深淵の果てにあなたを想う
「思っていたより早く着いたわねぇ、閻魔庁」
そう告げるのは全身を拘束された少女……神代美影であった。
彼女の周囲にいた屈強な四人の獄卒はその場で立ち止まる。
すると、彼女を招き入れるかの様に閻魔庁の大扉が轟音と共に開く。
「さっさと入れ、ってことね。はいはい」
そう言うと美影は扉の中へと歩を進めた。
その四方を囲う様に獄卒達が歩む。
長い廊下を渡ることしばらく、ようやく開けた場所が視界に映る。
美影を裁く地獄の法廷が彼女を待ち受ける。
「ふぅ……もういいか」
そう言うと美影は体に軽く力を込める。
瞬間、彼女を拘束していた拘束具が塵となって消え去った。
「なっ……!」
獄卒の一人が言葉を漏らすと同時に、手に携えた金棒を美影に全力で叩きつける。
続く様に残り三人も美影に攻撃を仕掛けた。
しかし……
「レディに対して暴力はないんじゃない? まぁ、安心なさいよ、逃げる気はないからワタシ」
そう言いながら美影は獄卒達の攻撃を結界でガードし、そのままスタスタと歩いて法廷へと赴いた。
獄卒達は彼女を追って法廷に入る。
「初めまして、閻魔様」
美影が声をかけた先には白いヴェールで覆われた巨大な椅子と姿こそ見えないものの圧倒的なまでに巨大な人型の影をした者……即ち閻魔大王が鎮座していた。
そしてその横には側近らしき牛頭の鬼……牛頭と馬頭の鬼……馬頭が佇んでいた。
「汝が神代美影だな?」
閻魔大王から、低くかつ威圧感のある声が美影に向けられる。
「ええ、その通りよ。けど、その前に……いい加減本当の姿を現したら? チビっ子閻魔さん?」
美影の発言に場の空気が凍りつく。
「今、なんと言った?」
閻魔大王が美影に問う。
その言葉には強い怒りが込められていた。
「いい加減、姿見せろって言ってんのよ! それともちっちゃいのがコンプレックスだったりするのかしら?」
ケラケラと笑いながら美影は答えを返す。
場の空気が更に張り詰め、美影を連れてきた獄卒達は身体中から汗を流し。
閻魔大王のすぐ横に佇んでいた側近達が息を呑む。
「そうか、ならば良かろう。汝の望み通り姿を見せてやる」
閻魔大王がそう言ったのち、パチンッと指を鳴らす音共にヴェールが消えていく。
その中から現れたのは……
「これが僕本来の姿。第十三代目閻魔大王である!」
幼さを感じさせる声のもと現れたのは身長150cmほどの華奢な少年だった。
黒く艶やかな肩まである長髪を後ろで三つ編みに纏め、顔は幼さを感じさせるものだった。
しかしてその服装は黒縁の眼鏡をかけ、赫い道服を身に纏い、右手には笏を持った、誰もがイメージする閻魔大王そのものである。
そして何より、その姿からはかけ離れた圧倒的なまでの威圧感と純然な王たる風格が放たれていた。
「へー、髭のついたチビデブのオッサンを想定してたけど案外可愛らしいじゃない?」
ふふふ、と笑いながら美影は閻魔に言う。
「先程から不敬がすぎるぞ、亡者!」
閻魔の怒声が響き渡る。
それは最早雷鳴と変わらない程の大音量、さしもの美影も思わず耳を塞ぐ。
「……ッ、なんだそんななりでもれっきとした閻魔大王って訳ね」
美影の顔から嘲笑う表情が消える。
「……これより汝の罪を裁く、我が瞳は鏡と一つであり、汝の生前の全てを見通し……」
閻魔が語るのを遮る様に美影が口を挟む。
「そう言うのいいから、どうせ無間地獄刑期26億年……いや、特例で無期懲役かしら。と言うか、あんたの眼が浄玻璃鏡と同等ってなかなか凄いわね? 途中で耳に挟んだ地獄の技術革新をやったってだけあるわね、閻魔様」
それを聞いた閻魔はしばし黙り、一呼吸おいて口を開いた。
「あぁ! もう! なんなんですか貴女! 人が真面目に仕事してるのに茶々入れて! そんなんだから私より前の裁判担当の十王四人が仕事拒否したんですよ! 長い地獄の歴史で初ですよ、十王が仕事拒否するとか! 地獄の歴史書に永劫に掲載されるレベルの異常事態ですよ! 後、貴女の言う通り無間地獄最下層行きで超特例の無期懲役ですよ大馬鹿大罪人‼︎」
先程までの威厳ある口調はどこへやら、閻魔はひたすらに捲し立てた。
「あ、やっぱ無理してキャラ付けしてたんだ、アンタ。と言うか、死んで三日で閻魔庁連れて来られた理由が十王に拒否られたとか流石の私も笑いが止まらないわぁ!」
爆笑しながら美影が答える。
「ハァ……ハァ……もう兎に角さっさと無間地獄行ってください……」
閻魔はすこぶる疲れながらも指を鳴らす。
瞬間、美影の前に黒より黒い空間が広がったゲートが開く。
無間地獄への直通ゲートだ。
「ふぅん、この先が無間地獄……ね。まぁ、行きますかねぇ。あぁ、最後に」
美影が足を止める。
「……なんですか? 今更怖くなりましたか? 逃しませんからね」
閻魔は冷たい目で美影を見て答える。
「そうじゃないわよ。アンタ、無理して尊大でいるより素の方が仕事やりやすいと思うわよ? 大方、歴代の閻魔大王に恥じぬ様にとか思ってやってるんでしょうけど。アンタはアンタなりに頑張ってるんだからそれでいいんじゃない? じゃ、サヨナラ可愛い閻魔様」
そう言い残すと美影はゲートに向かって倒れ込み、落ちていく。
そうしてゲートは閉じられた。
「……そんなんじゃダメなんだよ」
閻魔は美影の発言に少し顔を曇らせていた。
「あー、ここが無間地獄かぁ。今は頭下足上の段階……よね? にしては既にその先の無間の火城で味わうはずのものも感じるわねぇ。まぁ、現物伝えられた人間なんている訳ないしこう言う誤差は仕方ないか。にしても元気な他の罪人達の叫びがよく聞こえるわぁ。と言うか、頭下足上なのに泣けないあたり魂から腐ってるのかしら、ワタシ?」
そんなことを一人呟きながら美影は何もない暗黒空間を頭から落ち続ける。
「にしても、案外苦痛と言うか感覚が少ない……冷静に考えたら私の感覚が壊れてるだけか。よくよく考えてみたら色んなところを両親にぶっ壊されちゃったもんなぁ」
彼女はひたすら落ち続ける。
ほとんど何も感じず、思考だけが廻る。
「あぁ、けど……」
美影は瞳を瞑る。
「雪奈だけは違ったなぁ……初めて会った時から温かかったなぁ。雪奈と触れ合う時だけは感覚が戻った様に思えたっけ。だから、ワタシは雪奈の全部が欲しかった。笑顔も泣き顔も喜びも憎しみも恨みも殺意も全部全部欲しかった」
そのまま彼女は口閉じる。
美影は落ち続けながら思いを馳せる。
自身が成した悪逆、彼女はこれを後悔などしていない。
雪奈の全てだけが欲しい彼女にとって他の命などそれこそ蟲と同じ、それがいくら死のうがどうでも良かった。
けれど、けれど……雪奈が死ぬのはダメだ。
だからこそ彼女は『蠱毒』での戦いの後、雪奈に命を譲渡した。
最初に殺された時は雪奈は美影を見ていなかった、ただ怒りのままに殺しただけだ。
けれど、『蠱毒』での戦いは雪奈は美影だけを見ていた。
最愛の人がその命を糧に美影を殺してくれる。
それは彼女にとってこれ以上ない幸福だった。だからこそ、雪奈は生きなければならない。
美影は譲渡した魂に2つの呪いを施した。
一つは雪奈に譲渡した魂の大幅な強化、何もなければ九十代まではまず健康に生きられかつ戦いにおいて悪運が強くなるというもの。
そしてもう一つ、不定期に美影を殺す又は殺した時の夢を見せ記憶させるというもの。
雪奈が死ぬその時まで美影を忘れさせない、ずっと想わせ続ける。
「あぁ、雪奈、ワタシは地獄で貴女は現世でずっと想い続けるの」
ふふふ、と美影は満足げな笑みを浮かべて落ちていく。
その瞳には何もない漆黒の地獄を写しながら……




