邂逅
楽しいおしゃべりもひと段落つき、一行は京都市観光に向かった。
と、言っても雪奈と光美にとっては慣れ親しんだ地元だ。
故にと言うか何というか、二人はガイド役に徹していた。
無難に有名所を回る予定だったが時期的な事も相まってどこも人手が多い。
まぁ、つまるところ。
「……迷ったわね」
こうなる。
アキルはものの見事に迷子になった。
だが、焦る必要はない。
何故なら現代叡智の結晶、スマートフォンがあるのだから!
アキルは余裕の表情でスマホの電源ボタンを押した。
がッ……ダメッ!
画面は暗闇のまま微動だにしない。
何かの間違いだと再度電源ボタンを押すがスマホは沈黙したままだ。
そう、充電切れである。
途端にアキルに焦りが出始める。
未知の土地でひとりぼっち、連絡手段も無い。
なんなら光美の家までのルートすら覚えていない。
楽しい旅行が一転して遭難状態へと書き変わる。
だがしかし、まだ大丈夫だ人類は言語コミュニケーションが行えるのだから。
事情を説明して電話を借りれさえすればいい、アキルは辺りを見渡す……が。
誰もいない。
余りにも運がないと自分を呪うアキルだったが違和感に気づく、周りには誰もいないのはわかるが何故音すらしない? いや、それどころか人の気配すら無いのは何故?
そんな思考が脳裏を巡った時、その声は不意に響いた。
「あらあら? あの娘の匂いがしたからを捕まえたのだけど……貴方はだぁれ?」
眼前には黒い巫女装束を纏った少女が一人。
鈴を転がしたかのような心地よい声、無邪気で無垢な笑顔。
だが、その奥底からはアキルでもわかるほど悍しくドス黒い悪意を垂れ流していた。
いくら争い事に疎いアキルでも即座に本能で理解する、眼前の少女は自分の敵だと。
瞬時に距離を取ろうとするが、身体が動かすことができない、声すら上げられない。
まるで金縛りにでもあったかの様に微動だにすらできない。
そんなアキルを嘲笑うかの様に眼前の少女は冷淡に言葉を放つ。
「貴方がなんにせよ、雪奈じゃないならどうでもいいわ。養分の足しくらいにはなれるでしょう?」
少女は自らの手を合わせる。
「大黒蟲」
呪う様にその名を紡ぐ、同時に少女の影から巨大な黒色のムカデが這い出でる。
「さぁ、食べなさいな」
少女の指示に従うようにムカデがゆっくりと蠢き始める。
それでもアキルの身体は動かない。
既にアキルの運命は決まった。
抵抗も逃走も許されない、無力な餌として無惨に無様に死ぬ。
彼女一人なら。
「白楼! 右牙! 左牙!」
凛とした叫びと共にアキルの眼前に二匹の白狼が現れる。
二匹はまるでアキルを守るかのように牙を曝け出し眼前の少女を威嚇する。
それに続く様にアキルは何かに引っ張り上げられた。
「大丈夫ですか⁈」
引っ張り上げたのは光美だった。
先ほどまでの恐怖のせいかアキルはうまく声が出せなかったが、問題ないと判断した光美はアキルの手を握り締め叫ぶ。
「絶ッ対に手を離さないでください‼︎」
光美が叫ぶと同時にアキル達が乗っていた地面が動き出す。
「逃げるよ!」
その声と共に先ほどの二匹の白狼と地面……巨大な白蛇が全力で少女から逃げる。
その刹那、アキルは少女と目が合う。
深淵を切り取ったかの様な黒い瞳には無垢な悪意だけがあった。
「何とか、逃げ切れましたね……」
二匹の白狼は変わらず警戒を続けている、大蛇は未だに止まらないが、先ほどのムカデも追ってきてはいない。
安心したのか光美は座り込んだ。
「さっきのは一体……」
そんな言葉がアキルの口から漏れる。
それを聞いた光美は何処か哀しげに応え始める。
「さっきのは私の姉……美影です。まさか、また会う事になるとは思いませんでしたが……」
「どう言う事?」
「姉は既に死んだんです。八年前に」
そう告げた後光美は目を閉じる、想いを馳せる様に祈る様に。
さぁ、家に着きましたよ! と光美が言う。
その言葉を聞いた大蛇は自らの頭を下げ二人を下ろした後、二匹の白狼と共に霧散した。
二人が帰ってきたのに気づいたのか、屋敷の方から雪奈が飛び出してきた。
「お二人とも無事ですか⁉︎」
二人の只ならぬ様子を見た雪奈は心配そうに問いかける。
「無事、だけど……」
アキルは光美の方を向く。
光美は深呼吸をした後雪奈に告げる。
「姉が……美影が居たんです」
その言葉を聞いて雪奈の顔が固まる。
ありえない、雪奈は小さく呟いた。
同時にその柔らかだった表情が変わる、絶対なる決意を固めた武士の表情へと……
「光美、儀礼装束の準備をお願いします。私は刀の準備を」
そう言うと雪奈は屋敷の奥へと向かう。
「御任せを」
先ほどまでの友人としての二人の会話とは全く違う。
言うなれば従者と主人の会話にも似たそれにアキルは動揺するが……
「アキルさん、申し訳ないのですが貴方にも助力していただきます。事態は急を要するので説明しながらになりますが」
状況はわからないが、先ほど死にかけた時点でアキルも事態の緊急性は理解している。
「ええ、やれる限りはやってみせるわ!」
かくして少女達の一夏の惨禍は廻り始める。
呪いと愛が混ざり蠢き舞い散る桜獄の物語が……




