エピローグof魔術師
気がつくと私は自室のベットの上で眠っていた。
目覚めてすぐに外の景色を見たが、まるで何事もなかったかのように平穏そのものだった。
鳥は囀り、太陽の暖かい光が差し込み、爽やかな風が吹いていた。
そうか、お嬢様は無事に成し遂げたんだ。
世界を救うという偉業を。
安堵の感情が湧き出る。
一度部屋に戻り、いつも通りの執事服へと着替えてお嬢様の部屋へと向かう。
そう、きっとこの扉を開ければいつものようにお嬢様が静かに眠っているはずだ、そしてまたいつも通りの日常が始まるのだ、そう自分に言い聞かせるようにして扉を開く。
そこにお嬢様の姿はなかった。
あぁ、きっと先に起きて屋敷のどこかにいるのかもしれない。
そうだ、そうに違いない。
ならば探さなくては、そう考えると同時に行動に移す。
屋敷の住人たちを起こし、全員で広い屋敷の中をくまなく探す。
けれど、お嬢様はどこにもいない。
地下図書館にも、トレーニングルームにも、食堂にもどこにもいない。
あぁ、そうか、きっと町に出てしまったんだ。
だから、屋敷の中にはいないんだ。
今度は全員で町の方を探し始める。
話を聞いた『松零会』の皆さんや、冬香様、ニアさんも一緒になって探してくれた。
だが、見つからない。
まるで、蒼葉アキルという人間が最初からいなかったかのように痕跡さえ残ってはいなかった。
あぁ、あぁ、嘘だ。
お嬢様は別れ際に、もう二度と会えないと言っていたけど、そんな事があってたまるか!
まだ、私は……私たちはお嬢様と一緒にいたいんだ!
……そうだ荒井月なら、Nyarlathotepなら何か知っているかもしれない。
そうして私たちはお嬢様と荒井月を探し続け、数ヶ月が経過した。
世間は年の瀬で大忙しだ。
至る所で来年は何をしようかとか、来年もいい年であるようにとか、そう言った話題ばかりだ。
しかし、私はひどく暗い気分だった。
いまだにお嬢様所か荒井月すら見つける事ができていないのだ。
時間は無情にも過ぎ去っていく。
お嬢様が帰ってくることを諦め始めた者もいた。
けれど、私はいまだに諦め切れないでいた。
お嬢様はきっと帰ってくる。
そんな確証も何もない、ただの私のエゴだけが私を突き動かしていた。
今日も予玖土町をくまなく探したがお嬢様の情報はなかった。
一途の望みをかけて『鳩屋』に向かう。
あそこの店長にも情報収集を頼んでいる。
もしかしたら何か情報を掴んでくれたかもしれない。
そう願いながら『鳩屋』に入店する。
「店長、今時間いいですか?」
「クリスくんか、申し訳ないが今日も情報は何もないんだ」
そう店長が告げる。
「そう……ですか……」
「……すまない」
「いえ、店長のせいではないですよ。では失礼します」
そう言って店を出る。
外は白い雪が降り始めていた。
凍えるような寒さの中、屋敷に帰り仮眠を取ろうとする。
明日の朝になったらまた町の中を探さなくてはならないのだから……
「まだ、探しているの?」
玄関に入った瞬間、不意にケイトさんの声が響く。
「ええ、きっとお嬢様はどこかにいます」
「そう、けれどそう言ってもう年の瀬になっちゃったわね」
「ですね」
「……はぁ、いい加減諦めなさいよ」
苛立った声でケイトさんは呟く。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ! いくら探したってもうアキルは……アキルはいないのよ!」
「いますよ」
「ッツ! もうあんたも探すのやめなさいよ、毎日毎日朝から晩までずっと探してボロボロじゃない!」
「少し眠れば大丈夫ですよ」
「……ねぇ、クリスお願いだから少し休んで頂戴よ。あんたわかってないみたいだけど今にも死にそうよ?」
「それがどうしたんですか」
「アキルを探してあんたが死んだんじゃ意味がないじゃない!」
「……」
言葉に詰まる。
確かに死んでしまえば意味がない。
けど、今の私に生きている意味などあるのだろうか?
「クリス……」
「私は……」
不意に玄関のチャイムがなる。
こんな時間に来客だろうか?
玄関のドアを開けるとそこには荒井月……Nyarlathotepが佇んでいた。
「な……」
「いい顔しますねぇ、クリスくんでしたっけ? 貴方なかなかいい反応をしますね。気に入りましたよ」
「なんで……今までどこを探しても見つからなかったのに……」
「あぁ、それは……」
そう言って月は後ろに隠れていた少女を前に出す。
忘れもしない、純白の髪と青い瞳。
そこにいたのは紛れもなくお嬢様だった。
「あー、その、えっと……」
言葉に詰まったのかお嬢様は困っていた。
けど、そんなことはどうでも良い。
間違いなく目の前にお嬢様がいるのだから!
「お嬢……さま……」
頬を熱いものが流れる。
「ちょっ、泣くことないじゃない!」
「すいません……でも、どうして……」
「あー、話すと少し長くなるんだけどねえ」
あの後、私はしばらくの間眠り続けていた。
けど、ある時、不意に目覚めさせられた。
「ご機嫌よう蒼葉アキル。気分はどうかな」
そう言ってNyarlathotepは薄ら笑いを浮かべていた。
「なんで、私……」
「あの後、気が変わりましてね。お父様の中から出て行ってもらうことにしたのです」
「あんた……助けてくれたの?」
「は? あまり思いあがらないでください、完全で全能たるお父様の中に矮小な人間などという異物が入っている事が心底不愉快だったからですよ? 貴方なんて食事に混入した虫のようなものです。私はそれを取り除いたに過ぎません」
侮蔑を込めながらNyarlathotepはそう告げる。
「そう、でも、ありがとう」
「感謝されるいわれはありませんよ」
「とまぁ、そんな事があったのよ」
お嬢様は愉快そうにそう話す。
「まぁ、貴方を取り出すのにかなり時間がかかりましたがね」
「ああ、けど、よかった、またお嬢様に会えて」
相変わらず私は涙を流しながらそう告げる。
「もう、クリスは泣き虫なんだから。私の従者なら泣き止みなさいな」
「あれ? 彼は従者なんですか? てっきり別れの際の言葉から恋人か何かだと思っていましたが?」
「な、それは、その……」
真っ赤な顔でお嬢様は視線を逸らす。
「ああ、もう! そんなことよりクリス! 主人が帰ってきたらいう事があるでしょう?」
あぁ、そうだ。
私はお嬢様の執事だ。
主人が帰ってきたならこの言葉で迎えなければならない。
涙を拭いて一言告げる。
「おかえりなさいませ」
その一言を聞いて、満足そうな笑顔でお嬢様が答える。
「ただいま!」




