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混沌怪奇譚 夢幻に生きる者たちよ  作者: ラット
蒼葉アキルは静かな明日が欲しい
20/86

魔皇

 混沌とした記憶の断片が濁流となって私に流れ込んでくる。

 世界の始まりから今まで、そしてその先さえも内包した記憶、その全てが私の脳漿をひどく侵食する。

 微睡む白痴盲目の魔皇の精神は混沌怪奇に私の自我と精神を侵食し、塗りつぶし、犯す。

 肉体は飽和し、まるでコーヒーの中に入れられた角砂糖のようにAzathothの中で溶け始めていた。

 かろうじて残った痛覚が与える激しい苦痛が私を刺激し、それによってギリギリで自我を保っていられる。

 苦痛と狂気と混沌が蒼葉アキル()と言う存在を塗りつぶそうとする。

 記憶は摩耗し、肉体は溶け、精神は犯された。

 けど、それでも私はやらなきゃならない。

 ここで私が諦めてしまったら、全てが文字通り終わってしまうのだから。

 そんなのは絶対に嫌だ、私は……私は、みんなと一緒にいられる明日が欲しい! 

 その為だったら、原初の混沌だろうが微睡む白痴盲目の魔皇だろうが全部食い尽くしてやる! 


「——神格接続、同期開始」


 一言、そう告げる。

 神を取り込む方法なんて私は知らないはずなのに、今ならそのやり方がわかる。

 原初にして全能の混沌たるAzathothに投げ込まれたせいか? 

 それとも、私が蒼葉夜行と同じ蒼葉の血筋だからか? 

 だが、今はそんなことは全部どうでも良い! 

 Azathothの中に溶けきった私の身体を媒体として魔力を流し込み、無理やり同期を開始する。

 溶けきっているくせに痛覚だけはきっちり残っているせいで魔力を流すたびに激痛が走り気が狂いそうになる。

 それでも、折れてはならない。

 痛くても良い、苦しくても良い、みんなとの明日が掴めるのなら私は全てを投げ出してでも耐えられる。

 記憶の逆流はさらに激しくなり、Azathothという存在が私の自我と精神を完全に塗りつぶそうとする。

 蒼葉アキル()を塗りつぶしてAzathoth()に全てを置き換えようとする。

 それはダメだ。

 あくまでも蒼葉アキル()としての自我でこの神と同期しなくては意味がない。

 Azathothを主として同期してしまえば世界が終わると言う結末は変わらない。

 それじゃあ意味がない! 

 必死になって自我を保たせる。

 摩耗し切った精神と自我を根気で持たせる。

 我ながらひどく非効率だけれど今はこうするしかない。

 私の自我が崩れ落ちるのが先か、同期が終わるのが先か、その勝負だ! 

 幸い、耐え忍ぶことは得意だ。

 どれだけ苦痛があろうとも、どれだけ苦難があろうとも、守りたいものがある限り私は決して折れはしないのだから! 

 不意に、混沌は静寂に包まれる。

 先ほどまで荒波のように蠢いていたAzathothの記憶は恐ろしいまでに静かになっていた。

 まるで、眠りについたかのように、安らかに。

 そうして気がついた。

 私自身の形が人の形に戻っていることに。

 いや、正確にいえばボロボロの体の所々から黒い瘴気が溢れ出しているから絶対何かおかしいが、先ほどまでの激痛や狂気は鳴りを潜めている。

 周りを見渡すと黒い瘴気が私を包み込んでいた。

 それがひどく邪魔に感じた私は手をそっとかざす。

 その瘴気たちはまるで強風に煽られたが如く霧散した。

 そして、眼下には蒼葉夜行とNyarlathotepが唖然として立ちすくんでいた。


「ありえない……ありえない!」


 夜行が怒声を上げる。

 その表情はひどく絶望しておりかつ憤怒の様相を持っていた。


「まさか本当にやるとは思っていませんでしたよ!」


 Nyarlathotepは心底面白そうにケラケラと笑いながらそう呟く。

 どうやら、状況から察するにAzathothとの同期は上手くいったらしい。

 なら、後は簡単だ。


「ふざけるな……ふざけるな! 我が永遠の夢がこんな出来損ないのクソ餓鬼に潰されるだと! あってはならない、そんなこと、決してあってはならない!」


 激昂した夜行は尚も冷徹に冒涜的な呪文を再び紡ぎ始める。

 その呪文に呼応するかのように虚空から大量の星の吸血鬼が私に向かって襲いかかってくる。

 けど、そんな行為は無意味だ。


「平伏せよ」


 そう言ってAzathoth()は手を振り落とす。

 瞬間、星の吸血鬼たちは地面へと墜落し、その肉体を地面にめり込ませる。

 重力操作というやつか? いまいち権能の使い方が掴めないが尚も重力が重くなるようにイメージする。

 すると地に堕ちた星の吸血鬼たちは重力に耐えきれず破裂を繰り返し、奇妙な断末魔の果てに無残な亡骸だけが残った。


「馬鹿な! あれだけの数が、こうも簡単に……おのれ! おのれ! おのれぇ!」


 そう叫ぶと夜行は吶喊してくる。

 だが、ただの吶喊じゃない。

 今の夜行の中からは二柱の神の権能を感じる、それを使っての吶喊だろう。

 夜行の〈ヨグ=ソトースのこぶし〉はその権能によって多次元から襲いくる。

 だが……


「何故だ! 我には副王たるヨグ=ソトースと音楽神トルネンブラの権能があるというのに何故触れることすらできん!」


 夜行が怒声をあげる。

 彼の唱えた〈ヨグ=ソトースのこぶし〉が私に触れることは決してない。

 何故なら。


「だっていくら神の権能が使えたって相手がAzathoth()じゃ無意味よ。だって彼らはAzathoth()から生まれ落ちたのだから。親が子に負けるはずないでしょう?」


 当たり前の答えを返す。


「クソ! こうなったら……」


 夜行は懐から何かを取り出そうとするが、()()()()()()()

 その違和感に気づいた夜行はひどく焦っていた。


「貴方が探しているのはこれかしら?」


 そう言って瘴気を纏った掌の中から一つの銀色のカギを出現させる。


「な、何故そこに!」


 夜行はひどく慌てふためく。

 無理もない、これは銀の鍵、窮極の門へと至る鍵。

 なるほど、合点がいった。

 夜行はこの鍵を使って自身を精神のみにして、時空を超えた無限の時間を旅していたわけだ。


「私が、Azathoth()の掌の中にあると認識しただけよ。いまいち出力が分からないからちょっと苦労したけど。それにしても銀の鍵ねぇ、お得意の逃避行かしら? けど残念、それは許さないわ!」


 そう言って銀の鍵を握りしめる。

 これを持っていかれては困るから丁寧に丁寧に手と瘴気で包み込む。


「さて、これで貴方の逃げ道は無くなったわよ、蒼葉夜行」


「馬鹿な……ありえない……こんな結末があってたまるか! まだ私には人質がいるんだぞ! あの2人の巫女は私の裁量次第でヨグ=ソトースの中に放り込まれ時空の間から二度と帰ってこれなくなる! それでも良いのか⁉︎」


 醜くも人質を盾にこの状況を打開しようと夜行は思考を走らせる。

 けれど、それさえ無意味なのだ。


「あら? ()()()()()()()()()()()()()()? ()


「は?」


 呆気に取られた顔で夜行がヨグ=ソトースの方を振り向く。

 そこには先ほどまで拘束されていた冬香姉さんとニアさんの姿はなかった。


「な……」


「忘れたのかしら? 今は私がAzathoth(全能の魔皇)なのよ、この世界の全ては、今だけは私の意思で全てが決定できるのよ! それが神々を束ねる魔王の力よ!」


「ふざけるな! そんな理不尽あってたまるか!」


「あんたがそれを言う? 自分の都合の良い世界を作ろうとしたあんたが」


「クッ……」


 無様にも夜行はこの場からの逃走を図った。

 光の柱による結界を解きそのまま全速力で逃げようとする。

 けど……


「それも無意味よ?」


「な……」


 Azathoth()を夜行の前に出現させる。


「言ったでしょう。今は私がAzathoth。世界そのものから逃げられるわけないじゃない?」


「クソ! お前は私を殺すのか! 私はお前の先祖だぞ!」


 見苦しい命乞いを夜行は叫ぶ。

 だが、答えは最初から決まっている。


「確かに貴方は私の先祖よ、けれど貴方のせいで何百年、いやもっとかしら? 多くの無関係の人々がこの町で犠牲になったのよ、良い加減しかるべき罰を受けるべきよね?」


「な……」


「それじゃあ、さようなら。永劫に死に続けながら犠牲者たちに詫び続けなさい」


 そう言って夜行に触れる。

 触れた先から夜行はボロボロと崩壊していき断末魔と呪詛が混ざり合った絶叫を上げながらついには光の粒子となって消えた。


「ふぅ……」


 長かった一族の贖罪もこれでひと段落かな。

 ならもう思い残すことはない。

 後は……


「お嬢様!」


 不意にクリスの声が私を呼ぶ。

 振り返るとそこにはボロボロになったクリスがいた。


「お嬢様……ですよね?」


「……ええ、随分とボロボロね、クリス」


「ははは、やっぱり荒事はなれませんね」


 そう言ってクリスは近づこうとする。


「来ないで」


 近づこうとするクリスにそう言い放つ。

 そうしなきゃ、私の覚悟が揺らいでしまう気がしたから。


「ごめんなさい、でも、貴方と会うのはきっとこれが最後よ」


「それはどういう……」


 事情が理解できないのかクリスはキョトンとした顔をしている。


「私は、いえAzathothは目覚めていてはいけないの、こんな過ぎた力は野放しにするべきじゃないわ。だから、私はこの世界を元に戻したらこの神を封印するわ。それはつまり、私もその封印に付き合わないといけないということ。もう、私とAzathothを切り離すことが私にはできないのよ、だから私はAzathothを封印するための人柱ってところね」


「それじゃあ、お嬢様は」


 震えた声でクリスが呟く。


「ええ、もうここには帰ってこれないでしょうね」


「そんな……そんなことって……」


「無理なものは無理なのよ。ああ、けど……最後に見るのが生きている貴方でよかった」


「それってどういう……」


「……最後くらい一番大切な人の顔が見たかったのよ。それじゃあね、私の大切な人」


 そう言って手を振りかざし次元を切り裂き、その中を進む。

 たどり着いた先は宇宙の中心、Azathothの宮殿。

 その玉座に座り、静かに手を振りかざし、世界を直す。

 不意に、闇からNyarlathotepが現れ小言を呟く。


「人にしては随分とやる事がみみっちいですね。お父様と一体化したのなら世界の一つや二つ程度なら思いのままに作り替えられるのに。最後にやるのが元に戻す、ですか」


 呆れたようにNyarlathotepは呟く。


「これで良いのよ、今日の出来事は一夜の夢として人々は記憶するわ、そしてすぐ忘れるでしょう。そんなんで良いのよ」


「そうですか、面白くないですねぇ」


 悪態をつきながらNyarlathotepはそう告げる。


「面白くなくて悪かったわね。さてと、やることも終わったし、最後にクリスの顔も見れたし、もう思い残すこともないわね」


 そう、後は私が眠りにつくだけ。

 覚めることのない永劫の眠りに、なのに何故だろう、頬に熱いものが流れる。


「あぁ、やっぱり中身は小娘ですね」


 Nyarlathotepが嘲笑う。


「うるさいわね、私だって怖いことくらいあるのよ! ……ねぇNyarlathotep、たまにで良いからさ、あいつらのこと見てきて聞かせてよ。私がどれくらいAzathothの中で残っているか分からないし、そもそも聞いても理解できなくなっちゃってるだろうけどさ……お願いよ」


「ええ、良いでしょう。今回は貴方のおかげでお父様が寄生虫の傀儡にならずにすみましたからね。それに、あの街にはお気に入りのおもちゃがたくさんありますし、そのついでで見てきてあげますよ」


 Nyarlathotepは柄にもない優しげな声でそう答える。


「そう、ありがとう」


 なら、もう思い残すことはない、二度とクリスたちに会えないのは寂しいけれど、仕方がないのだ。

 これが最善の策なのだから。


「ええ、では我が魔皇よ、どうかその微睡が良きものでありますように」


 Nyarlathotepは静かにそう告げる。


「ええ、おやすみ」


 その言葉を最後に私の自我は混沌の闇の中へと消えていった。

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