素敵なプレゼント
古く大きな武家屋敷……不知火家が平安時代より受け継いできた家、暖かい夏の陽の光と爽やかな風が屋敷を駆け抜ける。
その縁側で気持ちよさそうに惰眠を貪る少女が一人。
猫のようにうずくまって気持ちよさそうに眠る少女……不知火雪奈。
綺麗な小麦色に焼けた肌が夏の朝日に照らされる。
すぅすぅと寝息を立てながら優しい夢に溺れる雪奈の瞳がゆっくりと開く。
「ん、ん〜〜〜」
ふぁぁ……と軽くあくびをして、雪奈は寝ぼけ眼を擦る。
爽やかな風が雪奈の頬を撫で、寝起きの意識をゆっくりと覚醒させる。
雪奈はカレンダーに目を向ける。
7月17日に赤い丸が付けられ、その下に『美影と光美と遊ぶ! 美影達の家に集合!』と書いてある。
「あっ……やっべ……」
今現在の時刻は午前10時、対して約束した時間は午前8時。
完璧な遅刻である。
慌てて飛び起きた雪奈は急いで遊びに行く支度を始める。
いかんせん二時間もの遅刻は流石にまずい。
光美は当然怒ってるだろうし、普段優しい美影も怒っているに違いない。
兎に角急がないといけない。
自分のポーチに必要そうなものを粗雑に突っ込み、大急ぎで玄関に向かう。
「行ってきまーす‼︎」
元気な声でそう言うと雪奈は全力で走る。
「いってらっしゃ……って、もう行っちゃった」
雪奈の背中を見送る人影が二つ。
長い黒髪の女性と背の高い筋骨隆々の男性。
「全く、誰に似たのかしらねぇ?」
女性は男性の方に視線を向けてそう呟く。
男性の方は「ははは……」と申し訳なさそうに笑ったのち言葉を紡ぐ。
「けど、楽しそうでいいじゃないか」
優しい笑顔でそう言った男性を見て女性も笑いながら答える。
「ふふ、そうね! サァテ、私たちも可愛い娘のためにも色々準備するわよ! 手伝いよろしくね、永介?」
「応よ! 季劫!」
二人はそのまま屋敷の中に戻っていった。
———————————————
雪奈はひたすらに、ただひたすらに走った。
汗でベトベトになり、息も絶え絶えになったがようやく美影達の屋敷に着く。
屋敷の長屋門にもたれかかって美影と光美が待っていた。
「もう! 雪奈ったら遅いです!」
光美は少し不機嫌そうな顔で雪奈に言い寄る。
そんな光美を宥める様に美影は雪奈と光美の間に入った。
「まぁまぁ、雪奈の様子を見るに結構頑張って来たみたいだし、少しは許してあげましょ?」
むぅ……と顔を顰めた後、光美はため息をついた後「仕方ないなぁ」と続けた。
「でも、今度からは気をつけるよーに! 後、お姉ちゃんは雪奈に甘すぎ!」
「はーい、気をつけるわねぇ」
美影は少し困った様な顔で答える。
雪奈はと言うと、両手を合わせて謝っていた。
「ところで、今日は何して遊ぶの? 美影達が決めるって言ってたけど」
「「あ……」」
美影と光美、二人の声が重なる。
そのあと二人はお互いに顔を合わせる。
「ふーん、決めてないんだ?」
雪奈は意地悪そうに質問する。
うぐぐ、と光美は困った顔になってしまうが、美影が二人を諌める。
「ごめんなさいね、正直に言うと考えてなかったわ……けど、雪奈も今日は遅刻したしお互い様ってことにしましょ? ね?」
美影は優しく言葉を紡ぐ。
「まぁ……うん。意地悪言ってごめんね光美、美影」
「私もごめんね」
雪奈と光美が謝り終わったあと美影はよしよしと、二人の頭を優しく撫でる。
二人は少し恥ずかしそうにしながらも、その顔は少し嬉しそうだ。
「美影ってさ、同い年なのに大人っぽいよね」
そんな事を雪奈が呟く。
「ふふ、そうかしらねぇ?」
雪奈の言葉を聞いた美影は少し嬉しそうに、けれど寂しさが混ざった様な声で答える。
実際、美影は同じ年代の子供より大人びている。
と言うのも、彼女の一族……神代の一族の歴史において最高の天才、いわゆる神童だったことが理由だ。
美影は成人した術師でも習得に10年かかる筈の式神行使の技術を僅か6歳で体得し、既に神代の陰陽師として様々な仕事をこなしている。
必然的に他の同業者と顔を合わす機会も増えるし、何より神代家の陰陽師としての品格が求められるのだ。
「美影?」
寂しそうな美影が気になった雪奈が声をかける。
「うんうん、なんでもないわ! そうだ、裏のお山に行きましょう! この前面白そうな場所を見つけたの!」
美影はなんでもなかった様に話題を逸らし、二人の腕を引っ張って裏の山に向かう。
木漏れ日が指す山の中、水のせせらぎと優しい植物の香りの中、三人は美影の言う『面白い場所』を目指して小一時間ほど歩いていた。
「まだかかるの〜……」
流石に疲れたのか光美が弱音を吐く。
雪奈も弱音こそ吐かないものの、目に見えて疲れ始めていた。
そんな二人を宥める様に美影は言う。
「あとちょっとだから頑張ってね。光美、雪奈」
そうして少し歩いた後、大きく開けた場所に出る。
「さぁ、ここよ!」
美影が両手を広げ、無邪気な笑顔で雪奈達の方を振り向く。
その背後には一面の白と黒の百合が咲き誇る花畑が広がっていた。
「きれい……」
無意識に雪奈の口から言葉が溢れる。
光美も眼前の光景に目を輝かしていた。
すごく綺麗な光景……
「ねぇ? 来てよかったでしょ?」
美影は嬉しそうな笑顔で二人に言う。
「すっごく綺麗だよ! ありがとう、美影!」
雪奈は美影の手を握り感謝の言葉を述べる。
雪奈の純粋な感謝の気持ちに、美影は少しビックリした様な顔をしたのち、すぐにいつもの表情に戻った。
「……えぇ、えぇ! 喜んでもらえて嬉しいわ!」
そうして三人は綺麗な花畑で素敵な時間を過ごす。
日がオレンジ色に染まる夕焼けまで……
日も暮れ始めた、もうおうちに帰ろう。
雪奈は美影達と一緒に自分の家に帰る。
今日は美影達は雪奈の家に泊まることになっていた。
美影達の家は忙しくて、お父さんとお母さんが帰って来れないらしいと前々から聞いていた。
別段、珍しいことじゃない。
そもそも不知火家と神代家は家族ぐるみで仲が良かったから、互いの家に泊まるのは良くあった。
けれど、今日は少し雰囲気が違った。
美影と光美は、雪奈が見てもわかるくらいソワソワしていた。
雪奈はそこには寂しさや不安ではなく嬉しさを感じた。
そうして雪奈は家の玄関を開ける。
パンッパンッ、とパーティクラッカーの音が鳴り響く。
「「「「雪奈、誕生日おめでとう!」」」」
雪奈の両親……永介と季劫、そして美影達の両親がそこにいた。
「「サプライズ大成功ね!」」
美影と光美が息を合わせて言うと、雪奈の腕を引っ張る。
今日は雪奈の誕生日。
本人はすっかり忘れていたけれど、これから楽しい誕生会が始まるのだ。
———違う。
雪奈は覚えている。
この日、本当は何があったかを。
脳裏にこびり付いた惨劇を、血と臓物の匂いを。
……あの無邪気で悍ましい貌を。
———————————————
雪奈の意識が覚醒する。
着ていたはずの儀礼装束は脱がされ、刀もない。
身に纏っているのは白装束だけ。
「起きたのね、雪奈」
雪奈が今の状況を整理する間も無く、聞き覚えのある優しい声が響き頭をそっと撫でる。
同時に、雪奈の身体は逃げるように動き、飛び退く。
「あらあら、治したばかりだから心配だったけれど、その様子なら問題なさそうね」
治した?
その言葉を聞いて、雪奈の脳が記憶を想起する。
自分がどうなったのかを……
「……ッ!」
無意識に一歩、雪奈が後退する。
それを見た美影は夢で見たあの日と全く同じ笑顔で雪奈に語りかける。
「だいじょうぶ……大丈夫よ、雪奈」
美影は小さな子供をあやすような声色でそう言いながら立ち上がり、雪奈にゆっくりと近づいてくる。
雪奈は、また無意識に一歩後ずさる。
「さっきはごめんなさい……昂ったとは言え、雪奈を殺してしまうなんて……」
変わらず優しい声色で美影は続ける。
美影の声に呼応するかの様に雪奈の身体をゆっくりと恐怖が蝕んでいく。
雪奈の呼吸が激しくなる、胸が痛い、気持ち悪い。
「けれど、安心して。ここなら……『蠱毒』の中なら、貴女がどうなってしまってもワタシが完璧に直せるの! ここならワタシはなんでもできるのだから! 『蠱毒』の広げた根を通してこの星の全てをワタシの霊力に変換するの! そうしたら、この中でワタシと雪奈はずぅぅぅっと一緒に居られるわ!」
美影が両手を広げ、無邪気な笑顔で嬉しそうにクルッと一回回る。
雪奈は理解できない、理解できるはずがない。
「あら? 雪奈、だいぶ不機嫌ね? もしかしてさっき見せた夢のことで怒ってる?」
美影は心配そうな表情をして雪奈を見る。
「今、なんて……」
雪奈の思考が追いつかない。
見せていた夢?
一体どう言う意味……
思考を回す雪奈の事はお構いなしに美影は言葉を放つ。
「言ったでしょう。ここの中ならワタシはなんでもできるって。だから、ワタシの大切な日の記憶を夢で見せたの! まぁ、途中で起きられちゃったけど……」
雪奈の思考が真っ白になる。
同時にあの日の記憶がフラッシュバックする。
「……けるな」
「?」
「ふざけるな‼︎大切な日だと? お前はあの日何をしたと思っている‼︎私と光美はあの日ッ……」
雪奈は思い出す。
あの日の惨劇を。
だが、雪奈の怒りの叫びに割り込む様に美影は告げる。
「ええ、よぉく覚えているわ。あの日のこと……貴女が見せてくれた絶望も! 恐怖も! 怒りも! 殺意も! あぁ! 全てが愛おしかったわ……!」
美影は恍惚の表情を浮かべ、その身を震わす。
しばらくした後、パチンッ、と美影は指を鳴らす。
同時に周りの景色が一変する。
先程まで暗闇しかなかった空間は夏の夕焼けが差し込む小さな和室へと変わる。
あの日の雪奈の家に……
「ふふ、雪奈の好みに合うかしら? あの日の再現、なんてね?」
そう言うと美影は雪奈の眼前に刀を投げ捨てる。
それは、雪奈の愛刀、今は亡き母の形見。
無防備な今の雪奈が美影に対抗するにはこの刀を取るしかない。
その筈なのに……。
身体が動かない。
理解できない、わからない。
雪奈自身も理解できない、いや……理解したくない。
「ふふ、怖いのね。けど、そんな雪奈もワタシは好きよ♡」
美影がゆっくりと近づいてくる。
雪奈はなぜ自分が刀を手に取れないか既に理解していた。
「私は……」
弱々しい震えた声を雪奈は必死に出そうとする。
その瞬間美影からただならぬ殺気が溢れ出す。
だが、それは雪奈に向けられたものではない。
「本当に邪魔なムシケラ達……」
そう溢すと美影は笑顔を見せた後、雪奈から離れ、後ろを振り向く。
「ごめんなさい、雪奈……ちょっと行かないといけないみたい。雪奈はゆっくり考えていて頂戴♡」
そう告げると美影は歪むように消える。
おそらく、『蠱毒』の外に出たのだろう。
美影が居なくなったせいか、雪奈は感情が溢れ出す。
怒り、絶望、無力感、そして何より……
「私はッ……」
雪奈の瞳から涙が溢れ出る。
情けない自分に、泣くことしかできない自分に、何もできない自分に絶望する。
雪奈は刀を手に取れなかった。
その理由は他でもない、美影に対する恐怖心に雪奈の心は完全に折れてしまったのだ。
結局、自分はまた何もできなかったのだ。
あの日……8年前の雪奈の誕生日に美影が起こした惨劇。
美影達の両親も、雪奈の両親も皆殺しにされたあの日。
何もできずにただ恐怖するだけしかできない光美。
雪奈は感情のままに部屋に飾られていた母の刀を美影に振るい、美影を殺した。
いや、正確には美影の方から殺されに来た。
結局は全て美影の思う壺だったのだ、彼女にとっては自らの死でさえも雪奈からの贈り物でしかない。
あの日から雪奈は何も変われていなかった、弱い自分のまま……




