡単な自己紹介と会話で友好を深めてくれたまえ。5時間くらいしたら迎えに来る。『ダアト』進行を」
リリスの命で小さなウィンドウが出現する。
『了解致しました。マイマスター。では皆さん、始めましょう』
———3時間後
「話わかんじゃねぇかケイト! やっぱりチェーンソーだよな!」
「わかるわかる! それに、アンタもいいセンスしてるわ、クレア! この銃の良さがわかるなんて」
「まぁ、アタシはそれよかアンタ自身が気になるがな。お前人殺しだろ? それもとんでもないレベルの」
「あら? バレちゃったか。けど、安心して。仕事仲間は殺さないし、依頼が来なければ殺さないからアタシ。まぁ、もし来ちゃったら観念してね?」
「は、いいぜ! その時ゃ全力で相手してやらぁ!」
クレアとケイトは意気投合? していた。
もはや長い付き合いのマブダチレベルだ。
「まぁ! 邪神達を統べる魔皇を支配して世界を作り変えようとした先祖を邪神の助けありとはいえ魔皇と融合して倒し、更に自らは魔皇封印の為犠牲になるなんて……何という心の強さ、尊敬いたします!」
「いや、私一人の力なんかじゃないわ、クリスやケイト、みんなが居たからなんとか出来たの。それに……封印から引っ張り出された時にちょっと時空が歪んじゃって、一年間が無かったことになったのよねぇ……時間だけ無くしちゃって実質同じ年を2回目過ごしてる状態にしちゃったのは申し訳ないと言うか……」
「けど、それはお嬢様が望んでやったことではないじゃないですか! 仕方なかったんですって!」
「私もそう思いますわ! 世界を救ったんですものちょっとくらい失敗したって神は許してくださいますよ!」
アキル、クリス、メリアーナも意気投合していた。
メリアーナにとって信じるものは違えどアキルの献身性は尊敬に値するものだったからだ。
また、アキルとクリスもメリアーナの純真な人間性を気に入っていた。
「まさか神手の一族の方に会えるとは、生き残ってみるものですね」
「こちらこそ、あの呪楼を焼き切ったのがまさか不知火流の後継者だったとは……いや、失礼しました不謹慎でしたね……」
「いいんですよ、終わった事です。それよりももっと話をお聞きしても?」
「……! ええ! もちろんです!」
静葉と雪奈も意気投合した。
互いに辛い過去を乗り越えたもの同士通じ合うものがあった事、そして互いの流派に対してお互い知識があったことも相待って話は盛り上がる。
「……と、これが呪楼の顛末です」
「なんと、たった一人であれほどの厄災を封じ込めるなど……」
「我々全員でも厳しいだろうに……」
十人の結界の奇蹟使いが驚嘆する。
それを見て光美は少し恥ずかしそうにしていた。
互いに何かを護るための技術を習得したもの同士話が噛み合いやすくとても盛り上がっていた。
「ほんでもって俺はボッチか、まぁ、いいや。『ダアト』仕事内容教えてくれ。リリスの事だから入ってるだろ?」
そう言ってグレンは『ダアト』と共に仕事の計画を立てる。
それがどんな地獄の作業かをグレンはまだ知らない。
「で、思惑通り行ったの? リリス」
部屋の外でシェリーがリリスに尋ねる。
「まぁ、ある程度はな。この調子なら問題ないだろう。さて……」
そう言うとリリスはパチン、と指を鳴らす。
「第二層から第五層までを対邪神決戦仕様に組み替え。完了の後、仕事に入る」
リリスは軽く瞳を瞑る。
「さぁ、ここからが本番だ!」




